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先立ってのメイクデビューや阪神JFの映像を振り返り見る限り、カワカミプリンセスの体は理想的なまでに仕上げられていた。後方から追い抜く差し脚を担保するパワー、そしてそれを実行に移すべく先陣に追い縋る根性。彼女が持つ闘争心を十全に生かすことのできるスタイルだ。まさに爆走猛姫……強く美しいプリンセス街道を前のめりにひた走る彼女に感嘆を禁じえない。
しかし、であるゆえに……その気持ちがあまりに前のめり過ぎだったのが、欠点とも言えた。ゲートオープンと微妙にかみ合わないスターティング、掛かり気味の初速、力みすぎたフォーム。ポテンシャルにものを言わせたゴリ押し、と暴論かもしれないが。――それで2馬身差をつけてG1の一つを制するのだから、彼女の潜在能力の高さに胸中で唸る。
ではこの心身の強張りをどう解決するか。そのアンサーとしてカワカミプリンセスのトレーナーが行ったのは、いくつかのオープン戦への出走だった。たまたま取材した友人記者のランマルによれば、学園内の模擬レースも積極的にトレーニングに組み込んでいたとのこと。レースそのものへの慣れ、および緊張の緩和というところだろうか……阪神JF後に敢えて重賞を意識しないレースに取り組ませることは、感覚肌のカワカミプリンセスにとって絶妙な調整だったのだろう。
その成果は、先日行われた3月のチューリップ賞ではっきりと示された。
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などと。
「というのがオレの見立てですが」
「いやぁ……」
「それほどでもありますわ~」
「コラ、調子に乗らないの!……え、えぇっと、私なんかはただの新人トレーナーですし……でもそう、ですね。やっぱりプリンセスの潜在能力のなせた結果ですよ」
「ハハハハハ、ご謙遜を」
チクリと、胸の奥が痛んだ気がした。
気のせいだろう。
オレ、
場所はトレセン学園近くのショッピングモール、その中にある大手チェーンのカフェ。ここ数年恒例となっていたプリファイの春映画の公開後、初の週末にチケットを予約してみれば……目の前の席に見知ったシルエット。「カワカミプリンセッ」などと固有名詞を上げてしまえば、いくら最後まで言い切らなくても当人らには届いてしまうもの。振り返った二人はオレなんかのことをしっかり覚えていたようで。映画をがっつり楽しんだ後、「まさかプリファイのファンだったなんて、あなたとは色々とご縁がありますわね! よろしければ、わたくしたちとプリファイ愛を語り合いませんこと!?」などと誘われれば、オレの心臓は乙女のように弾んだ。
まんまとお呼ばれされたのち、彼女の影響で見始めたプリファイの新映画の感想を卓上で飛び交わせた。カワカミプリンセスのトレーナー――≪ワカミヤ ユウ≫という名前だそうだ――もプリンセスの影響で履修し始めたようで、比較的淡々と語るものの、知識の網羅率たるや。担当になって1年足らずの間にほぼすべての作品を鑑賞し、プリンセスの話についていけるようにしたというのだ。恐るべきは天才肌、トレーナーとしてもオタクとしても一流か。
プリファイ談義もひとしきり落ち着いてきたところで、オレの身の上についても質問される。倶楽部のサブトレーナーだと明かしたのちに発展した会話の結果が、先立っての
「ご指摘いただいた通り、最初の緊張癖を「場慣れ」で克服しようとしたのは力業に過ぎません。
でも彼女の性格からこれが最適だと……結果として、良い結果につながりました。ヴィクトリー倶楽部で研鑽を積んだ方と同一見解だったこともわかり、改めて安心しました」
「謙遜が過ぎますよ。素人同然の意見を頼りにしないでください。
……というか、本当にソレだけで緊張って取れるものですか?なにか秘策があったのでは」
そう、場慣れでどうにか出来るのであれば世のトレーナーは苦労しない。カワカミプリンセスが経験したような緊張癖はアスリートなら大なり小なりあるものだ。
いったいこんな短期間でどうしたら……とこちらが興味の視線を向けていると、ワカミヤはこちらの直視に耐えかねて目を右に泳がせる。やはり秘密のトレーニング方法か知識なのか、不躾な質問だったかも知れないと反省しかけたところ、
「フフ、よくぞ聞いてくださいました!
