村を出てから三日。
終わりがないかに見えた平地を抜けて三又の交差路に出た。
そこでは市が行われていた。
多様な商品とそれを求めて来た色んな人々で賑わっている。
中でもその一角では何やら人だかりが出来ていた。
「そうだ!我々は救って頂いたのだ蛇神様に!鬱屈した社会から我らを解放し真の自由を与えてくれたのだ!蛇神様に祈れば我らは極楽浄土に行けるだろう!」
赤法師が演説を行っていた。それを熱心に聞いている者も多い。
何だあれは。
「あれはきっと蛇神教の宣教師ですな」
「蛇神教だって?」
「はい、こっちの方では広く伝わっております、そもそも西の一大都市、通称首都は蛇神教を核として集まった、いわばお膝元です」
噂には聞いていたが、そういうからくりか。
宗教はどの時代どの国でも人を集める力がある。
それは異世界においても変わらない。神様仏様の代わりに蛇神様に差し変わっただけ。
真なる自由とは言いえて妙だが過酷な世界に晒されて亡くなった日本人は多い。
蛇神はその元凶だ祈るべき神を間違っているんじゃないか?
あるいはそれを含めて真なる自由か。
俺には興味ないけど。
為吉は先に行って飯の支度をしておくとのことだ。
俺は食料係。
さっさと食材を買って飯にしよう。
神よりもそっちが大事だ。
市場では米と野菜を買った。お代にサーペントの牙を出す。
「何だいこれ?こんなんじゃうちの商品は売れないよ金を出しな金を!」
金?.....ああ、そうか忘れてた。
なにせ10年ぶりの売買だ。村では物々交換だったし、この世界に通貨がある事も忘れていた。
自然といつもの癖でサーペントの牙を出してしまった。
素直に村長に渡された旅費を出してもよかったが。
しかし待ってくれ俺は狩人だ。
自分で捕った得物には自信がある。これだって相応しい店に持っていけば高値で売れるはずだ。
プライドを掛けてこれを売りたいし売ってもらいたい。
「売ってくれないか」
「だからこんな動物の骨なんかじゃ売れないよ」
「動物の骨じゃないサーペントの牙だ」
「サーペントの牙?嘘つくんじゃないよ、そんな貴重な物で野菜を買う馬鹿がどこにいるんだ」
貴重な物なのか?
知らなかった。いつも村の担当者に手渡してそこで終わりだからな。市場に流れていくのを実際に見た事はない。だからどれくらいの値段で取引されているのかも知らない。
こんな物、森に行けば幾らでも取れるんだが。
困惑していると横合いから。
「ほほう、それはサーペントの牙じゃな、ちゃんとした成体の物だ」
あの赤法師だ。蛇神教の宣教師。
演説していたあの男が俺と商人の会話に入ってきたのだ。
「え、赤法師様これ本物かい?」
「本物さ、なんなら俺が銀銭五枚で交換してもいいぞ」
「まさか!サーペントの牙なら金銭三枚でも御釣りがくる!兄さん分かった持っていけ!あとこれとこれもサービスだ!」
あっさりと商人は引き下がった。
それだけ赤法師の影響が強いのだ。
野菜をこんもりと持たせてもらった。
「助かった礼を言う、じゃあな」
「おっと待たれい旅の者、サーペントの牙を銅銭七枚で買える程度の野菜で簡単に手放すとは只者ではないな?どこから来た?」
「......第六集落だ」
「第六?.....まさか北の森に面する山合いの村か?」
「そうだ」
赤法師が目を剥いた。
「聞いた事があるぞ魔獣蠢く死の森で獣を狩る鬼のように強い狩人の話を。そこの人間か!?」
「......たぶんそうだ」
俺達の村の森が死の森と呼ばれている事は今初めて知った。
けれど確かに強い魔獣が居るし間違ってないんだろう。
鬼の様に強い狩人ってまさか.....。
思い当たる女性の顔を連想して止めておいた。
狩人は常に命がけだ。
