ポーキュパイン異聞   作:埴輪庭

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第20話:実戦講義、あるいは鉄屑の舞踏

 §§§

 

 巨大な質量が空気を押し潰す轟音。

 

 重装機動砲台『ジャガーノート』の前面装甲板から,m摩擦熱による陽炎が立ち昇っている。後部の排熱ブロックを吹き飛ばされたことで、怪物の推進力は明らかにバランスを崩していた。だが、それでもなお、突進する鉄塊の運動エネルギーはACを一撃で挽き肉に変えるに十分だ。

 

『貴様ら……よくもッ! ルビコンの地を汚すダニどもがァッ!!』

 

 死に物狂いの砲手が放つミサイル群が、頭上から雨あられと降り注ぐ。だが、ポーキュパインの機動には微塵の焦りもなかった。

 

「視界の中心に敵を捉え続けるな。旋回とはカメラを向けることじゃない。自分の機体の重心を、相手の推進軸の『外』へ滑り込ませることだ」

 

『バーブドワイヤー』が低く跳躍する。

 ブースターを全開にするのではない。短く、呼吸をするように断続的な噴射を繰り返し、ジャガーノートの巨大な突進軌道に対して直角を描くように平行移動する。

 突進する巨体。躱す鈍色の影。

 その距離、わずか数メートル。触れれば爆砕される死の境界線の上を、ポーキュパインはまるで氷上を滑走するスケーターのように優雅にすり抜けた。

 

「直線的な突進しかできない相手にとって、最も厄介なのは円運動だ。相手の旋回性能の限界値を計算しろ。敵の顔がこちらを向く前に、その背後へ回り込めば──ほら、こうなる」

 

 突進を行き過ぎたジャガーノートが、急制動をかけて強引に巨体を旋回させようとする。

 しかし、急激な方向転換に耐えかねたキャタピラが激しく軋みを上げ、旋回速度が著しく鈍化する。

 

 その瞬間、ジャガーノートの背後──無防備な推進器の真上に、『バーブドワイヤー』がピタリと位置取っていた。

 

「ここだ。撃て、猟犬」

 

 ・

 ・

 ・

 

 思考する時間などなかった。621の神経接続された末梢神経が、ポーキュパインの言葉を「命令」としてではなく、純粋な「生存の解」として受容していた。

 

 ──『迷うな、踏み込め!』

 

 脳内で、かつてのハウンズの兄貴分たちの怒声が重なる。621の細い指が操縦桿を押し倒した。『LOADER4』が地を蹴る。

 ポーキュパインが教えた通りの軌道──直進ではなく、ジャガーノートの旋回方向の逆を突く鋭角的なステップ。相手の死角へ、滑り込むようなクイックブースト。

 

 ピピピピピピッ! 

 

 FCSの照準が、ジャガーノートの剥き出しのエンジンブロックを捉え、赤く染まる。

 

 ドォン! 

 

 MA-J-200RANSETSU-RFのバースト射撃が、至近距離から機関部に吸い込まれた。内部で連鎖爆発が起きる。

 装甲の隙間から噴き出す黒煙と火花。ジャガーノートの巨体が、衝撃で大きく前のめりに傾いだ。

 

 ──スタッガー! 

 

『ぐあああっ!? 機体制御、不能……ッ!?』

 

「いい踏み込みだ。だが、甘いな」

 

 ポーキュパインの淡々とした声が通信回線を伝う。

 

「ブレードの二撃目を撃ちたいなら、反動で腕が流れるのを待つな。機体ごと前へ押し出せ」

 

 621の瞳の奥で、火が爆ぜた。言われるまでもない。すでに『LOADER4』の左腕には、眩いパルスブレードの蒼刃が励起していた。

 

 一閃。袈裟懸けに装甲の継ぎ目を斬り裂く。

 通常ならばここでブレードの反動による硬直が生まれる。だが621は、ポーキュパインの言葉通り、瞬時にアサルトブーストを一瞬だけ吹かして反動を殺し、機体の自重を乗せた鋭い蹴り──ブーストキックを弱点へと叩き込んだ。

 

 ガギィィィンッ! 

