吸血鬼は淫魔の夢を見るか?─スピンオフ─   作:マスター冬雪(ぬんぬん)

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第44話後の話。無理矢理感否めないが目を瞑って欲しい……


岸辺露伴のお宅訪問

 

 

「キミの『ヘブンズ・ドアー』は対象の肉体に刻まれた記憶を一筋の文章として、1冊の本として、白日の元に晒す事が出来る。人生に於いての些細な恥。得た物。善悪に正義。その人間の全て。その人物が感じた一人称の事細やかに」

 

案内された屋敷を見渡してスケッチをしていた彼、岸辺露伴は、執事に勧められて応接室のソファーに腰掛ける。

京一郎は今日は清らかさを示すかのような1枚布で作られた白い服を纏い、目の前に美しく腰掛けている。

 

本日、晴天。M県S市杜王町、端の方にある京一郎の屋敷にて。

兼ねてより約束をしていた京一郎は露伴の申し出を受け、取材を受ける事とした。

無遠慮にスタンド能力という個人の内面に踏み込んだ京一郎に眉を顰めつつも、敵対しているのでもあるまいし知られて困る事でもないと露伴は前のめりに座り直す。

 

「ぼくは漫画を描くに至ってリアリティを重要視する。人間の感じた臨場感あるリアリティこそが。それを再現する事で、より強く人に影響を与えるんだ」

 

京一郎は穏やかに微笑み、緩やかに頷く。

 

「自分で言うのも何だけど、かなり紆余曲折を経た覚えがあるわ。……今現在、キミは私をどう見ているかしら」

「……。一言で言うと、謎だ。あなたがどんな経緯で4人もの血の繋がらない子供を育てているのか。女性らしくも男性らしくもあるあなたのその口調は何なのか。この間話した職業すら疑わしい。見たところ財源は潤ってそうだ。裏に通ずる暗い何かの気配だってある。更に言えばそれを隠そうとせず、ぼくに明かしても良いと堂々としている。……愉快犯、快楽的な刹那主義。破滅願望もあるのか?……いや、あなたは確信している。どちらに転んでも致命的にならないという確固とした自信がある。何故だ?……いや、答えなくてもいい。今からそれを“読む”からな」

 

露伴の独り言じみた言葉の波に微笑みを崩さない京一郎は、静かに露伴の目を見つめている。

 

「キミのスタンドは肉体に刻まれた経験を“読む”。けれどキミは“読める”かな?───私の、魂に刻まれたそれを」

「『ヘブンズ・ドアー』!!」

 

 

 

それはまるで手記だった。流麗な筆跡のリアルが、そこにはあった。

最初の、1ページ。

 

───意識が浮き上がる。身体が痛む。いや、痛むのは身体では無い。身体の内側。魂の痛みだ。割り裂けたような痛みは、彼女が感じたもの。肉体の端から溶け落ち、掻き回され、成型され。俺は引き摺り下ろされた、彼に。生まれ落ちた。今この時。

彼に呼ばれ、伏せていた肉体を起こす。血潮に塗れ、俺はこの時、この世界に生まれた。

目に映した陽の光の差し込まぬ暗い部屋。美しい金色に浮かぶ赤い目玉は、吸血鬼そのものだった。

まさか俺を本当に淫魔にするなんて。少年は本当に酷い男だ。

 

「これは、何だ?何故こんなにも成熟している状態なんだ?」

 

人生の頁の1番初め。このスかした男の恥を、言うなれば最後に寝ションベンした時期なんかを探してやろうと捲ったそこには十分に成熟した後のそれしかない。

『ヘブンズ・ドアー』は書き込まれたその頃の知能指数がモロに出る。であるのにも関わらず、理路整然とした文章濃度。しっかりと細かに記憶されたそれは、量としては10年と少しの厚みしかない。

京一郎は微笑んだまま、瞳を閉じている。

気を取り直し、露伴は頁を捲る。

 

