火を点けろ、掠れきった心に   作:オーバードーザー

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騙して悪いが、ドーザーの書いたSSなんでな。



CHAPTER4 情動

「レイヴン、レイヴン、何故技研都市を周回しているのですか。早く脱出しましょう」

 

でも依頼だから、と621は短く返す。

技研都市データ回収の依頼を受けた理由こそ密航時に助力をしてもらうためだったが、621が独立傭兵だった頃の『一度受けた依頼は必ず遂行する』癖は抜け切っていなかった。

なので彼が六文銭と遭遇したのはアリーナの中だけであり、討伐対象のV.VⅡ スウィンバーンはしっかり撃滅している。

 

「レイヴン、調査技研の研究データが必要なら私の中に入っていますから」

 

首を傾げた621にここですよとケイトの指は自らの頭を力なく小突く。

 

「生き残っていたものしかありませんが、それでも貴方が一つ一つ回収するよりずっと効率がいい」

 

621はACの動きを止めて考える素振りを10秒。

そして「それだとケイトを提出することになってしまう」と言ってデータ回収を続行する。

 

「まさか私を心配して」

「いや、データ取得のタイムスタンプがないから信憑性が皆無だ」

「そのくらい私が──」

 

ケイトが反論しようと開いた口は、しかしゆっくりと閉じていく。

今の彼女は傭兵支援システムではない。コーラルを用いた義体とはいえ、自分が影響を及ぼせる範囲は一人の人間のそれと大差ない。

ついでに言えば、本体だったサーバー群は盗用防止のため既に凍結処置を施してしまったので、ケイトがタイムスタンプ偽装を行うには圧倒的に設備が不足していた。

 

「あぁいえ、はい……何でもありません、レイヴン。どうぞ仕事の続きを」

 

自分は何を期待していたのだろう。

それも私の計画を尽く砕いてきた実行犯に。

 

まさか心配して欲しかった?

傭兵支援システムであるこの私が?

初等傭兵教育プログラム1から手をつけていない独立傭兵に?

 

ケイトは自身の中でそんなわけがないだろうと心中結論を出し、さもニュートラルです私はと言わんばかりに居住まいを正した。

そのような疑念が湧いてしまう時点で既にシステムの枠から逸脱してしまっていることを、残念ながら彼女はまだ認識できずにいた。

 

 

 

 

辛うじて生きていたデータを回収し、地上に戻る頃にはもうとっぷりと日は暮れていた。

 

コーラルで稼働しているケイトはともかく、再手術によって多少は人間らしい機能を取り戻した621の身体は休息を欲している。

一応ケイトにも相談し、二人は野宿することにした。

 

ウォッチポイントの入口から数キロ離れた平野にACを止めた621は機体内部の空きスペースに積み込んでいたキャンプ用品や食料を取り出し始めた。

 

レイヴン、もしかして貴方は遊びに来たのでは?と訝しむケイトの視線に気がついたのか、621は照れくさそうに笑った。

 

「一度でいいからこういうことがしてみたかった」

 

お前自身の選択が、お前自身の可能性を広げる。

そう自分の飼い主は言っていた。

 

だから、再手術直後で入院中だった時も、彼は思いついたこと、興味を持ったことにずっと取り組み続けた。

仕事でルビコンⅢに来たとしても、それは変わらない。

 

二人は非常に手際悪くテント張りを行い、息切れになってから焚き火を囲んだ。

 

「本当は一人きりですると思っていたんだ」

 

沸かした湯で戻したフリーズドライのスープ──ケイトは初体験の感触で目を白黒とさせている──をすすりながら621はぽつりと呟いた。

 

「……準備が無駄にならなくて良かった。ケイトのおかげだね」

 

これが熱、これが味、これが食感。

残念なことに彼女は鮮烈な体験を前に目の前にレイヴンがいることを忘れている。

 

「モニターで景色は見えていたけど、自分の身一つでここにいるのは初めてだから、新鮮だな」

 

ケイトはむせていた。

加減が分からなかったのだろう。喉を通る液体の許容量をオーバーしてしまったようである。

 

「ウォルターは見たことあるのかな。こんな綺麗な星空を」

 

ようやくケイトは落ち着きを取り戻していた。

やはり傭兵支援システムに不可能などない。人の器を得ようとも、やはり私は私で──

 

やっと周囲に気を配る余裕が生まれたケイトの思考はそこで中断された。

 

「──レイヴン、泣いているのですか」

 

いつの間にかスープを飲みきった621のカップにはぽつぽつと水が注がれていた。

 

「一緒に、見たかったなぁ」

 

過ぎ去った時は戻らない。

取り戻した感情は、取り返しようのない過去を求め、行きどころを見失い、外へと溢れ出す。

 

「うぉるたぁ……選ぶって難しいね」

 

選択の結果、621は多くを失った。

 

「かーら……ごめん、今はぜんぜん笑えないや」

 

心を取り返したはずが、心から笑えなかった。

 

「えあ、えあ……ごめん、ごめんなさい」

 

決別を確かに自覚できたのは全てが手遅れになってからで。

 

「………………私は、傭兵支援システム」

 

肩を震わせてもう川を超えてしまった人々へ懺悔を繰り返す621。

ケイトは長い長いため息の後、そっと彼に近づいた。

 

「メンタルケアは専門外ですが…………善処しましょう」

 

これも人を知るためで、特に他意はありません。レイヴンが不安定なままでは私が困ります。

誰も聞いていない言い訳をぶつぶつ言いながら、泣きじゃくる子どもあやすように、ケイトは621を抱きしめた。

 

しばらくそのまま、彼が恥ずかしさで顔を赤くするまで、不器用な抱擁は続けられる。

膝立ちで鎮座するACだけが、その様子を見届けていた。

 




買い戻した感情が後悔に振り回される621と人の器を得たことによる初体験で思考ルーチンが盛大にブレ始めるオールマインド

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