ポーキュパイン異聞   作:埴輪庭

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 §§§

 

 C4-621はか弱い、それは一目瞭然だ。

 皮膚は薄く透けるような白さで、肉は柔らかい。彼女はいくら鍛えようと筋肉がつかないのだ。

 骨も脆い。強く打てば容易く骨折する。

 

 年齢は20を僅かに過ぎたばかりかと思われる。しかしその肉体は年齢に比べて未熟で、更に矮躯である。

 

 意志も薄弱に見える。

 瞳は茫として焦点を結ばない。

 

 運動能力も低い。いや、低いというより皆無である。専用の車椅子を使わなければ、這いずって移動するのが精一杯だ。短い距離を移動するだけで壊れかけた人形のようにもたつく。

 

 だが彼女の腰の側部には一つの小さい穴が空いている。そしてその穴はとあるケーブルの端子に対応していた。

 

 ひとたびそこへケーブルを接続し、ACと神経接続をすると、彼女はまるで別人のように変貌(かわ)る。

 

 人機一体、彼女の肉体はACと溶けあい、混じりあう。ハンドラー・ウォルターの自慢の『ハウンズ部隊』は恐るべき強化人間部隊として各所で恐れられていたが、中でもC4-621はハウンズ部隊で最も危険な猟犬であった。

 

 §

 

 ベイラムが擁する精鋭戦闘部隊『レッドガン』には『レッドシード』という下部組織が存在する。"赤い種" という意味のレッドシードだが、これは言ってしまえばレッドガンの2軍だ。

 

 2軍といっても生身での白兵戦、AC戦双方の最低限の戦闘訓練は積んでいる。彼らは断じて無力な新米ではない。

 

 だがそんなレッドシード所属のアップル・ボーイ訓練生は、見えざる巨大な死の手が自分を包み込もうとしているのを戦慄と共に直感していた。

 

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 当たらない、当たらない、当たらない。

 ライフルを打ってもブレードを振っても当たらない。

 

 アップルは憔悴と屈辱、そして死への恐怖に蒼褪め、しかし我武者羅に操縦桿を引いた。背筋に悪寒が走ったのだ。

 

 それは未熟さによる恐怖からではなく、秘められた才気から齎された危機感知。アップルとて無才ではない。無才ならばテスターACの輸送などは任されない。

 

 テスターACが後方へQBをする。

 すると一瞬前、機体があった場所へ鋭く重い蹴りが飛んできた。

 

 ──チャンスだ

 

 ACを使っての近接戦闘はAC乗りの基本的な操縦技術である。十分に重量が乗った蹴りなどはバズーカの一撃にも匹敵する。だが外せば地獄だ。大きな隙が発生し、痛烈な逆撃を受けるだろう。

 

 アップルは乾き切った唇を舌で舐める。

 操縦桿を握り込み、ブレードを起動……だが同時に、全身の汗が凍てついた様に冷えた。

 

 蹴りを放って隙を晒す筈なのに、相手の機体が消えたのだ。

 

 いや、とアップルは前方に飛び出そうとする。

 

 ──『戦闘中、追い詰められると敵が消えたように感じられることがある。大抵は追い詰められた時だ。だが敵は消えない。もし消えたとしたら、それは視野が狭窄し、敵を見失っているのだ。焦りと恐怖が視野を狭くしている。そういう場合、大抵回り込まれている。だから敵が消えたら前へ逃げろ』

 

 G2(ガンズ・ツー)ナイルの言葉を思い出したのだ。レッドシードの訓練にはしばしば現役のレッドガン隊員が訪れ、レッドガン総長ミシガンが言う所の "役立たず" 共を散々にシゴキあげる。

 

 鋭い直感を持ち、訓練した内容を実戦で活かす事もできる……アップルにはAC乗りとしての才能がある。

 

 だが惜しむらくは一点。

 相手が悪く、出会う時期も悪かった。

 

 QBが起動する前に、背後でブレードが閃く。結句、ブースターが横断され、テスターACは激しく転倒した。

 

 揺れ、かき回される視界。恐怖とパニックでアップルはコックピットで嘔吐し、操縦桿を手放してしまった。AC戦に於いてそれは自殺も同然である。しかし恐怖とパニックがなかったとしてもやはり操縦桿を手放す事になっただろう。

 

 敵機体が眩く輝くブレードを起動したまま、倒れ込むテスターACを見下ろしていたからだ。

 

 それは無言の降伏勧告にアップルには思えた。

 

 

 §§§

 

 

『どうした、621。相手は動けない。止めを刺せ』

 

 ウォルターが言うが、621は動かない。

 音声機能が故障したわけでもないというのに、621はウォルターの命令に従おうとはしなかった。

 

 621、何か問題が……、とそこまで言った所で、ウォルターは先程の戦闘が前回621が出くわしたACとの戦闘のそれと重なる部分が多かったことに気付いた。

 

 ──621、お前は "そう" したいのだな。あの時お前はあのACに見逃された。あのまま戦っていればお前は確実に殺されていただろう。脱出機能を使用しても、お前の身体能力では爆散する機体の殺傷圏内から逃げる事は出来ない。だがお前は生きのびた。お前はチャンスを貰ったのだ。それと同じで、お前もまたこの相手にチャンスをやろうとしている。そういう事なんだな? 

