猛姫に焦がれ、恋をして   作:春しおん

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あくまで彼は一般男性。


成人男子のこじらせた重い

 2週間で退院のお墨付きが出た。医者の舌を巻く回復力。健康体で生んでくれた親に呪いの言葉を吐こう。もう推しがお見舞いに来てくれないじゃないか畜生。--というのは冗談だ、と自分に言い聞かせつつ、オレは病院のカウンターで支払いを済ませ、入り口の自動ドアからゲートアウト。年明けから数日経過してもなお残る静けさと寒風が、辺り一帯を引き締めている。暖房の利きすぎていない病室が恋しくなるほどの冷気に思わず身をこわばらせ、自宅への道を急ぐべく最寄りの駅に向かって歩き始めた。

 

 少し違和感が残る体を動かす傍ら、二度目のお見舞いに来てくれたカワカミプリンセスさん()()のことを思い出していた。

 

 

≡≡☆

 

 

 鮮やかな手刀(ちきゅうわり)で2度目の気絶を味わった数日後、推しのウマ娘が再び病室を訪れてくれていた。気まずそうな表情をした20代半ばの女性と、気品を漂わせつつもどこか抜けがありそうなウマ娘を伴って。

 

「この度は、うちのプリンセスがご迷惑をおかけし誠に……」

「いやいやいや何言ってるんですか。彼女にも伝えましたけど、こっちは命を救ってもらっていて」

「それはそうだとしても! ケガ人を手刀で眠らせて脳震盪を起こさせるなんて非常識にもほどがあります! 幸い軽いむち打ちで済んだと聞きましたが、友人の無作法を謝罪させてください」

「そ、それもオレが気が動転していたのを落ち着かせようとしてくれわけで、止めてくれなかったらどうなっていたk」

「トレーナーさんとキングさんの言う通りですわ……わたくし、1度ならず2度までも殿方を危険な目に合わせてしまって、こんなの、姫を目指すものとしてあまりの醜態……ッほん、ほんっとうに、もうじわけございまぜんんん……」

「違うから、本当にオレが悪かったので、どうか自分を許してあげて。っていうか、もうこれ以上は許してください……ッ」

 

 と、第2次謝罪合戦はその規模を拡大して開戦し、騒々しさを見かねて注意しに来た看護婦によって終戦がもたらされた。わざわざ持ってきてくれたフルーツ盛を残して、彼女らは最後まで申し訳なさそうな顔のまま病室を後にした。同伴してくれていた《キングヘイロー》――彼女も一昨年、黄金世代と呼ばれるウマ娘たちと張り合った有名なアスリートだ――といい、カワカミプリンセスのトレーナー(らしい)といい、3人ともこれ以上ないほど底抜けの善人で、謝罪のたびにこちらの不甲斐なさで死にたくなった。推しに再び出会えた僥倖と、その推しを自責の念に苛まさせた不義理がないまぜになる。その後の入院期間中、彼女のことを思い出すたびに腹と首に痛みが走ったものだ。

 

 

≡≡☆

 

 

『わざわざクリスマス前日に来てくれたんやて? 優しなぁカワカミちゃん。そぃてJCの貴重な時間を奪うやなんて、トネリは罪な男やでホンマおまえ』

「カワカミ【さん】をつけろよデコ助野郎。……いや、オレごときが彼女の時間を奪ったのは確かに大罪だけど」

『わざわざ着替えとか生活用品用意して病室に届けてやったやさしー友人をデコ助野郎呼ばわりする罪についてはどない思う?』

「ランマルさん生言ってまじスンマセンっした」

 

 家の玄関の前に着いた頃、スマホに《ランマル》から着信。ランマルは高校時代からの友人で、お互いが上京する際にルームシェアして生活費を節約しあった仲だ。彼が憧れていたウマ娘レース新聞の記者に内定し別々で住むようになってからも、暇を見ては飲みに出かける腐れ縁。なお関西弁は「先輩の記者の口調がうつって」しゃべっているだけの似非方言である。

 

 独り身成人男性の身近に勝手知ったる友人がいてくれているのは、推しとの再会に次ぐ僥倖と言えるだろう。実際何かと世話を焼いてくれているランマルに、今度会ったときは飯の一つでもおごってやらねばなるまいと頭の中で算盤をはじく。とはいえ入院費用もばかにならなかったため、しばらく待ってもらう必要があるが。

 

『にしても……今を時めくジュニア級の新星が、交通事故から人を救う! ってだけでも特ダネやのに、まさか助けられたのが友達やなんて人生わからんわぁ。微妙に画面映えせぇへん面なのが惜しいとこやけど』

「オレの写真とかどうでもいいだろ。カワカミさんの強さと美しさを報道すればいいんだ」

『キモイわぁ20半ばの男が10代ソコソコの女の子に心酔しとるぅ』

「別にいいだろ。遠くから応援する分には」

 

 いつもの軽口を叩きあいながら、微かに残る首の痛みに思わず口元を緩ませる。まさか自分の人生にもう一度彼女と関わりあえる機会が訪れるとは夢にも思わなかったのだから。スイッチを入れたリビングのテレビには、去年のトゥインクルシリーズ、そのジュニア級を振り返る特番が映し出されていた。

 

 酒の席でランマルから聞いていた、いくつもの要注目の名前。何人ものウマ娘が紹介されていく中、カワカミプリンセスの名もクラシック級に期待が持てる新星の一人、と太鼓判が押されている。

 

『華麗で優雅に! 憧れのプリファイの様に! この手にティアラをもぎ取って見せますの!』

 

 各選手のインタビュー映像にも、彼女の姿。声。視線。ほんのわずかな時間しか映らなかったけれど、見るものに確かな気迫を感じさせてくれるいい画だった。

 

 微かな音声が漏れ聞こえたのか、対抗するように受話器の向こうで新人ライターが独自論を展開していく。なるほど多くの新星が今年のクラシックで素晴らしい走りを見せてくれるのだろう。耳で受け取った情報を理解はしていたが、オレの思いは記憶の中の彼女の視線に釘付けになっていた。

 

理想(ゆめ)を追い続けてるんだ。応援せずにはいられないよ」

 

 カワカミプリンセスは、あの頃と変わらず、否それ以上の決意で以て理想に手を伸ばしている。そのことを知った去年の夏に、自分はその虜になった。

 

 いや、再び捕らわれたのだ。

 

 あの爛々と輝く青い瞳に。10年の歳月を差し切るように。

 

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