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紅蓮のプラズマ火炎が夜気を焼き尽くそうとした瞬間、プラットフォームの縁を突き破って一筋の鈍色の影が跳躍する。
海水と白煙を巻き上げながら宙を舞う機体の両腕で、二振りのパルスブレードが励起音と共に蒼い磁気プラズマの定在波を立ち上げる。空中で交差された光刃の軌跡が、バルテウスの火炎放射器から解き放たれた猛烈な炎の奔流を真正面から切り裂いた。
高圧プラズマの電磁反発が熱エネルギーを左右へと弾き飛ばし、火炎の濁流が真っ二つに割れて夜空へ四散していく。
着地と同時に脚部ダンパーで自重を沈み込ませ、炎の残滓を背負って立ち塞がったのは、両腕に蒼刃を携えた異形の二脚AC──『バーブドワイヤー』である。
『……所属不明機!? あの時の機体か!』
外部回線からウォルターの声が飛び込んでくる。だが、621の意識をより鋭く打ったのは、頭蓋の奥底で直に震える別の波形だ。
『……レイヴン、あの機体は……?』
脳幹を直接揺るがし、エアの囁きが波紋のように広がる。
『人間の神経伝達速度を超えた反応です。炎の熱伝導率と噴射ベクトルの中心を、ミリ秒単位でブレードの交差点に捕らえていました。……一体、何者なのですか』
エアの問いに思考を割く余白はない。
バーブドワイヤーの肩部スラスターから微小な排熱煙が吐き出され、近接回線を通じて低く掠れた男の声が届く。
「立て、猟犬。手足を捥がれたわけじゃないだろう」
621は荒い呼気を吐き、警報音が鳴り止まない狭窄なコックピットの中で操縦桿を押し握る。強制停止しかけていた姿勢制御システムが、重い振動と共に再起動を果たした。
傷ついたLOADER4の膝が、軋みながら鉄床を踏みしめて立ち上がる。
「無人兵器の装甲なんざ、剥がしてしまえばただの空き缶だ。……あんな分厚い殻、一人で割るには骨が折れるからな。俺が殻を割る。芯を刺すのはお前の役目だ」
ポーキュパインはそう告げると、両腕の光刃を構え直した。
頭上で滞空する特務無人機『バルテウス』のセンサーアイが、不気味な紅光を明滅させる。突如として乱入した新手を排除対象として再認識した怪物は、巨大な円環ユニットを傾けながら全方位のスラスターを一斉に点火した。
『──警告! 敵機、全方位攻撃シークエンスに移行します!』
エアの鋭い声が621の脳幹を打つと同時に、バルテウスの円環ユニットに並ぶ無数のハッチが一斉に開口する。
嵐の夜気が、数百発に及ぶマイクロミサイルの排気白煙によって白濁していく。大気を埋め尽くす噴進弾の網が、逃げ場のない二機へ向けて一斉に降り注いだ。
「呼吸を乱すな。飛来角の死角へ足を滑り込ませろ」
ポーキュパインの声と同時に、バーブドワイヤーが地を蹴る。
推進剤を浪費することなく、プラットフォームの鉄床の反発力をダンパーで正確に拾い上げ、極めて短い跳躍と接地を反復しながらミサイル群の弾道軸に対して直角を描いて滑走していく。
621もその軌跡に喰らいついた。教えられた通りの機動──飛来する弾幕に正対せず、爆風の合間を縫うように鋭角的なステップを刻んでいく。
背後で無数の連続爆発がプラットフォームを激震させ、吹き荒れる金属破片が装甲を打ち据えた。しかし、直撃弾の嵐を二機は紙一重ですり抜けている。
『信じられない……。あれほどの濃密な弾幕を、最小限の推進エネルギーで回避するなんて……』
弾幕を行き過ぎたバルテウスが散弾キャノンと重バズーカを構え直そうとした、まさにその一瞬の間隙だ。