 

 金属がひしゃげる凄まじい衝撃音。そして、二閃目。横薙ぎに振り抜かれた光の刃が、ジャガーノートの中枢ジェネレーターを真っ二つに両断した。

 

『ルビコンに……栄光、あれ……ッ!!』

 

 砲手の断末魔と共に、白光がプラットフォームを埋め尽くした。

 

 青白い巨大な爆煙が、夜空へと立ち昇る。吹き荒れる爆風の中、後方へ跳躍して距離を取る『LOADER4』。

 着地と同時に機体の各所から蒸気が噴き出し、限界寸前だったアクチュエータが激しく鳴動していた。

 

 だが──勝ったのだ。あの怪物を、たった二機で。いや、最後は621自身の手で、完全に解体した。

 

 ◇◇◇

 

『……目標の完全沈黙を確認』

 

 ウォルターの嗄れた声が、信じられないものを見るかのように通信機から漏れ出た。

 

『よくやった、621。……だが』

 

 ウォルターの視線は、爆炎の向こう側に注がれていた。

 そこには、炎の照り返しを浴びながら、ブレードの光を消して無造作に佇む鈍色の機体──『バーブドワイヤー』の姿があった。

 

『……貴様、何者だ』

 

 ウォルターが冷徹な声で問いかける。

 

『なぜ621に手助けをした。解放戦線に雇われていたのではないのか。……それとも、カーラの差し金か?』

 

 ポーキュパインは機体の首をわずかに傾げ、淡々と答えた。

 

「手助けなどしていないさ。俺はただ、デカ物をどう解体するかを見せてやっただけだ。それを拾ってモノにしたのは、そこの猟犬の才能だよ。……ああ、それを手助けというのか、ふふ」

 

 ポーキュパインの灰色の瞳が、モニター越しに満身創痍の『LOADER4』を見つめる。

 

 ──呑み込みが早い。かつて俺の門を叩いたエクレールよりも、さらに貪欲で、乾いている。

 

 余計なプライドがない。理屈をこね回す無駄口もない。

 ただ「生き残り、敵を殺す」という純粋な意志だけで、他者の動きを骨の髄まで吸い尽くそうとするスポンジのような吸収力。

 

 ──こういう奴は、強くなる。どこまでも高く飛ぶだろう。()の様に。

 

「カーラ……ボスには宜しく伝えておけ。壁の仕事はこれで終わりだ。ベイラムは退き、解放戦線は拠点を失い、アーキバスがここを占領する。……ボスの思惑通りにな」

 

『……やはり、カーラの部下か』

 

「部下、ね。まあ、食わせてもらっている以上は否定しないさ。じゃあな、猟犬。次に会う時までに、もう少しマシなステップを踏めるようになっておけ」

 

 ゴゥッ、と低い推進音を残し、『バーブドワイヤー』はプラットフォームの裏手にある物資搬出路へと飛び降り、暗闇の中へと姿を消した。

 

 残された621は、静まり返ったコックピットの中で、ただ荒い息を繰り返していた。全身の神経が痛む。

 だが、その激痛の奥底で、かつて感じたことのない奇妙な高揚感が、冷え切った彼女の魂をじんわりと温めていた。

 

 ◆◇◆◇

 

 数時間後。アーキバス・グループ現地対策本部。

 

「……何ぃ?」

 

 執務室の冷たい空気の中に、剃刀のような声が響いた。V.Ⅱスネイルである。

 彼の前には、端末を操作しながら無表情に報告を読み上げるV.Ⅷペイターが立っていた。

 

「事実です、スネイル閣下。独立傭兵『レイヴン』は単独で重装機動砲台ジャガーノートを撃破。『壁』の占領は完了しました」

 

「馬鹿な……! あの野良犬ごときが、V.Ⅳの支援なしで巨大砲台を落とすなどと……!」

 

 スネイルは神経質そうに眼鏡のブリッジを押し上げた。

 彼の綿密な計算では、あの独立傭兵はジャガーノートの装甲をわずかに削ったところで圧殺され、消耗したジャガーノートを後からヴェスパー本隊で悠々と処理するはずだったのだ。

 

「それに、もう一つ気になる報告があります」

 

 ペイターが淡々とディスプレイの映像を切り替える。そこには、遠距離観測カメラが捉えた、粗い戦闘ログが映し出されていた。

 

「交戦区域に、所属不明の二脚ACが確認されています。両腕にブレードを装備した特異な機体構成……オールマインドのデータベースにも登録がありません。ベイラムの部隊を単機で壊乱させ、その後、ジャガーノートの背後を破壊して離脱した模様です」

 

