§§§
『なあ、ラミー、アンタ本当に大丈夫かい? コーラルドラッグをキメ過ぎたんじゃないだろうね!』
あたしはそう言った。
ここ暫くラミーの様子がおかしい。
3か月前、ラミーの奴がドラッグをキメ過ぎて意識不明になったが、それ以来奴は変わってしまった。
「俺は薬はやらない。……いや、もうやらない。それよりボス、何か仕事はないのか?」
「なんだい、随分と真面目になっちまって……。仕事? 金が欲しいのかい? そういえばアンタ、ヤクをやらなくなったのはいいけれど、随分パーツを買い込んでるそうじゃないか」
「中々しっくりくるものがなくてね……後、腕が鈍らない様にしたいというのもある」
「ふぅん、そうかい……まぁ仕事が無いわけじゃないよ。ここ最近コウモリ野郎共からのちょっかいが増えている。この前も連中の威力偵察が来ただろう? まあアンタは寝ていたけどね」
あたしがそういうと、ラミーは頷く。
といっても前回の襲撃の時、ラミーは居なかった。コイツは本来、あたしらの拠点であるグリッド086の門番の仕事をしているが、襲撃時は意識不明で医療ポッドへぶち込まれていたからだ。ラミーが目を覚ました時にはコウモリ野郎共の威力偵察は撃退されていた。
笑えるのはここからで、目覚めてからのラミーはラミーじゃなくなっていた。姿形はラミーだ。でも中身はラミーじゃない。なんせ、まともすぎる。
昼間からドラッグをキメる事もないし、俺は無敵だなんていう誇大妄想狂染みた事も言わなくなった。
「ちょっとした筋からの
さてどう答えるか。
「斬り込み隊長か。悪くない。斬り込むのは好きだ。だったら、ちょっと頼みがある。マッドスタンプ……だったか。乗り換えられないものかな。もしくは、パーツを換装できればいいんだが」
ラミーは『マッドスタンプ』というちょっと笑えるACを愛機にしていたが、どうやら好みが変わったらしい。機体でもACだってタダじゃない、稼ぎを全てドラッグにつぎ込むラミーには金がない。当然あたしは断ろうとおもった。
でも、念のため話を聞いてみることにする。
「へぇ……趣味が変わったのかい? 一応聞いておくけれど、どんな機体がいいんだい」
そこでラミーが言った事は、余り笑えなかった。自殺志願者にしか思えない。あたしが言えたセリフじゃあないが、あたしの場合は距離を取る事が第一な分、ある程度の安全は担保されている。ラミーは違う。真逆だ。何だい、両腕にブレードっていうのは。やはりコイツ、変わったんじゃなくて壊れたか?
「あんたねぇ……まともになったかと思ったらやっぱりラリってたかね。死ぬよ?」
ラミーは答えた。
「いや、いいんだ。俺とバーブドワイヤーはずっとこれで戦ってきたんだ」
──バーブドワイヤー?
聞き慣れない単語にあたしが怪訝な表情を浮かべると、ラミーは重ねていった。
「ああ。マッドスタンプっていう名前も悪くはない。でも、ちょっと気分が変わったんだ。これからはバーブドワイヤーと呼ぶ。ボス、あんたが俺の機体を調整してくれるなら、きちんと仕事をしてみせよう」
ラミーは自信に溢れていた。
その自信は普段見せる空虚で根拠の無い自信じゃあない。
──まるで歴戦の傭兵みたいな雰囲気だねぇ……
あたしは面白くなった。
ラミーが完全にイカれた可能性もなくはない。
コーラルドラッグで神経系が完全にバグって、人格が吹っ飛んだ可能性は高い。
でも、ラミーの目はヤクに溺れた奴のそれじゃない。
あのラミーがきちんと仕事だって?
