馬鹿が歩くと皇女に当たる4
「まっ、適当に座っててくれよ。柔らかい椅子が当然のお嬢様には硬い椅子じゃ合わないかもしれないが、まあ我慢してくれ」
「あ、いいえ、座り心地いいですよ」
「そっか」
硬い木の椅子なんか座ることないだろうに、不満な様子のひとかけも感じさせない。 いい娘だな。
何度目になるか? そんなユフィにブリキだからの一辺倒で括れないやつだと感じたの。
「人は、ひとりひとり違うってか……」
我儘で自分勝手な俺が、唯一無二のリーダーとして全幅の信頼をおいていた紅月ナオトがそうだった。
アイツは他とは違う。あいつなら、あいつと一緒に行けばなんかでっかいことが。そんな気にさせられるやつだった。
ブリタニアといっても全部が全部差別主義者じゃない。
甘いこといってたし反発を覚えたことも数知れず。
だが、確かに俺はいま敵と、ブリキといっしょくたにできないやつと共にいる。
ブリキ嫌いのこの俺が。
‟イレヴンではありません! 日本人です!”
そう言ってくれる女とよ。
「……ブリキがみんな同じだったら、あんなこと絶対にいわねえよな」
イレヴンのために病院を探して町中駆けずり回ったりも、病院代を出したりも、怪我をさせた自分が悪いからなんてのも。
「あいつは、…………やっぱり変なやつだ」
変なやつだ。ブリキなのに日本人だといって同じブリタニア人に対して謝罪を要求する。
口だけじゃない。行動を伴っている。
「ははっ、本当に変だぜ。変な女だぜ」
玉城は自分でも知らないうちに嬉しい気分になっていた。
変な、とても変なブリタニア人の少女ユフィと触れ合っている間に。
◇
「腕のほうは大丈夫なのですか?」
出る用意をして部屋に戻ると開口一番に骨折の心配をされた。
さっきの学生どもとの喧嘩で殴られたからだろう。
「はっ、心配しされなくても大丈夫にきまってんだろ? あんなもやしみたいなひょろガキに殴られたくらいで俺が参るたまだと思うかよ?」
安心させるためというか、本当のところを話しただけだ。
軍人だ警察だなんてのが相手なら別として、ろくに喧嘩もしたことがなさそうなブリキの学生に殴られたところで大層なダメージを受けたりするほど柔な体をしているわけでも、骨折した患部に直撃食らうような間抜けでもない。
「これでも高校時代はけっこう喧嘩なれしてたんだぜ?」
強いとはいわない。だが弱いともいわれないくらいには。
「おまえとやったら負けそうだけどな」
「くすっ」
笑った。冗談でなく本気で負けそうな感じだがどう解釈したのかユフィは笑った。
それが暖かく嬉しい。妙な気分だぜ。そう玉城はひとりごちる。
「大丈夫……みたいですね」
「だから言ってるだろ大丈夫だって」
不自由で不便だが、それだけだ。少しの間我慢していれば治る。
「お、ちょっと動くなよ」
「えっ? なんです」
よくないものがユフィの頭に乗っている。ぼろくて汚いうちの同居人がおいてったものみたいだが、女が聞いてもあまり気分のいいものじゃないだろう。
「埃がついてるんでな」
吊るしていないほうの手を伸ばしユフィの頭を払う。
桃の色をした長い髪が指の間を通り抜けて、頭や髪についていた同居人の残留物である"糸屑"を絡めとることができた。
「なにかはわかりませんが……ありがとうございます」
「ばーか埃とっただけだ。一々礼なんかいうんじゃねえよ」
蜘蛛の巣──埃じゃないのは黙っておこう。
「シンイチロウは此処でひとりで?」
「ああそうだ。見ての通りだぜ」
一緒に住む人間はいない。
「ご家族は……?」
「7年前に行方知れずだ。どこいったのかわからねえ尋ね人の中に入ってる」
希望なんかもってない。もうあっちの世界にいってしまっただろうってのは、検討がついてる。
「っ……」
「んな顔するな。おまえがやったんじゃないんだから」
悲しげな顔をするユフィの頭をぽんぽん叩いて髪の毛を撫でてやる。
おまえじゃなくておまえの国がやったこと。そうわけて考えられる自分がおかしかった。
ああやはり今日の俺は不思議体験をしているようだ。それも現在進行でまだ。
ユフィの反応に俺自身の反応。二つともに未体験な不思議現象。
戸惑っているのは此方ばかりのようだった。
「ほらいくぞ」
「……はい」
◇
念のため警察に連絡を入れるようにいったが、きちんと連絡したのだろうか?
