ポーキュパイン異聞   作:埴輪庭

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ALL MIND

 ◇◆◇◆

 

 ルビコン3の各地に見える遺構。それはアイビスの日以前に栄えていた文明の残照だ。コーラルの異常発火現象に飲み込まれて、燃えて、なおも残ったものは案外に多い。

 

 べリウス南部に広がるボナ・デア砂丘は単なる砂丘ではなく、在りし日の遺構が各所でそびえている。砂とはいえ、ここでは砂混じりの乾いた風がひっきりなしに吹き荒んでおり、もう半世紀もすればすっかり消えてなくなってしまうだろうが。

 

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 白い機体が滑る様に機動する。左右へステップを踏み、『LOADER4』はまるで砂面をリングと見立てて舞踏しているかの様だった。

 

『LOADER4』が通り過ぎた砂面に瞬拍置いていくつもの穴があく。無人二脚機体から放たれた連装機関砲による弾痕だ。621の駆る『LOADER4』は軽快な機動が持ち味の軽量二脚ACであり、機動は軽快でシャープだが、脆い。部位にもよるが被弾は極力避ける必要があった。

 

 ちなみに彼女はミッションによっては二脚だけではなく、他の脚部を使用する事もある。彼女個人の好みとしては軽快なタイプを好むが、拘りという程のものではない。

 

 NACHTREIHER/42Eは鳥の脚のような一見逆関節脚部にも見えるパーツで、QBを多用する戦闘スタイルに良く合っている。今回彼女は資源採掘艦『ストライダー』が、遠距離からのレーザー砲撃を撃ってくるという情報を鑑みて、地上での機動に優れるこの脚部を選んだのだ。

 

 なお、機体のアセンブルについては意外にもウォルターではなく、621が行っている。

 

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『いいぞ621、相手の腕部の照準追尾速度を完全に振り切っている』

 

 ウォルターが言った。

 

 従来のAC戦は互いが互いの射角外に逃れようとする旋回戦がメインだったが、FCSの能力向上によっていまでは旋回戦はほとんど見られない。

 

 逆に、速度差によって強引に射撃を回避するという力技が多用されている。確かに相手のロックオン圏内ではそのロックは滅多な事では外れないが、如何なる射撃であろうと着弾までのタイムラグは必ずある。そのラグの間に自機を移動させてしまえば弾は当たらないという寸法だ。

 

 だが逃げているだけでは相手を斃す事はできない。それは621にも良く分かっているようで、ABの蒼い光が背に灯る。

 

 横の動きから急激な縦の動きへ。

 アラームが鳴ると同時に横へステップを踏む様に斜め前方へQBをして回避する。

 

 回避の所作一つにも癖が出る。621は前に進みながら躱すのだ。まるで獲物に食らいつこうとする猟犬の様な姿は617が彼女に仕込んだものだった。

 

 ──『そうだ、動きを止めるな。君は物覚えがいいな。こういった機動はリスクが大きい。しかしリターンも大きい。ひとたび懐に入り込んだなら、一息に喉を食い千切ってやれ。それが狼の流儀というものさ』

 

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 半拍置いて数十発の連装機関砲の雨が『LOADER4』に浴びせられる。しかしAB中のACは生半な衝撃力では止められない。『LOADER4』はMA-J-200 RANSETSU-RFの銃口を向ける。

 

 RANSETSU-RFはBAWS製のバーストライフルだ。安定した攻撃力と衝撃力を誇る実弾兵装であり、チャージによりバースト射撃に切り替えることができる。シーンを選ばず担いで行ける名銃だが、弾速がやや遅く、決定力にもかける。だが撃たないよりは撃ったほうがマシに決まっている。

 

 しかし……621は銃口を向けたライフルのトリガーを引こうとはしなかった。なぜなら彼女の脳の奥で声が聞こえるからだ。視界の隅で彼女に助言を与える者がいるからだ。

 

 ──『621、どんなアセンブルをしようとお前の自由だ。だが、どういう状況にも対応できるような武装は一本は積んでいけよ』

 

 ──『ああ……それか。そうだな、それならいいだろう。パンチはないが汎用的だ。弾速の遅さには気をつけろ。機動力がある相手なら発射されてから躱す事も不可能じゃない。……そうだな、そういう相手にはショットガンの様な使い方をしてやるといい』

 

 ハンドラー・ウォルターはただ依頼を取ってきてくれる優しいおじさんではない。

 

 強化人間部隊『ハウンズ』に戦闘技術を叩き込んだのは誰か? 

 

 イカれ切った猟犬染みた凶暴な戦術を叩き込んだのは誰か? 

 

 ウォルターだ。彼の戦闘経験は"歩く地獄"『G1ミシガン』に匹敵すると言われている。

 

 621の脳裏にそんな戦達者のウォルターの姿が想起された。

 

 彼女はあちらこちらが壊れている。小突けばすぐ倒れ伏し、息を荒らげるか弱い娘だ。

 しかしそんな彼女がひとたびACに乗り込めば、彼女は極めて危険な猟犬と化す。

 

 声が彼女を変えるのだ。

 殺されるな、殺す側になれと囁く声がする。

 

 か弱い彼女が死なない様に、沢山の歴戦の傭兵が、仲間達が、父の様な存在であるウォルターが、事あるごとに助言をくれる。

 

 彼女が夢と現の区別もついていない夢遊病者のような存在だというわけではない。ただ、自身に投げかけられた言葉の数々、そして実戦で学んだことなどを、これ以上ない程の卓越した想像力で再生しているだけである。

 