そこまで言うなら見せてもらおうじゃないか。
§
インビンシブル・ラミーこと「間抜けのラミー」。
アリーナランクは最下位で、重度のコーラル中毒者。
常にヤクをキメており、素面の時の方が少ない。
ACの腕も酷いものだ。適当に跳ね、適当にチェーンソーを振るい、適当に撃つ。
それでも敵対組織「ジャンカー・コヨーテス」のMT部隊に対してはある程度の示威にはなっていたが。
だがある日を境に彼は変わった。
まず、コーラルドラッグをキメなくなった。
そして暇があれば開発部門に顔を見せる様になり、機体のアセンブルについて勉強をしている。
要するに、非常に素行が良くなったのだ。
だが何より変わったのはそのAC操縦技術である。
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カーラは舌を巻いた。
映像はつい先日の襲撃を撮ったものであり、映像の中ではラミーが駆る『バーブドワイヤー』がコヨーテスのMT部隊に襲いかかっている。
──これは……
凄まじい動きであった。
たかがMTと言っても、それは元はRaDから持ち出された技術で作られた機体だ。
そんなMT群をラミーは文字通りにバラバラに引き裂いた。
それまでの様な考え無しのジャンプなどはせず、QBとABをこまめに使い分け、自身が一振りのブレードになったかのような鋭い機動を見せる。素早く動きまわるだけではない。勢いを一切落とさずに、すれ違い様に斬って捨てるのだ。
当然敵MT部隊も応戦はする。
敵群に飛び込んだのだから四方を囲まれ、撃たれる。
しかしラミーは小刻みなQBと慣性でその全てを躱してしまった。そんな真似はそれなりに腕の立つカーラにだって出来ない。
アーキバスのヴェスパー部隊、ベイラムのレッドガンでもあのような動きが出来るかどうか。
カーラは「出来ない」と判断した。
ただ殲滅するだけなら出来るだろう、しかし無傷というのは難しい。何せ相手は数がおおく、それもただのMTではない。しかも遠距離から一方的に狙い撃つわけでもなく、飛び込んでいるのだ。多少なり被弾はする。しかし、ラミーはただの一発も被弾する事はなかった。
軽く頭部を傾げ、背後からの弾丸を躱した映像を見た時は映像それ自体に手を入れられているのか疑ったほどだ。
当然、カーラとしてはラミーを疑う。
──コーラルドラッグでラリってハイになっている? それとも……あたしが知らない間に強化人間手術を……いや、強化人間だったとしても、それも現行最新の第10世代強化人間だったとしてもあれは出来ない
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彼が強化人間であることは間違いはない。彼は大きなリスクと引き換えに強化人間手術を受けた事がある。
ただし、ここではない、どこかで。
§
かつて
AIによって制御される"レイヤード"では、人々は必要なもの全てを管理者と呼ばれるAIから提供されていた。この安定した環境で多くの企業が台頭し、競争が激化する。
管理者を制御せんとする大手企業ミラージュ、管理者を信奉する次点のクレスト・インダストリアル、自社拡大に専念するキサラギ、そして管理者に反対する市民団体ユニオン……複数の企業と組織が時には協働し、時には激突した。
その中で特に目立つのは、戦闘用アーマードコアを操るフリーランスの傭兵……レイヴン。グローバル・コーテックスと呼ばれる傭兵斡旋組織に所属する彼等は、金や名誉、自己満足のために戦場で力を振るう。
だがある日、人類を保護するはずの管理者が狂った。各企業へ攻撃を加え、企業はしかし、それぞれの信念に従って行動し、混乱は拡大した。
そんな中、一人のレイヴンが管理者の部隊を相手に大きな功績を上げ続ける。
