「周囲をくまなく調べろ!まだ奴らが居るかもしれん!」
村中が鍋をひっくり返したような騒ぎの中、俺は白蛇の死体の意味を考えていた。
この白蛇は蛇神族だ。それは間違いない。蛇神族は全にして個の存在。全ての個体は蛇神シャーシャ・ズールーに行き着く。蛇神の眷属だ。それがなぜ俺達を襲う?
この十年間俺達の生存に何も関与してこなかった奴が。
今さら何を。
「くそっ意味が分からん」
「シオとにかく今は村の安否を確認しよう」
「.....そうだな」
「シオ兄!」
「おーい無事かー?」
騒ぎを聞き駆けつけたミクと佐藤夫妻(ヒロキの苗字)がオシオと合流した。
「三人とも無事だったか」
「おーよ!二人の大事な時間を邪魔しやがったからよ!のしてやったわ!」
「大丈夫でしたかシオ君?」
憤懣やるかたないといった様子のヒロキに対して落ち着いた様子の美羽が状況確認をする。とりあえず今は蛇神族の事は伏せて襲撃が終わった事を伝える。
胸をなでおろす姉妹に反してヒロキは妙だなと首を傾げる。
「襲撃なんていつ以来だ?」
「9年前の食料闘争と5年前の飢饉戦争以来だな」
食料戦争それは俺達がまだこの世界に来たばかりの頃。
混乱期に起きた集落内での人同士の争いの事だ。俺達は
食料調達方法と栽培方法がまだ確立されていなかった時に俺達は食料を求めて血みどろの戦いを行った。そこにはあるべき秩序も理性も存在しなかった。
最初は一万人強いた人口も五千人弱にまで減ってしまった。その時の爪痕は深く十年経ってなお回復していない。だがこれによって村としての機能を確立したのも事実だ。
そして飢饉戦争では対集落同士での戦争になった。
ようやく栽培が普及したのも束の間、不作が続き食料自給率が減ってしまったが為に起こったそれは他の集落から奪い略奪する事で生き残るという不毛なウォーゲームを招いてしまった。
それは後に日本人同士での内乱を深く反省し戒める戦いとなった。
それからだろう集落間での関係性が変わってきたのは。
集落同士で同盟を組んだり一方が多くの集落を支配下に入れたりと気づけば群雄の時代になってしまった。それでもここしばらく俺達は平和に過ごしてきた。
「どっかの誰かが恨みでも買ったのかね?」
「お前はしょっちゅう買ってるだろ美羽を妻にして」
「おう、そういう恨みなら幾らでも売るぜ美羽は器量良しだから仕方ない!ガハハ」
「あらあら」
豪快に笑いながら、だが美羽は俺が守ると意気込むヒロキ。それをはにかんで見ている美羽。どこから見ても夫を立てる妻の図だ。俺からは何も言うまい。
だが美久が横から
「まあ美羽姉の方が強いんですけどね」
「ぐあ!それは......そうだけど!みくちゃーん!それは言わない約束でしょ!?」
「あ、すいませんヒロキ兄本当の事を言っちゃって」
「あらあら」
何を隠そう三人の中で最も強いのが美羽だ。
高名な武芸家の娘として生まれた彼女は幼少の頃から武芸を嗜み、天才少女と呼ばれる程の才を磨いてきた。その強さは折紙付きで当時から男に対しても負けなしだったらしい。
それはこのベヘリッドに来てからもそうで。
むしろこの地に来た事で彼女の強さはもはや青天井を抜けてしまった。
この村では初代狩人と呼ばれ恐れられている。
まあ彼女の美貌と人気はそれ以上なのだが。
そんな誰もが憧れる御前様が、こんなむさい男と結婚するんだから他の集落からも恨まれたのは間違いない。
そんな御前様もとい辺りを見渡す美羽が口を開いた。
「では主だった者はこの広場に集まったという事ですね?」
「ああ、そのはずだが」
「——
「!?っ......まさか狙いは!」
慌てて村長の姿を探すが居ない。
ようやく合点がいった。襲撃犯の狙いが。
広場を囲むようにして現れた奴らは最初から俺達を広場に釘付けにするのが目的だったのだ。村中の注意が広場に集まるようにした。
狙いは初めから村長ただ一人の暗殺。
俺達は村長の屋敷に走った。
10
村長の屋敷は村の一番奥にある。
そこまで走るのに10分程かかった。村といっても6000人が住む村だ。決して小さくない。田園を抜けてポツリポツリと家がある。その坂の上に屋敷はあった。
無事でいてくれ。そう誰もが願いながら屋敷の前まで来た。