赤法師が納得する。
「通りでそれなら納得だ、結構有名だぜあんたん所の狩人は、欲しがってるぜ他の集落もあんたらの腕を」
「引き抜きなら断る」
「だろうね、そんな狩人がなぜここに?」
「なぜそれをお前に言う必要がある」
「興味がある謎に包まれた狩人の動向を」
何とも胡散臭い男だ。
こういう男に目を付けられるのは気を付けたい。
「別にただ西の都に好奇心が誘われただけだ」
「そうか首都に行くのか、だったら気をつけるといい、最近首都に行くまでの道に大型の魔獣が出た。近くの第8集落が襲われたって話だぜ」
その話を聞いて始め思ったのは例の魔獣の事だ。
あの魔獣が一匹だけだったとも限らない。
複数いたとしても不思議ではない。第8集落か.....。
寄ってみるのも悪くないかもしれないな。
魔獣に関する事が何か分かるかもしれない。
「どこにあるその第8集落」
「まさか行くきかい!?やめた方が良い!あそこにはもう何も残っていない!」
「それは行ってから確かめる」
「ほー流石は狩人さんだ....分かったこれも何かの縁、案内してやろう!」
12
「.....で、その人を連れて来たわけですか」
飯の支度をしていた為吉の元に戻って事情を話す。
胡散臭い赤法師を見て怪訝な表情の為吉は俺の話を聞いて成程と頷く。
だが納得はしていない。為吉は用心深かった。
「大丈夫なんですか?盗人か新手の詐欺かもしれませんよ」
「まあ、大丈夫だろう」
市場の商人が信用する程度には信じられる。
俺達を騙す理由もない。
胡散臭いの一言で否定するのも勿体ない。
「何かあれば俺が責任を取って.....!」
「え、切腹!?」
「奴を八つ裂きにする」
赤法師がぶるりと震える。怯えたように辺りを見渡した。
「何か今冷たいものが背筋を走ったんだが」
「気のせいだろう」
「そ、そうですよ温かい飯を食べれば体も温まりますよ」
手際よく食材を切っていく為吉。俺も手伝うと言ったが譲らなかった。
「それにしてもたくさん買いましたね?お金は足りましたか?」
「ああ、そうだった、それについて質問があるんだが通貨の価値を教えてくれ」
「貨幣の価値をご存じない?」
意外そうに言われた。
現代人のくせしてご存じない。そう言われた気がする。
「分かりました狩人は森で仕事をするからお金を使う機会がありませんからね」
為吉が懐から巾着を取り出すと銭を並べる。
「これが銅銭、これが銀銭です、あとは金銭もあるのですが生憎僕は持っていなくて」
「なんだ金の話か.....ほれ」
赤法師が懐から金銭を取り出し置いた。かなりの量を持ってる感じだ。
「銅銭10枚で銀銭1枚の価値があります。そして銀銭5枚で金銭1枚の価値です」
「つまり金銭1枚で銅銭50枚の価値があるわけか」
算数の時間だ。現代の感覚と照らし合わせてみよう。
例えば金銭1枚を一万円と考えるなら銀銭1枚は二千円札だ。
最小単価の銅銭は1枚200円ってところか。
「さっきの野菜代が銅銭7枚だから7×2で1400円。サーペントの牙が金銭約3枚で3万円か。合わせて2万8千6百円の損失というわけか.....成程な」
確かに現代の感覚で考えるなら払い過ぎだ。
商人が驚いたのも無理はない。
だけどこの計算式で大体の感覚は掴めた。
こういう感覚のすり合わせは早いうちから慣れておいた方が良い。
今度はぼったくられないようにしよう。
俺は固く決意した。
完成した鍋料理を手早く食べてオシオ達は出立した。
13
俺達の目の前には数々の廃墟が広がった。
そこは第8集落の現在の姿だった。
どの家も無残に朽ち果てている。これは最近滅びたどころではない。
経年劣化からしてすでに1年は経っている。
