猛姫に焦がれ、恋をして   作:春しおん

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盲目

 

『――しかぁぁぁし!! そこに現れた爆裂……いや猛ウマ娘!

 ドアも壁もみーんなぶっ壊してきた! プリンセスが参戦d』

「ダァァァァきたきたきたきた! これだよこれほら見ろランマル! プリンセスが! あのカワカミプリンセスが!! 特別映像に!!」

「うっさいわボケトネリ! 毎度毎度なんかあの子が出るたびにがなり散らすなやダァホ周りの迷惑やろが!」

 

 休日の定食屋。オークスを週末に控え、テレビも街も大盛り上がりだ。誰もが次の樫の女王が誰になるのかを予想し、期待し、胸を高鳴らせている。そして当然ながら、推しの勝利を信じてやまないオレも興奮が冷めやらない。プリンセスからは「オークスに向けた特別映像を作ってもらえましたの! まるでわたくし主人公にでもなったかのようですのよ!」という連絡までもらい、今日まで遠足を前にした子どものようにソワソワとワクワクが止まらないほどだった。実際メディア的にも彼女への期待値は相当なもので……オレとしては、ランマル(ウマ娘レース新聞の記者)がどうしてこんなに薄い反応なのかということにこそ異を唱えたいほどだ。

 

「ったく、前々からファンや推しやとえらい執心やったけど、ここ最近度が過ぎとんのやないか? 確かにカワカミプリンセスはこれまで無敗かつかなりの好成績で勝ち進んどるけど、まだ体の力みやとか、かかり癖やとか不安要素も解消しきってへんねやろ? 仮にも中央のトレーナー目指しとんねんから、他の有力候補についても言うこと……」

「カワカミプリンセスが勝つに決まってるだろ節穴かお前の眼は!!」

「それは自分やろが!? ったく、恋する乙女かぃな……」

 

 恋。と言われて、数日前の光景が脳裏に駆け巡る。カワカミプリンセスが幼少期のことであるにもかかわらずオレのことを覚えていてくれて、あまつさえオレの言葉が姫への道(理想)を歩む原動力にもなっていたなどと、キラキラした青い瞳でオレに語ってくれた。プリンセスの中でオレという人間が、交通事故をきっかけに知り合った知人としてではなく、思わぬ形で再会を果たした思い出の人物として再認識された。推しに特別な感情を向けられて感情が制御できるわけもなく、彼女のトレーナーになりたいという理想も、ファンとして応援しようという憧れも吹き飛んで、もしかしたら、()()()()()()()()()()()()()()()()――

 

「……キモイキモイキモイ!? なんやのその顔!? いきなりニヤニヤしよってから不審者かいな!」

「え、あ、へへっ? 悪い、なんか顔に出てたか?」

 

 毛虫でも前にしたような目でオレを見るランマル(親友)の言葉にとっさに顔を覆い、表情筋をもみほぐす。確かにこの感情は行きすぎだと自分でもわかっている。大体からして彼女は10も歳が離れた少女であり、中学生であり、現役のアスリートだ。単純に犯罪まがいな思考につながりかねないのもそうだが、選手としてレースに集中するべき存在。そんな彼女の思いをかき乱したり、負担になったりはしたくないものだ。

 

 あぁ、でも、自分がそんな(特別な)存在になる可能性があるだなどと、考えもしなかった。小さなころの思い出と再会するなどと、まるで漫画やアニメで見るような運命構図ではないか。そう運命、特別な出会いを遂げた幼少の再会した男女はやがて――

 

「……自分、もう帰って寝たがエェんちゃうか? さっきから様子可笑しいでホンマ」

「いや、大丈夫。ちょっと感情の揺れ幅がでかくなっただけだから。何も問題はない」

「問題しか起こしそうにない顔しとったんやけど……もうエェわ。 推しが職場に訪問してきてハイになった、ってことで終いにしとこ」

 

 テーブルに残っていた味噌汁を呷り、ランマルは深々とため息をこぼした。手元では取材用のカメラをいじりながら、そこに納められた決定的瞬間を眺めている。オークスの出走者インタビュー、その会見会場に扉を蹴り破って入ってきた、プリンセスの()()()()姿()

 

「カワカミプリンセス……面白い子やと思うし、能力的にも確かに実力のある子や。先のレース成績も相まって、優勝候補なんは間違いない」

「だろ? いやお前もわかってくれてるとオレは思って……」

「けど、まぁ」

 

 感慨深く相槌を打つオレの言葉を遮るようにランマルは独り言ち、次のシーンの写真を何枚か流し見する。そこに写っていたのは、先のチューリップ杯や桜花賞でプリンセスに肉薄した栗毛のウマ娘や、そのほかのレースで好成績を残す黒鹿毛のウマ娘など。()()()()()()()()()()()()、いずれも高い技量と身体能力を持っており、カワカミプリンセスの優勝に立ちはだかる壁であるのは間違いないだろう。いずれも会見の中で凛とした佇まいや決意に満ちた言葉で自身のオークスに向けた思いを語っていた。ランマルはそうした他の優勝候補のことを高く買っているのだろうか?

 

「あぁ確かに。出走会見にいたその子らがプリンセスの最大の敵なのはわかる。だけど、チューリップ賞でも桜花賞でも勝てたんだ。そしてその頃よりもプリンセスの安定感は増している。きっと」

「トネリ、お前そないなこと言うて……いや、いいわ。今は言うだけ無駄やな」

「なんのことだ?」

「えぇて。で、勝ち負けの話や無くて、()()()()()()()()()()って、な」

「?」

 

 どういう意図か問い訪ねても、ランマルがその言葉の意味を語ることはなかった。「どっちに転んでもおもろいとは思うけどな、記者としては」と不穏な笑みを浮かべる友人に一抹の不安を感じていたが、店を出てランマルと別れた直後、スマホにメールの着信。倶楽部での練習指導に参加したことは彼女の中の緊張を確かに和らげたようで、その後の模擬レースでも体の力みがかなりとれてきている、というワカミヤトレーナーからのお礼の連絡だった。脳裏に浮かぶプリンセスの堂々とした走りが、胸中の不安を一瞬にしてかき消す。やはりワカミヤトレーナーの指導は的確だと感心すると同時、プリンセスのコンディションについて連絡をもらうなど、まるで自分がプリンセスのサブトレーナーにでもなったような気がして内心の笑みがこぼれそうになる。もし今年のトレーナー試験に合格することができたら、実際にそれを申し出てみるのもありかもしれない。もしかしたらもしかするかも、などと我ながら気持ち悪い妄想に浸る。

 

 とにかく、このままいけばプリンセスは樫の女王の座にきっと就けるはずだ。そしてゆくゆくは秋の秋華賞をも制し、トリプルティアラを得る日も現実味を帯びていると感じる。

 

 その時自分はどんな言葉を掛けられるだろうか。彼女の躍進をそばで見守る法悦に浸りながら――あとから思えばこれは優越感のようなものでもあったのかもしれない――来るレースの日を今か今かと思い馳せる。ライブでセンターを飾るカワカミプリンセスの姿を夢想し、興奮冷めやらぬ会場で今度こそは、心からの声援を送ろうと固く誓うのだった。

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