さあ突入しようとしたタイミングで扉が壊れて中から誰かが飛び出してきた。
「天井裏から寝込みを襲うとはけったいな夜這いしてんじゃないよ!男ならまっ正面から入って来な!」
「グハアアアア!」
「むらおさ!?」
飛び出してきた、いや蹴り飛ばされて来た影法師は血反吐を吐いて地面を転がる。中から出て来たのは燃えるような赤い髪の女性だ。
この第六集落の村長トウカである。
「うん?おおあんた達!久しぶりね!来てくれて嬉しいわ、お客様としてもてなしてあげたいところだけど、いま取り込み中なのよね、後でお茶菓子を持って来てあげるわ!」
「そうだった....この人もめちゃ強いんだよな」
心配して損したとヒロキが苦笑する。
まあ確かに心配は無用だったのかもしれない。
この人を説明するなら簡単な言葉がある。偉人だ。
その言葉しか出ない理由がある。
九年前の食料闘争を終わらせた人物だからだ。
集落中の人間を説得し無法を正し、法を敷き秩序を取り戻した。
だけでなく食料問題も率先して解決していった。
それはもちろんみんなの力あっての事だが間違いなくこの人が存在しなければ実現しなかった事だろう。仮に実現していたとしても数年、あるいは十数年は確実に遅れていた。そうなればきっとその間に起きた飢饉戦争で全滅していたはずだ。
二重三重の意味で俺達はこの人に救われたのだ。
だからこそ齢35という若さで現在まで九年連続村長を務めている。
ちなみに五年毎に新しい村長を投票で決めるシステムだ。まあきっと一年後もきっとこの人に違いないが。
「.....それで?あんた達は何者だい何で私を殺しにきた?」
「グぼ....黙れ裏切り者が!我らは知っているぞ!お前達が裏切っている事を特定している、我らが主の力で生かされているお前らが主に背くというならば、それは背信行為に他ならない!我らは主の安寧の為に動く影なり!」
「ふーん、それで私を殺しに来たわけか?でもさそれってあんた達の勘違いかもしれないよ?」
「言い逃れは出来ないぞ特定したと言ったはずだ、すでに第9と第14集落に指令を与えた蛇神様の名でな!この村を灰燼に帰せと!」
ぴくりとトウカの秀麗な眉目が動く。
「.....それはまずいね勘違いで殺される私らの身にもなってほしいもんだ」
「ほざけ!貴様はあろうことか他の集落と手を組み我が主のお命を....!」
「もう黙っときなうんざりだよ、あんたの戯言にはね」
そう言うとトウカは影法師を殺した。
虫を潰すように足で踏み潰した。悶絶した姿で変身が解ける。元の白蛇の姿になる。
「あれま本物かい、なら指令とやらも本当なんだろうね」
「....あのートウカさん今のは?」
「聞いてたろ私達をぶっ殺そうと兵士共を送ったって話さ」
「マジすか!じゃあさっきの話は?蛇神様の命を何とかってやつ」
「それも言ったろ勘違いさ.....確かに南の集落ではそんな話もあったけどね断っておいたよ勝てるとも思えないからね」
「なーんだ!つまんねえのっ俺はてっきりトウカさんが先陣きって蛇神の野郎を討伐しに行くもんだと思ってたのによー!」
「そん時はついてくる気かい?」
「あったりまえだろ!俺は蛇神の支配から皆を解放するのはトウカさんだと思ってるよ!」
「ったく人を勝手に英雄視するんじゃないよ、あんたも婚約したばかりだろ馬鹿を言ってんじゃないよ」
確かにそうだと思ったのかヒロキは言葉を詰まらせる。
今度はオシオが手を上げた。
「はい先生、今後の対策としては如何お考えでしょうか?」
「ふむ.....第九と第十四が目下の対策事項だね誤解だから手を引いてくれと言ってもそう簡単にはいかないだろうし蛇神族の動向も気になる」
「結構詰みですね」
「簡単にそう言うもんじゃないよ、まあ、何とかなるさ中で話そう」
この状況でもあっけらかんとした様子だ悲壮感はない。
本当に何とかなると考えているのだ。
やはり偉人感が半端ないなこの人。総理大臣になってくれないかな。
通された部屋で待つこと10分。
トウカが一枚の書状を持って現れた。
「ほらよ親書だ。これに私達は無害です全ては複雑な誤解だったんです謝礼金も払いますーって書いといたからさ持っていきな」
「ほほう、でどちらに、第九?それとも第十四?」
