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ルビコン解放戦線が保有する巨大兵器、武装採掘艦『ストライダー』はべリウス南部ボナ・デア砂丘を中心に資源を採掘している。コーラルは非常に有用なエネルギー資源だが、コーラルだけでは兵器は作れないし拠点も作る事が出来ないからだ。それでは星外企業や封鎖機構との勢力争いに勝利できない。
『ストライダー』は解放戦線のライフラインの一端を担う重要な移動拠点であり、だからこそアーキバスはこの拠点を陥落せしめる事を目論んでいた。『ストライダー』が存在していてはべリウス南部に軍事拠点を作るというアーキバスの計画に遅れがでる。だが、いくつかの問題もあった。
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「ベイラムの動向、ですね?」
癖の強い柔らかそうな金髪の青年が尋ねた。
青い瞳には理知の光が宿っている。
いかにも明晰そうな彼は
その通り、と年の頃は30も半ばくらい、黒い髪を後ろに撫でつけた神経質そうな男が答えた。切れ上がった眦は剃刀の鋭さを思わせる。キレるが、神経質。そんな印象を振りまくこの男は
彼の上にはフロイトという部隊長がいるが、ヴェスパー部隊の実質的な指揮官はこのスネイルである。
「我々があの鈍重な陸亀を目障りに思っている様に、ベイラムのならず者共も同じ様に思っているでしょう。そして我々も連中も、お互いに相手に戦力を出してもらいたいと考えているのです。陸亀を落とす事は然程難しい事ではない。ヴェスパー部隊の一人二人でも出せば問題無く陥落せしめる事ができるでしょう。しかしそれでも消耗はするのです。その消耗は勢力間抗争に於いては明確な"弱み"となります。しかし、ベイラムがあの陸亀に手を付けるのを指を咥えて待つという手は南部における主導権をベイラムに渡す事になります。それは悪手」
戦力を出して落とす事に旨味が全くないというわけではない。ストライダー陥落という情報を先んじて把握する事ができるわけだから、軍事拠点建築に於いて先手を打つ事ができる。先に拠点を完成させてしまえばこっちのものだ。
「なるほど、だから独立傭兵を使うという事ですか」
ペイターがそういうとスネイルは頷いた。
「ウスノロな陸亀にも自衛能力はある。我々にとって陸亀を落とす事が簡単であっても、有象無象にとっては難しいかもしれません。しかし彼我の戦力差を全く計算できない程間抜けだとも考えづらいです。むしろ小者だからこそ力の差には敏感だ。だからこそ依頼を受諾した者には一定の自信……あるいは過信があると見て良い」
「そのまま落とせれば良し、落とせなくとも戦力を削れれば良し……という事ですか」
うんうん、とスネイルは頷く。
スネイルは自身が途方もなく有能、優秀であると自覚しており、周囲の者達もそれを知るべきだと考えている。多少マシな者はいるにせよ、自分に比べたら悉く知能の程度が劣るのだから、少しでも多く
だから
──
スネイルを嫌う者は多いが、その実力を疑う者は居ない。口だけで仕事をまともにしないならば兎も角、スネイルはヴェスパーで一番仕事をしているのだ。
アーキバス本社上層部の作戦立案能力は驚く程に低く、まともに実行していたら戦力が次々と磨り潰されてしまう。だからスネイルは上層部の立案した作戦に手をいれ、改善し、可能な限り勝算を高めようと努力している。
「ですが、まぁそもそも依頼を受諾する者がいないという可能性がないわけではありませんがね。相場の倍近い報酬を積みましたが、独立傭兵に期待する事自体が間違っています。依頼を受諾する者がいなければ、やはりヴェスパー部隊から適当な者を出すしかありません。ともかく、件の依頼については適宜確認をするように。一週間待っても誰も依頼を受諾しなければ自力で落とす事になるでしょう。私はその場合の作戦を検討しておきます」
スネイルはそういうと、ぐるりと首を回して会議室を出て行った。後ろ姿にはやや疲れが滲んでいる。彼は誰も彼もが自分よりは劣るのだから、何もかもを自分でやらねばならないと考えている。
この手の人間によく見られるタイプに、口だけ出して自分は決して危険に身を晒さないという者がいるが、スネイルは真逆だ。必要とあらば最前線で指揮を取る事もある。それは部下を大切に思っているからではなく、部下をろくに信じていないが故の行動ではあるが。
如何にスネイルが優秀でもこのように何でもかんでも自分でやろうとすれば、畢竟疲労は蓄積する。健全な精神は健全な肉体に宿るという言葉があるが、これは逆に言えば病んだ精神は病んだ肉体に宿るという事だ。
スネイルは視界が広い男だが、ルビコン進駐以来多忙を極める彼の精神の端に、だんだんと、少しずつ黒い影が侵食してきている事に彼は気付いているだろうか?
