向日葵の暗躍 作:黒色の向日葵
俺が少女の囁きにビビッていると、ようやくこの現場に数台のパトカーと救急車が到着した。警官達や救急隊員達は周囲の惨状にドン引きしながらも着実に職務を遂行していた。公務員の鑑である。
そして緊急車両に続いて一台の高級車も到着し、車内から中年の夫婦が慌てて出てきた。おそらく被害者少女の両親なのだろう。パッと見ても雰囲気や顔が似ているし。何よりも心配気味な表情が絆を感じる。
「優奈!無事だったのかい!?」
「ケガはなかったの!?」
「パパ!ママ!大丈夫よ!このお姉ちゃんが助けてくれたの!」
家族の再会に思わず目を細めていると、こっちに飛び火してきた。ってかこの娘、優奈(ゆうな)っていうのか。俺と一文字違いの読み方なのね。
アホなことを考えていると、俺に気が付いた少女の両親がこちらに歩いてきた。
「この娘の父親ですが、娘を助けてくださったようで…ありがとうございます」
「いいえ。探偵として当然のことをしたまでよ。礼は不要だわ」
「まぁこんな綺麗でお若い上に謙虚だなんて…しかも探偵とは…」
この風見幽香の身体では慣れていないであろう愛想笑いをしながら、俺は必死にごまをすった。こちとら前世ではしょっぱい中小メーカーの営業だぞ!こんな大企業の社長一家と話す機会なんてあるわけねぇだろが!
敬語が出来ないこの身体を恨みつつ、俺は製薬会社社長家族と会話を続けた。話を聞くに、どうやら松本市の旅館で娘の誘拐に気が付き動揺し大混乱していたが、長野県警からの一報で長野市の現場まですっ飛んで来たようだ。なんと県警本部長と社長が大学のゼミの同期で古い友人だったらしく、現場には来れなかったが非常に気にかけていたらしい。
はえーと被害者の少女の母親と会話を続けていると、少女が父親に俺が困っており助けを欲していると伝えたらしく、私達に出来ることがあれば何なりとお申し付けください、と言ってきた。とはいってもなぁ…無理じゃね?
(少女説明中…)
「なるほど、風見探偵にそのような事情が…分かりました。ちょっと変則的ですが、ここは我らにお任せください」
え…?なんとかなるの!?そんなご都合主義的な…いやまぁ現実世界とは違う現代社会ではあるから可能なのかもしれないけど…財閥が存続したりファンタジーも共存する世界だし。
取り敢えずこの場での事情聴取はまた後日、ということで、いったんは切り抜けた。うっそだろおい。
救出した被害者の少女の手引きで警察の事情聴取からのトンズラに成功し、製薬会社社長一家と俺は長野市にある高級ホテルに来た。ちなみに松本市で泊まっていた旅館はチェックアウトしたらしい。
「いやぁ風見さん!貴女のおかげで娘は助かりました!改めてありがとうございます!」
「主人の言う通りです…なんとお礼を言ってよいのやら…」
「お姉ちゃん、助けてくれてありがとう!」
俺は高級ホテルの一室で、改めて製薬会社社長一家から感謝を受けていた。そして母親が娘を寝室に連れていくと、俺の今後の身の振り方を話し合った。
まずは謝礼ということで一括で謝礼金の話になったが、身分がないので銀行口座が存在しないこと、また住民票や戸籍も存在しないので住居が無いことを再び伝えると、現実世界には存在しない制度で解決することになった。
この世界の日本版証人保護プログラム的な制度で、特定の指定された企業(特に財閥系)が申請すると、当該企業が欲する人材に限り、銀行口座や特殊な暫定の住民票が作れるらしい。とはいっても一つの企業につき、1~2人までしか枠がなく、またその企業の選定も非常に厳しい。現時点で10社もなく、4社だけらしい。更に毎年その企業を審査している。
さらに言えば、あくまでも暫定の措置なので、パスポートは作成出来ない。なので海外には行けない。また婚姻も事実婚は可能だが、正式な婚姻は正規の戸籍と住民票を取得しなければならない。
