と、自分のゴーストがささやいてしまったので……。
アッシュSide
「このコボルドの掃討の依頼なんだけど…。アッシュ、あなたが行って来てくれないかしら」
「あ?」
文字の読み書きを覚える為、メイド達に用意してもらった簡単な本の書き取りをしていると別の机で書類整理をやらせていたイザベラがそんな事を言ってきた。
「いやね、丁度シャルロットには翼人共に関する依頼を飛ばしちゃったばかりでね。他の騎士達も…ほら例のアルビオンとの戦争に備えてるのかあちこち飛ばされちゃってるのよ」
俺の怪訝な表情を察したのかイザベラは俺が何か言う前に早口で説明し始めた。
まあ、別にこれと言っておかしな事は言っていないか。このバカ女は最近じゃ何かしらにつけて俺を城から遠ざけて仕事や勉学をサボろうとしやがるからな。
「それで、あたしの方にくる依頼を頼めて、尚且つ腕が立つのってアッシュぐらいしかいないわけ。と言う訳で、お願いできるかしら」
「……わかった。場所はどこだ?」
「ここから南の山地の洞窟に住み着いてるみたいなのよ。詳しい事はアンブランって村にいるロドバルド男爵夫人に聞いて。それでこれが村までの地図よ。さて、じゃあこっちは馬の準備をさせとくからアッシュも支度してちょうだい」
イザベラからの説明に俺は再度分かったと返し、自身の部屋へと身支度を整えに向かった。
しかし妙にこの依頼への前準備が良すぎるな…。依頼と俺が出向く理由はきちんとしたもんだが、やはり俺の目から逃れてサボろうとする魂胆もあるようだな。
……準備ついでにいくつか課題を残していくか。
イザベラSide
「うふふふ。行ったわね」
あたしは見送りと称してアッシュが馬で出て行く姿を見届けるとにんまりと笑顔になった。っておっと、姫とあろう者がはしたない顔をしてしまったわ。うふふふふ。
「さて…」
あたしは城内へと踵を返すと小走り気味に私室へと移動し始めた。
本当はスキップでもしたい気分だったがさすがにハイヒールでは危ないので自重した。
「あんた達、今すぐここを片付けてお茶とお菓子の準備をしな! そうさね、茶葉はタルブの村の物を菓子はフルーツのパイでも用意してもらおうかね。そら早くおし!」
あたしは怒気を孕んだ声でメイド共に指示を出した。メイド達は私の声を聞くなり一瞬何とも言えない表情になったあと苦笑いになっていそいそと掃除とお茶の準備をし始めた。
何故そんな表情をしたのかと怪訝に思ったが部屋にある姿見で自分の顔を見て理由が分かった。
そりゃあこんな緩んだ笑顔でまるで怒っているような声を出せば不思議に思うわよね。何度か表情を引き締めようとするも直ぐに頬が緩む。
あのスパルタ男が居ないってだけでここまで心晴れやかになるなんて。
あ、別にアッシュが嫌いって訳じゃないのよ。むしろカッコいいし、姫だからって遠慮せずに会話してくれるし、魔法が下手とかお父様の娘だからって言う偏見の眼を向けてこないし、どちらかと言えば…………ってそうじゃなくてッ!
