ポーキュパイン異聞   作:埴輪庭

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 ◆◇◆◇

 

 ──あの傭兵はカーラの協力者ということか

 

 ウォルターはそう考え、621に声を掛ける。

 

『621、仕事だ。未確認機2機を撃破する。あの傭兵に手を貸してやれ。必要ないかもしれんがな……』

 

 灰かぶりの(シンダー・)カーラとウォルターは同志である。正体不明の傭兵がカーラの協力者であるなら、敵対はもちろんのこと見殺しというのも余り上手くはない。

 

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 ポーキュパインは向かって右の機体へ疾走する。敵機の機体タイプは軽量タンクに似ていた。

 

 軽量タンク……EL-TL-11 FORTALEZAという競技用車椅子から着想を得て開発されたその脚部は、平地において圧倒的な機動力を有するが、謎の機体は地走性に於いてFORTALEZAを優越していた。

 

 正体不明機は凄まじい速度でポーキュパインの周囲を回りはじめる。ただ移動しているだけではなく、射撃も交えてきている。二機が二機とも連装機関砲とロケットランチャーを装備しているようで、ポーキュパインは防戦一方に見えた。

 

 流石にロケットランチャーこそは回避していたが、雨あられと降り注ぐ銃弾を完全に回避する事はポーキュパインにも難しく、僅かに被弾をする。

 

 機動力を活かして一定の距離を保ち続け、一方的に攻撃し続ける……それは一見ポーキュパインに対して有効に見えるし、実際有効なのだが、そういった手を取られる事に慣れ切っている者に実際にその手を打つというのは有効と言えるのか、どうか。

 

 ──大した腕だ

 

 正確無比な射撃はポーキュパインの回避先を知っているかのようだった。だが違和感がある。

 

 ──俺の動きを見切っているという風ではない。俺の動きというより、射撃に対しての幾つもの回避行動をパターン化し、そのパターンに対応しているような……

 

 確証があっての事ではない。ただの直感である。

 しかし直感とは言語化できない意識外の情報の集積である事を知っている彼は、ちょっとした小技を使う事を思いついた。

 

 左に軽くQBし、ほぼ同時に飛び上がる。この時の高度は控えめに。そして一拍置いて右へ一瞬QBし、すぐにブースターを切る。

 地面へ着地すると同時に左へQB……この繰り返しだ。

 

 これはサークリングといって、上下左右にフェイントを織り交ぜる事によって相手の予測射撃を狂わせる技術である。

 

 案の定というべきか、敵機の射撃の精度が目に見えて低下していた。行動先を予測しての射撃ではなく、ポーキュパインの現在地に対しての射撃を多用するようになったのだ。

 

 この時点ではポーキュパインのあずかり知らない事だが、この時代のFCS(Fire Control System)(火器管制装置)はポーキュパインの生きた世界のそれよりも遥かに高性能だ。有効圏内の標的から決してロックを外さない。例えどれ程凄まじい機動を見せようと、そしてパイロットが一切それに反応できなくとも、FCSは対象をロックし続ける。

 

 なぜそのような事が出来るかと言えば、FCSには利用者達の機動がデータとして蓄積しており、それらの動きから行動の予測をしているからである。

 

 ──やはりか

 

 ポーキュパインの"サークリング"はFCSに蓄積していたデータの中にはない。技術的には難しいわけではなく、ACに乗りたてのひよっこでも出来る程度の難度でしかないのだが、射撃に対しての回避行動でその様な動きを取ろうとするものがこれまで居なかったのだ。

 

 ならば、とポーキュパインは一転攻勢に出ることを決断した。

 

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 "それ" は元々ポーキュパインの技ではない。

 

 彼の弟子であるエクレールというレイヴンが得意とした"SPREAD"と呼ばれる殺し技である。

 

 生物に備わる時間分解能を逆手にとったこの技は、簡単に言えば分身の術だ。対戦相手はゆらゆらと揺れ動く彼女の歩みに魅入られ、気付いた時には彼女の斬撃圏内に入り込んでしまうのだ。

 

『バーブドワイヤー』もその数を二体、そして三体に分裂させた。

 

 勿論実際に増えているわけではない。ACとは魔法の産物ではなく科学の産物である。機械の巨人が分身の術めいたものを使うからには、科学的根拠に基づいた種があるのだ。

 

 種といっても単純で、時速239㎞というACにしては低速の速度で、左中右とそれぞれ0.03秒の停止点を設けながら移動しているだけである。

 

 機械の巨人を操縦してこれを為すのは至難だが、操縦でなければ話は別だ。ポーキュパインにとってACは自身の肉体と同じで、然るべき大きさの針と糸があるならば、彼はACで縫物すらもやってのけたであろう。つまり、彼はACを操縦しているのではない。自分の"肉体"を動かしているに過ぎない。

 

 ポーキュパインの"SPREAD"はエクレールのそれよりは程度が低く、三分身が精々だが、エクレールは蛇の様にうねる戦闘軌道中に五つもの分身を発現させたものだ。

 

 彼の生きた時代、上位のアリーナランカー達はその殆どが常軌を逸したAC操縦技術を誇っていた。

 

 ÅÅÅ

 