しかし、逆に言えばそれ以外は可能なのである。運転免許といった国家資格も取得できるし、進学(特に大学院)も可能だ。おそらく政府や企業の狙いは国内でヤバい人材を囲い込み、飼いならすことなのだろう。パスポート作成不可措置は逃亡阻止の面もありそうだ。こんな制度、絶対に元いた前世では有り得ないな。やっぱ名探偵コナンの世界は現代社会ではあるが、少し違う異世界でもあるんだなぁ…。
当然、こんなやっべー制度を運用する辺り、この製薬会社も清廉潔白ではないのだろう。会長の健康問題やお家騒動の兆しから、長門グループを離脱し鈴木財閥に乗り換える辺り、色々と察せられる。
しかし、俺からすれば好都合だ。いくら食欲も睡眠欲もないし、永遠に(人間からの恐怖心か植物からエネルギーさえあれば)生きていけるとはいえ、まぁ前世の現代社会の記憶がある身からすれば文明の生活はしたい。
ということで、なんと俺は籍だけとはいえ、製薬会社の人間になることとなった。妖怪だけど。給与も毎月振り込まれるらしい。すげぇな、前世より高い給与だ…前世より古い時代なのに…うぅ…。
とはいえ、まぁ本当に籍だけなので業務は特にない。その代わり、社長令嬢の身辺護衛と総会屋対策、近年は沈静化しつつある地上げ行為に対するカウンター、ライバル企業による内偵への監視と物理的牽制、ライバル企業や犯罪組織の不祥事や違法行為を警察やメディア(特に新聞社と週刊誌)に情報を流す、更に「花を操る程度の能力」を応用した生命工学とそれに付随した薬品開発の補助と顧問、そして最後に…
「製薬会社の利益になるような探偵業務?」
「はい。とはいっても、まぁ早い話が鈴木財閥へのヨイショですがね…」
話を進めるうちに、子どもの安全に安堵する優しい父親の顔から、この平成大不況を乗り切る覚悟を決めている企業戦士の顔に変化した社長が疲れたように言った。簡単そうに思えるが…?
「鈴木財閥はどうも我が社に対して薄っすら警戒しているようでしてね…どうも隙がない。そこで探偵としての顔をもつ貴女の出番なのですよ…」
「なるほど、財閥令嬢である鈴木園子様は推理がお得意で、そこからの切り込みね」
あー「推理クイーン」っぷりは既に知られているのか。まぁいいや。とにかく主人公達や主人公達の味方となる勢力や機関には徹底的にヨイショしなければならない。絶対に彼らから嫌われたり敵対したらいけないのだ。これは製薬会社に関係なく、マジでこの名探偵コナンの世界で生きていくには必要最低限のことだ。彼ら彼女らに好印象を与えなければ、身の破滅まったなしなのだから…。
まぁ前世でも太鼓持ちの達人と揶揄されていたし、なんとかなるだろう。「長い物には巻かれろ」「寄らば大樹の陰」をモットーに行動しよう。「風見幽香」とは正反対の心構えだろうけど、ここはこらえて欲しい。
そうして、俺の生活基盤が整えられていった。
様々な手続きの為に時間がかかるらしいので、俺はその間に大和敢助警部とはドタバタしながらもきちんと挨拶や世間話が出来た。ちなみに社長令嬢を含めた製薬会社社長一家は直ぐに東京にある本社や実家に帰った。当たり前である。手続きが完了するまで、俺は彼らが借りているこのホテルで生活することになった。手続きが完了したら連絡を入れてくるらしい。
大和敢助警部の話を聞くに、あの犯罪組織の残党を追い詰めているらしく、かなり気合いを入れているようだ。近隣の新潟県警や山梨県警とも密接に協力し合っているようで、その良き横のつながりを警察庁も後押ししているとか。
大和敢助警部からは、しきりにとある所轄の警察官の話を聞いた。ただ、その所轄の警察官とは電話でのやり取りを見るに怒鳴っており、とても仲が良さそうとは思えなかったが…?ってか、それ諸伏高明警部だよね…?名前くらいだそうよ。
ちなみに上原由衣刑事の影は一切ない。なるほど、これは旧姓の虎田由衣状態で、まだ長野県警に復帰していないからか。この2人は幼馴染で両想いなので、本当にいつの日か実って欲しい。
ってことは長野県警捜査一課課長はあの大柄な紅茶党の方なのか?それともまだ出向していないのか?聞いてみると、まだ出向前のようだった。「大柄でマフィアのボスみたいな白髪の隻眼の男が警察庁から出向してきたか?」なんて質問はストレート過ぎたかな…?