「殻を剥ぐぞ。遅れるなよ、猟犬!」
ポーキュパインの左腕が前に突き出される。
パルスブレードの抜刀追尾プログラムが起動し、バーブドワイヤーが設計限界を突破した異常な初速で突進を開始した。標的の間合いへ飛び込む直前にクイックブーストの逆噴射で抜刀モーションを力尽くで叩き折り、莫大な突進慣性だけを掠め取ってバルテウスの懐の最深部へと滑り込む。
バルテウスの巨体の真下へ潜り込んだバーブドワイヤーは、相手の旋回軸に密着するようにして両腕のパルスブレードを同時に振り抜いた。
磁気プラズマの高周波定在波が、バルテウスの全周パルスアーマーと分厚い装甲の間で激しく多重反射を繰り返す。
青緑色のエネルギー障壁が激しく明滅し、過負荷の軋み音を上げながら網の目のような亀裂を走らせていく。
「今だ、殺れ!」
ポーキュパインが鋭く叫ぶ。
621の神経が即座に連動した。損傷した脚部アクチュエータを軋ませながら前架へ突進し、右手のライフルと肩のミサイルを、亀裂の走ったパルスアーマーの中央部へと叩き込む。
集中打撃の衝撃が臨界を越え、バルテウスを覆っていた巨大な光膜がガラスのように粉々に砕け散った。
姿勢制御を失った銀色の巨体が推力バランスを崩して宙で大きくよろめき、強制スタッガーへと陥る。
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二機の集中砲火が、無防備になったバルテウスのフレームを削り取っていく。
ライフル弾が外装を貫通し、内部コンデンサを破壊する閃光が連続して弾け散る。耐久値を示すゲージが一気に半減の境界線を割り込んだ。
『──待って、レイヴン! 敵機のエネルギー循環が急激に反転しています! 機体全域に高圧縮コーラルのパルス反応……アサルトアーマーです! 離れて!』
「下がるぞ、猟犬! 爆圧の外へ跳べ!」
ポーキュパインの声と同時に、二機が即座にクイックブーストの逆噴射を叩き込み、後方へと跳躍する。
直後、バルテウスの巨体を中心として、全方位を焼き尽くす巨大な青白いパルス爆発が炸裂した。
猛烈な衝撃波がプラットフォームの鉄床を波打たせ、後退した二機の装甲を叩きつける。激しい揺動の中、バルテウスの周囲に再び青白いパルスアーマーが再展開された。
それだけにとどまらない。
バルテウスの両舷に懸架された巨大な火炎放射ユニットが前架へとせり出し、超高熱のプラズマ火炎が数十メートルに及ぶ長大な火の剣となって夜空を切り裂く。
第二段階への移行を果たし、怪物がその凶悪な殺戮形態を露わにしたのだ。
『……なんて熱量なの。プラットフォーム全体が融解温度に達しつつあります!』
バルテウスは空中を滑走しながら、巨大な火炎ブレードを横薙ぎに振り回してくる。紅蓮の炎が鉄床をドロドロに溶かし、夜気を炎熱の地獄へと変えながら二機を飲み込もうと迫る。
地上に退路はない。火炎の薙ぎ払う範囲はあまりにも広大だ。
『地上では回避できません! 上空です! 敵機の推進軸の真上……火炎放射ユニットの可動角の外側なら、射線が通りません!』
エアの知覚が、621の視界に立体的な射線データを投影する。
思考よりも早く、621の指が垂直ブーストペダルを踏み抜いていた。
炎の切先が足元の装甲をかすめる極限の高度差で、LOADER4が跳躍する。
真下を通過していく火炎の奔流を受け流しながら、621はバルテウスの円環ユニットの頭上へと躍り出た。
「……いい目を持っているな、猟犬」
地上で炎を躱していたポーキュパインが、その機動を見て低く呟く。
「あの高さなら、背骨が丸見えだ」