ただね、ちょっと厳しいと言うか真面目過ぎる感じがあると言うかね…。もう少し気楽で優しくしてくれても
「そこらへんはアッシュが帰ってきたらそれとなく言ってみようかしらね」
どうしてかしら、眉間にしわを寄せて『あ゛?』って睨んでくるイメージしかわかない上にそこから説教される未来しか浮かんでこないわ。
これはきっと疲れているせいさね。うん、きっとそうに違いない。
あたしはメイドが
うん、さすがタルブ産だね。特にこの時期のは一段と美味しいわ。
「あ、あのイザベラ様」
と、あたしがホッコリしているとメイドの一人がおずおずと、いやどちらかと言えば気まずそうな態度であたしに声を掛けてきた。
なんだい、せっかくの幸せな時間を邪魔して。ま、今のあたしは機嫌がいいから全然かまわないけどね。
「なんだい?」
「あの、えっと……その」
「何か用があるんだろ? うだうだしてないで早く言いな」
「す、すいません! こ、これッ。そのアッシュ様からイザベラ様に…と…」
あたしの言葉にメイドは慌ててアッシュから預かったと言う手紙を渡してきた。
……どうしよう受け取りたくない。
あたしは手紙を凝視した後メイドの顔を見る。するとメイドは目を反らした。
メイドとしてあるまじき行動で昔のあたしならそれを理由に色々とやらかしていたが今はそんなことしない。王族としてそんな低俗で野蛮な行動なんてしないわ。このぐらいのことおおらかな心で許すものさ。
後でアッシュに怒られるのも嫌だし……。
「イ、イザベラ様?」
「……くっ」
あたしは苦虫を噛み潰したような気持ちで渋々手紙を受け取り、開いて読む。
内容は無骨で簡潔。まったく、
なんて現実逃避をしてみるも手紙の内容が変わる訳でも無く、あたしはチラリと扉近くにいるアッシュの世話係にしているメイドに目を向けた。
メイドはあたしの視線に気づくと苦笑いで一旦部屋を出てるとすぐさま戻ってきた。大量の紙の束を抱えて。
「ううう…」
『課題を用意しておく。俺が戻るまでに終わらせろ』
確かにアッシュが何も用意無く出かけるとは思ってなかったけどさ、アレは多すぎじゃないかね?
幸せな時間ってのはあっという間に終わっちまうものなんだね…。
あたしは涙を目尻に溜めて残ったパイを咀嚼するのだった。……パイ美味しいわぁ。
アッシュSide
「この村か」
城を出てから数日、最後に寄った街から1日半かけて俺はアンブランの村へとたどり着いた。
村はまさに陸の孤島と言ってもいいいほどで3方を山に囲まれた盆地のような場所に存在しており、徒歩であったならば3日ほどの時間が掛かっただろう。
「栄えているな」
俺は村の入り口で馬を下り、依頼主であるロドバルド男爵夫人の屋敷へと向かいながら村の様子を観察する。
村の人々は騎士と言うのが珍しいのか子供は目を輝かせて近寄ってきたり、大人も笑顔で挨拶をしてきたりと少し前にコボルドの襲撃を受けたようには見えなかった。
「ふむ」
誰もが笑顔で、本当に争いとは無縁と言うような…。村の様子はまさに平和であり何も問題が起きていない様子だった。
「こりゃあぁッ!! そこのお主ッ。さっきから辺りをキョロキョロと!」
そんな平和という言葉を体現したかのような村の中、場違いなほどの怒声を出しながら古めかしい甲冑を身に纏い、大振りな槍を担いだ老人が後方から早足で近づいてきた。
「怪しい奴めッ。いったい何者か! 名を名乗れい!!」
そして老人は槍の間合いだろう距離まで近づくと担いでいた槍の刃先を俺へと向けてきた。
なんだこの
「ユルバンさん、この方は貴族様ですよ。おそらく、お城からいらした騎士様でしょう」
「むむ……。よくよく見ればマントを付けているな。だが、貴族様といえど、
近くにいた村人のが呆れたように窘めるもユルバンと呼ばれた老人はそれでもと、目を見開きまだ俺に槍を突き付け続けた。
「騎士殿、無礼を許されよ。儂はユルバンと申すもの。恐れ多くもロドバルド男爵夫人よりこの槍を与えられ、このアンブラン村の門番兼警士として治安を預かっておる。儂の言葉は男爵夫人の言葉と心得られよ。さて、神妙に名乗られ、当村にやってきた理由を述べていただきたい」
そして爺さんはそのまま一気に口上を捲し立て、俺がこの村に来た理由を問いただしてくる。
門番兼警士か。そう言えば村の入り口に小さな小屋があったがこの爺さんの休憩所か。俺が村に着いた時に居なかったのは丁度村の見廻りでもしていたってところか。そして俺を見つけたと…。
しかし警士がこの爺さん1人ってのは……。いや、今は余計な事を言わずに名乗った方がいいな。