 この状況ではこのように動く、この様な対応にはこう返す……助言や実地で学んだことを彼女の体と頭は忘れない。

 

 例えば彼女が人を殺す際に左目を僅かに細める癖を持った殺し屋に深く傷つけられたとしよう。

 621はたまたま生き残り、その10年後、彼女の中から殺し屋の記憶が薄れかけてきた頃、再びその殺し屋が彼女を狙うとする。

 

 殺し屋は顔を変え、彼女の記憶にはない。

 だが、癖が消えていなかったら。

 彼女を殺す際に左目を僅かに細めていたとしたら、彼女の視界には『これからお前を殺す』と親切に教えてくれる殺し屋の幻影が映るだろう。

 

 その情報はあるいは彼女が命をながらえる一助となるかもしれない。

 

 この特性(解離性障害)は彼女の肉体が"こう"なってしまった事が大きく影響している。

 

 621はウォルターに拾われるまで、暗黒とも言える時期を過ごした事がある。

 

 あの暗い、昏い、井戸の底でぽつんと佇んでいるような日々。彼女の逃げ場は想像の果てにしか存在しなかった。逃げ場所はない。助けてくれる者も居ない。外にないなら内へ逃げるしかないではないか。

 

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 AB中の射撃は銃弾の衝撃力を僅かに高める事ができる為、多くのAC乗りが取る強襲戦術である。しかしそれゆえに "彼女" には対応も容易い事だった。

 

 なぜなら "彼女" の内に沢山の傭兵の●●●●が存在するのだから。

 

 無人二脚機体は "彼女" の差し金であり、"彼女" に蓄積された戦闘ログの数々と、量産型とはいえ技研の遺産であるC兵器の性能をもってすれば、たかが一傭兵になど敗北する筈が無かった。

 

 ──『撃って来なさい。私はアサルトブーストからの射撃、そこから繋がるあらゆる戦術を知っています』

 

 621は撃たない。

 ここで"彼女"は恐らくは蹴りが来ると察した。

 そのパターンも彼女は知っていた。

 ブーストキックは大きな隙を晒す。

 そこを狙おうと"彼女"は考えた。

 

 しかしそれもしない。

 ただ何もせずに、ABで横を通り過ぎただけだ。

 

 ──『仕掛け損ねましたか……?』

 

 "彼女"はそう考え、背後を振り向こうとした瞬間。ヘッドパーツ後頭部に数度の強い衝撃が走った。

 

『LOADER4』はターンブースターで瞬時の方向転換を果たしたのだ。そして引き金を引く。

 

 一点に集中したライフルの衝撃力は、無人機の頭部を破損させるに十分なものだった。

 

 転がるヘッド・パーツ。

 しかし"彼女"が驚いたのはテクニカルな戦術機動ではない。

 

 ──『なっ……馬鹿な、あなたは一体……』

 

 "彼女"はCパルス変異波形の様に対象の精神に直接交信が出来るほどの感応能力はないが、"彼女"は科学とコーラルの申し子だ。ゆえに僅かながらの感応能力を有するのだが、その感応能力が捉えた眼前の傭兵……つまりは621の精神は"彼女"をして驚嘆せしめるものであった。

 

 ──『私と、同類……? つまり……あなたも傭兵達の精神を……取り込んで……(オールマインド)……』

 

 "彼女"の感応の目は621の精神に重なる幾重もの薄影を見た。そして、振り切られるブレードによってコアを破壊され、視界はブラックアウトした。

 

 ちなみに621は精神を取り込んだりしない。全て妄想の産物である。ただし、そのクオリティが余りに高い為、"彼女"には区別が付かなかっただけだ。

 

 ◇◆◇◆

 

「あちらも済んだか」

 

 ポーキュパインは『バーブドワイヤー』のコックピットで呟いた。

 

 足元には車輪の残骸のようなものが幾つか、そして先程の無人二脚機体の残骸が2体転がっている。

 

 ポーキュパインにとって話にもならない相手であった。確かに機体自体は高性能であり、機動もサマになっている。だがそれだけであった。

 

 教科書通りといえばいいか、その場その場でもっとも効率的と思える行動を取ろうとする挙動は、なるほど並みのAC乗りには厳しい相手だろう。ポーキュパインも最初はやや翻弄された。しかし、動きがあまりにもワンパターンすぎるとあっては見切るのも時間の問題だった。

 

 漫然とした射撃、漫然とした大振り(ロケットランチャー)、ちょっとフェイントをかけてやればすぐに釣られ、数発の豆鉄砲の被弾と引き換えに胴体を叩き斬らせてくれる相手などは、ポーキュパインにとっては退屈極まりない相手と断じる他はなかった。

 

「増援もお粗末だったな。姿を隠して奇襲してくるならまだしも、堂々と正面から襲ってくるとは。無人機の様だが……」

 

 出来損ないめ、とポーキュパインは吐き捨て、621の機体『LOADER4』の元へと向かう。依頼についてのすり合わせが必要だと感じたからだ。

 

 視線に先に佇む白い機体。その足元には首のない無人機の残骸が転がっていた。無人機のコアには溶断痕が残っている。恐らくはブレードで斬りつけられたのだろう。

 

 ──アレは下らない玩具だったが、並みの連中には厳しい相手だった。あの傭兵は並みのAC乗りではないという事かな。コーテックスのCランクそこそこのレイヴン程度には出来る様に見える




あーにゃ、ランセツRFは中距離戦の真似事ができるマイルドショットガンくらいのノリで使えって言うます。撃ち合いしたいんだったら大人しくレザライ使えって、いうます
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