ポーキュパイン異聞   作:埴輪庭

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第19話:壁上の風、あるいは境界の刃

 

 §§§

 

 ──死に場所を選ぶ権利くらいはあるだろう。

 

 数時間前、巨大要塞『壁』の基部で、ポーキュパインは無様に横転した重装ACを見下ろしながらそう言った。

 

 G4ヴォルタの愛機『キャノンヘッド』は、見るも無惨なスクラップへと成り果てていた。だが、それは砲火に焼かれた鉄屑の姿ではない。

 

 右肩の炸薬キャノンは基部から綺麗にスライスされ、両腕の火器はトリガーブロックだけを正確に削ぎ落とされ、脚部のアクチュエータは関節の駆動軸のみをピンポイントで断ち切られている。

 まるで熟練の解体業者が、肉を傷つけずに骨と筋だけを切り分けたかのようであった。

 

『が……ッ、あ……て、めぇ……ッ!』

 

 コックピットの中でヴォルタは血を吐きながら呻いていた。

 衝撃で骨の何本かは折れているだろう。だが、死んではいない。コックピットブロックには指一本触れられていなかった。

 

「喚くな。お前たちのボス……ミシガンだったか。あの男に恩を売りたい奴がいてね。殺すなと釘を刺されている。……後ろのヒヨッコ、聞こえるか」

 

 物陰で恐怖に震えていたアップルボーイのMTへ、ポーキュパインは無線の指向性を絞って投げ捨てるように言った。

 

「隊長を引っ張って、とっとと失せろ。それとも、ここで一緒に鉄の棺桶に入るかい?」

 

 MTは悲鳴のような駆動音を立て、転がる『キャノンヘッド』をワイヤーで牽引し、全速力で後方へと逃げ去っていった。追撃はしない。約束は果たした。

 

 ……

 

 そして現在。ポーキュパインは『壁』の最上層、強風が吹き荒ぶ巨大プラットフォームの縁にAC『バーブドワイヤー』を佇ませていた。

 

 夜風が冷たい。装甲の隙間を吹き抜ける風が、まるで巨大な獣の唸り声のように低く響いている。

 

『ポーキュパイン、聞こえるかい?』

 

 アジトの作業場からだろう、カーラの悪戯っぽい声が通信機から滑り込んできた。背後で何かの溶接火花が散る音が混じっている。

 

「ああ。聞こえているよ、ボス」

 

『ベイラムの無様ったらしい撤退劇は見せてもらったよ。上出来さね。あそこの副長……ナイルの顔が見ものだよ。……で、本命のアーキバスがお出ましだ。壁下層の防衛ラインはもうズタボロさ。壁はもう保たないよ。適当に暴れたら、裏の搬出路からさっさとずらかりな』

 

「了解した。……だが、ここの連中は退く気がないようだ」

 

 ポーキュパインの視線の先。プラットフォームの中央に、威容を誇る巨大な鉄塊が鎮座していた。

 

 重装機動砲台『ジャガーノート』。

 

 前面に分厚い重装甲を張り巡らせ、巨大な主砲とミサイルコンテナを積み込んだルビコン解放戦線の決戦兵器だ。その周囲を取り囲む解放戦線の歩兵やMT乗り達は、狂気にも似た熱に浮かされていた。

 

『コーラルよ、ルビコンと共にあれ!』『一歩も引くな! ここを抜かれれば同胞の血が流れるぞ!』

 

 わめき散らす通信を耳にして、ポーキュパインは小さく息を吐いた。

 

 ──死にたがる奴に、貸してやる知恵はない。

 

 かつての世界でもそうだった。理念に酔い、大義に溺れ、己の実力以上の戦場に突っ込んで無駄死にしていくレイヴンを、彼は何十人も見てきた。

 

 死ぬのは勝手だ。だが、他人の死に際に巻き込まれるのは御免だった。

 

 ◇◇◇

 

 同じ頃。『壁』の中層連絡路を、二機のACが猛烈な勢いで駆け上がっていた。

 

 一機は、アーキバスのグループ企業シュナイダーの空力技術を結集した流麗なる軽量機『スティールヘイズ』。駆るはヴェスパー第4隊長、V.Ⅳラスティ。

 

