火を点けろ、掠れきった心に   作:オーバードーザー

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CHAPTER1 密航

買い戻した感情が最初に訴えたのは別離の悲しみだった。

 

様子を見に来た医者に前頭前野の不調を心配されたが、どうか安心して欲しい。

 

「これは、ルビコンで流せなかった涙なんだ」

 

医者は安心したように息をつき、まだ手術はありますからしばらく安静にしているようにと言って病室を後にした。

 

飼い主、灰かぶり、戦友──共に在れたはずだった彼女、ルビコンに生きた多くの人々。

各々賽を投げた彼らは川の向こうへ行ってしまった。

 

だけど自分は、まだ握りしめた賽を投げられずにいる。

こうしてルビコンから遠く離れた惑星の病院に来たのも、ウォルターとカーラが退職祝いに残してくれたツテを辿っただけで、自ら選択したとは言えない。

 

物思いにふけっていると、退室したはずの医者が戻ってきていた。

彼が言うに、締結されていた契約では次にどの程度の再手術を行うかは患者に一任されているらしい。

 

チェック項目が表示されたタブレットを手渡されたので内容を確認する。

しばらく目を通してから、確認のために口を開いた。

 

「これ以上の再手術、少し待ってもらうことは?」

 

医者は少し驚いた様子で、可能ではあると回答した。

そして、これ以上長く身体にコーラルを留めておくのは危険だ、とも言った。

 

承知の上だ。むしろ、今の状態の方が都合がいい。

それに、コーラルが抜け切ってしまえば彼女を感じることはできなくなるかもしれない。

 

「友人からの、最後の依頼を思い出したんです」

 

 

 

 

 

 

ISB2262 惑星ルビコン3は「レイヴンの火」によって永久に放棄されることとなった。

価値を失った死に体の星に企業も封鎖機構もなく、星系を監視していた目は尽くが炎と嵐に焼き消された。

 

そんな終わりを迎えた星に一人、密命を帯びた密航者が現れた。

今回は衛星砲による妨害もなく、一人悠々と焼けた大地の上に降り立ち、ACを起動させる。

 

座標はグリッド135──ではなく、ウォッチポイント・アルファだ。

強化人間C4-621の目的は現在位置の地下に存在する技研都市跡地、そしてバスキュラープラントに存在する。

 

以前と勝手が違うACをぎこちなく動かしながら、砲台も無人兵器もない縦穴をゆっくりと降下していけば、過去の遺物の群れが来訪者を出迎えてくれる。

この場所も「レイヴンの火」によって無事では済まなかったが、一度生まれたものはそう簡単には消えないらしい。

 

 

手術を保留した621は手始めにかつてのレイヴンを真似て情報を流していた。

 

「レイヴンの火」の生き残りは“残り羽”と呼ばれているが、当時そこで何が起こっていたのかを正しく知るものは彼らの中でも少ない。

一番多くの情報を知っているのは企業や封鎖機構に所属していた人々だが、彼らの口には飼い主によってきつく轡がはめられている。

在野の残り羽には封鎖機構の目が光っているか、重度のドーザーかの二つに一つ。

万一どれにも当てはまらない羽があっても『処分』を恐れて口を割らない場合がほとんどだろう。

 

よって、正しく「レイヴンの火」を知り、それを話してくれる残り羽は実在性を疑問視されていた。

 

そこに621は火種を投下した。

『自分は残り羽だ。ルビコンで何が起こったのか、それをよく知っている』、と。

残り羽どころか、羽の持ち主ではあるのだが。

 

ほとんどの人間には相手にされなかった発信だったが、ある企業の目に留まり621は久方ぶりの仕事に従事することとなる。

声をかけられた621は既に収集していた調査技研のデータを幾つか提出し、「これ以上は現地調査が必要になる」と唆した。

技研の研究データを前に脳を焼かれた企業は621の思惑通り、現地でのデータ回収を言い渡したのである。

 

 

もちろん、621には足と大義名分が必要だっただけ。

本来の目的は喧嘩別れになってしまった彼女──エアを探すためだ。

 

621は「レイヴンの火」でコーラルは全て焼き払われたとは思っていない。

かつての「アイビスの火」でさえコーラルを消滅させることができなかったのだから、二度あることは三度あるだろう。

もし残留しているコーラルを発見できれば、もしかしたら彼女にまた会えるのではないかと。

 

また会えたなら、謝ろう。

もう会えないなら、お別れを告げよう。

 

どちらにせよ、621はルビコンに訪れることには意味があった。

 

そうして思考を切り替え、ひとまずは企業の任務から片付けようとACを駆ろうとした、その時である。

 

『通信が入っています』

 

久しく聞かなかったCOMの音声に眉をひそめた621は訝しみながらも回線を開く。

 

『登録番号 Rb23 強化人間 C4-621 レイヴン』

 

『依頼があります。こちらが指定する座標まで至急向かってください』

 

もはや聞くことはないと思っていた声が耳を打った。

 

「オールマインド?」

 

621は少々手こずりながらも応答を返したが、支援システムからの返答はない。

 

廃棄されたこの星でシステムが生きていたのか、それともオールマインドを騙った誰かの罠か。

 

──どちらでもいい。

道を阻むなら倒すまで。

 

621は指定されたマーカーへと機体を向け、アサルトブーストを点火した。

 

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