これこそワカミヤトレーナーが生み出したおったまげトレーニング……プリンセス・イマジネーションですの!」
「ええっとつまり、ただのイメトレの一貫なんですが……競争相手をプリファイに見立ててみるのはどうかな、と」
「……はい?」
「黒い体操着とか勝負服を着た娘がいたら『ダークプリンセス』、緑のリボンをつけた娘がいたら『プリファイ☆'ズ』のプリファイミント、とか……そんな感じで。つまり、歴代のプリンセスと闘っていると想像しながら走って、と」
「いやいや、さすがにそんな――」
「プリファイを理想として仰ぐワタクシにとって、イメージの中の彼女たちはこれ以上ないほどの好敵手!劇場版オールスターの感動を何度も、しかも自分がその中に加われるだなんて……これには姫のテンションもブチ上げMax♡ですの!心もまさにファイナルフォームですのよ!!」
「えぇ……?」
そんな子供だましみたいな手法で前を行かれた、と他のウマ娘たちが聞いたら、
こちらの絶句に戸惑いを感じ取ったのか、ワカミヤは苦笑を浮かべつつも続ける。
「でも、あながち悪い方法じゃないかなって。聞いたことありませんか?ウマ娘は思いを力に変えて走ることができる、と」
「確かに聞きますけど、いくらなんでも……」
「彼女の理想にかける思いは、誰にも負けないくらい強いって信じてましたので」
きっとやれる。
オレの言葉を遮るように。腰の低い声音は消え、力強い断言が
疑いなく。躊躇なく。真っ直ぐな瞳が、
プリンセスは、その青い瞳を爛々と輝かせてワカミヤに応じた。
「ワカミヤトレーナーはわたくしとともに理想を目指す人。姫のことを心から信じてくれる……そう、
この方と一緒でしたら、きっと桜花賞も、オークスも、秋華賞も!ぜーんぶガチッとかっさらって見せますわ!」
「……そうね。こればっかりは及び腰になっていられないわ。トリプルティアラをあなたに。……そう約束したものね」
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ズキズキと痛む胸。幻痛であるそれを無視して、暫くの談笑を何とか終えた。カフェでの別れ際、「応援しています」と精一杯誠意を込めた声音を吐き出した。オレの顔は笑顔を向けられていたのだろうか。少なくとも二人が口々に感謝や意気込みを語ってくれていたので、内面を見透かされてはいなかったと、信じることにする。
醜くて、気持ち悪い執着がオレの中で暴れている。なんとも往生際の悪いことに、オレはワカミヤトレーナーに嫉妬している。
思い出すのは去年の夏。未来のアスリートを夢見るウマ娘たちが憧れる走者としての門出、メイクデビュー。倶楽部生徒のモチベーションを上げるため、そのレースの見学は毎年行われていた。去年も。一昨年も。その前も。
この恒例行事に付き添うたび、オレの眼はといえば、いつもあの青い瞳を探して彷徨っていた。あの日見た彼女が、掲げた理想を今なお追い続けていることをこの目で確認したい――その一心で見つめていた先に彼女の姿がないと、嘆息した。
デビューがまだ先であること。そこに落胆を感じたのか、安堵したのか。このため息の意味をまだ自覚していなかったのだ。
そして今。改めて突き付けられた、オレ自身の屈折した理想と、もう叶わない夢想。次々と積み上げられていく彼女たちの実績が、二人の信頼が、オレの頬を平手で打つ。オレを正気に戻そうと、切々と説いてくる。
プリンセスが理想を叶える上でワカミヤトレーナーはまさに理想だ。これ以上ないくらいにプリンセスのことを理解していて――当然、一回会ったっきりのオレなんかよりも、はるかに深く――、誰よりもプリンセスの素質を信じている――小さなころの彼女しか知らないオレなんかよりも、ずっと強く――。
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カワカミプリンセスは、桜花賞をハナ差で差し切り、見事にティアラを勝ち取った。初めて歌う≪彩 Phantasia≫を、彼女は満面の笑みで歌い切った。
観客席で見た彼女の姿は間違いなく、その日一番輝いていて……どこまでも、遠くに見えた。
ワカミヤ(若宮)は「王子」の類語を探して行き着き、
ユウ(優)は史実カワカミプリンセスの最初の騎手「本田 優」騎手からとらせていただきました。