 もう一機は、薄汚れた灰白色の中量二脚『LOADER4』。搭乗者はハンドラー・ウォルターの猟犬、C4-621。

 

 吹き荒れる砲火の中を、二機はまるで息の合ったペアのようにすり抜けていく。

 

『悪くない動きだ、ウォルターの猟犬。……いや、戦友と呼ぶべきかな』

 

 ラスティの爽やかな、しかしどこか鋭利な刃物を思わせる声が通信回線を叩く。

 621は答えない。ただ、背部の四連装ミサイルを斉射し、立ち塞がる狙撃砲台を粉砕することで応えた。

 

 ──『そうだ、ついていけ、621』

 

 彼女の鈍麻した脳の奥底で、幻影が囁く。死んだはずのハウンズの兄貴分、617の声だ。

 

 ──『前を走る奴の風を読め。推進力の余波に機体を滑り込ませろ。そうすればエネルギー消費を三割削れる。……お前ならできるはずだ』

 

 621の指が、無意識に操縦桿のトリガーをミリ単位で微調整する。

『スティールヘイズ』が切り裂いた大気の乱気流へ、吸い込まれるように『LOADER4』が追従した。

 

『ほう……大したものだな』

 

 ラスティの声に純粋な感嘆が混じる。

 アーキバスの最新鋭強化人間である彼から見ても、621の追従機動は異常だった。機械的な追従ではない。まるで野生の獣が、先頭を走る親狼の足跡を寸分違わず踏み荒らしていくかのような、凄まじい空間把握能力。

 

『正面ゲートを突破する! プラットフォームへ跳ぶぞ、戦友!』

 

 二機のアサルトブーストが同時に点火され、青白い推進炎が夜の闇を焼き払った。

 

 ◆◇◆◇

 

 爆砕された隔壁の破片がプラットフォームに降り注ぐ。粉塵を突き破り、ラスティと621の二機が最上層へ躍り出た。

 

 迎えたのは、地を揺るがすような重低音だった。

 

『略奪者どもがァッ! 我が故郷の土を踏むなッ!!』

 

 巨大なキャタピラが火花を散らし、重装機動砲台『ジャガーノート』が咆哮を上げる。前面の傾斜装甲はあらゆる通常弾頭を弾き返す鉄壁の盾だ。

 

 だが、ラスティの視線は巨大砲台には向いていなかった。彼の優れた直感が、戦場の空気を著しく歪めている「異物」の存在を瞬時に捉えていたからだ。

 

『……ッ!? あれは……!』

 

 ジャガーノートの数十メートル後方。無造作に、まるで散歩の途中で立ち止まったかのように佇む、鈍色の機体。両腕に携えられた、無骨なパルスブレードの柄。

 

 ──『バーブドワイヤー』。

 

『621、気をつけろ!』

 

 ウォルターの悲鳴に近い怒声が通信機を震わせた。

 

『あの機体だ! なぜ奴がここにいる……! 解放戦線に雇われたのか!?』

 

 621の全身の皮膚が粟立った。バイタルサインが急激に跳ね上がる。恐怖。

 そして、それ以上に彼女の芯にある「闘争の渇き」が、神経接続されたケーブルを通じて機体へと奔流のように流れ込んだ。

 

 対する『バーブドワイヤー』のコックピットで、ポーキュパインは薄い灰色の瞳を細めた。

 

 ──来たな。

 

 一機は、あの奇妙な執念深さを持つ灰色の猟犬。そしてもう一機。

 

 ──ほう。あれは、いい。

 

 ポーキュパインの戦達者な視線が、ラスティの駆る『スティールヘイズ』を射抜く。

 機体の重心の置き方、ブースターの微細なアイドリング、四肢の脱力加減。乗っている男の素性が手に取るように分かる。あれは、ただの兵隊ではない。

 己の腕一本で死線を幾重にも潜り抜けてきた、本物のレイヴンの気配だ。

 

「おい、デカ物」

 

 ポーキュパインはジャガーノートへ向けて短く通信を投げた。

 

「その白い方をくれてやる。……青い方は、俺の獲物だ」

 

 返事を待つ必要はなかった。言動と同時に、『バーブドワイヤー』が弾かれたように消えた。

 

 ◆

 

『速ッ……!?』

 

 ラスティの視界から、鈍色の機体が掻き消えた。

 アサルトブーストの点火音と、クイックブーストの噴射音がほぼゼロ秒のズレで重なって鼓膜を打つ。二段AB。常軌を逸した初速で、ポーキュパインは一瞬にして彼我の距離をゼロへと縮めていた。

 

 左腕のパルスブレードが青白く励起し、袈裟懸けに振り下ろされる。

 

 ──読める! 

