ポーキュパイン異聞   作:埴輪庭

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 §§§

 

 ここ最近、ポーキュパインはポーキュパインとして小遣い稼ぎに精を出していた。つまり、傭兵支援システムに登録している"インビンシブル・ラミー"としての活動ではなく、登録外の野良傭兵として活動しているという事だ。

 

 こういった者達は少ないが、このルビコンにも居ないわけではない。例えば誰か、もしくはどこかの勢力に命を狙われていて、生存そのものを秘しておきたいというような者も少数だが存在するのだ。

 

 そういった者達は当然オールマインドからの手厚いサポートを受ける事はできないが、ポーキュパインにはそういったデメリットは無い。窓口にせよパーツ類にせよ、ポーキュパインが不利益を受ける事はない。

 

 仕事を受けるのはカーラであり、カーラは登録傭兵だ。窓口はある。そして、パーツ購入や機体整備にせよRaDに所属しているのだから困る事はない。

 

 なぜインビンシブル・ラミーとして活動しないのかと言えば、それはカーラからの要望があったからだ。カーラはポーキュパインに目立って欲しくはないと思っている。

 

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 ガレージ。

 

 カーラは設計したとある武器を実際に作成するべく、設計データは工廠へと持って行った。現在は材料の切り出し待ちで、どこからともなく椅子を取り出してガレージで待機している。

 

 そこにポーキュパインもやってきて、二人は何となく会話をしていた。カーラもポーキュパインもお互いに口に出してはいないものの、会話をある程度重ねる必要があると考えているのだ。

 

 カーラはポーキュパインの色々と単刀直入な性根が嫌いではないが、もう少しだけ彼の事を知りたいと思っていた。何せ得体が知れなさすぎる。前世の話などというのも頭っからまるっと信じたわけではないが、あの"間抜けのラミー"がこうも変貌するというのも奇妙に過ぎる話ではあった。それに……

 

 ──外見も、どんどん変わってきている。ラミーは青い瞳だった。だけど瞳の色がどんどんくすんでいって、今は灰色だ。体型も全体的に引き締まってきている。髪の毛は? 言うまでもないね、"ラミー"はまだ若い筈なのに、今のこいつは白いものが混じり始めているじゃないか。だからといって加齢しているわけでもなさそうだ。肌の張りが若い奴のそれさね

 

「あたしとしてはあんたがラミーだと喧伝したくない。別人だと一発でわかっちまうからね。間抜けのラミーと言えばアリーナ最弱! アセンブルも適当で、何のコンセプトもなくデカいパーツを繋ぎ合わせてるだけ」

 

 カーラはタンブラーに満たした水を一気に煽った。雨水を濾過したものだ。彼女はこの日、ツナギに似た作業着を来て端末に何やら打ち込んでいた。

 

「戦闘スタイルだって見ちゃいられない。無駄に跳ね回って無駄に撃って、無駄にチェーンソーを振り回して爆発四散が名物だっていうのに、ある日急に高速で移動するAC機体の関節部を狙い斬ってバラバラにしちまうっていうのは……これはどう考えてもおかしい話さね。最悪、なりすましって事で傭兵支援システムからの除名だってありえる。それだけならまだしも、企業や解放戦線からちょっかいを出されても面白くない。ウチらみたいなのが企業や解放戦線から潰されないのは、自分達の脅威にならない上に、使い道があるからってのが大きい。ウチの製品は優秀だが、それを扱うのがヤク中ばかりなんだから企業連中からしてみれば敵視するのすら馬鹿らしいだろうさ」

 

 カーラはそこで言葉を切ると、何かを探す様にあたりを見回した。ポーキュパインは黙ってその場を離れ、作業台に折りたたんであったタオルをとってカーラに手渡す。

 

「悪いね。……ところで、私の考えている事が分かったりしたのかい?」

 

 彼女にしては珍しく、恐るおそるといった口調だ。

 

 ポーキュパインは首を振った。

 

「首から胸元にかけて水が垂れている。ボスはそれをふき取りたいと思った。だからタオルを探すため周囲を見回した。心の声が聴けなくても、それくらいは分かる。少なくとも、ヤクを打っていない状態なら」

 

 静かにそう言うポーキュパインの表情からは一切の感情が窺えない。薄い灰色の瞳は全てを見透かすような透徹とした雰囲気を纏っていた。

 

 ──悪い男じゃない……とは思うんだけど、ねぇ

 

 僅かな息苦しさを感じたカーラがそんな事を思っていると、不意にポーキュパインの視線が注がれる。

 

「声は聴けないが、色は分かる。僅かな不安、焦燥、困惑の色だ……警戒心もあるか。超能力というわけじゃない。僅かな汗の匂い、目線、声色。そういうものから総合的に判断しているだけさ。ACに乗り、敵を相手にする時も似たようなものだ。立ち位置や構え、パイロットが発する気配が敵がどう動いてくるかを俺に教えてくれる。知覚能力は以前の水準へ近づきつつあるよ。不思議な話だがな、この体はあの世界の強化人間手術を受けていないというのに」

 

 ポーキュパインはそこまで言うと拳をずいとカーラの前に突き出した。突き出された拳に力が込められる。ぎりり、という音すら聞こえてきそうな程に強い力が込められているのがカーラには分かった。

 

 ぽたり、と赤い雫が滴る。

 カーラはぎょっとした。

 

 血だ。

 

 ポーキュパインは滅茶苦茶な握力で自身の手の肉を握りつぶしたのである。手を強く握り、血が出るまで握り続けようとすれば分かる事だが、これは常人には中々できる事ではない。

 

「逆に肉体強度は話にもならないな。少しはマシになってきているが、"戻り"切る事はないだろう。信じやしないだろうが、昔はこの距離から銃で撃たれても、実弾なら筋肉で止められたんだ。マイクロナノワイヤーを筋繊維として置き換えてたからな。今は厳しい。例えばナイフで腹を刺されれば重傷を負ってしまう」

 

 残念そうな様子で呟くポーキュパインの襟首を掴み、カーラが怒声を浴びせた。

 

「この、糞馬鹿! ACの操縦に支障が出るだろうが!」

 

 ポーキュパインは済まない、と素直に詫び、ややあってカーラの瞳を真正面から見据えた。灰色の瞳の奥に、得体の知れない精気が渦巻いている様にカーラには思えた。

 

「なぁボス、俺の事を心底信じるというのは難しいだろう。だが、俺はボスとこの組織に感謝しているよ。別の世界……かどうかは知らないが、こうして新しい人生を歩むというのも悪い気持ちじゃない。俺はボスを裏切らないさ。少なくとも、先にはな」

 

 ポーキュパインの言葉に、カーラは誠意らしきものを感じた。しかしそれでも……

 

『ラミー、ボスは以前とある男に騙されている。だからお前を信じる事に抵抗を感じている。男の名前はオーネスト・ブルートゥ。RaDではそいつに懸賞金を懸けている』

 

 うるさいよ、というカーラの怒声がチャティの茶々を打ち消した。

 

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