検問所まできたところで警備員に取り囲まれてしまう。
物々しさも普通じゃないが、なぜかユフィの表情が強ばっていたのが気になった。
「ちょうどよかったぜ、あの娘なんか追われてるらしくてよ、保護してやって──」
取り囲んできた警備員に話しかけ事情を説明しようとしたが、警備員達は此方へ目もくれずにユフィのほうに話しかけてきた。
「ユーフェミア様! いったいどちらへ行かれていたのですか?!」
「ユーフェミア様がおられぬ間に内部でトラブルが発生し、ジェレミア代行が大変なことになっておられたのですぞ! コーネリア殿下も御身をご心配なされて」
ジェレミアという総督代行と、その男が率いていた派閥が内紛を起こした。
内紛は名誉の人間が止めて収まった。
コーネリア皇女が心配している。
こんな薄汚いイレヴンと一緒にいたのか。
警備員達はまくし立てるように、そして自分達のせいではないとでもいうかのように延々と説明を続けていたが、俺の耳には入ってこなかった。
「ユフィ……おまえ、ユーフェミアって……」
ユーフェミア。レジスタンス活動をしていれば自然と耳に入ってくる名前。
「シンイチロウっ、わたくしは!」
「なりませんユーフェミア様! あのような薄汚れたイレヴンめに話しかけられては皇室の品位に傷が!」
警備員に連れていかれるユフィを、俺はどこか醒めた目でみていた。
その警備員のひとりが俺とユフィの合わさる視線を遮る形で立つ。
まるで汚いものをユフィが見ないようにするためのように。
「ユーフェミア様を無事お連れしたことには礼をいおう、これは少ないがとっておけ」
警備員が渡してきた何枚ものポンド札。まともな稼ぎぶちのないゲットーの住民では手にいれるだけでも苦労するブリタニアの通貨。
「目障りだ。早く消えろ」
ゴミを見る目をした警備員に悪口ひとつ言えず、去っていく桃の色をした少女の後ろ姿を俺はひとり見送っていた。 彼女もまた、俺を何度も振り返りながら。
◇
先は二人、いまは一人で帰る道を歩きながら醒めた頭が回転する。
低用量の頭のくせしてやけに回転が速く感じるのはいいことのはずなのに妙に苛つく。
ユーフェミア。
ユーフェミア・リ・ブリタニア。
「けっ、なんだよそりゃあ。どんな悪い冗談だよおい」
ブリタニアの第三皇女様だあ? あのユフィが? 日本人をイレヴンとは呼ばず正しく日本人と呼ぶユフィが?
日本人を侮辱したブリタニア人に怒りを表したユフィが……。
「ブリタニアの皇女……」
騙されていた?
あの態度はすべて偽りで心のなかでは馬鹿なイレヴンと嘲笑っていた?
何度も何度も同じ疑惑や疑念が浮かんでくる。
その通りだろう。
騙されていたと考えるべきなのだろう。
今まではそうしてきた。
今日の昼まではそうだった。
俺は玉城真一郎。
物事深くは考えない。
見て感じたことがすべてだ。
それでいい。
それでいいじゃないか。
自分の中に自分を説得して言い聞かせようとする自分がいる。
おまえは騙された。
純真無垢を装い近づいてきたクソブリキの親玉ファミリーのクソ女にまんまと食わされて馬鹿にされた。
マイナスを駆け巡る思考に心を任せてしまえばいつも通りの俺に戻れそうな。そんな感じがした。
しかし。
しかしだ。
しかしやはり変になった自分が、いまの変な俺自身を引き留めにかかる。
ユフィは違う。
ユーフェミアは違う。
あの子は他と違う。
あの女と他のブリタニア人を一緒くたにすんな!
せめぎあう心。
回転する頭。
考えるのは嫌いだ。
考えると頭が痛い。
難しいことは考えないのが俺の主義だ。
人生適当に生きて、なにもなければなにもなしで、一発逆転のなにかがあればそいつに賭けてやればいい。それが俺の生き方なんだ。
悩むこともせずに錆び付かせるままに放置していた2BITの頭が、適当に生きることを是としてきた心が、そんな俺自身が導きだしたのは、実にシンプルな解答だった。
「…………ちがうだろば~か」
見たままをシンプルに受け取るのが俺だ。
俺は今日なにを見てきた聞いてきた?
真っ先に感じたことを。
適当なら適当で適当に考えてやればいい。
「あいつは……そうさ、あいつはやっぱり変なブリタニア人なんだよ」
変でなければ態々ゲットーがどうなってるかなんて気にするか?
「んなわけないわな」
雲の上のお姫様が気にする必要もないことだ。
イレヴンの、日本人の。
そんな呼び方を、死者への冒涜を気にかけるか?