 

 ラスティは超人的な反応速度で操縦桿を引き倒し、後方斜め下へとQBを吹かした。シュナイダー製ブースター『ALULA』の瞬間推力は伊達ではない。通常の間合いであれば、これでブレードの切先を三メートルは躱せるはずだった。

 

 だが。

 

 ──波を、傾ける。

 

 ポーキュパインの意識が、機体のジェネレーターから腕部ブレードへ至るエネルギーラインに深く同期する。

 振り抜かれたブレードの刀身から、不安定に揺らぎ、極限まで圧縮されたパルス粒子の塊が──飛んだ。

 

 眩い三日月形の光波が、大気を引き裂いて飛翔する。

 

『な……っ、光波だと!? 馬鹿な、そのブレードにそんな機能は──ッ!!』

 

 ガガガガンッ! 

 

 激しい金属摩擦音と共に、『スティールヘイズ』の左肩装甲が消し飛んだ。

 衝撃で機体の姿勢制御システムが悲鳴を上げる。スタッガー警告のブザーがラスティの脳を突き刺した。

 

『くっ……!』

 

 ラスティは即座に右手のバーストライフルを乱射し、牽制弾をばら撒きながら距離を取る。だが、当たらない。

 ポーキュパインの機体は、上下左右へ奇妙なリズムで小刻みに揺れ動き(サークリング)、FCSが予測する未来位置を嘲笑うかのようにすり抜けてくる。

 

『どんな……アセンブルをしているんだ、貴様は……!』

 

 ラスティの額に冷たい汗が伝う。

 相手の機体スペックは、明らかに旧式の中量二脚だ。最新鋭のシュナイダー機である『スティールヘイズ』の方が、旋回速度も推力も圧倒的に上のはずだった。

 それなのに、まるで相手の手の平の上で踊らされているような、圧倒的な圧迫感。

 

 一方、ポーキュパインの胸中には、冷徹な歓喜が広がっていた。

 

 ──良い動きだ。身のこなしに淀みがない。──だが、まだ甘いな。距離を取りたがるのは、飛び道具に頼る者の悪癖だ。

 

 右腕のブレードを起動し、追撃の構えに入ったその瞬間だった。

 

 けたたましい割り込み通信が、プラットフォームの戦域全体を切り裂いた。

 

 §§§

 

『──V.Ⅳ、聞こえますね』

 

 冷徹で、粘着質な男の声。アーキバス第2隊長、V.Ⅱスネイルである。

 

『作戦目標に変更があります。直ちに東部搬出路へ転進し、接近しつつある敵増援部隊を排除しなさい』

 

『な……何だと!?』

 

 ラスティは回避機動を続けながら怒声を返した。

 

『V.Ⅱ、こちらは未確認のネームド機と交戦中だ! 極めて危険な手練れだ! 今離脱すれば、残された独立傭兵が確実に圧殺されるぞ!』

 

『聞き流せませんね、V.Ⅳ』

 

 スネイルの声には一切の動揺も配慮もなかった。ただ純粋な、虫唾の走るような侮蔑が込められている。

 

『野良犬の損耗など、私の作戦の計算の端数にも満たないのですよ。……それとも貴方は、私の命令に背く気ですか?』

 

『くそっ……!』

 

 ラスティは操縦桿を軋むほどに握りしめた。

 ここで命令を拒絶すれば、アーキバス内部での立場を失う。それは、彼がルビコン解放戦線のスパイとして背負っている「本来の任務」の破綻を意味していた。

 

 ポーキュパインは、ラスティの機体の気配から急速に戦気が引いていくのを感じ取った。ブレードの切先を下げ、追撃を止める。

 