「……所属不明機、だと?」

 

 スネイルの細い目が、険悪な光を帯びて歪む。

 

「ベイラムの息のかかった者ではない。解放戦線の兵力でもない……。では、一体どこのダニですか。惑星封鎖機構の非公式工作員か? それとも、地下に潜む土着のネズミどもか……」

 

 苛立ちに爪を噛むスネイルの背後で、ペイターはただ静かに、感情の抜け落ちた冷たい瞳でモニターを見つめていた。

 

 ……

 

 同じ頃、整備ドックで愛機『スティールヘイズ』の補修を見届けていたV.Ⅳラスティは、手元の携帯端末に送られてきた作戦完了の報を見て、微かに口元を綻ばせていた。

 

『……生き残ったか、戦友』

 

 だが、彼の脳裏に焼き付いて離れないのは、もう一つの影だった。あの大気を切り裂くような二段AB。

 そして、ブレードの刀身から放たれた、信じがたい光波の軌跡。

 

「あの二刀流……一体何者だ? 解放戦線の同志にも、あんな怪物を雇えるパイプはないはずだが……」

 

 ルビコンの夜空を見上げるラスティの瞳には、友の生存を喜ぶ光と、未知の強者に対する深い警戒の色が、複雑に交錯していた。

 

 §§§

 

 グリッド086。RaDアジト、居住区。

 

 けたたましい工作機械の音と、鼻を突く重油の匂い。

 薄暗い部屋の作業台に腰掛け、ポーキュパインは冷えたミールワームのペーストを無感情に咀嚼していた。味はない。ただのカロリー補給だ。

 

「精が出るねぇ、うちの切り込み隊長さんは」

 

 ガラリとドアが開き、作業着姿のカーラが入ってきた。手には安酒のボトルが握られている。

 

「随分とあの子……ウォルターの猟犬がお気に入りみたいじゃないかい? チャティから聞いたよ。わざわざ手取り足取り、戦闘の手ほどきをしてやったんだって?」

 

 ポーキュパインは咀嚼を終え、水で喉の奥へ流し込んでから口を開いた。

 

「手ほどきなどしていない。ただ、死に方が悪ければ犬死にになるからな。……あいつには翼がある。ここで折るには惜しいと思っただけだ」

 

「翼ねぇ……」

 

 カーラは呆れたように肩をすくめ、ボトルの酒をラッパ飲みした。

 

「相変わらず詩人だねぇ、アンタは。まあいいさ。お陰でベイラムとアーキバスの力関係は綺麗に保たれた。ただ──壁を落としたアーキバスは、いよいよコーラルの本脈を探すために、さらに奥地へちょっかいを出すだろうさ」

 

 カーラの表情から冗談の色が消え、冷徹な「観測者」の顔が覗く。

 

「……ウォッチポイント・デルタだよ」

 

 聞き慣れない単語に、ポーキュパインは視線を向けた。

 

「旧時代のコーラル監視施設さ。あそこに溜まったコーラルを企業に嗅ぎつけられたら、いよいよこの星のバランスは崩壊する。ウォルターも、そろそろ本格的に動くはずだよ」

 

『ボス、補足する』

 

 室内の端末から、チャティの平坦な音声が割り込んできた。

 

『ウォッチポイント・デルタには、すでに先客がいる。旧世代の強化人間……スッラだ。手練れだが、それ以上に厄介なのは、あそこを監視している惑星封鎖機構の防衛システムだ。大規模な衝突が予測される』

 

「……旧世代の強化人間、か」

 

 ポーキュパインの胸の奥で、かつて自身が潜り抜けてきた地獄の記憶が、小さく疼いた。

 

 感覚の拡張。脳の変質。人として生きることを捨ててまで手に入れた、闘争のための力。

 このルビコンという星にも、自分と同じように「過去の遺物」として生き延びている亡霊がいる。

 

「ボス、俺の次の仕事は?」

 

「慌てなさんな」

 

 カーラはニヤリと笑い、ポーキュパインの肩をポンと叩いた。

 

「まずは休みな。エリザが待ちくたびれて、アジトの通路をウロウロしてたよ。……あたしらの出番は、連中がウォッチポイントで派手に火遊びをしてからさね」

 

 遠く、グリッドの外壁を叩くルビコンの風の音が、これから始まる巨大な嵐の到来を告げるかのように、重く、低く鳴り響いていた。

 

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