猛姫に焦がれ、恋をして   作:春しおん

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一週間以上空いてしまい大変遺憾に思っております。


主役は。

 

「ここにおられたんですね」

 

 喧噪甚だしい観客席、その最前列を確保できたオレ……を、探していたような口ぶり。背中越しの、加えて樫の女王を待ちわびる観衆の声の波の中であっても、その声はカワカミプリンセスの次に印象深いものとなっていた。

 

「ワカミヤトレーナー。……いよいよ二冠目ですね」

「えぇ。……きっと、プリンセスなら」

 

 隣に立ったワカミヤの顔は一途にゲートに向かっている。今まさにウマ娘たちがゲートにつかんとしており、実況の声が注目のウマ娘たちの名を挙げていく。桜花賞でプリンセスに肉薄した黒鹿毛のウマ娘や栗毛のウマ娘が2、3番人気で名前を挙げられていく中、我らがプリンセスはやはり1番人気。JFやチューリップ、そしてティアラを無敗で獲得したその実力を評価しない人はいないはずだ。

 

「最近は特に。トレーニングの時にすごい集中力で臨めていました。ヴィクトリー倶楽部の子たちが応援してくれてる、彼女たちの理想の姫になりたい、って張り切っちゃって」

「みんな彼女の走りに見とれてましたもんね」

「それに、トネリさんも見てくれてるから、って」

「オレ……嬉しいですけど、ただ小さい頃にちょっと話しただけですよ?」

 

 身に余る光栄ではあるが、彼女らと知り合えてからここまで、常に疑問として抱えていた部分でもあった。ワカミヤに意図を問おうと視線を向けかけたのと同時、視界の端で選手たちが動き始めるのを捉える。

 

 各ウマ娘がゲートに入っていく。その中でも際立つ、鮮やかな桃色の衣装。やや顔が強張っているものの、良い集中力に包まれたプリンセスがオレの目に留まる。彼女はその表情のままきょろきょろと観客席を見渡しており、ほどなくトレーナーを瞳にとらえることができたようだ。隣にいるワカミヤに笑顔で手を振る。先ほどまでの緊張はどこへやら、大舞台にも物怖じしない堂々とした姿勢だ―――と同時、視線がわずかに右に動き、隣にいるオレのほうをじっと見つめてくる。目と目が合いオレが面食らう最中、ついっとスカートをつまんで、しゃなりとお辞儀。……突然のファンサービスに胸を射抜かれ、思わず顔が赤くなるのを感じる。

 

「私はプリンセスのことを、この1年半の間でしか知りません。確かにトネリさんよりも長い時間接してきたわけですが……私は、プリンセスの、彼女の理想の成り立ちを、この目で見たわけではないのです」

 

 冷やりと感じた風と共に、耳にワカミヤの言葉が届く。それに比べて、とその言葉は続いた。

 

「トネリさんは、プリンセスの、理想のスタートラインに近いところを知っています。そして、今こうして理想にひた走る彼女を見てくれている。始まりを知り、その到達点を見届けてくれる人……これは得難い存在じゃないでしょうか。特別な思いで応えたくもなりますよ」

「そ、りゃあずっと見届けたいって思ってますけどね……オレなんか、そんなふうに思ってくれるほど、大層なもんじゃないんですけれど」

 

 耳をくすぐる言葉に面映ゆく感じながら、視線を再びゲートへと移す。改めてゲートに入ったプリンセスの顔を見つけるが、そこにさきほどの爛漫であどけない笑顔は無い。この一時において、彼女も、周囲のウマ娘も、貪欲なまでに勝利を求めるアスリートとなる。深い呼吸の後に真一文字に結ばれた口元。沈み込むように筋肉を収縮させたスターティングフォーム。もし自分があの列の中に並べと言われれば、緊張で歪んだようにすら感じる空気に圧倒され、竦んでしまうのではないか。そんな中を、あの子は前回も、その前も耐え抜いて、勝利をつかんだのだ。

 

「がんばって。貴方なら、貴方だからこそ相応しいんだ……ッあぁ、どうか、女神様……」

 

 隣に座る女性が、手を前に組み、ゲートの一点を見ながら祈っている。

 

 その目線の先にいるのは、どのウマ娘だろうか。オレたちと同じようにプリンセスへのもの……では、ない気がする。

 

 アスリートの数だけ、会場内にも無数の祈りが存在する。

 

 だが、三女神が祈りを聞き届けるのは、一つのレースでただ一人のウマ娘だけだ。その結果は未だ、誰にもわからない。

 

 オレは、プリンセスの努力を知っている。その掛け値なしの理想を、迸る思いを。デビューからこれまでプリンセスの指導に当たってきたワカミヤも言わずもがなだ。ウマ娘が思いを力に変えて走るというのなら、その強さはきっと誰にも負けないほどに強い、と確信している。だからこそ、不確かな女神にではなく、彼女の積み重ねてきた道程に思いを馳せる。

 

『さぁ、選手のゲートイン完了です。樫の女王を決める決戦、栄光の冠をどのウマ娘が掴むのでしょうか』

「それでも、オレなんかの応援をプリンセスが力に変えてくれるなら、いくらでも叫びますよ」

 

 女神に祈りは捧げない。

 推しに思いを捧げるのだ。

 

『―――スタートです!』

 

 ゲートオープンの音とともに走り出すウマ娘たち。オレもワカミヤも、ただプリンセスだけを見つめ続ける。彼女の瞳が目指す一度きりの勝利を信じて、声を限りに叫ぶ。

 

