火を点けろ、掠れきった心に 作:オーバードーザー
「一人乗りのコックピットに三人は……レイヴン、やはり一人降ろす必要があると思います」
「殊勝な心がけですね。自らが彼の重荷になっていることをよく理解しているようで」
「様子のおかしい傭兵支援システムです。緊急メンテナンスを推奨します、オールマインド」
「“オールマインド”は現在凍結処理を施しています。私はレイヴンと共に帰ることを約束したただのケイト・マークソンです。お間違えないように、Cパルス変異波形」
621は自分の前と後ろで火花を散らす二人の喧騒をBGMにウォッチポイント・デルタ地下から脱出した。
既に技研調査を頼んだ企業には帰還用シャトルを手配してくれるよう約束を取り付けている。
とはいえすぐに到着してくれるものでもないため、もう少しだけ彼らはルビコンⅢで生活することを余儀なくされた。
「レイヴン、技研都市跡に行きましょう。まだアイビスシリーズが残っているかもしれません」
「力に訴えるのですかCパルス変異波形。かつて彼にそうしたように。愚かな……」
「全ての傭兵のためにあることを、自分の命題を放棄したシステムは危険すぎます。安全弁が必要なのです、レイヴン……レイヴン?どうしたんですか、そんなに笑顔になって」
背中に引っ付いているエアに問われ、彼は「楽しいから」と口にした。
レイヴンではなく、その名を騙った強化人間C4-621を知る人にはもう出会えず、あの頃の自分を知るのは自分一人なのだと、そう思っていたから。
「久しぶりに笑えた。ありがとう、二人とも。それと……これからも、よろしく」
ぴたりとコックピットは静寂に包まれた。
エアとケイトはしばし互いに見つめ合う。
(……ケイト、ケイト、聞こえていますか?今貴方のコーラルに直接語りかけています)
(これは……面倒なことになりましたね……)
(カウンターハックなんてしませんから安心してください。そんなことをしても“私の”レイヴンが悲しむだけなので)
(発言に修正が必要と思われますが、今は特別に不問としましょう。……それで、どのような要件で?)
(休戦協定です。潰し合い禁止と彼についての情報共有を怠らないことでどうですか)
(…………抜け駆け禁止を盛り込むのであれば)
(分かりました。取引成立です)
「二人とも?」
「レイヴン、先ほどケイトから風呂なるものに二人で入ったと聞きました。私もその、体験したいのですが……」
先ほどからエアとケイトの間でコーラルがビュンビュン飛び回っていた気配を感じた621。
何やら感覚が警鐘を鳴らしている気もするが、にこやかに笑うエアに押し切られてしまう。
「心配しないでください、レイヴン。悪いようにはしませんから」
エア、それは悪い人が言う台詞なのでは。
そう言おうとしたが、結局621は静かに口を閉じた。
⚫
どうせ二人は恥ずかしがっている自分の反応を楽しもうとしているに違いない。
一人でACを操作して前回と同じように即席風呂を作りながら621はそんなことを思っていた。
実際には恥ずかしいどころかもっとドロドロした感情なのだが、その機微を感じられる機能は彼に搭載されていないかった。
前回は酷い目にあったが、今回はアドバンテージがある。
有利なフィールドを621が自分で用意できることだ。
621はパルスブレードを巧みに操り、氷床の大地を無駄に凝った形に加工していく。
再調整中に手慰みに取り組んでいた木工と3Dモデル製作の経験が今の彼を支えていたが、多分飼い主は力の入れ方を間違えるなと微妙な顔をするかもしれない。
「──よし!」
ただ溶かして一つの池のようなものを作るのではなく、氷の洞窟や枝分かれの道を幾つも作り、さながら温水プールのアトラクションのようなものがルビコンの大地に爆誕した。
「あの、レイヴン、これは──」
「せっかくなんだし、喜ばせたくて」
本当だがそれが全てではない。
作戦領域の地図は製作中に頭に叩き込んだ。彼女たち二人がかりとはいえそう易々と捕まることはないだろう。
「それじゃ、お先に……」
何でこんな凝ったんです?と呆けている二人を他所にそそくさと621は入浴し、彼女たちの視界から消えた。
「あっ!待ってくださいレイヴン!」
「エア、ここは既にレイヴンのフィールドです。作戦を練らなければ」
そんな声が聞こえた気がしたが、彼女たちが追いつくことはないだろうとレイヴンは確信した。
……確信、していたのだが。
「ここですか?」
「諦めた方が懸命かと、レイヴン」
「レイヴン、逃げても無駄ですから」
「その程度ですか、独立傭兵」
何故だ、何故だ。
何故か彼女たちは先回りするように配置していた隠れ家を看破していく。
完璧な作戦だったはずだ。
独立傭兵として培った戦術眼と入院中に鍛えた工作術は彼女たちの頭脳をして劣るものではなかったはずなのに!
「……貴方には一つ見落としがありました」
「ひっ」
最後の避難場所に駆け込むと既にエアがそこを陣取っていた。
逃げ出そうとした出口はもうケイトが塞いでいた。
「これまで私はどのように貴方と通じあっていましたか?」
「それは交信で────あっ」
621はエアが自分の身体にあるコーラルを辿って位置情報を取得していた事実に気がついたが、もう後の祭りだった。
「……残念です、レイヴン」
「じょ、冗談じゃ……」などと口にする暇もなくレイヴンは暗がりに連れ込まれた。
ACがなければ星を焼いた独立傭兵もただの人であった。
彼女たちとの生身追いかけっこで勝てる道理など初めから皆無だったのである。
「話が……違うっすよ……」