様々な企業の思惑が交錯し、管理者に対して一致団結できない人類勢力の愚を尻目に、そのレイヴンはついに管理者の中枢を破壊する事に成功した。
管理者の破壊により、人類は何を手に入れたのか。
それは人工ではない空だ。巨大なゲートが開かれ、人々は本物の太陽の光を浴びる。人類はこの日、地上へと進出したのである。
しかしそれは新たな闘争の時代の始まりでもあった。
数年後。
企業は再び利権をめぐって激突し、グローバル・コーテックスも多くのレイヴンを統括し、仕事を振り分け、戦鴉は数多の戦場に駆り出されていた。
AC『バーブドワイヤー』を駆り、アリーナランクA-2に位置する彼、ポーキュパインもそんなレイヴンの一人であった。希代のブレード使い、異端のアセンブル。彼はアリーナで最も華やかに戦い、そして勝利する。極めて僅かな期間、アリーナのトップに君臨したこともあった。
兎も角も地上の開発は瞬く間に進み、残す所は
だがこの
しかし人類の強欲の手は、少しずつ
だが調子に乗った人類は痛打されるのがこの世界の常でもある。欲に染まった人類を、企業を強かに打ち据えるかのように旧時代の文明が、技術が企業に牙を剥いた。
暴走する無人機、暴走する衛星砲。
企業は最早相争う所ではなく、連帯し、事に当たる様になる。そこで活躍したのはとある一人のレイヴンであった。ポーキュパインではない。ある時突然頭角をあらわした新進気鋭のレイヴンである。ポーキュパインはアリーナでこのレイヴンと相見えたが、死闘の末に打ち破られ、アリーナトップの座から叩き墜とされた。
しかし、ポーキュパインはそれを怨みには思わない。
何故なら……
──奴には翼がある
そう思ったからだ。勿論比喩である。
§
強化人間手術は過酷で、残酷だ。
廃止されるには廃止されるだけの理由がある。
しかし人は力を欲してやまない業深き生物であり、そんな者達の為に開発されたのが“OP-INTENSIFY”であった。
これは何も不可思議なパワーを持つ万能のパーツというわけではなく、本来ACが可能な所作の制限を解除するものに過ぎない。
ただし制限されるにはされるなりの理由がある。人体は完全解放されたACの挙動に耐えられないのだ。その負荷を生来の強靭さや特殊な訓練を積む事で克服したのが現在のアリーナの上位ランカーの面々であった。
だがポーキュパインは、強化人間という札を更に追加した。
なぜ強化人間手術が廃止されたのかといえば、簡単に言えば人として生きられなくなるからである。
例えば感覚の拡張。
強化人間はレーダー無しでも周辺状況を探査できる。
自身の感覚領域を拡張できるからだ。
そしてこの感覚拡張はACにも及ぶ。
ACを操作するわけではない。
強化人間は自身がACと化した様に戦えるのだ。
例えば標的を撃ちたいとする。
強化人間はまるで自分の腕を動かす様に腕を動かし、狙いをつけ、撃つことができる。
生身ならばこうは行かない。
思うだけでは腕は動かない。
自分の腕を動かしてもACは動かない。
操作が必要だ。
結局操縦桿を握るのだから同じだろう思う者もいるかもしれないが、例えば呼吸。息を吸って吐くという動作は意識的に行っているだろうか。自然と行っているはずだ。それが強化人間にとってのAC操作の感覚だ。
だがそれを意識的に息を吸って、そして吐いてと行わなければ呼吸ができない……それが生身の人間である。
これでは差が生じるのは当然と言える。
しかし、余りある感覚拡張は日常の生活をすら困難なものにする。数百メートル先で誰かがしたくしゃみ、地面の下で蠢く無数の虫がたてる音。蝋燭の灯でさえも発狂しそうになるほどに辛く、風が皮膚を撫でるだけで掻きむしられたかのような感覚を覚える。
狂わずに居られるだろうか?
