異世界は平面ですか?   作:生き残れ戦線

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五話

「これは.....」

 

その症状は初めて見るものだった。

家の中には旋月と瓜二つの少年が横たわっている。

旋月の兄、夕刻だ。

ひどく憔悴している。だがそれ以上に体の赤い痣が目立つ。

何だこれは。森で見る症状ではないな。

 

これまで狩人として木の毒や獣の傷から現れる病気を見て来たが、そのどれにも当てはまらない。

 

「なんにせよまずは清潔な状態にする必要があるな。為吉湯を沸かしてくれ」

「分かった」

 

少年に触れようとして、赤法師が鬼気迫る表情で制止した。

 

「触るな!触ってはならぬ!」

「なぜだ?」

「それは伝染する病だ毒が移るぞ」

「知っているのかこの病を」

「それは.....邪血病だ」

 

邪血病?初めて聞く病名だ。

 

「邪血病は遺伝子疾患の一つだと考えられている。蛇神様の血に耐えられなかった者がかかる病で第二世代型症候群とも呼ばれ主に子供が発症する病だとされている。発症した子供には特有の赤い痣が見られ、溜まった悪い血が体を破壊していき、皮膚はただれ四肢が崩れ最後には死ぬ恐ろしい病だ」

「随分と詳しいじゃないか」

「何度も看取って来たからのう」

 

赤法師は無念そうに首を振ると重苦しくそれを口にした。

 

「諦めるのだその子は助からん」

「まだ諦めるには早い、最後の時が来るまで俺は治ると信じてる」

「シオ湯の準備が出来るよ」

 

準備が出来た為吉が桶と布を持ってくる。

分かったと頷いたオシオが布を受け取り、布でくるむようにして少年を抱きかかえる。赤法師が絶句した。ふと少年が薄らと目を開ける。

 

「だれ.....?」

「助けに来たもう大丈夫だ」

 

優しい声音でオシオは笑いかける。

夕刻は苦しそうな声音で言った。

 

「やめろ....ほっといてくれ、もう僕に何もしないで」

 

涙ながらに訴える。

これまでどれほどの期待と失意を繰り返したらここまで絶望するのだろうか。

もう信じられるものが何も残っていないんだ。

可哀そうに。

 

お湯を布で浸して体を洗い清潔にする。その間に為吉は家の中を清潔にクリーニングする。汚れた状態じゃ治るものも治らない。

食事はどうしているのかと聞いたら果物を取って食べているとの事だ。

果汁を絞って夕刻に与える。もっと栄養価のあるものを食べさてやりたいが固形物は難しそうだった。それでも来た時よりは顔色が良くなっていた。

今は綺麗になった部屋で安静にしている。

 

さて俺達は病を治す方法について話し合った。

3人寄れば文殊の知恵だ。

何か解決策が生まれるに違いない。

やはりというべきか赤法師の知恵が役に立った。

 

「治せるはずがない、という前提を置いて考えるならば、やはり血じゃろうな。悪い血が体に悪さをするならば体から取り除けばいい簡単な話じゃな、まあ不可能じゃが」

「成程な、ようは輸血か、新鮮な血を与え続ければ治るかもしれないと」

「ここが日本ならいざ知らず、そんな高度な文明の利器は此処には存在せん」

 

それで何人死なせた事か。赤法師がまた無念そうに言う。

偉い人は言った。

 

「科学がないなら魔法を使えばいいじゃない」

「魔法でどうやって助ける魔法も万能じゃないぞ」

 

ファンタジーならヒールの魔法で治せるんだろうが、この世界の魔法は一般的なものじゃない。血を取り込み成長するヒルみたいな魔法だ。

しかしそんな悍ましい魔法も使いようだ。

俺達が使える蛇神魔法には取り込んだ動物や魔獣の力の一部を再現する変異という術がある。それを使って上手く輸血できないだろうか。例えば蜂のような針を作って輸血用の注射針を再現するとか。

 

「そんな器用な事が出来るのか?第一アナフィラキシーショックで死ぬんじゃないか」

「.....確かに何らかのショック症状は出るかもな」

 

5,6歳の子供にやるにはリスクが高すぎるか。却下だな。

次は為吉が提案する。

 

「でしたら経口摂取で血を取り込ませるというのはどうですか」

「効果は薄いだろう体質によるからなこの子はまだ若いから拒否反応を出す可能性も高い」

「拒否反応が出ないよう体質を作り替えるとか」

「そんな魔法はないだろ」

「.....いやある」

 

黙って聞いていたオシオがぽつりと呟いた。

一つだけ方法がある。

俺達がこの世界に来た時に奴がそれをやっていた。

 

「蛇神魔法第一段階『知恵の実』だ、あの魔法は他者に知恵を植え付けるだけじゃない体質を作り替える効果もある、だからこそ俺達は魔法を当然の様に扱えるんだからな」

 