そんなスネイルの背に、ペイターは無感情な視線を注ぐ。その視線は例えるならば真っ白い壁の会議室があったとして、その壁を見る時の視線に似ているだろうか。
スネイルは背に視線を感じ、しかし振り返らない。ペイターの視線が好きではないからだ。ペイターの視線からは人の形をした怪物が隙を伺っているような不気味な気配を感じる。隙を見せれば、自身に取ってかわるために襲ってきそうな気配を感じる。
──彼は信頼が置けない。それこそ
スネイルは優秀だからこそ合理を重視するが、非合理が無価値だとも思わない。例え合理的な説明がつかなくとも、ほかならぬ自身の感覚ならば信用に値する、そう考えている。
現行最新の強化手術を受けており、人格も極めて安定しているにも関わらず、スネイルがペイターを上位ナンバーに抜擢しないのには訳がある。そして、事あるごとに傍に控えさせるのは余計な口だしをしてこないという使いやすさもあるが、なにより、自身の目の届く範囲に彼を置いておきたいと思っているからこそだ。
この話し合いの2日後、『武装採掘艦破壊』の依頼が受諾される事になる。
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作戦行動は夜半に行われる事になった。
『LOADER4』はべリウス南部の座標75.66地点に輸送され、そこからACで北西のボナ・デア砂丘を目指す事になる。撃破目標の『ストライダー』はレーザーによる迎撃機能を備えており、輸送ヘリで直接目的地へ乗り込むわけには行かない。
移動といってもACによる自動操縦だ。
621は腰のケーブルで機体と神経接続をしており、意志一つで自動操縦から手動へと切り替える事が出来る。この世界の強化人間手術を受けたものは皆これが出来るが、粗い施術を受けた者は繊細な操縦ができなかったりする。そういったものは完全な神経操縦ではなく、手動で補う形となる。
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ACのコックピット内の居住性というのはお世辞にも良いものではないが、621の場合はつい最近機体を新調したばかりで、その際に内装のオプションをいくつか追加している。
より多くの
自動操縦中、621はぼんやりと夜空を見上げていた。漠然と空をみていたわけではなく、視線は一つの青い星に注がれている。
『眠るなよ、621。目的地は近い……ん? 何を見ている。ああ、あの青い星か。あれは惑星シャーロ33だ』
ウォルターはやや声を和らげ、621へ説明をした。夜空に青く輝く星は一際目立ち、そして美しい。
『海洋惑星と呼ばれている。海の割合が星の表面積の88.05%を占めている。美しい星で、住人は独自の進化を遂げている。アイビスの火は周辺の星系に汚染を拡散させたが、シャーロ33までは届かなかった。距離の問題だ。一見近くに見えるかもしれないが、あれは惑星がとてつもなく巨大なだけで、ルビコンからはかなり離れている。一度連れて行ってやりたいが、な』
凡そ戦闘前の会話とは言えなかった。
しかしウォルターは621にどういう形であれ刺激を与える必要があると考えている。なぜそこまで621に肩入れするのか、目的達成の為の単なる駒として見る事ができないのか、ウォルター自身にもよくわからない。
──あるいは、分かりたくないのか
ウォルターがルビコン3に手駒を送り込んだのはこれが初めてではない。多くの失敗を積み重ねてきたが故の今である。そして、ウォルターの年齢的にもこれが最後のチャレンジになるだろう。だから絶対に失敗するわけにはいかなかった。
──コーラルは焼かなければならない
──俺の息子を焼いたコーラルを
──ただの一片たりとも残すわけにはいかない
──燃え残った全てに火をつける
"コーラル焼却計画"を成就させるためにウォルターが使い潰してきた強化人間は、617、618、619、620、621だけではない。
彼は数多くの強化人間達を使いつぶしてきた。無茶無謀な任務に無策で投入したわけではなく、ウォルターなりに生存確率をあげようとした。しかしそれでも死体の数は減らない。
ウォルターを余り知らない者は彼を人格者だというが、彼からしてみればそんなものは糞くらえであった。
──復讐のために命を使いつぶす男のどこが人格者なのだ
なぜ621に肩入れするのか。
621を気にかけるのか。
ウォルターは内心その答えを掴みかけている。
