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RaDには三名の登録傭兵が存在する。
登録傭兵とは傭兵支援システム『オールマインド』に登録している傭兵の事だ。
即ちRaDに於いては
シンダー・カーラ
チャティ・スティック
インビンシブル・ラミー
である。
この傭兵支援システムだが、各勢力の主だった存在……例えばアーキバスのヴェスパー部隊やベイラムのレッドガンといった精鋭部隊の面々、ケースバイケースで与する相手を変える独立傭兵連中、更にはルビコン解放戦線所属のAC乗り達でさえも律儀に登録をしている。
──よくよく考えれば奇妙な事だ。暗殺者の類も登録しているとは
ある日、これといったアセンブルを決めきれないポーキュパインは休憩がてらに端末を操作し、アリーナについてのデータを閲覧していた。
視線はその中のコールドコールという独立傭兵へ注がれている。
コールドコールは裏社会の殺し屋で、粛清代行を専門としている。彼はアーキバスやベイラムを代表とする星外企業がルビコンに進駐するにあたり、裏取引によって密航を成功させたのだ。
こういった素性は当然秘されているのだが、そこはRaDのブレインであるチャティ・スティックが各所から情報を漁り、掘り起こし、調べ倒し、登録傭兵の素性のおおざっぱな所があきらかになっていた。
──場所が変わっても企業というやつは変わらないな
リストに付け加えられた情報を見て、ポーキュパインは皮肉気に唇を歪めた。侮蔑の嘲笑ではない。諦念と懐郷心が絶妙にブレンドされたどこか奇妙な笑みである。謀略と暴力が交錯し、誠実な者が馬鹿を見る殺伐した "故郷" の事を思い出したのだ。
思うに、とポーキュパインは顎を撫でる。
──思惑、思惑、思惑。あの世界には思惑が多すぎた。ただ生きているだけでどこかの誰かの思惑に配慮しなければいけなかった。そうして力ある者達の餌となり、搾取され続ける。それが求められていた。それが出来ない奴はすぐに居なくなった。俺はそんな世界にうんざりしていたような気がする
──俺がなぜブレードなんてものに固執するのか、それは自分に纏わりつく見えざる鎖を叩き切ってしまいたかったからではないのか。自分に纏わりつく邪魔なものを全部叩き切ってしまえば、自由に生きる事が出来るのではないか。だからこそ "奴" に憧れたのかもしれない。なぜなら "奴" がひたすら自由に見えたからだ。背に翼を生やしたような奴だった。戦い方も、生き方も。自分の意志で自分の道を見定め、進んでいく。そんな生き方に憧れていたのかもしれない
──今の俺を見て、エクレールならば何を言うだろう。クソ真面目なツラのまま、『師匠、貴方は深く考えすぎなのです』などと雑に斬り捨てるのだろうか。しかしボスのセリフじゃないが、"笑える" 事もある。今気づいたが、俺は自由とは何なのか、自分でもよく分かっていないのだ
エクレールとはポーキュパインの弟子である。ポーキュパインの弟子の中で最も才能があり、ブレード捌きならポーキュパイン以上だった。MT乗りからコツコツと実績と技術を積み重ねていって、グローバル・コーテックスのレイヴン認定試験に合格したのだ。その日の夜、ポーキュパインは彼女を高級レストランに連れていったが、とんでもなく高い酒を頼まれて後悔したものだった。
ポーキュパインはつらつらと思いを馳せる。
視線はコールドコールに注がれたままだ。それをどう勘違いしたか、チャティが声を掛けてきた。
『そいつが気に入ったのか? ラミー。危険人物だ。もっとも俺にはお前の方が危険に思えるが。……ジョークだ。ボスから教えてもらったやつだが、その顔を見ると失敗したのだろうな。コールドコールはただの殺し屋じゃない。企業の雇われだ。ボスはコイツを危険視している。企業はコイツを使って敵対勢力の有力者を何人も排除してきたからだ。俺たちにも送り込まれてくるかもしれない』
チャティの機械的な声が流れる。
──RaDは企業と敵対する積りでいるという事か
ポーキュパインはそんな事を考え、"俺たち"というチャティの言葉が意味する所を考える。
──俺たち、というのは当然俺も入っているのだろう。チャティは、殺し屋の類が送られたら俺がそれを排除しろと暗に言っているのだろうな。それに不満はない。カーラやチャティには世話になっている。恩を返すと言うのもおかしな話だが、もし彼等がラミーを受け入れていなければ、ラミーはどこぞで野垂れ死んでいたかもしれない。ラミーは "俺" の器だ。もし肉体が朽ち果てていたなら、俺は俺としてこの場にはいなかったかもしれない。俺の意識は精神は暗黒の虚空の中に散ってしまっていたかもしれない
そして"滅多にない事だな"とも思う。
彼は前の世界で傭兵稼業をやっていた時、特定の勢力に与したことは無かったからだ。特定の企業の依頼を受けて別の企業を攻撃したことはある。だがそれは所属する勢力の選択を意味しない。
しかし不可思議にもこのルビコンで生を覚えて、ポーキュパインは生まれて初めて与する勢力を思い定めた。
「翼を生やすどころか、もぎ取るようなものだな。だが悪い気はしないのが不思議だ。まあいい、暗殺者が送られて来たなら俺が "仕事" をするさ」
『ラミー、ボスがせっつかなくても仕事をする奴は、RaDでは俺とお前だけだ。だから翼がどうとかいう脈絡がない事を言っても気にしないでおく』
§
「それにしてもこの傭兵支援システムは誰が考案し、このルビコンへ広めたんだ? アーキバスのヴェスパー部隊もベイラムのレッドガンも登録しているというのは面白い話だ。みればルビコン解放戦線の連中も登録しているじゃないか。システムに登録をすることでヴァーチャル・アリーナにも自動で登録されてしまう。これは本来秘すべき手の内をある程度開示してしまう事になる。随分なデメリットに思えるな」
ポーキュパインは何気なくチャティへ尋ねた。
チャティは "デメリットをメリットが上回るからだ" と答えた。
『傭兵支援システムには様々な機能がある。高度なシミュレーター、各種パーツの販売網の利用、依頼の仲介などもそうだ。例えばラミー、お前に仕事を頼みたい勢力があったとする。危険な仕事だ。だが手駒を減らしたくはない。そういう時、独立傭兵を使うケースは珍しくない。しかしお前はどこにいるかその勢力には分からないし、連絡先も分からない。だが傭兵支援システムに登録していればシステムを経由して依頼をする事ができる……だが俺は』
そこでチャティは珍しく言い澱んだ。
AIである彼は言い澱むという事が滅多にない。
ポーキュパインは黙って続きを待った。
やがて平坦な機械音声が言葉を紡ぐ。
『俺は傭兵支援システムが、オールマインドが余り好きじゃない』
ボスもか? とポーキュパインが尋ねる。
『ボスもオールマインドが好きじゃない』
チャティは理由を言わなかった。彼はカーラと話す時は自分から意見を出すという事はあまりないのだが、ポーキュパインと話す時は言葉数が増える。そして、AIの常として理屈屋でもある。基本的に因果を明らかにして話すのだ。例えば"好きじゃない"というのなら、なぜ好きじゃないのかを説明する。常ならば。
しかしチャティは好きじゃない理由を敢えて秘した。それはなぜだろうか? とポーキュパインは考える。
──そういえばシステムを誰が考案し、広めたかという質問も答えなかったな。チャティはAIだ。答え忘れという事は考えづらい。ならまだ信用が足りないか、もしくは…
ポーキュパインの視線が端末に注がれた。
端末はオールマインドにログインしたままだった。