回想、独自解釈アリ
§§§
『いつ以来だ、ハンドラー・ウォルター! 貴様の猟犬にはクソほど煮え湯を飲まされた。よくも抜け抜けと連絡してこれたな! しかしうちの役立たずが世話になったのも事実だ。貴様の猟犬とオムツもとれていない役立たず未満ではいささか分が悪い。テスター機体は破壊されたが、機体とパイロット、どちらにより価値があるかなど論じるまでもない! 差し引いた分だけの恩を着てやろう』
レッドガン総長ミシガンの声からは、一種の皮肉と同時に敬意が滲み出ていた。敵でありながらもその能力を認めざるを得ない矛盾した感情だ。
『ミシガン、こちらの提案だが』
ミシガンの勢いに押される事もなく、ウォルターは話を先に進めようとする。
『うちの役立たずどもと同じ扱いで構わんのだな?』
ミシガンはウォルターに確認を取った。かのハンドラー・ウォルターの猟犬が作戦行動に同行するというのは、ミシガンにとっても悪い提案ではない。" 煮え湯の飲ませ方 " を自分の部隊の隊員に教え込むチャンスだ、とミシガンは思う。ミシガンの確認に、ウォルターは是と答える
『第4世代は感情の起伏に乏しい。あいつには外からの刺激が必要だ』
『ならば決まりだ。うちからはヴォルタとイグアスを出す! 貴様の新しい猟犬、レッドガンの流儀で迎えよう』
『……それと、話は変わるが先日、妙な機体と交戦した。両腕にブレードを装備した機体だ。このような機体は傭兵支援システム"オールマインド"にも登録がない。登録外の傭兵か、封鎖機構の尖兵か……。手練れだ。621が殺されかけた。機体が不十分だったというのもあるが、あそこから逆転する目はなかった』
ウォルターの声には常ならば滲ませない類の感情が滲んでいた。621を殺されかけた事は彼にとってショックな出来事であった。ウォルターは621のAC操縦技術を非常に高く評価している。
──そうだ、621はハウンズの、俺のハウンズの中で最も強い。相手がだれであれ、機体が十分なものでなかったとはいえ、そう簡単に遅れは取らない。621の中にはあの三人の戦闘技術が根付いているからだ
ウォルターの胸の裡に往時の記憶が蘇った。
・
・
・
ハウンズ部隊でもっとも危険な存在こそが621だ。しかしこれは彼女に元からAC乗りとしての才能があったからというよりは、ウォルターの子飼いであったハウンズ部隊の面々……強化人間619、617、620らが戦闘技術を叩き込んだからである。
彼等は621の良き兄であり、良き姉でもあった。肉体機能の大半と感情機能の殆どを喪失した621に、
なぜその様に面倒を見るのかといえば……
『619、617、620。新しくハウンズに入隊する621だ。一通り仕込んでやれ。ただし、無理はさせるなよ。"壊れ方"はお前たちより酷い。だが、根性はある』
ウォルターがそう言ったからである。
ハウンズ部隊の面々はウォルターの命令には絶対に従う。無理無謀、無茶苦茶な任務であっても、彼らがウォルターの命令に背く事はない。
それは単にウォルターが彼らの主人であるからというだけではなく、親にも等しい存在であったからだ。ハウンズ部隊の面々もまた621と同様にウォルターに拾われた者達である。
親に売られ、飼い主に捨てられ、次に向かうべき場所に"死"以外の選択肢が無くなった時、彼ら3人はウォルターに拾われたのだ。
彼ら3人は621程には感情が死んでおらず、故に自分達を救ってくれたウォルターに対して岩より硬い忠誠心を向けている。
例え子守りのような命令であっても、彼らは完璧にやり遂げるとする。ウォルターが"仕込め"と言ったのならば、それこそ完璧に仕込もうとする。そしてそれは為された。
"あの作戦"が実行されたのはそれから後の話である。
──あの作戦
極めて危険で極めて無謀な作戦をウォルターは受けねばならなかった。某星外企業の惑星進駐軍に同行……正確には密航する話にウォルターが一枚噛む為には、金以外の何かがなければならない。例えば
