ポーキュパイン異聞   作:埴輪庭

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 §§§

 

 ──"奴等" を思い出す

 

 機体に重い衝撃を感じながら、ポーキュパインは思う。

 

 彼は眼前の敵機にどこか懐かしいものを感じていた。

 

 同時に、足捌きで衝撃を左半身へと逃がしていく。当然左半身は押されていき、右半身が突き出ていく。そこで右半身に集まる力の流れを外へ外へと流していく。

 

 そうする事で立ち位置を入れ替える事ができる。

 これは後述するフォグシャドウという上位のアリーナランカーとの対戦に備えて、ポーキュパインが考案した超接近戦用の技であった。

 

 無論、これが極めて繊細な技巧である事は言うまでもない。五体を十全に扱える生身ならばともかく、少なくとも機械の巨人の体でやるような技ではない。

 

 ACをまるで自分の肉体の様に扱えなければこんな芸当は出来ない。

 

 生まれ変わりか憑依か、ラミーとしての自我は、その肉体に蓄積していたコーラルドラッグが抜けていくと共に消えていき、それにつれてポーキュパインは自我の同一性を強固なものへとしていった。

 

 それに伴い、"かつての肉体の感覚" が戻ってきているのだ。勿論肉体の強度はラミーのままであるが、それでも常人を超越した感覚がポーキュパインに戻りつつある。

 

 だが彼がレイヴンとして活躍していた時代では、こういった小細工…技巧はそこまで珍しいものではなかった。困難な技ではあるが、そういった技術を扱うものはそれなりに居た。特に上位ランカーには。

 

 例えばジャンルは違うがAC『シルエット』を駆る熟練のレイヴン、フォグシャドウなどは "霧影" と呼ばれる戦術を駆使した。

 

 死角から死角へ、などという様な甘っちょろいものではなく、両手に携えたショットガンを使って相手の機体を、ひいては視界を物理的に動かすのだ。ショットガンの接射はACと言えども多少は後退る程度の衝撃力を生む。後退る事で何が起こるかといえば、当然ながら相手機体の視界が揺れる。

 

 視界が揺れる事でフォグシャドウも揺れ動く。

 その揺れを利用して、フォグシャドウは『シルエット』がはっきりと視認される事を妨害するのだ。死角から死角へ移動する様な動きも相まって、彼の対戦相手は霧中を模索する様な心地となる。

 

 これこそが戦術"霧影"であり、フォグシャドウを上位のアリーナランカー足らしめている絶技であった。

 

 ポーキュパインはこのフォグシャドウを心から尊敬していた。何故ならばこれほどの実力にも関わらず、フォグシャドウは"イカサマ無し"であったからだ。

 

 機体の制限条項を強制解除するオプショナルパーツは使わず、ポーキュパインの様に強化人間手術を受けたわけでもない。それなのにアリーナの3位に位置し、ポーキュパインが台頭してきてからは4位を堅持していた。

 

 ちなみにポーキュパインとフォグシャドウであるが、両者の戦績は拮抗している。

 

 "性能" はポーキュパインが断然上だ。『バーブドワイヤー』はOP-INTENSIFYによって機体の各種制限を撤廃され、パイロットであるポーキュパインは強化人間手術によって生身の人間を超越した肉体性能を持つ。

 

 彼の世界に於ける強化人間手術は人間を半ばサイボーグと化してしまうようなもので、かつての彼はその皮膚も骨も筋肉も人工物へと置き換えていた。更に脳には高性能のチップを埋め込み、連携させ、演算能力を飛躍的に向上させていた。

 

 生身の性能向上はACの操縦にどう影響するかといえば、それは無茶な操縦に肉体が耐えてくれるからというのが非常に大きい。

 

 まあ当時の成功率は非常に低く、被験者の大半は死亡するようなものではあったため、世界的に禁止となった施術ではある。しかしポーキュパインは裏のルートを通じて手術を受け、リスクを飲み込み、乗り越えた。

 

 だがそこまでしてもなおポーキュパインとフォグシャドウの戦力は拮抗していたのだ。それはフォグシャドウ自身の技術が卓越していたからでもあるが、なによりかみ合わせが最悪だったからである。

 

 ポーキュパインの戦闘スタイルは絶望的なまでにフォグシャドウと相性が悪く、強化人間手術を受けてもなお敗北を喫した事が度々ある。というのも、フォグシャドウが一番やられたくない事は徹底的な引き撃ちなのだが、それはポーキュパインが一番やりたくない事でもあったからだ。

 

 斬り込み、斬り込み、斬り伏せる。

 超接近戦こそがポーキュパインの戦闘スタイルなのだが、それはフォグシャドウも同じである。フォグシャドウはショットガン、ポーキュパインはブレードという二種の武器の射程差が勝敗へどう影響するかは明らかであった。

 

 ならばポーキュパインも勝利の為に相手の戦術の穴を突けばいいだけの話だが、ポーキュパインもポーキュパインで意固地な性格であるし、なにより死の危険を乗り越えたにもかかわらず相手の弱みにつけ込むという事が我慢できなかったのである。この辺は伊達にブレード使いとして生き通しただけの事はある頑固っぷりであった。

 

 話は戻る。"あの時代" の上位ランカー全般に共通する事だが、銃を撃つにせよ、ブレードを振るうにせよ、ブーストを吹かすにせよ、そこには何らかの意図があり、目的を導き出すための行動である場合が多かった。

 

 これが下位だと銃は撃つ為に撃ち、ブレードは振るう為に振るい、ブーストはただの移動の為に吹かされる。

 

 ポーキュパインは目の前の機体から、在りし日の強者共の気配を感じ取っていた。

 

