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ラミーは変わった。良い方向に。だが本当にそうか? あのクソ野郎の事もある。
それに……本当に奴が……ラミーが変わっちまったとして。奴は何になった?
あたしの勘は奴がラミーじゃないと言っている。外見を変えるだけなら出来ない事はない。
あたしが開発室でそんな事を考えていると、どこか間の抜けているビープ音が聞こえた。その音はドアの向こうに客がきていることを意味する。あたしは眉をあげて時計を見た。
時間は午前1時を回っている。
こんな時間に誰が尋ねて来た?
あたしは銃を取り、モニタを見遣る。
そこにはラミーが立っていた。
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「ボス、こんな時間に済まない。少し話があるんだ。だが日中は他の連中の目もあるし、俺にも仕事があるからな」
ラミーはカーラに言う。
「なんだい、ラミー……話って。言ってごらんよ」
カーラとしては多少の頼みなら聞いてやるつもりだった。ここ暫くのラミーの功績は目覚ましく、多少の褒美ならくれてやってもおしくないと思ったからだ。
功績とは、"仕事"である門番業の事である。ここ最近のコヨーテスの襲撃は目に余るものがあるが、その全てをラミー1人で撃退している。コストの面から見てこれは素晴らしい貢献であった。
というのも、RaDのボスとしてカーラは防衛コストを計算しなければならない立場にあるが、襲撃の際に出す防衛用MTのコストは馬鹿にならない。しかしケチるわけにはいかない費用だ。そしてカーラが気に食わないのは、いくら襲撃を退けても幾らにもならないという点である。
──金が欲しいか、女が欲しいか、それともドラッグか。あるいは新しいパーツかもしれない
カーラは最近のラミーがACパーツを買いあさっている事を思い出した。カーラとしては結構な事だと言う思いである。少なくともコーラルドラッグよりは余程健全だ。
──ヤクって線はないか。ここ最近は随分真面目になっちまったようだからね
さて、どんな頼みだろうかとカーラは期待する。
どんな者であろうと、その望みや願いには当人の性根の匂いが浸み込むものだ。
カーラはラミーを疑っている。
当たり前の話ではあった。いきなり素行が良くなって、『少しは真面目に生きていく気になったみたいだね、よかったよかった』などと思うほどカーラはお人よしではない。
ラミーの願いから垣間見える"本性"をカーラは見極めようとしていた。
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「ボスも気付いていると思うが、俺は少し変わったと思う」
少しどころじゃないよなどと思いつつ、カーラは無言でラミーに先を促した。
「あの日、俺は倒れただろう? それ以来、なんだか気分が変なんだ。俺が俺じゃないような、そんな気分が消えない。俺の中の俺がくたばっちまったような、そんな気がする」
「じゃあ今あたしの目の前にいるアンタはなんなんだい?」
カーラは尋ねた。
ラミーは黙り込む。いや、目線をやや斜め上に向け、何事かを考えている様子だった。
これもまた往時のラミーには見られなかった風情だ。
──なにせラミーときたら、何かを考えるっていう機能がぶっとんじまってたからね
カーラは妙なおかしみと共にそんな事を思う。
「……俺か。ラミー……インビンシブル・ラミーだったか? 重度のヤク中で、自分を無敵だと思い込んでいる男。素面の時のほうが少ない典型的ドーザー。『間抜けのラミー』と呼ばれていて、その辺の野良犬のほうがまだ知能指数が高い……だったか」
まるで他人事の様にラミーが言う。
「……そうだね、だがそれはこれまでのアンタだ。今のアンタは少し変わったようだね。なぜ "そう" なったか、あたしはそれが気になっている。アンタはヤクをやりすぎて、何か奇跡的な事が起きてまともになったラミーなのか、それとも誰かがラミーの皮を被って化けているのか。いや、それはどうでもいいかな。本当に気になっているのはアンタの目的さね。アンタに何が起きたかをあたしは知らない。でもあれだけの腕があるなら、独立傭兵として例えばベイラムあたりにでも腕を売り込む事もできるはずだよ。話をつけるツテがないなら解放戦線でもいい。連中はいつでも戦力を募集しているからね。少なくともドーザーの集団なんて犯罪者集団に属する必要があるとは思えない」