 

 621が機体に搭乗している最中、ウォルターは彼女と意思疎通が出来ない。機体には電文の送受信機能は無いのだ。

 

 しかしウォルターには何となく621の意志の様なものが感得できた。それはただの彼の思い込みかもしれないし、思い込みであっても無くても "猟犬" としては大きな失点である。

 

 動けない敵を前にして速やかに噛みつけない猟犬は駄犬であり、倒すべき敵を倒せない猟犬もまた駄犬だ。そして、ウォルターの目的に必要なのは猟犬であって駄犬ではない。

 

 だが、とウォルターは音声認識デバイスを見つめる。そこから621の声は聞こえてこない。621は声を出せないからだ。しかしその沈黙は何かを訴えている様には思えないだろうか? 

 

 ウォルターには621の行動が単なる命令不服従とは思えないのだ。いや、あるいはそれは "わがまま" の様な。子が親に我を通す為に我を張っているような……。

 

 そこまで考えた所でウォルターは首を振る。

 

 ──どうも俺は621の事になると客観視が難しくなる。だが、この程度の依頼を失敗する訳にはいかん。ならば……

 

『621、依頼内容を覚えているな。依頼内容はテスターACの破壊だ。しかしパイロットの死亡は必須条件ではない。もしお前がパイロットを生かしたいというのなら、そいつが逃げない様に足を潰せ。後は俺が何とかしてやる。もしそうでなければ一息にコアを破壊しろ』

 

 ウォルターがそう指示を出すと、621は次の瞬間にはテスターACの脚部がブレードで貫かれ、破損する。

 

 ブースターと脚部を破壊されればもはや戦闘行為は叶わない。

 

『よし、そのまま見張っていろ。逃がすなよ』

 

 ウォルターはふぅと軽くため息をつき、"顔見知り" へと連絡を取った。

 

『ミシガンか。ウォルターだ。話がある。単刀直入に言う。レッドガンにテスターACが搬入される事になっているな? 諦めろ。その代わりにパイロットは生かして帰す。……ああ、そうだ。……わかった。ああ、それで良い』

 

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 ウォルターの通信から暫くして。

 テスターACのコアが開き、一人の若者が姿を表した。特徴がない事が特徴というような地味な青年だった。青年は暫時621の機体を見上げた後、睨みつけながら頭を下げるという妙な振る舞いをした後に走ってその場を去っていった。

 

 それを見送った621はパイロットをうしなったテスターACのコアをブレードで突き刺し、ジェネレーターを破壊した。

 

『良し。離れろ、爆発するぞ』

 

 ウォルターの指示。

 今度は背くことはなかった。

 QBを何度か吹かし、その場を離れ……

 

 青白い爆発が大気を震わせる。

 

『破壊を確認した。ミッション完了だ。だが、覚えておけよ。お前と敵対する者を全員救うことは出来ないし、それは俺が許さない。それはお前の身をも危うくするからだ。今回の相手は未熟だったからいいが、もっと腕の良い相手だったらどうする? 殺したくないなどと考えていれば、殺されるのはお前の方だ』

 

 大抵の場合、ウォルターは621の自由意志を尊重する。しかし今回、彼は珍しく苦言を呈した。

 

 ウォルターの手元の音声認識デバイスからは沈黙が返ってくる。しかし、ウォルターはその沈黙から何か……例えるならば元気がない子犬のようなイメージを連想した。

 

『……まぁいい、次はしっかり頼むぞ。……それにしてもあの相手は未熟だったが、それでも光るものがあった。その辺のAC乗りでは返り討ちにあったかもしれんな。お前も腕をあげたものだ』

 

 柄でもないと思いながらもウォルターはそう付け加える。沈黙が返る。イメージの中の子犬は少しだけ元気を取り戻した様に思えた。

 




アップルボーイはアーマードコア3の登場人物の名前ですけど、3世界からきたわけじゃないです。それはあくまでポーキュパインだけという形で…
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