それに俺の作った知恵の実を食べれば俺の血で拒否反応が起きる事はなくなる。

赤法師はまた首を振る。

 

「よしんば成功したとしても、治すには大量の血が必要になる。......確かに遥か北の国で邪血病の治療に成功したという事例の書かれた書物もあったが、それには一日中患者に血を与え続けたという話だ」

「なんだ治療に成功した事例があるんじゃないか。だったら問題ない」

 

何だよ不治の病かと思ったじゃねえか。

だったら治してみせるさ。オシオはそう言うと意識を集中させる。

この魔法を俺が使う事になるとは思わなかった。

複雑な気分だが子供を助ける為に使えるなら悪くない。

 

「蛇神魔法第一段階『知恵の実』」

 

言って指を切る。血が滴り落ちる間際に変化が起きた。

血は段々とまるい玉を形成する。まるで枝に実をつける果実のように。

実際それは最後に果物の形をとり、完成したそれは桃の姿になる。

まごうことなき大ぶりの水桃を見て蛇神が作ったのはリンゴだったのを思い出す。

もしかして個性が出るのか。

 

「さあコレを食べてくれ」

 

口元に持っていくと夕刻はそれを見る。食べさせようとするがイヤイヤと首を振る。そうだよな食べたくないよなこんな詳細不明の果実なんか。俺もどういう原理でこうなってるのか分からないし。でもコレを食べないと死んでしまう。

 

「お兄ちゃん食べて!お兄ちゃんまでいなくなったら僕はどうしたらいいの!?」

 

旋月の呼びかけに夕刻は答えた。

意を決して水桃を食べてくれた。意外と美味しいのか一度食べてしまえば完食するまで一気だった。ゴクンと飲みこみおかわりとまでとまで言った程だ。

無限の食欲が湧き上がる。

おもむろに俺は手首を切った。血がドバっと溢れる。

夕刻を抱きかかえて血を与えてみる。

飲んでくれた。後は俺がこのまま耐えるだけだ。

 

「まさか丸一日そうする気か!?死ぬぞ!」

 

普通なら死ぬだろうな。でもどうやら俺達はいま普通じゃない。

失った心臓を治すほどの無限の生命力を宿している。

たとえ一週間血を与え続けても死なない気がした。

 

 

 

 

 

13

 

 

 

 

「信じられれん、あれから半日以上ああしてるぞ」

 

血を与え始めてから既に12時間以上が経過した。

辺りはすっかり夜になり、赤法師と為吉は夜食を終えたところだ。

オシオは手を付けなかった。かなり集中力がいるとのこと。

言った通り目を瞑って集中している。

 

「凄いな狩人ってのは皆ああなのかい?それとも特別なのは彼だけか」

「えーっと彼が特別なのはそうですけど.....」

 

為吉は言いよどむ。まさか村の皆が全員並外れた生命力に溢れているとは言えない。曖昧に誤魔化しておいた。

 

「しかしなぜあの若者はここまでする?自らの命まで削って」

「......もしかしたら彼らの生い立ちに興味があるのかもしれません、彼らは飢饉戦争時に生まれただろうから」

「飢饉戦争か、虚しい争いじゃった、ただ人が大勢死んだだけの。それと何か関係があるのか?」

「意外かもしれませんが彼は五年前まで僕と同じで戦える人ではなかったんです」

「ほう......!」

 

そうは見えなかった。赤法師の目からは歴戦の狩人にしか映らない。

 

「僕達の村でも大勢の人が亡くなりました子供や女性が特に。ようやく生まれて来た赤ちゃんも、それからですね彼が強くなろうと努力したのは。僕も頑張ったんですが生憎才能がなくて置いていかれちゃいましたよ」

 

自嘲気味に笑う為吉。強くなりたい未練が見える。

それだけではないだろうがな。赤法師は納得しておいた。これ以上は野暮というもの。子供を救うのに理由はないという事だ。

 

「わしも、もちっと頑張れば主を助けられたのかの......」

「え?なんて言ったんです?」

「何でもない、ただ祈ろうぞ今は、儂にもそれぐらいなら出来るからの」

「そうですね。.....あれ?」

 

為吉が周囲を見渡す。赤法師も遅れて気づいた。

獣の気配だ。家の周辺に複数いる。囲むようにしてこちらをうかがっている。

 

「獣め食いでのある人間が来て降りて来たか」

「どうしましょう」

「迎撃に出て追い払うしかあるまい」

「だ、誰がですか?」

 

狩人は動けんか。ちらと見るが血を与え続けている狩人を見て助力を諦める。致し方ない。青い顔をしている為吉に向かって赤法師が言う。

 

