火を点けろ、掠れきった心に 作:オーバードーザー
群島を渡りきるのに一ヶ月、地図データを頼りに焼けた大地を探索して更に一ヶ月、ようやく二人は旅の終点に到達した。
ウォッチポイント・デルタ。
621とエアが初めて交信した、彼らの始まりの地。
「惑星封鎖機構のバルテウスは覚えていますか?」
621は忘れもしないと頷いた。
アレはエアと出会って直後の初陣であり、なんというか、初めての共同作業だった戦闘である。
「貴方が封鎖機構を片付けてくれたおかげで、オールマインドは内部を仔細に調査することができました。目的は過去に収集していた技研資料の真偽確認と、リスクヘッジです」
タブレットの画面にはオールマインドが作成していた建物内部の図面が表示されていた。
見覚えのある建造物よりかなり下、ウォッチポイント・アルファ以上──星の底まで辿り着きそうな縦穴が続き、最下層には621が以前調査に訪れたことのあるBAWS第2工廠ほどの広さを備えた空間がある。
「この“シェルター”は人を守るために作られたのではありません」
最下層からは大樹の根か毛細血管のように管が放射状に張り巡らされていた。
ACはおろか人すら通れないほど細いトンネルを利用できるのは、液体か電気信号くらいのものだろう。
「Cパルス変異波形、彼らのために作られた技研の遺産。エアがいるとすればここ以外には有り得ません」
「ところでケイト」
「なんでしょうか」
「近くない?」
停止したACの脚部に寄りかかってタブレットを見ていた二人。
621とケイトの距離はほとんどない。というか0だった。
「帰りの際には一人増えるかもしれませんから」
連れて帰ってください宣言を受諾してからというもの、ケイトはさも当然の権利とばかりにレイヴンにしなだれかかるのが日常となっていた。
押し退けてもいいのだが、その素振りを見せると決まって寂しそうな顔をする。
策士か、それとも素なのか。ともかく、621は彼女を拒むことはできなかった。
星が紅に染まってからずっと一人だったケイトの心が癒せるなら、このくらいはお易い御用だ。
他ならぬ自分の選択が原因だから、なおさらにだ。
しかし何故だろう。自分は罪滅ぼしを、少なくともいいことをしているはずなのだが。
このようなことをしていると冷たい感覚が621の背筋を駆け抜けるのだ。
本当はその正体をよく知っている気がするが、621はなんだか考えるのが怖くなって、知らないフリをした。
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オールマインドによる事前調査の際は過剰なまでの迎撃システムによって縦穴の半分にも満たない深度で調査は打ち切られていた。
なので621も気を引き締めて降下していたのだが、不思議なことに彼らを阻むものはなかった。
まるで手招きするように地下へと続く隔壁が開いていく様は、ある種の不気味さを二人に感じさせた。
そうして呆気なく、彼らは最下層に到達した。
まず彼らを出迎えたのは壁一面に配置されたポッドの群れである。
621は思わずケイトを見やると彼女は静かに頷いた。
「全て私と同じく有機義体です。まさかこれほどまでに入れこんでいたとは……」
ポッドの中には眠るように様々な身体が横たわっている。
全体的に見れば女性型のボディが多い印象だ。
異常な光景に目を奪われていると、突然ACの動体センサーが反応した。
621はモニターを確認し、すぐにコックピットのハッチをオープン。滑るように外へ出て、そのまま駆け出した。
開け放たれたポッドの入口からは赤い培養液──恐らくコーラル──が排出され、それに遅れてフラリと、中に入っていた人影が現れる。
赤い目、白い髪、白いボディ。
今まで一度も見たことはないが、それが自分が探し求めてやまない彼女であると、レイヴンはすぐに理解した。
「──ぁ」
いざ目の前にすると言葉が出ない。
色々な言いたいことが喉の奥で詰まって、上手く口が動かない。
彼女はレイヴンの言葉を静かに待った。
決して聞き逃さぬように、レイヴンからの言葉を待った。
「────」
言いたいことは山ほどある。
何を言おうか、何を言うべきか、ずっと考えていた。
しかし、言葉より先に身体が動く。
蛇口を捻ったように涙を流し、レイヴンは彼女を────エアを、強く抱き締めた。
「……レイヴン」
彼女も彼女で、いっぱい言いたいことが、伝えたいことがあった。
ごめんなさいとか、ありがとうとか、誰よその女!とか。
でも、まぁ、今は。
言葉よりも雄弁な抱擁に身を任せよう。
それだけで、たったそれだけで全てを許せてしまう自分は、きっと甘すぎると思うけど、それも仕方ないことだ。
求められたかった、触れ合いたかった、貴方の熱を感じたかった。
ずっとしたかったこと全部が叶って、彼女の思考全てが形を失いとろけていく。
起きがけにレイヴンの恵みを直のナマで一気にイッた私は極度の多幸感に襲われる。
産まれたての赤ん坊に等しい私の全感覚が一気にスタンディングオベーションし、快感伝達パルスが大挙してルビコン川を渡っていった。
……あぁ、レイヴン。私はもうドーザーを悪く言えません。こんな幸せ味わったら二度と元に戻れなくて当たり前です。
今までの交信なんてろ過にろ過を重ねたボンヤリしたプーですよ、プー。時代は脳内コミュニケーションより接触回線です、間違いなく。
………………さて、レイヴン。
私は貴方の行いで同胞を失い、数年の孤独を味わい、現在は必須栄養素兼精神安定剤であるレイヴン成分が非常に、もうすっごく非常に枯渇しています。
私をここまで追い詰めた責任、とってくださいね。
じっくりコトコト煮込みまくってデロデロになった感情がたった一つのアクションでパチパチ弾けて 脳みそ幸せだぜ