───今は1987年。その時期だと技術はビデオやカセットテープだとか大きなショルダーバッグのような大きさの携帯電話なんかが主流だっただろうか。馴染みがあまりない。強いて言うならアナログな証拠集め程度には使った覚えがあるが、結局その程度だ。

 

───スタンドというものは面白い。様々に、人間に備わる特殊な超能力。俺もその能力が使えるよう、彼は彼女を依代にした。彼女はどのようにスタンドを使っていたのだろう。その像が、あの時白い部屋で見た、あの映写機だとは分かっていたけれど。

 

───スタンドは魂の片割れのようなものだという。俺の肉体となり糧となった彼女はスタンドに魂の力の大部分を残していた。ひとつの肉体に魂はひとつ。彼女は魂を俺に売り渡し、ほんの少しの自我をスタンドに残して死んだのだ。彼女は俺のスタンドとなった。魂の半身。傍に立つもの。それがスタンド。俺は彼女を『ホワイト・ポニー』と呼ぶ事にした。

 

───この屋敷は停滞している。スタンド使いの数が多いが、それは彼が呼び寄せているからだそうだ。世界にこの割合でスタンド使いがいるとしたら、スタンド使いに秘匿性なんてあったものでは無い。

 

───この世界の服はこんなものしかないのか?どう着るんだ、こんな痴女のような服なんて。

 

───少年が夜毎、満たされない時に俺のベットに入り込む。その度に服を破かれるから、俺はいっそ服を着ない事にした。何だか俺が彼を待ち侘びているような様相だ。現状俺は彼の愛人なのだから、当然と言ってしまえば当然なのだろうが。

 

───餌である女が俺に対し夜這いに来たのを切っ掛けに部屋が少年の隣の部屋になった。奥まったそこはスタンド使いの生気を効率よく食べられて心地良い。

 

───レディ、頼むから差別的に能力を暴走させないでくれないか。スタンドパワーが勝手に削られるのは良い気分では無い。

 

───彼が夜に俺の部屋に来た。随分と血の匂いを、噎せ返るような性の匂いを纏わせて。他者の生気の香り。きっと物足りなかったのだ。俺にするように唯の人間の女にすれば、そりゃあ直ぐに壊れるだろう。直ぐに満たしてやろうな、可愛い俺の少年。

 

 

いやらしくて、退廃的で、淫蕩で、倫理に悖る。吐き気のする程甘ったるい、闇色の人生。

露伴は所々を嫌そうに眺め、変わり映えしない所は飛ばし、興味のある場所は何度も読み直す。

 

「きみは異世界の出身だと?その肉体は捧げたと思しき女の物?」

 

目をギラつかせ、露伴は次々と頁を捲る。

事細かな描写は京一郎の記憶能力が元々長けているだけでなく、そのように構成しなおされたからだろう。

 

「『ヘブンズ・ドアー』は肉体の経験した物を本にする。つまり魂だけ別人として移された彼のその前は本として読めないという事か……」

 

話は進む。ジョースターが“彼”を殺しに来る事。ジョセフ・ジョースターと空条承太郎。その名前に驚き、更に頁を捲っていく。様々なスタンド使い。自身のスタンドを使った戯れ。

戦闘シーンはあまりなかったが、京一郎がそれ程重要視されていたという事だろう。死なぬよう、倒されぬよう、仕舞い込まれていた。

 

───彼が死んだ。呆気なく、一晩の内に灰になった。許せるはずも無い。何故彼は俺にジョースターを殺せと言わなかったのか。俺が齎した甘言に惑わされたからか?彼が?嗚呼、馬鹿馬鹿しい。そんな筈は無い。有り得ない、有り得てはいけない。そうだ、彼は言った。備えておけと。そういう事なのだ、つまりは。死ぬつもりだったのだ。嗚呼、なんという事だろう。彼は死ぬつもりだった。俺を、この俺を置いて!!俺がおまえを孕めるからといって!!許されない。許さない。俺を此処に引き摺り下ろしておいて勝手に死ぬなんて。

ディオ、DIO、……ディオ・ブランドーッ!