 ──惜しいな。技の幾つかでも仕込んでやりたいものだ

 

 そう思いながらも『LOADER 4』の背後を取ったポーキュパイン…AC『バーブドワイヤー』はコアに向けてブレードを…

 

 §

 

『待ちな!ポーキュパイン!』

 

 通信が入る。

 カーラであった。

 

 ポーキュパインはブレードを止めて後方へQBをする。ブレードを止めただけでは反撃を受ける可能性があったからだ。

 

「なんだ、ボス」

 

『ベイラムから連絡があったんだけどね、あたしら以外にこの依頼を受けた奴がいるらしい。つまりダブルブッキングって奴だ。結論から言うと、そのACの飼い主は敵じゃあないよ。とにかく詳しい話はアンタが帰ってきてから話す事にする。今は忙しいだろうからね。そういうわけで、さっさと帰ってきな。ふざけた仕事をしてくれたベイラムには、あたしがきつく言っておくよ』

 

「了解、ボス」

 

 言うなり、ポーキュパインは僅かな時間交戦した敵ACを見遣る。敵ACは満身創痍だが、落ち着きに過ぎた佇まいであった。まるで無人機の様に無機質で、しかし無人機では発し得ない得体の知れなさがある。

 

 戦闘が中断することに安堵しているのか、それとも失望しているのか、ポーキュパイン自身にも良く分からない。彼はかつての世界でアリーナに一生を捧げたランカー、メビウスリングの様に戦いに全身と全霊を捧げる様なタイプではない。ブレード機体という偏った機体構成から、ポーキュパインは独特のポリシーを持つ変人だと思われがちだが、アリーナランカーの中でも彼は比較的健常な精神性を持っているのだ。

 

 だからこそ彼は、何かとんでもない事を…ただでは終わらない雰囲気を醸し出している謎の相手との戦闘が中断したことを安堵している。

 

 仮に戦闘が継続すれば問題無く撃破出来たかもしれないが、あるいは出来なかったかもしれない…むしろ、こちらが手傷を、それも無視できない手傷を負ってしまったかもしれない、そんな予感を感じていたからだ。

 

 だが同時に、往年の強敵達を思い出せるような相手との戦闘はポーキュパインの心を僅かに熱くさせた。未熟で粗削り、しかし才能の大きさを感じさせるこの相手に、戦いを通じて自身の技を仕込んでやりたいという思いもあった。

 

 これは彼が元の世界…もしくは元の惑星で、レイヴンとしては珍しく弟子を取る身であったという気質が影響しているのかもしれない。

 

 ポーキュパインは練達のブレード使いとしてコアな人気を博していたのだ。剣舞の如きブレード捌きは多くの者を魅了し、弟子入りを志願してくる者もそれなりに居た。ポーキュパインもそういった者達を無下にせず、幾人かを弟子にしている。

 

 要するに、ポーキュパインは面倒見が良い性格なのである。

 

 ──敵ではない、とカーラは言った。なら味方か?いずれにせよ、これっきりという訳でもなさそうだ

 

 ポーキュパインはそんな事を思いながら、未だ警戒を続ける敵ACに一瞥をくれ、ABを起動してその場を離れた。

 

 §§§

 

『命拾いしたか。怪我はないか621』

 

 ハンドラー・ウォルターは言った。

 恐るべき相手であったと彼は思う。

 あのまま続けていたとして、勝てたかどうか。

 

 ──愚問だな

 

 確実に撃破されていただろう。

 そして621も恐らくは死んでいた…そうウォルターは確信する。ACには脱出装置も備わっているが、基本的にはそんなものは気休めに過ぎない。

 

 ミサイルやらグレネードぶち込まれて脱出なんて普通は出来ないのだ。ましてや621の様な強化人間は機体と神経接続をしている。強引に切断すれば全身を切り刻まれるような激痛が走り、その激痛ゆえに行動も遅延し、結局脱出が出来なくなる。

 

 強化人間でなければ、あるいは痛みというものを感じない人間ならばその辺の問題も解決はするだろうが、それでも爆散する機体から逃れる事は難しいだろう。

 

 脱出装置を使わなければいけない事態というのは機体が大破寸前だという事を意味し、大破寸前という事は爆破炎上寸前だという事でもある。普通は逃げられない。

 

 621はウォルターの問いに短くメッセージを返した。

 

 ──『はい。怪我はありません。ハンドラー・ウォルター』

 

 彼女は声を発する機能を喪失している。だが意思疎通ができないわけではなく、声を出せなくともメッセージを送ったりすることで意志を伝達するくらいなら出来る。

 

 621は肉体と精神はとても健常とは言えないが、それでも最低限の機能は残されているのだ。

 

 例えば運動機能にしても、AC搭乗時以外は電動の車椅子を使用して移動なりする事ができる。車椅子が無かったとしても、這いずって移動するくらいならば可能である。

 

 また、精神にしても自我が消失した人形状態というわけではなく、自分で物を考えて依頼内容を吟味し、それを受ける受けないといった選択を下す事も可能だし、例えば怪我をしているだとか、自身に何かしらの異常が発生している場合にもそれをウォルターへ自発的に報告するといった事も出来る。

 

 しかし喜怒哀楽の感情を表に出す事は一切ない。

 このあたりの感情の希薄さが彼女の"前の飼い主"の不興を買ってブラックマーケットへ売り出されたのだろう、とウォルターは推測している。

 

 ──だが、621の感情は死んではいない。外からの刺激…リハビリを続ける事で精神活動が活発になっていく筈だ

 

『621、輸送ヘリは全て破壊したな。これ以上時間をかければ増援がくる。お前も帰投しろ。ミッション完了だ』

 

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