しかし、その答えは彼にとって余りにも厚顔無恥なもので、言葉に出す事すら憚られる。
──俺には、それを思う資格すらない
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『妙だな』
ウォルターが呟いた。
ボナ・デア砂丘を疾駆する『LOADER4』だが、一つの異常に見舞われていた。
砂塵の向こうに佇むのは巨大武装採掘艦『ストライダー』なのだが、来るべきものが来なかった。
『アイボールからのレーザー照射がない。いや、時折見せる青白い閃光はレーザー照射……か? しかしなぜこちらを狙わない? ストライダーのレーダーは採掘艦という特性上、非常に性能が良い。621の接近は既に察知されているはずだが』
ウォルターが訝し気に言う。
『待て、未確認機体が接近中だ。早いぞ……側面から回り込む様にこちらへ近づいている。捕捉されているな。速度差がある、逃げ切れまい。迎え撃て621』
621は『LOADER4』の足をとめる。
そして……
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ABで急速に接近してきた機体を視界に収めた621は、その警戒の度合を一気に最大のものとした。
鈍色の無骨なメタリックカラーと、ささやかなブラウンの縁取りといったカラーリング。
そして、二刀。
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『あれは、あの時の……!』
ウォルターが珍しく声に感情を乗せていた。
今一番
殺り合うならば場所と条件を整えてから罠にはめる形で始末しなければいけない、間違っても正面から挑んではいけない、そういう類の相手だ。
ハウンズ部隊が存続していた頃もその手の相手がいなかったわけではないが、ハンドラー・ウォルターはあの手この手、策の数々を張り巡らせて始末していた。
『よりによって、か。逃げ切れるか? 621』
ウォルターの問いに、621は
『そうか。死ぬなよ、俺も策を考えてみる。標的の挙動がどうもおかしい。レーザーが散発的に発射されている。何かと交戦しているようだ。そこにつけ入る隙があるかもしれない。あるいはそのACを複数で叩ける可能性もある』
ウォルターはそう言った。
そして間も無く、彼の予測は殆どが的中する事になる。
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『お前は、あの時の傭兵か……。悪いがストライダーは破壊させない。俺はあの艦の護衛依頼を受けている。どうやら仲間を連れてきているようだが……何ッ』
621に入ったポーキュパインからの通信に困惑の気配が混じる。
武装採掘艦が爆散したのだ。つまり、ストライダー護衛依頼を受けていたポーキュパインは依頼失敗をしたことになる。護衛依頼の現場に到着した瞬間に失敗が確定してしまったのだ。
『……やってくれたな』
621は何もやっていないが、ポーキュパインは強い苛立ちを込めた通信を飛ばす。しかし殺意はない。ポーキュパインの卓越した知覚は既に眼前のACが "あの時のAC" であることを察知しており、であるからには撃破し、殺害する事などは考えていなかった。ただ、護衛任務を邪魔するならばコアを残してダルマにしてやるくらいの積りではいたが。
『待て、話を聞け。俺たちは何もしていない。確かに武装採掘艦の破壊依頼は受けたが、到着した時には既に攻撃が開始されていた。仲間を連れてきているとお前は言ったが、こちらに仲間などは居ない』
ウォルターは回線に割り込んだ。両者の間に揺蕩う空気は急速に熱されつつあり、いつ戦闘が開始されてもおかしくはなかったからだ。そうなった場合、敗れるのは十中八九621である。ウォルターは自身の計画の為にもここで621を失うわけにはいかなかったし、心情的にも失いたくなかった。ポーキュパインは621を殺害するつもりはないが、この時点でウォルターにそれに気付けというのは酷な話である。
『何だと? お前はその傭兵のオペレーターか。この世界では男もオペレーターをやるのだな……』
ポーキュパインはそんな事を言う。以前の世界でポーキュパインが所属していた組織、グローバル・コーテックスでは専属のオペレーターが付く。そのオペレーターは例外なく女性なのだ。
一応の理由はある。例外はあるにせよレイヴンの大半は男性というのが理由だ。オペレーターはレイヴンに対する鎖であり、発奮剤でもある。