ああ、孕んでやろうとも。産み落としてやろうとも。しかしおまえはおまえ自身として生まれ直すのだ。決して想定通りにしてなるものか。あのような負け犬如きにこの俺が、それを加味してやるものか。俺は夜の魔女。神の行く手を甘言を以て阻む大淫魔!決して、決して、許さない。俺はおまえをゆるさない。永劫呪い尽くしてやる。俺の愛でおまえをもう一度殺害せしめてやる、その時まで。

 

理不尽且つ身勝手。人間が吸血鬼なり淫魔なりに変じるとこのように狂気的になるものなのか。

血の滲む頁を捲る。狂気に陥った京一郎の物らしき文字はブツ切りだが、所々で見られた女の物のような文字が全て補填していた。

腹を抱え、裏切り者を吊し上げて恐怖とその悍ましい程の色によって征服していく過程。時に拷問も辞さぬ容赦の無さ。その光景を見られてなお人を惹き寄せるカリスマ。どうしようもなく、これは悪だった。

京一郎は自身の肉と内臓を引き千切りブチ撒けるかのような出産の後、緩やかに死へ向かっていた。

それを止めたのが、その愛憎を拒絶しなかった───少年、彼、或いはディオと呼ばれた男である。

 

多くの人間を誑かし、堕落させ、捧げさせる大淫婦。それが、水瀬京一郎という男だった。

 

最後の方の頁を捲った露伴は、突如背後から湧き上がったスタンドパワーに後ろを振り返る。

 

『───「うふふ」』

「ッ『ヘブンズ、』」

『───「夢へようこそ、露伴先生」』

 

自我のあるスタンド、『ホワイト・ポニー』。

嘗て何度となく暴走を繰り返したのは、本体に自身の事を知ってもらう為。ある程度の思考を有した彼女は自身の望みによって無意識に本体を操る程のもの。

そんな彼女の何よりも優先されるものは本体ではない。本体も大事ではあるのだが、それよりも優先されるもの。

“原作とは異なる場所で、原作では生存していた者が死ぬ事”。

彼女は自身の所為で他者が死ぬ事を酷く恐れる。

それ故に、その衝動のままに、自我の残滓は暴走した。

 

 

 

崩れ落ちた露伴は暫しの時を経て目を瞑ったまま起き上がり、鉛筆とメモを持ってから目を開ける。

 

「うん……?……少しぼーッとしていたか……何処まで読んだかな……ああ、此処だな」

 

続きを、時折眉を寄せながらも読み切り。1度顎に手を当て。最初の頁のその前に彼女の生前の本がある事に気付いて喜んでそれを読みつつ。

数時間の時を経て京一郎を起こす。

 

「……満足かな?」

「ええ。アンタ、ホンッットにクズだな、最高だ」

「ンフフ!褒め言葉♡」

「早速取材させてもらっても?」

「勿論」

 

 

 

露伴自身の頁には書き込みがされている。“岸辺露伴は本日水瀬京一郎邸にてヘブンズ・ドアーを介して知った事について他者に伝える事を思い付かない”。

夢の中限定の精神操作によって、露伴は全ての取材を終えた後、満足そうに出て行った。書き込まれた事は絶対だ。彼は京一郎の事をネタに出来ても、『ヘブンズ・ドアー』で読んだ事は他者に伝えられない。

部屋を作った際はごっそりとスタンドパワーを抜かれ、別れ際の京一郎はほぼほぼ満身創痍であった。

 

「自業自得だ、マヌケ」

 

取材をとグイグイ迫られたらしきディオが吐き捨てた言葉は苦々しくも、露伴のスタンドについて興味深かったのだろう、何処か満足気である。

 

「お話するのもスタンド体験も楽しかったから、俺としては満足だけどね」

 

徐にディオの腕を引き、ベッドルームへ誘う。

 

「……“食事”する気か?」

「お腹減っちゃって。いいだろ?暫く振りだもんな」

「フン……この淫魔め」

「フフ……淫魔だよ」

 

おまえだけの、ね。

 

 

 

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