「いや、そのどちらでもない、これは蛇神に持っていくんだ」
俺はてっきりどちらかの集落と手を組みどちらかを倒すのだと思っていたがトウカさんは違うようだ。
「つまり大元を断てと」
「ああ、下位とはいえ蛇神族が動いてるんだ。どちらかの集落を倒しても次の集落に指令が回るだけさ。だったら蛇神御本尊様に誤解を解いて頼み込むしかない停戦協定をね」
「分かりました俺が行きましょう」
「だったら俺も」
「ダメだ」
「なんでだよ!?」
なにのんきに同行しようとしてるんだお前は。
「お前はもう守るべき大事な人がいるだろう」
「村の大事でもある」
「それは俺にも守らせてくれよ友達だろ?」
こいつは昔から友達という言葉に弱いのだ。
決まって二つ返事で頷くのだ。
「クソ....分かったよ、でもな無事に戻って来いよ親友」
「もちろんだ。村の守りは任せるぞ」
大樹と美羽が頷き。心配そうに見ていた美久がおずおずと頷いた。
「出るなら早い方が良い準備をさせよう先に広場に行っときな。そうそう案内役には
「.....為吉は恐らく敵の奇襲で」
「そうか.....」
ふと沈黙が降りる。友人が亡くなったのだ。
俺達は静かに黙祷をささげた。
11
「あ、シオ」
「生きとったんかいワレ!?」
広場に行くと為吉が手当を受けていた。
普通に上半身を起こしている。怪我はほとんどしてない様子だ。
「俺はもう門番の為吉が喉笛をかき切られて絶命しているものかと」
「怖いよシオの門番のイメージ!?」
いや、だってさ普通そう思うじゃん。
門番に奇襲なんてワードが出たら即死フラグじゃん。
四字熟語にもありそうだわ。
「そんな事ないよ、ちょっと背後から心臓を一突きされただけさ」
「何で生きてんだお前!?」
引くわそれで生きてたら。
だが実際に生きてるわけで。強靭な生命力では片付かない話だ。
聞いて回ったところ他にも重傷のはずの患者が回復し始めているようだ。
助からなかったのは剣で首を切断された者だけだという。
無くなった心臓を回復させるほどの生命力を俺達は与えられている。
これもあの魔獣の肉を食った恩恵だというのか?
いったい俺達の体に何が起こっているんだ。
「それでシオは俺なんかに用でもあったのかな?」
「実は為吉に依頼があってな、もし大丈夫ならで構わないんだが俺と一緒に首都までの道案内をしてくれないか」
「本当かい!?やるよ!役に立ちたいんだ!」
興奮した様子でやると言う。少しの迷いもなかった。
「よし、じゃあよろしく頼む」
「こちらこそ荷物持ちなら任せてくれ!」
「......待たせたね、うん?あれ、た、ためきち?生きてたのかいあんた!?」
実はかくかくしかじかで。
広場に現れたトウカにも現在の状況を伝える。
「あの肉なら私も食べたよ....なるほど確かに私も体の調子が良い。つまり肉を食べた全員が同じ状態なんだね、翼をもった蛇の魔獣か調べた方が良さそうだね」
「そうしてくれこっちでも調べてみる」
今回の旅はメインとサブのミッションがある。
メインは蛇神に直訴し争いを止めてもらうこと。
サブは翼をもった魔獣の調査だ。
どちらも今後の俺達の未来を左右する重要な指針だ。
忘れないようクエストブックにメモを取る。
旅程の金と野宿用の荷物を受け取って、いざ出発だ。
日が昇らぬうちに俺達は村を出ようと。
門をくぐる前に呼び止められた。
「お兄さん」
「ミクかどうした」
「これを.....」
「.....何だこれは」
ミクが手渡してきた物は水色の石のようなものだった。
月明かりに照らされてキラキラと輝いている。
「実は調理の際にあの魔獣から取れた物なんです、お兄さんに渡そうと取り繕って持っていました、お守りと思ってどうか受け取って下さい」
「分かった、これを見る度に料理を作ってくれたお前を思い出すよ」
「お兄さん.....ミクは.....ミクはお兄さんの無事を祈っています」
「俺もお前達の無事を祈っている」
村の外に出る。
一転して平地が地平線の彼方まで続いていた。
吹きさらしの風が二人の間を通り抜けていく。
「行くぞ」
「はい!」
こうして二人の旅は始まった。
目指すは西の地、通称首都と呼ばれる蛇神の居る地だ。