コーラルという資源はどの企業にとっても垂涎の対象ではあるが、その湧出地であるルビコンは惑星封鎖機構が封鎖している。封鎖機構の技術力は図抜けており、その卓越した技術力で構築された防衛ラインを正面から突き崩す事は大企業の戦力を以てしても不可能な事だった。
しかし封鎖機構にせよ一枚岩ではなく、ほんのわずかな穴を開ける程度のツテを各企業共に有している。穴を開けるといっても勿論封鎖機構の意志として企業の進駐を認めるという事ではなく、防衛ラインの穴を意図的に知らせるとかそういう形でだ。その穴をついて企業が進駐できるかできないか……進駐できたとしてもルビコン地上で封鎖機構の治安部隊に捕捉されて迎撃されるかという事については "ツテ" の預かり知らぬ所である。
ともあれそういった形でベイラムやアーキバスといった大企業は、封鎖機構を刺激しない範囲で特殊部隊を送り込んでいるのだ。
もし自由に好きなだけ戦力を送り込んで良いのなら、ベイラムやアーキバスは精鋭部隊のみならず、さらに大部隊を投入していただろうし、二社のみならず、数多くの企業の進駐軍がルビコンに駐留していたに違いない。
こういった制限が多い状況、ツテを持たないどころか、企業と敵対する事も多いウォルターが密航の話を通すには、相応に大きい仕事をしなければならない事は言うまでもない。
もしその大きな仕事をしなければウォルターはルビコンへ行くことは出来ない。だが彼にはやらなければならない事、やり残したことがある。ルビコンへは是が非でも行かなければならないのだ。
──『極めて危険な依頼をやってもらう事になる。ベイラム本社の依頼だ。ステーション42、ベイラムの敵対企業の軍事拠点への強襲作戦となる。敵戦力の総数は不明。MTが100や200では済まないだろう。しかし俺の個人的な望み……願いを叶える為に必要なことだ。だが、どうしても行きたくないというのならば……』
ウォルターがそこまで言うと、619、617、620は不安も見せずに行くことを告げた。
『……そうか。危険な任務だが、お前たちなら出来るだろう。……そう、俺は信じてる。それともう一つ、先日の依頼で621が負傷をした。今はその傷を癒すため医療措置を施しているが、今回の作戦には間に合わない為おいていく。戦力が一人減るが、問題はないか?』
三人は当然の様に頷き、そして……
・
・
・
『登録外傭兵だと? 論外だな、封鎖機構の飼い犬と考える方が妥当だろう! それもとんでもない狂犬だ!』
ミシガンの大きな声でウォルターは気もそぞろだったことに気付く。
ミシガンは登録外傭兵という可能性を切って捨てた。傭兵は仕事を得なければ始まらないが、仕事を得るには窓口が必要だ。しかしその窓口を開くという事はリスクを背負う事と同義である。
個人が開いた窓口、連絡先……それらから本人の居場所を調べる事など、企業にとっては容易い事だ。独立傭兵など企業にとっては潜在的な敵も同然で、もし本人の場所が分かればあっという間に企業の粛清部隊が向かうだろう。
それに、傭兵システムに登録する事は多くの利益がある事は言うまでもない。OS機能向上チップなどはどこの企業でも開発出来ない訳の分からない代物だ。傭兵登録をしないと支給されず、これを利用するのとしないのとでは機体の性能に大きな差が生まれる。故に勢力を問わずに、多くのAC乗りがオールマインドへ登録している。
『そうだ、言い忘れた事がある。解放戦線の動きに変化が見られるようだ。独立傭兵に粉をかけて回っているらしい』
ミシガンが付け加える。
『621の仕事が増えるなら歓迎だ。弱者には弱者の戦略がある』
ウォルターはそう答えた。
『レッドガンとしては叩き潰すのみだがな。しかし連中が弱者かどうかは怪しいものだ。狂信者の自己陶酔とは一線を画する! 統一された指揮系統と意志の元に収束した集団というのは手強いぞ! 貴様もせいぜい足をすくわれないようにする事だ!』
そういってミシガンは通信を切る。
ウォルターは無言で通信機を見て、やがて背を向けてその場を立ち去った。
そういえばなんでこいつらは律儀にオールマインドに登録してるんだ…?となったので、無理くり理由をつけました。