大型魔獣によるものではないな。
これは雨風で自然と朽ちた形跡だ。
この様子だと誰も住んでいないのだろう。
念のため中間地点まで捜索したが、どの家も同じだ。
時間も惜しい。ここまでで捜索を打ち切るか。
悩んでいるとゴトンと窓木が倒れた。
「誰だ!」
シンと場は静かだ。
自然と倒れた。いや、違う。確かに誰かが俺達の様子をうかがっていた。
誰かいるこの村に。俺達以外の人間が。
俺達は捜索を再開する事にした。
村の奥に向かって進んでいく。
段々と気配が感じられてきた。どうやら小動物ぐらいの気配が俺達にピタリとついて来ているようだ。信じられない程に気配を隠すのがうまい。狩人の感覚でも正確な位置が掴めない程に。
あの影法師にも匹敵するかもしれない。
面白い。見つけてやる正体を。
オシオは楽しんでいた。
村の奥まで来た。特に何もないようだが。
「........あれは」
林の向こうに一軒の家があった。
まるで隠れるようにひっそりと建っている。
他の家と違って朽ちてはいないようだが頑丈なわけでもない。寂れた家だ。
俺達がその家に向かって足を進めた瞬間、どこからともなく声が聞こえた。子供の声だ。
「——待てよそ者!それ以上その家に近づくな!」
「.....そなたは何者だ?」
「ぼくは.....化け物だ!近づけば酷い目に逢うぞ!」
「俺も色んな化け物を見て来たが、そんな声の化け物は見た事がないな、姿を見せてくれないか?」
「嫌だ!お前も僕達を見たら怖がるに決まってる!」
「怖がったりしない!絶対にだ、だから顔を見せてくれ!お願いだ」
「.......っ絶対か?」
「狩人に二言はない一矢射るのみ!」
第6集落の狩人にだけ伝わる格言なので伝わらないでしょと為吉は思った。
こういうのは勢いが大事なんだ。
とにかく真摯な思いが伝わればいい。
オシオの思いはどうやら伝わったらしい。
雑木林から少年が現れた。若いな、年齢は5、6歳ぐらいか。
どう見ても普通の人間の子供が何で一人でこんな所に。
疑問が湧くがオシオはようと片手を上げて気楽に挨拶をした。
「初めまして俺の名前は鹿王オシオだ」
「オシオ....僕はせんげつ」
せんげつ、旋月か。
良い名前だな。俺のととっかえて欲しいぐらいだ。
目線を合わせたオシオはできるだけ優しく言った。
「せんげつは一人でここにいるのか?」
「......お兄ちゃんがいる」
「そうか、お父さんとお母さんは?」
「.......いない、外の街に行ってくるって言ったっきり帰ってこない」
薄々もしかしたらと思っていた。
こんな廃墟同然の村に孤立した一世帯が居るとは思えなかった。
捨てられたのか。その一言だけは絶対に口に出せなかった。
そんな事を言わなくても、この子はたぶん分かっている。
「お兄ちゃんは家か」
「うん....病気なんだって」
こんな過酷な状況で生きていたというのか。
少なくともこの1年近くは。
なぜ誰も助けようとしなかった。それ程までに自分達で精一杯だったのか?
抑えろ。俺がここでいま怒りを覚えても意味ないだろ。
それよりもこの子供たちの保護を優先するべきだ。
「せんげつ
「......お薬飲んでも治らなかったよ?」
「絶対に見捨てないから」
「っ......!」
絶対に見捨てない。その言葉が旋月の小さな胸を打った。
その言葉を誰よりも何よりも求めていた。
両親ですら言ってくれなかったその言葉をようやく言ってくれる人が来てくれた。
抑えていた感情を堪える事は出来なかった。
「......うん、たじゅけて......!」
旋月は泣いた。
心の底から少年は泣くことが出来た。
心の重荷を肩代わりするように狩人はそっと抱きしめた。