普通は狂う。
しかしポーキュパインは耐えた。
心が特別強かったわけではない。
ただ、感覚拡張の苦痛よりずっと辛いものがあったのだ。
剣豪などと言われても、結局アリーナのランクはC-5止まり。キワモノアセンブルの中堅レイヴン。元々はCー4ランクだったが、カラードネイルというレイヴンがあっさりと抜きさっていった。なすすべもなく敗北したのだ。カラードネイルが駆るAC『グラッジ』は逆脚で上方を取り、避けづらい軌道でグレネードなどを乱射してくる。これをされると地に足をつけて地べたで戦うバーブドワイヤーはたまらない。飛ばれるとブレードが届かず、自らが飛んでもグレネードで撃ち落とされる。グラッジは機動力にも優れ、追いすがる事もできない。
ろくに抵抗もできずに敗北したポーキュパインに、カラードネイルは言った。
『アリーナでレイヴンごっことはな。おめでたい奴だ』
両腕ブレードの汎用性の無さ、対応能力の低さ。
ポーキュパインの依頼達成率は決して高くはない。
だが彼はアセンブルを変えない。
ポーキュパインはこのご時世、わざわざこんなアセンブルを貫きとおしているような男だ。非常に頑なで、非常に純粋で、非常に負けず嫌いなのだ。
ましてや、弟子たちが見ている試合での醜態。
勝利するだけならまだしも、煽りまでいれてくるという舐め腐り具合。
意地とプライドが彼を修羅にした。
“OP-INTENSIFY”と強化人間手術の相互作用により、現在のポーキュパインは強化人間としての能力を極めつくしたといっても過言ではない。当初はC-5であったアリーナランクはA-1にまで伸び、頂点を獲った。しかしすぐにここ最近急激に実力を伸ばしてきたレイヴンに敗北を喫した。
だがポーキュパインはそれを怨みには思わない。
──奴には翼がある
そう思ったからだ。
怨みつらみ、承認欲求、力への渇望。
感覚が増強されたポーキュパインはそれまで以上に自身の深層をのぞき込むことが出来た。
自分がどれほど多くの "不要物" に縛られているのか。
鎖が腐りとなり、精神を鬱血させている事を彼はよくよく理解していた。
だが、ポーキュパインが言う所の "奴" は違った。
ポーキュパインを打ち倒したレイヴンは真なる意味で自由であった。
ポーキュパインはそれをして翼があると表現したのである。
§
──OPERATION CODE:SPARK PLUG
『先日の探索によって発見された、旧施設への侵入作戦を行ないます。作戦の目的は最深部の動力装置を破壊する事です。動力装置を破壊し、施設を停止させた後、 研究班を送り込み今回の自体に関する謎を解明します。今回の騒動を巻き起こしたAI研究者は一体どこに潜伏しているのか? クレーター群の地下に存在する巨大な空洞とは一体何なのか? それらの謎に関する答えの一端が、「OLD COURT」と名付けられたこの施設にあるはずです。作戦は複数のレイヴンで同時に遂行されますが、内部はどのような状態か全く不明です。かなりの危険が予測されます。万全の状態で挑んで下さい』
グローバルコーテックスからの依頼は、歴戦のレイヴンであるポーキュパインをして心肝を寒からしめるものであった。幾つもの死線を潜り抜けてきたポーキュパインだからこそ分かる。
機体に強化人間搭乗時と同等のスペックを付与する恐るべきパーツ、“OP-INTENSIFY”のみでは飽きたらず、現在では廃止されている強化人間手術を受けてまで戦いの場に在り続けようとした彼だからこそ分かる。
──俺は、ここで死ぬ
己という存在から濃厚に香ってくる死の匂い。
だが依頼を受けないという訳にもいかない事情があった。
人類という種が生き残る事が出来るか否かという状況で、危なそうだから辞めておきます、などとはとても言えない。もしそんな事を言おうものならば……
──レイヴンとしての俺は終わりだろうな。俺自身が消される事はあるまい。コーテックスはレイヴンを統括するが、レイヴンの上位者ではない。俺たちは依頼を選ぶ権利がある。しかし、コーテックスにだって依頼を流す流さないの権利がある
──レイヴンとしての死か。それとも生物としての死か。どちらかを選ばなければならない。だが、悪材料ばかりでもない。奴も参加するだろうからだ。この場面で最強のレイヴンをコーテックスが選ばない理由はない
§