「決まっておろう儂とお前さんでじゃよ」

 

錫杖を手に赤法師は戸を開ける。

家の外には猪達が待ち構えていた。10頭以上は居るだろうか。

錫杖を構え対峙する。為吉は.....。

 

「やりますよ僕は門番ですから!」

「....ふ、それでこそ男よ」

 

体を小刻みに震わせながらも武器を構えて横に立つ為吉を見て赤法師はニヤリと笑う。

猪が突進してきた。

 

___

__

 

それから五時間。

赤法師と為吉は猪の群れを追い払い続けた。

朝日が昇る中、為吉は疲労困憊の様子で。

 

「......ゼェハァ、ゼェハァ」

「老骨にこたえるわい」

 

赤法師は辺りを見渡し敵が完全に居なくなったことを確認する。

終わったようだ。

 

「お前さん中々筋が良いじゃないか」

「ほ、本当ですか、ありがとうございます......」

「見どころがある」

「赤法師さんも強いんですね」

 

何やら妙な絆が出来ていた。お互いの健闘をたたえ合いあばら家に戻る。特に為吉の剣術に赤法師は目をつけていた。

......この男、どうやら剣の才能がある。

獣や魔獣相手なら苦戦するが人間相手なら、もしかするかもしれん。

都の道場で腕を磨けば剣士としての道もできよう。

 

「.....おお!」

 

家に戻った赤法師はそれを見て感嘆の声を上げる。

何と少年の体から蛆のように湧いていた赤い痣が薄く消えかかっているではないか。治るのか本当に。昔は医者として働いていた経験上、この世界でも何人もの患者を診てきた。

時には一集落が滅ぶほどの人々に恐れらている病魔だ。

恐らくこの集落も子供達を見捨てて避難したのだ。

避難先は皮肉にも我が故郷の第一都市だろう。

あそこはいま人を集め発展しているからな。

 

見届けねばならんこれは。

これは活路の光だ。

あと少し......数時間で完全に消えるはずだ。

 

あと少し。だがそれを邪魔するように。

その振動はやって来た。

地面が震える。何か巨大な物がこちらに向かってくる。

 

「これは......何事だ!」

 

赤法師はうろたえる。その振動が止まったかと思うと、今度はミシミシと家が音を立てて壁が崩れた。いや、崩れるというより毟り取られた。

お菓子の家を頭から齧るようにしてその大猪は現れた。

 

「ブモオオオオオオ!!」

「魔猪だと......!?」

 

ふと思い当たる。最近この辺りに出没する魔獣の事を。

こいつがそれか。どうりで猪がやけに多いと思ったわい。

この親玉に率いられていたのだ。さしずめ先のは先兵か。

 

「これはまずい逃げるんじゃ!」

「シオ!」

「.......先に」

 

血を与えるのに集中していたオシオが何かを言う。

 

「先に逃げていろ、今は動けない」

「なんだって!?」

 

やってみて分かった。これには繊細なコントロールが必要になる。

命力とでも言うべきか、この命の輸血は生命エネルギーの譲渡だ。溢れ出す命力を血と共に流し込む。重要なのはバランスだ。この子の体を破壊しない程度の命力を注がなければならない。

過ぎたる回復力は人によっては逆に毒になる為だ。腫瘍と同じだ。

恐らく邪血病も命力が多すぎるせいで起こる病なのだろう。

何が言いたいかというと、めっちゃ集中する。動けないムリ。

 

為吉が悲鳴をあげる。

この状況で逃げられないってそれはもう滅茶苦茶ピンチじゃないか。流石にアレを相手に僕達じゃオシオを守り切れない。

 

「俺なら大丈夫だ構うなっ旋月を守れ!」

「分かった!」

「お兄ちゃん.....兄ちゃん!」

 

言われた通り泣いている旋月を抱きかかえる為吉、崩落した家から脱出する。

赤法師もそれに続く。

高所を目指し小高い丘に登る。そこから眼下をよく見渡せた。

三人の目に衝撃的な光景が映る。

 

魔猪が突進する、その攻撃をオシオは背中で受ける。無抵抗である。

それを何度も受け続けているのだ。

衝撃音がここまで伝わる。

 

「シオそれはえぐいってー!」

「受け続ける気か!?邪血病を治すまで!」

 

それは無茶だ。

一日中血を与え続けた上に、トラック並みの魔猪から攻撃を受け続けるなんて正気じゃない。

完治するまで、あと何時間かかるかも分からないのに、今度こそ死ぬぞ。

 

見守っていた三人が悲痛な表情になっていく。

もう見てるこっちが痛い。受ける度にオシオの体は傷ついていく。

常人なら一回で重傷になる程の傷を彼は何度も受け続ける。

何度も何度も。

 

何度も何度もそして、そこから5時間が経過した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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