「……興が削がれたな。飼い主からの呼び出し火事か?」

 

『……すまない、戦友!』

 

 ラスティは621へ向けて悲痛な通信を叩きつけると、ブースターを点火し、プラットフォームの縁から飛び去っていった。

 

『死ぬなよ! 生き残れ……!!』

 

 ……

 

 静寂が戻ったわけではない。むしろ、地獄の釜の蓋が開いたようであった。

 

 残された戦場。そこには、地響きを立てて突進を続ける怪物『ジャガーノート』。

 激しい突進と爆雷に晒され、装甲を削られ、白煙を噴き上げながら後退する621の『LOADER4』。

 

 そして──。無傷のまま、腕を組むようにして佇む『バーブドワイヤー』。

 

『621! 脱出しろ! 2対1だ、勝ち目はない!』

 

 ウォルターの悲痛な叫びが響く。だが、621は操縦桿を手放さない。震える腕、激痛を訴える神経接続の末端。逃げ場はない。下は数百メートルの断崖絶壁だ。

 死ぬのか。ここで。また、何も成し遂げられないまま、屑鉄として燃え尽きるのか──? 

 

 621が絶望的な覚悟を固め、残された弾薬の全てを撃ち尽くそうと機体を構え直した、その時だった。

 

 カシャン、と小気味よい金属音が戦場に響いた。

 

 ポーキュパインが、右腕のブレードの励起を解除したのだ。青白い光が消え、ただの無骨な金属の塊がそこにあった。

 

「おい、猟犬」

 

 通信機越しに、低く、呆れたような男の声が届いた。カーラの元で聞いた、あの男の声だ。

 

「いつまでそのデカ物に正面から付き合っている気だ?」

 

 621は息を呑んだ。突進してくるジャガーノート。巨大な重装甲が、壁紙を破るような勢いで迫る。

 

 その瞬間、『バーブドワイヤー』が動いた。クイックブーストではない。ただのジャンプだ。

 必要最小限の上昇推力で、突進してくるジャガーノートの巨体を、紙一重の高度でフワリと飛び越える。

 

 まるで、闘牛士が猛牛の角を躱すように。

 

 そして、空中で綺麗に半回転し、着地した。

 そこはジャガーノートの真後ろ──分厚い装甲に守られていない、無防備な排熱パイプと補助輪が剥き出しになった「死角」であった。

 

 ドォン! 

 

 ポーキュパインの右肩に背負われた連装グレネードランチャー『SONGBIRDS』が火を吹いた。

 至近距離から叩き込まれた二発の榴弾が、ジャガーノートの後部エンジンブロックを容赦なく吹き飛ばす。

 

『ギャアアッ!? う、後ろを取られたッ!? う、裏切るのか貴様ッ!』

 

 ジャガーノートが苦悶のスキール音を響かせ、急ブレーキをかける。ポーキュパインは追撃しなかった。

 ただ、煙を噴いてよろめく巨体の頭越しに、呆然と立ち尽くす621の機体を指差した。

 

「正面が硬いなら、後ろに回ればいい。後ろに回れないなら、敵の推進力を利用して軸をずらせ。……昔、俺の弟子にそう教えてやったものだ」

 

 ポーキュパインの薄い灰色の瞳が、モニター越しに621の魂を射抜く。

 

「死にたくないなら、見様見真似でもやってみろ。……旋回戦のイロハを教えてやる」

 

 それは敵対の宣告ではない。伝説的なアリーナランカーとして幾多の未熟なレイヴン達を修羅へと叩き上げてきた男の──紛れもない「実戦講義」の開始合図であった。

 




自分で読み返してみて未完はちょっともったいないかなと思ったので、覚えてる範囲で続きを書く。ただもうだいぶ前に書いた作品だし、作者もレイブンを引退して久しいので、「そこってそんな設定だっけ?」みたいなトコはあるかも。まあその時はイイかんじで解釈してくれると助かります。それにしても、三年もたてば作者も物書きとして成長してるかとおもったけど、当時の文章力・表現力と余り変わってない気がするな。頭打ちか?でも我ながら結構面白い気がする。自画自賛!
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