とはいえその辺の事情はウォルター達には当然分からない事なのだが。
『この世界……? とにかく、武装採掘艦は既に破壊されてしまった以上、お前と戦闘する理由はない。お前も依頼主が誰かは知らないが、依頼失敗について説明しなければいけないんじゃないのか?』
ウォルターの言葉にポーキュパインは沈黙を返す。彼はこの時には既に気持ちを切り替えていた。そもそも到着した途端に護衛対象が破壊されていたというのなら、責任はポーキュパインにはないのだ。
カーラから依頼を受けた後すぐに向かったにもかかわらずこのような結果となったのだから、ポーキュパインとしては気に悩む理由はなかった。ただ、カーラとの関係は気になる所だった。というのも……
──なぜ二度も鉢合わせる? カーラとこいつらは連携がとれていないのか? 協力関係にあるというのなら、少なくとも一つの依頼で敵味方に分かれるようにブッキングさせるのは奇妙だ。
なぜ。
その理由は、カーラとウォルターは同志だが、そもそもまだコンタクトを取っていない為起こってしまった不幸な事故だったからというものなのだが、ポーキュパインには気付けない。このあたりはルビコン到着後にすぐカーラとコンタクトを取らなかったウォルターが悪い。
『……話は変わるが、お前たちはカーラという女を知っているか』
ポーキュパインは短く尋ねる。これはちょっとした非難の意も含む。敵でもいいし味方でもいいが、もし味方だというなら報連相くらいまともにやったらどうだ、という意図が若干含まれている。このあたりはカーラにも問いただしたい所だったが、あいにくカーラはこの時やる事があるとの事でグリッドを離れていた。チャティもタスクが詰まっている為オペレーターは出来ない。だからミッション中トラブルが発生すれば全てポーキュパインが独力で片づけなければならないのだ。
──カーラ……ボスにはどうも雑な所があるな。いや、おおらかというべきか
ポーキュパインはそんな事を思うが、それは彼も同様である。ポーキュパインとしては、現時点で敵か、それとも敵ではないか、それだけ分かれば後はどうでもいいのだ。
"味方だと思ったら敵だった" とか、"味方だとしてもろくな事を考えていない連中だった" とか、とにかくそういう殺伐とした世界を生きてきたのだから、こういったアバウトな思考になってしまうのも無理はない。深く考えれば考えるほどド壺にはまってしまうことを、彼は経験から理解していた。
カーラについても『胡散臭い女だ』と常々思っているが、胡散臭いなどというモノはポーキュパインの生きてきた世界では常のモノだ。まず、彼の所属していたグローバル・コーテックスだって相当怪しい。中立を気取ってはいるが、各所へ死と破壊を振りまく
そんな世界の元住人であった彼としては、胡散臭くない事が逆に胡散臭いとすら思っている節がある。
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意外な相手からよく知る名が出た事にウォルターは驚いた。
『何? なぜカーラを知って……待て、未確認機体が接近中だ。数は2体、621、備えろ』
ウォルターの言葉にポーキュパインはストライダーの残骸の方角へ向き直る。確かに砂塵の向こうから、高速で接近しつつある機影が見えた。
──2体か。ならば良くて2対2、悪くて1対3、もっともあり得るのが1対2か
『逃げたければ逃げろ。俺は連中を始末する。護衛対象は破壊されたが、せめて破壊した連中の首くらいは土産に持って帰らないとボスが……カーラがうるさそうだ。あの連中がお前達の仲間なら一緒になって襲ってこい。その時はもう、生かしては帰さない。手を貸すというのなら向かって左側をやれ。俺は右側から片づける』
ポーキュパインは621へ通信を送り、ABを起動する。ジェネレーターが熱を孕み、『バーブドワイヤー』のブースターに活力が流しこまれるにつれ、機体から放射されるポーキュパインの戦気は増大し、夜気を熱く震わせた。
結局の所、ポーキュパインという男は戦いが好きなのだ。
いや、あの世界のアリーナの上位ランカーは皆そうだ。撃ち合って斬りあって、殺し合うのが大好きな闘争者でなければ、日夜アリーナで鎬を削る様な真似などは出来ない。レイヴンなどという連中は、例外なく闘争の火に脳を焼かれた異常者ばかりである。
誰が敵で誰が味方かなど、ポーキュパインには最早どうでもよかった。
──今この瞬間は、力こそがすべて