カーラは強い好奇心と僅かな警戒心を声に乗せ、ラミーへと尋ねた。彼女はかなり危険な域まで突っ込んで話していると自覚している。
ラミーが仮にどこぞの勢力のスパイか何かで、元のラミーを殺害するなりしてなりかわっていた場合、この質問は身の危険を招くだろう。しかしカーラはあえてこういう尋ね方をした。
ラミーがカーラに何かをやらかそう……つまり、襲って犯したりだとか、強盗だとか、そういう事をしそうには思えない。その手の見極めを誤るほど
「アンタの目的を教えておくれよ。目的って言い方が堅苦しいなら、望みでいい。アンタは何がしたい?」
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「ボス、俺の正体を疑っているようだが、俺が実はボスを疎ましくおもっているどこぞの勢力の暗殺者やスパイだったとしたら……今のボスの態度は賢いとは言えない。俺がもし暗殺者だったら正体を怪しみ始めているボスを消そうとするかもしれない。だが俺はそんな事をしない。暗殺者でもスパイでもないからな。しかし、ボスが言う "ラミー" でもない。少なくとも、俺は自分の事を "インビンシブル・ラミー" だとは思っていない。俺はポーキュパインさ。ずっとその名前でやってきたんだ。ACもマッドスタンプじゃない。俺のACの名前はバーブドワイヤーだ」
それからラミーことポーキュパインはつらつらと話を始めた。
管理者。
レイヤード。
レイヤードを脱した人類。
地上で覇を競う企業。
グローバル・コーテックス。
サイレント・ライン。
無人機の暴走。
そして、そんな世界をどう生き、どう死んだのか。
そして最後に、目的は何かというカーラの質問に答える。
「……目的は何か? とボスは言っていたな。はっきり言っておくが目的などない。あくまでも俺主観になるが、二度目の人生だ。せいぜい悔いのないように生きるだけさ」
「まって、待っておくれ! アンタ、一体何を……やっぱりコーラルドラッグが……いや……あの腕前は異常だった。アンタは死角からの攻撃を全て躱していた。あたしはアンタのAC操縦技術を見て、まるで歴戦の傭兵の様だと思ったものだけど……生まれ変わったって言う事かい? いや、生まれ変わりじゃないのか」
流石のカーラもまさかそんな話が飛び出してくるとは思わず、困惑を隠す事が出来ない。
「俺にだって何があったかわからない。俺は自分の事をポーキュパインだと思っているが、実の所、ラミーという男がヤクをやりすぎて頭がおかしくなっているだけなのかもしれない。もしくはこんなのはどうだ。ラミーはコーラルドラッグをオーバードーズしてくたばったが、ほぼ同時刻に俺が死んだ事で俺たちが惹き合ったんだ。つまり精神が死んだラミーと、肉体が死んだ俺がひきあったってことだ。しかしそうなると、なぜ惑星をまたいで……という話にもなる」
「黙ってな! 今考えを整理しているんだ」
追い打ちをかけるようにポーキュパインが言葉を浴びせると、カーラは声を荒げた。
ブツブツというカーラの独り言が開発室に響く。
ポーキュパインは手持ち無沙汰に室内を見渡す。
開発室はある意味でRaDの心臓部とも言うべき箇所で、カーラはここでRaDの新製品などを設計している。勿論部品加工や組み立て、電子回路の組み込みなどは工場エリアで行うわけだが、設計やシミュレーションなどは開発室で行うのだ。
天井は高く、照明はLEDパネルが均等に配置されている。壁には大型のディスプレイが複数あり、そこには複雑な設計図やシミュレーションデータがリアルタイムで映し出されている。デスクの上には高性能のワークステーションが並び、その隣にはVRヘッドセットや各種のセンサーが整然と並んでいる。