ちなみに大和敢助警部をアッシー(この時代の言葉)にして長野県の観光巡りをした。心底嫌そうな顔をしていたが、なんだかんだで付き合ってくれたのだ。どうも事件を気にした県警本部長が、それとなく気を使って有休休暇や非番を回してくれたらしい。まぁそれに合わせて俺に対する簡易な事情聴取も兼ねているっぽいが。
病み上がりの刑事を観光にこき使っていると、あの大和敢助警部を手綱にとる若い女探偵として長野県警内部で静かな噂になった。まぁ原作の有能なキャラと良い仲を構築出来たので良かったとするか。これが遠因で後々変な騒動が起こるとは知らなかったが、これはまた別の話。
数日後、俺はとある製薬会社が借上げ社宅として一部借りている東京都内のマンションに来ていた。ちなみに米花町ではない。良かった、治安はまだ比較的普通だ。
あの後、電話ではなくわざわざ長野市のホテルまで迎えの人員を派遣した辺り、向こう側の真剣度が伝わってくる。しかし…迎えの人間はずっと俺に対してビビッていたが、なんでだろう?
この家、なんと家賃だけでなく光熱水費も給与から天引きされるらしい。まぁ俺は料理をする必要がないのでどうでもいいけど。体裁を整える意味もあり、給与から引かれる形で家具を購入させられた。ベッドにソファー、クローゼット、冷蔵庫、洗濯機などなど、様々な家具が搬入されるのをボーっと眺めていると、貸与された携帯電話が鳴った。
「風見よ」
「風見探偵、早速で申し訳ないが、明日の優奈のピアノ発表会の警護も頼みます」
「いいわよ」
「おお、そうですか!ではお願いします」
つい返事したが、まぁいいか。雇い主の頼み事の中では真っ当な方だし。でもこれ探偵の仕事なのか?
次の日の午後、小学校令嬢を警護しながらピアノの発表会場についた俺は、取り敢えず周囲を警戒しながらもゆったりしていた。ちなみに服装はリクルートスーツである。まぁ一応はOLでもあるのか…な?既に午前中に何件か総会屋を潰したり、製薬会社の研究者に接触…というか絡んできたガラの悪い男連中を逆に吊し上げたりしているけど。
そうやって自分自身の暴力装置っぷりを思い返していると、発表会全体が終わったようだ。小学生令嬢の帰還を待っていると、観客席の方から賑やかな声が聞こえてきた。片方は我らが製薬会社令嬢のようだが…もう片方も同年代くらいか?
「優奈ちゃん、すっごく綺麗な旋律だったよ。歩美はまだピアノ習っていないけど、いつか優奈ちゃんみたいに演奏したいなぁとも思ってるの!」
「歩美ちゃんならきっと出来るよ!でも私は私なんかより歩美ちゃんの方が凄いと思うよ!『少年探偵団』なんて作って活躍してるんでしょ?本当にカッコよくて、私憧れちゃうなぁ…」
………んんんん??????
今、とんでもない言葉が聞こえてきたような…え、「歩美」?「少年探偵団」?
恐る恐るその会話の発生源らしき場所を探すと、そこには俺の雇い主の社長令嬢とカチューシャをした活発そうな小学校低学年辺りの美少女が談笑しながら歩いていた。
…あのお嬢さん、名探偵コナンの世界の主要人物の中の主要人物の1人である吉田歩美ちゃんじゃねえか!?
俺、ついに少年探偵団と接触するのか…?マジで?
女子大生探偵兼OLとなった幽香さん。
属性てんこ盛りでは…?
歩美ちゃんで思い出しましたが、原作9巻の「危ないかくれんぼ」で美少女誘拐殺害事件が作中の新聞記事で出ていますが、あれ4人も犠牲者を出しながら未だ未解決なのがヤバいですよね…。本当に治安が…。