「かけるわきゃねえよ、アホでもわかるぜ」
あいつは皇女なんだろう。そいつは間違いない。
だが変なことばかり気にするブリタニア人らしくないブリタニア人なのも確かなことなのだ。
「だからあいつは違う。アホの俺が保証してやるぜユフィよ。おまえは変な奴だよ」
日本人のために悲しい顔ができる変で不思議なブリタニア人との出会いは、こんな未知の経験ばかりした日のことだった。
◇◆◇
そんな翌日の夕刻のこと。
「……おまえなんでいるんだよ」
「来ちゃいました♪」
昨日別れたはずの変なブリタニア人、皇女様のユフィがユーフェミア・リ・ブリタニア皇女が俺の家を訪ねてきた。それも一人で。
格好は膝くらいまでの白いタイトなスカートで、その後ろっ側の腰の辺りからはピンクの、薄紅色の羽のスカートがひらひらしている。
袖はしっかり腕まで隠れた白い袖、胸んとこだけ若干空いてる腹部もピンクっぽい色の服だ。
髪は白い大きな髪留めで大きくポニーテールにまとめていて、まあ、似合ってるし動きやすいんじゃねーかと思う格好だった。
華やかでありながらも気品を漂わせる衣装。色が白と薄紅色で纏められているのは、彼女自身の年齢を意識したうえでの事なんだろう。確かに、彼女には如何にもな貴婦人を気取った派手な装いよりも、こういった清楚な色彩が良く似合ってると思う。
「来ちゃったって、おまえだからなんで来てんだよ此処に、ゲットーにッ、んなカッコでッ!」
「公務終わりに抜け出して来ちゃいましたのでこんな服装なのです。公務用の衣服なのですが、どこかおかしいでしょうか?」
「いやま、似合ってるしおかしかねーが、なんつーかもう……──ああ~~~~ッ、やっぱユフィッ、おまえ変な奴だわッ!!」
「まッまあ!! 失礼なッ!!」
其処で始まったちょっとした口論は家ん中まで続いたんだが、なんか来た理由は俺の世話するためなんだと。
「ぶっといポニーテールだなあ」
言いながらその髪の束を俺が自由に動く片方の手で触ると、嫌がらないどころか。
「おかしい、でしょうか?」
だと。
「いや、そこは髪を触らないで下さいとかだろ」
「わたくし、シンイチロウになら髪を触られてもいいです。……似合っておりますか? わたくしのこの髪型は」
「ああ~、思い切り似合ってるぜ……お世辞とかじゃなく、よく似合ってる。……ちょっと触ってもいいか?その、ユフィの髪を……」
「え、ええ。いいですよ……」
ユフィの了承を貰った俺は、ユフィの大きなポニーテールのその付け根から手の指をそっと差し入れて、髪留めに触れつつ腰のあたりまでの毛先へ向かって梳きなでて行くと。手の平やら指に擦れる桃色の毛髪の繊維の手触りに、ぶるっと背筋が振るえちまった。
「手触りいいなあユフィの髪の毛」
そういうと、ユフィは俺のつんつん頭を見て来て。
「わたくしも触らせていただきますわ♪」
なんて、俺のつんつんヘアに指を差し入れてきた。
「うおっ……!」
「如何でしょう?」
「ユフィの指の手触りが気持ちいいわ」
「わたくしもシンイチロウの手指がわたくしの髪を梳き撫でてくださる感触がとても気持ちいいですわ。……シンイチロウの硬い髪の手触りもざらざらしていて気持ちいい」
そんなこんなでお互いに触れあいながら、自分が原因で骨折させちまった責任があるだなんだとご主張なさってたユーフェミア皇女殿下は。いらんっつーのに世話させろって御主張為さってまあねぇ、そういうのお節介っつーんだよなあ。
結局まあすんげー強情であーだこーだと世話してくれたが明日も来るとか言ってるし。
次の日も公務終わりの服装でうちを訪ねて来やがったよこの馬鹿。
「本日もお世話致しますわシンイチロウ」
「その服スーツみてえなもんだろ? 汚れても大丈夫なんかよ」
「仕事着とは汚れる物ですわ。政庁内部にも埃くらいありますし、お姉様と一緒に草の上で寝転がる事もありますので」
「コーネリアと草むらの上でごろりんこ、ねえ……。仲いい姉妹だな……で、今日は?」
「時間の許す限りお世話致します♪」
「はあ~、おまえなあ、ちっとは自分の身分を考えろよ。ユーフェミア皇女殿下」
「ユフィです」
「はいはいユフィ。もう好きにしろや。帰りは政庁近くまで俺が送るからよ」
とことんまでうちに居座るつもりらしい。あーもう勝手にしてくれや。