ポーキュパインの視界に映る何もかもが緩やかになる。まるで時の流れをせき止めているかのような光景だが、当然如何な彼とてそんな事は出来ない。しかし極まった集中力ならば、相対性理論を打ち砕く事も出来るのだ。あくまで主観の話ではあるが。
彼のACは四方八方から迫る小型無人兵器に囲まれていた。
逃げ場はない。彼はいま、四方を封鎖された小部屋の中にいる。壁には無数の穴があいており、その中から小型無人兵器が這い出してきていた。
多勢に無勢だ。
しかしポーキュパインは焦らない。
ほんの一瞬、空気が震えた。同時にバーブドワイヤーが弾かれた様に飛び出した。両肩に搭載されたチェーンガンを一斉射撃。無数の弾丸が空間を埋め尽くし、接近してくる無人兵器を一掃した。乱射しているようにみえて、その弾丸は殆どが小型無人兵器を射貫いている。
新たな無人兵器が死角から接近。しかしポーキュパインはすでにその動きを察知していた。ACの左腕に装備されたKAW-SAMURAI2レーザーブレードを一閃、二閃、振り向きざまに右腕のブレードで背後から射出された小型グレネードを一刀両断する。
これで三閃。斬り割られ、左右で小爆発を起こすグレネードだがそれだけには留まらない。
ブレードが輝き、光波が無人兵器を両断した。本来、ブレードは光波などを発生させない。しかし感覚が拡張された強化人間ならばそれが出来る。レーザーブレードを構成する微細な粒子の振る舞いを感覚で感じ取り、揺らぎを与え、急激に粒子を前方へ傾けてやればいいのだ。
グラスに7割程満たした水をゆらゆらと揺らし続け、波を大きくさせ、最終的にグラスから毀れさせるようなものである。
当然生身の人間には微細な粒子の振る舞いなどはわからない。“OP-INTENSIFY”を使用すればこの辺は戦闘AIが自動でやってくれるが、それで生まれる光波など蛙の小便のようなものだ。粒子の揺らぎは常に不安定で、感覚的なものであるからだ。
ある時は光波を放つ為に10の揺らぎを必要とするが、またある時はそれが30となり、ある時は5となる。“OP-INTENSIFY”に搭載されている機能ではそのあたりの感覚を十分に汲み取る事ができない。“OP-INTENSIFY”はあくまでも強化人間手術の代替となるパーツであり、強化人間手術を超える様なものではないのだ。
ポーキュパインが放った光波は無人兵器を両断し、更に弾け飛び、着弾地点を中心に小型の小爆発を起こす。これが本物のブレード光波である。光波を放つ機能を持つブレードというものは存在する。だがそれは最初からそのように設計、開発されたからだ。しかし強化人間は光波を放つ様に設計されていないブレードからも光波を放つことができる。
ほんの一瞬、空間が歪むような感覚がした。自身という感覚領域を部屋一杯に広げると部屋全体がまるで自分自身になったかのように錯覚する。その上で領域が侵されると、まるで皮膚を虫が這ったかのような感覚に襲われる。仕上がった強化人間はこの感覚領域を作戦領域の過半まで広げる事が可能で、これが強化人間特有の脳内レーダーというわけだ。
──増援か。一応報告はしておく
「こちらA-23地区。敵の数が多い」
『進行限界ですか?』
オペレーターの声にフンと鼻を鳴らす。
──限界なものか
右腕のブレードが振り下ろされると、今度は正面から迫る無人兵器が粉々に砕け散った。強化人間手術を受ける前ならばいざ知らず、現在のポーキュパインは四方を囲まれ、なお無傷であった。
「いや、まだ行ける。それより奴はどうした。お前の男の事だ、エマ・シアーズ」
『まだそういう関係ではないです。でも彼なら順調ですよ。ただし、ACカラミティメイカーがチャージングで撤退しました』
「チャージングで撤退だと? おい、この依頼の後、あのバカの暗殺依頼を出せ」
ポーキュパインは吐き捨てた。
──だが、まぁ奴がいるならば大丈夫か。それに他にもカロンブライブやディリジェントもいる
こうしている間にも彼の愛機、バーブドワイヤーの武器腕は縦横無尽にブレードを振るい小型無人兵器をスクラップにしていく。背後からの射撃も、上方からのグレネードも、足元からの特攻自爆も全てを捌き、そして斬った。
彼は本来ならばここで死ぬ筈であった。
圧倒的物量に押され、磨り潰される運命だったのだ。
しかし今の彼は本来の彼ではない。
後世、先天的に戦闘の才能がある人間はドミナントと呼ばれる様になるが、ポーキュパインの様に後天的に戦いの才能を得たものは何と呼ばれるのか。