床はアンチスタティックマットで覆われており、静電気の影響を最小限に抑えている。部屋の一角には小型の冷蔵庫とコーヒーメーカーがあり、エネルギー補給のための飲食物がストックされている。
──広さ自体は然程でもないのだな
開発室は精々が50㎡(約30畳)といった所だ。
これはRaDで開発を手掛けるのがカーラほぼ一人しかいないという事情もあり、そこまでの広さを必要としないからである。
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カーラは暫く考えをまとめていたようだが、それも済んだようで、開発室を見物していたポーキュパインに声をかけてきた。
「考えが纏まったよ。あんまり長々というのはアンタも好きじゃないだろう。だから先に結論を言う。目的はないと言っていたね、だったらあたしがそれを見繕ってやる。もうしばらくあたしに付き合いな。アンタの言っている事が本当だとしたら、
「分かった。付き合おう」
ポーキュパインに否やはなく、特に感慨もなく是と答えた。何か特別な目的がある訳でもないのだ。それに対してカーラは顔を顰める。ポーキュパインがまるで他人事の様に頷いたからだ。自身の生死に関わる話の筈なのに、どこか
──こういう世界だ。裏切った、裏切られたなんてザラさ。でも裏切られないに越したことはないし、裏切られる事でこっちの身が破滅するような相手だっている。ラミーは……いや、ポーキュパインはそういうタイプだ。裏切られたらまずい。だからもう少し確証が欲しい
カーラはそんな事を思う。
つまりは納得だ。カーラは納得感が欲しかったのだ。納得は安心と安全の屋台骨である。
「一つ聞いてもいいかい? なんであたしに "それ" を話したんだい? 少し話せばわかる。アンタは他の連中みたいに馬鹿じゃない。だから適当な理由を考える事もできたはずだよ。それに、話してスッキリしたかったとしてもだ……。それをあたしが信じず、アンタの事を頭のおかしい危険人物として、何か起こる前に処理を、と考える可能性だってあった事をアンタなら思い及んだ筈だ」
カーラの質問にポーキュパインは暫時思案に耽り、やがて何気ない様子で口を開いた。
「俺は前のアリーナでブレーダーと呼ばれていた。ブレーダーというのはブレードに重きを置いているレイヴンの事だ。知っているだろうが、ブレードを使いたいなら距離を詰めなければいけない。危険な距離だ。お互いがお互いを殺しに易い距離だ。だが、その距離では物事がシンプルになる。駆け引きが無駄な事とは思わないし、超接近戦でも駆け引きは存在するが、それでも距離を取るよりずっとシンプルだ。俺はそのシンプルさと安直さが好きでね」
それは答えにはなっていなかった。
しかしカーラはそれを咎めず、無言でポーキュパインを見つめる。まだ話の続きがあると感じていたからだ。
「ボス、あんたは俺と少し話して俺の事を幾らか理解した。同じように、俺もボスの事を少し理解したんだ。ボス、あんたは目的のためなら手段を選ばないタイプだ。そしてとても賢い。相手の弱点を鋭く見抜く。そういう奴は相手の好き嫌いを容易く見抜いてくるんだ。レイヴンにもそういう奴が幾らかいたよ。皆酷く手強かった……」
ポーキュパインの瞳はどこか遠くを見ているかのようだった。
「ボス、俺が見る限りあんたは無茶無謀を無策でやらかすタイプじゃない。安全マージンは担保してから事に移るタイプな気がする。そんなあんたが俺にあんな風に質問をしてきた時、あんたは俺を警戒しているだけで、俺を害するつもりはないのかなと思ったんだ。なぜなら、あんたの質問ときたらまるでブレーダーの様に単刀直入で、バッサリと斬り込んできたからな。俺の好みに合わせてくれたんだろう? 俺は駆け引きは余り好きじゃないからな。アリーナにもたまにいるんだよ、ボスみたいな奴がな。肩にゴツいのを背負って右腕にはでかい銃を握っているくせに、こちらがブレードだけを担いでいると見ると……飛び道具をパージする奴が」
──そういう奴は嫌いになれない
そんな事をいいながら、ポーキュパインは手を差し出した。
その時、カーラの心にふわりと生まれたモノがある。納得感というやつだ。
よろしく頼むよ、とカーラはポーキュパインの手を握った。