「行け!」「勝って!」

 

 

 

 

★≡≡

 

 

 

 

 柵越しに抱き合うプリンセスとワカミヤトレーナー。その感動的な瞬間を周囲の大歓声が称え、オレもその輪の中に加わる。死力を尽くし汗にまみれ、ゴールをにらみつつ走っていたプリンセスも美しかったが、こうしてトレーナーと抱き合う姿は彼女の求めたプリファイのような姫、そのもののように感じた。

 

「トレーナーさん、トレーナーさん……見ていましたか? 夢みたいですわ、まるで物語のヒロインみたいに、わたくし……ッ」

「そうだよ、プリンセス。今日は、あなたが主役。あなたが……樫の女王になった日なんだから!」

「――えぇ、えぇ! ワカミヤトレーナーッ。それに、トネリさん……ッ、皆様……私、わたくし、やりましたわ! 誰もが認める、樫の女王に……プリンセスに!」

 

 高らかに響かせる勝利の声に浸る。その声はその場にいる誰をも魅了して、より一層の歓声と拍手がレース場を震えさせる―――

 

 

 

 

≡≡☆

 

 

 

 

 はず、だったのだ。

 

『カワカミプリンセス! 温存した差し足がここで炸裂! 出るか猛ウマ娘の驚異のすえあs―――おーっと!! その真後ろに8番! ××××××××です! ××××××××が駆け抜けてくる! カワカミプリンセスの背後で気をうかがっていたのか栗色の光が隣に並ぶ! 天国にその熱き口づけは届くのか!! さーらにぃその後ろぉ! 8番です! 尾を引く誉れ高き黒鹿毛! 〇〇〇〇〇〇〇が凄い脚で追い込んできます!』

 

 食いしばった彼女の顔に、悲愴の色が見える。

 

 オレもワカミヤトレーナーも、決死で彼女に声を送る。彼女への信頼、彼女の重ねてきた血のにじむような道程を叫ぶ。声が、思いが、彼女の背中を押して、その脚をさらに前へ進ませるよう。プリンセスの足もなお力強く大地を踏みしめ、軋みをあげそうな勢いで体を前に投げ出していく。夢見た理想に、決死で手を伸ばす。

 

 だが、それは左右から追いついてきた二人のウマ娘にしても、同様なのだ。

 

 距離が、2馬身、1馬身と、みるみる近づいていく。残り200mとなったその時、2つのプレッシャーがプリンセスの影を踏みつける。

 

『抜けた! 抜けました! 赤い勝負服が! 黒い栄光が桃色の猛姫を抜き去っていく! そして今ゴォォォォォル!! 〇〇〇〇〇〇〇が1着! そして続く××××××××、カワカミプリンセス! 僅差で二人のウマ娘がゴール板を抜けていきます! 2つ目の冠は〇〇〇〇〇〇〇が手にしました! 新たな樫の女王は、〇〇〇〇〇〇〇です!!!』

 

 握りしめた拳に、血が滲んでいた。

 

 彼女は、3つの冠を手にするのだと、固く信じていた。理想の姫の頂にたどり着くのだと。このレースだけではない、今年のクラシックの、主役になるのだと。

 

「やった……やった! やり遂げた! 貴方なら、やり遂げられると信じて……ッ、やった、やったぁ!!」

 

 だがやはり、それはどのウマ娘のファンも同じで。

 

 隣に座って必死に祈り続けた女性も、そして彼女と同様に応援と祈りを捧げ続けた数多の観客も、『彼女こそは』と必死に声をあげて選手たちを応援したのだ。

 

「プリン、セス……」

 

 ワカミヤが、周囲の歓声にかき消されそうな声で名を呼ぶ。その視線の先でぽつ、ぽつと足を緩めるカワカミプリンセスが、乱れた息遣いのままに膝をつく。その顔は垂れ下がった栗毛に覆い隠されて、輝いていた青い瞳さえ伺い知れない。

 

 ワカミヤは堪え兼ねたように駆けだしていく。向かう先はターフに続く連絡路か……戻ってくるプリンセスを出迎えるためだろう。目指していたトリプルティアラの栄光は儚く消えた。理想の姫としてのヴィジョンが潰えたプリンセスを、ワカミヤならきっと慰め、奮い立たせてくれるに違いない。

 

 そうだ、まだだ。

 

 一度の敗北で理想のすべて(姫への道)が潰えたわけではない。敗北から再び立ち上がり、その先にある勝利に手を伸ばす……彼女が理想の一つとするプリファイたちも通ってきた道だ。

 

 今は垂れ下がった視線も、再び顔をあげ、その体を前に前にと突き進ませるだろう。

 

「ヒロインは、君だ」

 

 最後は必ずハッピーエンドに向かうと。そうであらねばならないと。

 

「次だ! 次こそ負けるな……ッ、君が主役になるんだ!」

 

 多くの歓声に呑まれたエールは、彼女の耳に届いただろうか。

 

 1ファンでしかないと自覚しているはずなのに、観客席で見ていることしかできない自分を歯がゆく思う。なんとか彼女らの力になりたいと、そう願わずにいられない。

 

 思い上がりも甚だしい感情だと、わかっているはずなのに。




なお、言い忘れましたがこの物語は、
「カワカミプリンセスがデビューの際にプレーヤー(伝説の王子様)に出会えなかった」世界線を想定しています。
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