「アッシュだ。ここにはコボルドの討伐の依頼で来た」
「…なんと申した?」
「…? コボルドの討伐に来たと言った」
「うぬぬぬぬぬぬ! あれほど儂1人で十分だと申し上げたのに……、ロドバルド様は、まだこの儂が信用ならぬとおっしゃるのか! ええいッ」
俺は耳が遠いのか? と思ったがどうやら違うらしく、爺さんはコボルド退治の事で憤っているらしく槍を担ぎ直すとひょこひょこと歩きだし俺の横を通り過ぎた。
「なんだ? あの爺さん」
「ユルバン爺さんは、この村を守っている兵隊なんですけどね……。昔は相当な使い手だったらしいんですが、自分の歳も考えず未だに自分がその頃の優秀な戦士だと思っていまして…。
あの爺さん、1人でコボルド退治に行くって息巻いていて、皆で止めてはいたんですがあと3日もすれば痺れを切らして勝手に飛び出して行っちまいそうだったんです。
でも騎士様が来てくださって助かりました。これでユルバン爺さんも無茶な事しなくなるでしょう」
俺が呟いた言葉に先ほどの村人が爺さんのことを話してきた。
なるほどな。まあ、ああいう年寄りってのは何処にでもいるもんなんだな。シェリダンやベルケンドの爺さん共も元気過ぎるくらいだったからな。
「…………チッ」
嫌な事を思い出しちまった。あの爺さんはあんな事みたいになる前に止めるべきか。
あの爺さんの言動から察するにロドバルド男爵夫人の所へと向かったんだろう。
俺は爺さんの後を追う様にロドバルド男爵夫人の屋敷へと足を進めた。
「奥様はおられるか!」
「書斎におられるが……」
屋敷に着くと庭にてユルバンの爺さんが憤った声で太った男に声を掛けて屋敷の中へと入っていくところだった。
俺は引いていた馬を近くの柵へと繋げて屋敷の門をくぐった。
「ん? 何か当家に何用ですか?」
「コボルドの討伐の依頼を受けた花壇騎士だ。ロドバルド男爵夫人へと取り次ぎを頼みたい」
「お城の騎士様でございましたか。無礼をしました。遠いところをありがとうございます。ささ、奥様がお待ちでございます。こちらへ」
太った男はどうやらこの屋敷の執事のようで要件を伝えると恭しく夫人の元へと案内しはじめた。
「どういう事でございますかッ!」
執事の案内の元、夫人がいると言う書斎へと着くと扉越しにユルバンの爺さんの声が響いた。
どうやら俺が来たと言う事に抗議をしているようだ。
執事の男はその声を聞いて困った風な表情になりながらも扉を開けて書斎へと踏み入り、俺の事を夫人と思しき初老の女性へと伝えた。
「これはこれは騎士様。遠いところをご足労いただいてありがとうございます」
「む、これは騎士殿。もしかしてお聞きになられましたか」
夫人は穏やかな表情で挨拶を、逆にオルバンの爺さんは険しい表情で俺に声を掛けてきた。
爺さんの言葉に俺が肯定をすると
「であれば、今聞かれたとおり、騎士様の手を煩わせるほどにことではありませぬ! さっそく王都へお戻り願いたい」
「これユルバン。失礼ですよ」
爺さんの言葉に夫人が叱咤をするが爺さんは聞く耳を持たず、何度も何度も自分だけで十分だと言い張り続け、それに対し夫人もコボルド退治は俺に任せるべきだとお互いに譲らず、そして
「ユルバン。あなたは今より騎士様がコボルドを退治し終わるまで村からの外出を禁じます。これは命令です」
「なッ!? なんですとッ! それは儂を討伐隊から外すと…」
「そうです。あなたには騎士様がコボルド退治している間村を守ってもらいます。いいですね」
「ぐぬぬ…」
口論の末、夫人はついに爺さんへの命令と言う形で爺さんの行動を制限し、そして爺さんも命令と言われてしまえば何も言えず悔しそうに首を振り俯いて書斎を出て行った。
「失礼を許してくださいね、悪い人ではないのだけれど……」
「ああ、分かっている。気にするな」
俺がそう返すと夫人は微笑みながらお礼を返してくる。
しかし、あの爺さんがきちんと命令を守るかどうか怪しい所だ。直ぐに動くと言う事は無いだろうが用心はしといた方がいいだろう。
その後は夫人から最近のコボルドの行動や住み着いている廃坑の所在やその数などの詳しい事を聞き、そして退治は明日の朝にする事に決まった。
「では、今日はこちらにお泊りになってください。お夕食の準備が出来ましたら及び致します」
夫人は言うと先ほどの執事を呼び客室へと案内するようにと命令し、俺を案内させた。
「ん?」
書斎からの移動中、ふと視線を感じそちらを振り向くとそこには廊下の曲がり角から俺の事をジっと見ている金髪の少女と目が合った。