それが名誉なものか不名誉なものかはまだわからないが、運命はまだ彼に進めと言っている。
「こちらACバーブドワイヤー。A-23地区を掃討した。閉じ込められていたが扉のロックも解除されたようだ。先に進む」
『了解しました。……緊急連絡! C-25地区で戦闘発生。重装型無人ACと"彼"が戦闘中。ポーキュパイン、座標を送ります、向かえますか?』
問題ないとだけ返し、ポーキュパインは
§§§
──あれから俺は、無人ACと戦闘していた "奴" に加勢した。見た事もないACだったが、奴と俺が組めば敵じゃあない。俺たちは勝った。当然だ。そして動力炉を破壊して……それからどうなった? そうだ、あのACがまだ生きていた。コアを貫いた筈なのに。いや、まて。無人ACならコアを貫いてもジェネレーターを破壊しなければ意味がなかったか。くそっ……今頃気付くとは、アホか俺は。俺は最後の最後で油断した。そして、死んだ。死んだ筈なんだ
あの戦いでポーキュパインは不覚を取った。
彼は依頼よりアリーナでの戦闘を好んでいたが、その経験の薄さが不慮の事態への対応を遅れさせたのかもしれない。その油断が "彼" の油断をも誘発した。
ポーキュパイン程の練達のレイヴンが撃破判定を下したのならばと、気を抜いてしまった。
白熱し、凄まじい熱量を発しはじけ飛ぼうとする重装無人AC機。自爆の予兆。"彼" すらも一瞬呆気に取られ、そのままでは二機とも爆発に巻き込まれてしまうだろう。
その時ポーキュパインが後先を考えずOBを全開に吹かし、重装無人AC機へ体当たりをし、そのまま可能な限り距離を取ろうとした。
許せなかったのだ。
"彼" がこの様なくだらない死を遂げるというのは。
『死に様というのは生き様を反映していなければならない』
ポーキュパインは常々そう考えている。
綺羅星の如きレイヴンがこんな死に方をしてはならないと思った。同時に、理解する。
強化人間などという肉体と脳を弄ってまで力を求めた者に相応しい死に方だと。
力とは敵を殺す力だ。ポーキュパインとてレイヴンとして多くの人間を殺してきた。
『殺しているんだ。殺されもするさ……だが、死に場所は選ばせて貰う』
Gが掛かる。
ポーキュパインは構わずOBを吹かし続け、そして……
§
──それから俺は、俺は……こうなっていた
ポーキュパインはポーキュパインでは無くなっていた。
インビンシブル・ラミーというコーラルドラッグ中毒者の青年になっていたのだ。しかし完全にポーキュパインとなったわけではない。基本的にはポーキュパインであったが、時にはラミーの時もあった。自分が誰が誰だかわからなくなる事もあった。
ポーキュパインは苦労した。
それはそれはもう苦労した。
なぜならばその肉体は疲れやすく、脆弱で、少し気を抜くと幻覚や幻聴に見舞われたからだ。更に、肉体と精神の性感帯を常に愛撫されているような快感。
これが何よりも恐ろしい。
コーラルドラッグは極めてインスタントにキマり、そして抜ける。一般的なドラッグと違う点はそこだ。ヤクを抜こうと思えばできなくはないのだが、この肉体と精神への両方の快楽がヤク抜きを非常に困難なものとする。
インビンシブル・ラミーもこの快楽に浸り、脳を焼かれ、抜け出す事が出来なかった。もっとも抜けだす積りもなかったが。
しかしポーキュパインは違った。
彼は強化人間手術を乗り越えてきている。
あらゆる感覚の拡張は最初は耐えがたい苦痛を感じ、そしてそれを超えると耐えがたい全能感、万能感を覚えるのだ。
人は苦痛には耐えられても快楽には耐えられないと言う。
極限の全能感を覚える強化人間手術の後期副作用はまさにそれで、苦痛に耐え抜く事はできても全能感……快感に耐えられる者はごく少数だ。
ポーキュパインはその数少ない一例であった。
§
肉体からコーラルが抜けていくにつれて、ポーキュパインは自我の同一性を強めていく。つまり、自分がラミーなのかポーキュパインなのかという混乱に見舞われる頻度が少なくなっていったのだ。
同時に、喪った筈の強化人間としての "機能" が蘇ってくる感覚を覚えた。少しずつ少しずつ……インビンシブル・ラミーという存在がポーキュパインへ置き換わっていくように……。
そして、全身からコーラルが完全に抜け、正銘の素面となったその日、ポーキュパインは気を失った。
それはインビンシブル・ラミーの永遠の死であり、完全なるポーキュパインの誕生の日でもある。