ポーキュパインのバーブドワイヤーが、地上から残された推力を全開にして斜め上方へと跳ね上がった。
散弾とミサイルの残弾を浴びせながら地上からバルテウスの注意を引きつけ、その死角である上空から621が急降下アサルトブーストを点火する。
二機による上下からの挟撃──。
下から突き上げられたポーキュパインの左腕ブレードが、再展開されたパルスシールドの底面を深々と抉り抜く。
シールドに再び走る亀裂へ合わせ、上空から落下してきた621の機体が全質量を乗せたパルスブレードの一撃を頂点へと叩き落とした。
パルスアーマーが完全に崩壊し、防護を失ったバルテウスの中枢フレームが激しい放電を撒き散らす。二度目のスタッガーによって、銀色の巨体がプラットフォームへと墜落した。
『今です!』
頭の中に女の声が響く前に、621は既に飛び出していた。着地の衝撃を推進器で押し殺し、左腕のブレードをバルテウスの円環制御ブロックの裂け目へと突き刺す。
臨界出力を解き放った蒼刃が、怪物の心臓部を深々と貫通する。
内部で連鎖する誘爆の衝撃に銀色の巨体が激しく痙攣し、円環ユニットが爆圧によって吹き飛んだ。凄まじい白光がプラットフォームを照らし出し、特務無人機の完全沈黙を告げる火柱がルビコンの夜空を焦がしていく。
◆◆◆
吹き荒れる夜風が、炎上の煙を洋上へと押し流していく。
プラットフォームの中央に、黒焦げになったバルテウスの残骸が横たわっていた。
その傍らで、損傷した二機のACが荒い蒸気を吐き出しながら佇んでいる。
『……特務無人機の沈黙を確認した』
通信機から、低く硬いウォルターの声が届く。
『信じられん。あの戦力差を覆して撃破するとは……。よくやった、621』
ウォルターはわずかに沈黙を挟み、バーブドワイヤーへ向けて語調を改めた。
『……そして、貴様だ。所属不明機。RaDの雇われ傭兵が、なぜこれほどのリスクを冒してまで621に手を貸した』
バーブドワイヤーのコックピットで、ポーキュパインは機体のマニピュレータを軽く払い、静かに煙草の煙を吐き出すような呼気を漏らす。
「気まぐれさ。……あの娘の翼を、こんな鉄屑の番犬に折られたくなかっただけだ」
『……翼、だと?』
「問答は性に合わん。俺の仕事はここまでだ、じゃあな」
ポーキュパインはそれ以上語ることを拒むように通信を切ると、機体を反転させ、プラットフォームの縁へと歩みを進めた。
去り際、鈍色の機体がモニター越しにわずかに振り返る。瞬間、621は自身が強く
エアも、ウォルターも声を発さない。
「紐が──二本か。まあお前にはそれくらいが丁度良いだろうな。少なくとも、今はまだ」
そう言って、ややあってバーブドワイヤーは洋上の闇の中へと姿を消した。
プラットフォームに残された621の耳朶へ、再びあの澄んだ声が届く。
『……驚きました。あの傭兵、あなたの動きを完全に把握し、背中を預けていましたね。……私たちは生き延びました。そして、私には感じられます。先ほど逆流したコーラルの波形が、海の向こう──中央氷原の方角を指し示しているのを』
『621、聞こえるか』
重なるウォルターの声。
『コーラルの逆流反応は北の中央氷原へと向かっている。あそこに奴らの本脈があるはずだ。……一度帰投しろ。機体を修復し、次の海越えに備えるぞ』
621は操縦桿を静かに握り直した。
焦げ付いた推進剤の刺激臭が過負荷で軋む冷却ファンの風に乗ってコックピットを満たしている。アラートの消えたメインモニターの向こうには、北の海を覆う暗黒とその彼方に眠る凍てついた氷原の輪郭だけが冷たく横たわっていた。