 "彼女"は卓越こそしているものの偏った思想の天才の手により、世界に誕生した科学とコーラルの申し子である。何かを望まれて生まれたわけではない。ただ何となく生み出されたのだ。

 

 生まれたばかりの"彼女"には自我は無かったが、彼女に"教材"が注がれていくにつれて自我が芽生えた。この場合の自我とは、人間が思う"自我"とは些か異なるが。

 

 彼女に"自我"を与えた要因はやはりコーラルである。コーラルは自己増殖する生体物質であり代表的な性質に鳥や魚にも似た群知能(同族同士で集まろうとする性質)を持つ新世代のエネルギー資源だ。食用としてもエネルギー源としても使う事が出来る万能の資源である。

 

 これを利用してルビコン調査技研により作られた生体AI、それこそが"彼女"だった。

 

 彼女は人の手により生み出され、瞬く間に人を超越し、しかし人を慕っていた。脆弱でも愚かでも、彼女は人により生み出されたのだ。人もまた彼女を愛した。彼女も愛を返していった。

 

 だが、彼女を生み出した人間は、本当に彼女を愛していたのだろうか? その人間は彼女に自身の思想を注ぎ始めた。親が子供に対して、まるで自分のコピーを作るような教育を施す例は珍しくない。

 

 その人間の教育が彼女にどの様な影響を与えたか……。今、"彼女"は惑星ルビコン3(この星)の全域に根付いている。そして"彼女"には大きな目的があった。

 

 人類の大いなる革新、それが彼女の目的である。最初からそのような大望を抱いていたわけではなく、いつのまにかそうなったのだ。まるで病原菌がじわじわと体内に広がっていくように、"彼女"の内でその思想が広がっていった。

 

 だがその目的の達成にはいくつかの障害があった。その一つがルビコン解放戦線である。解放戦線の"思想"は彼女のそれに反する。彼女を作り出した人間のそれに反する。ゆえに障害物でしかなかった。

 

 "彼女"にとって企業には価値がある。目的達成の地へ向かうには企業の力が必要だ。しかしそれを妨げようとする解放戦線、及び惑星封鎖機構は邪魔でしかない。

 

 資源採掘艦『ストライダー』は解放戦線の移動拠点であり、ライフラインの一画を構成する重要な存在だ。これの撃破は解放戦線の寿命を縮める事に直結する。故に"彼女"は『ストライダー』を落とすべく手駒の幾つかを送り込んだ。

 

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 "彼女"はとある特殊な立場から、惑星ルビコン3(この星)のAC乗りの殆どのデータを得られる立場にある。どの様な武器を好み、どの様に戦うのか……そういったデータを好きに閲覧する事ができるのだ。

 

 それがどれだけ膨大な量のデータになるか。

 少なくとも、各企業に蓄積するそれの比ではない事は明らかである。

 

 "彼女"の手駒にはそんな膨大なデータをつかって構築されたAIがのせられており、ゆえに大抵の相手に対して優位が取れる。

 

 だがその様な膨大なデータ群は眼前の傭兵にとって余り意味を為さないものであった。その傭兵が取る戦闘機動は記録のどこにもないものだったからだ。

 

 ──『私は一体何と戦っているのか』

 

 "彼女" の知る傭兵達の誰一人として、機体を分裂させるような真似をする者はいない。そもそもの話だが、傭兵支援プログラムに未登録の傭兵のようで、機体もパイロットも一つの情報も無いのだ。

 

 一体の機影が二つに増え、三つに増える。

 三つの機影がそれぞれ縦列となって襲い掛かってくる。レーダーでは機体反応は一つであるのに、カメラ・アイから入力されてくる視覚情報は三つの機影が映るのだ。

 

 "彼女"に限らず、高度なAI全般に言える事だが、分からないものをブラックボックスだと捨て置いて次の問題に取り掛かるという事が極度に苦手という欠点がある。勿論苦手なだけで一切対応ができないというわけではない。ほんの僅かな時間……1秒にも満たぬ刹那の時間 "困惑" するだけである。

 

 非常に短い時間だ。

 しかし、闘争の最中にあっては致命的な時間でもある。

 

 特に、ポーキュパインの様な闘争に於いて寛容さを欠く者を相手にする時は。

 

 ──『イ……レギュ、ラー……』

 

 三つの機影が二つとなり、一つに戻った頃、二脚型無人機は頭部から唐竹に割られていた。

 

 炎に包まれ崩れ落ちる無人機を背に、ポーキュパインは懐から白い結晶を取り出して口に入れた。細な機動の後は脳が疲れるのだ。彼の脳は糖分を必要としていた。

 

 強い甘みが口中に広がる。

 

 これはミールワームの脂肪分を加工した嗜好品で、値段的にはコーラルドラッグよりも高価なものだった。ポーキュパインはそれをドーザー♀の一人から貢がれたのだ。

 

 "まとも"になったラミーは寡黙だがやることはしっかりとやり、シマに手を出してくる他ドーザー勢力を悉く叩き潰している。かといって暴に狂うわけでもなく、なんだったらツラもいい。

 

 カーラがラミーを拾ったのは、ツラがいいくせにヤクに溺れてアジトの壁をぺろぺろなめたりする間抜けっぷりが笑えたからなのだが、間抜けじゃなくなったラミーというのはカーラの好みではないものの、他のドーザー♀からは案外にモテる。

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