戦闘は極めて一方的に推移していた。アリウススクワッドの側で、ではない。執行官白崎ルカのひとつひとつ順に打つ手がアリウススクワッドの未来を刈り取っていた。
錠前サオリは現実に思わず呻く。
「なぜだ……!」
「なぜでしょうねぇ?」
白崎ルカは現実を直視している。この現状は薄氷の上の有利ではない。一手で覆されるほど脆弱なものでなく、強いて言うなれば湖が丸ごと凍りついたその上に、アイゼンのついた靴で立っているがごとき安定感。
白崎ルカは勝ちを確信しない。勝利とは、確信するものでなく確定させるものであり、結果ではなく過程である。
しかしそれでも、白崎ルカはこの一瞬……いや、アリウススクワッドという者たちを相手とする場合に限っては、勝ちを確信していた。
その理由はひとつ。
「ちぃっ!!」
「そこは行き止まりです、錠前サオリ」
彼女たちは、よく似ていた。その立ち回りの性質から、本質まで。
『人を殺すために育てられた人』……『機械』たるを望まれたという部分までが一致するならば、それはもう1人の自分に等しく、彼女は錠前サオリの、アリウススクワッドの戦術に『自分が錠前サオリならばこうする』と自分を当て嵌めた先読みが出来ていた。
そして、皮肉なことに無慈悲な育てられ方をしたサオリよりも、普通の育ちをしたルカの方が、命を懸けた勝負の回数は遥かに多かった。
埋めようもない遥かな経験、その先に立つものが白崎ルカであるとするならば、アリウススクワッドはその道にてルカの背を追うモノでしかない。故にこそ、勝てない。
背を追うことしかできないものは、その顔を見ることが出来ない。顔すら見れない、姿の輪郭すら覚束ないのに、如何にして殺すことが出来ようか?
「あなたがたは虚しい、虚しいと語る! ですが……であれば! 仲間たちと過ごす時間すら虚しかったというつもりですか! あなたにとっての絶望の日々、そこに残る
「黙れ……! 私を理解するように語るな!! お前が! お前ごときが!! 幸せに生きることが許された者が!! 絶望を、語るなっ!!」
ルカの言葉を、真実と認めそうになる内心にサオリは喝を入れる。失敗の対価は未来であり、それはサオリの何より恐れるものだ。故にこそ、銃を向け、大切な仲間に一瞬だけ目線をやり……声が響き渡る。
「私は目の前の安穏に生きることを捨てて」
それは、ただ4人のみに語られる説話。ここが古くとも聖堂故に、ルカの中に眠るそのモノがかつて聖堂にて語らう座であるが故に。
それは単なる説得でなく、福音たる説話である。
「人々が立ち上がるのが好きです。救世主は隣人を愛せよと語らうのにも関わらずその手に銃を秘めて、目の前の理不尽に立ち上がる姿。それは、神に縋ることをやめ、神に見届けたまえと願い、あるいは自ずから神の代行となりて、事をなさんとする意思であるからです」
滔々と語るルカの体が、黒い闇に包まれる。サオリはそれにただ恐怖して、思わず1歩後ずさった。
「アリウス、虚しさを説くものたち……今ここは古く、崩れ去ろうとも未だ神の見守られる所、故に語り述べます。『全ては空、空の空』……あなた方の教義で言う、『虚しい、全てはただ虚しい』。しかしながらこの文は、ただ冒頭と最後に用いられる最初の主義主張に過ぎない」
カツ、とソレが1歩前に踏み出すと、闇もまた追随して移動する。
「虚しい、そう主張するこの文を残した者はこう続けて語るのです。『言葉は空虚、努力は無意味、世界は理不尽に満ちる。世界がかくあるならば人もまたかくありて世に残す遺恨なく、神を畏れただ日々をこそ生きる』……分かりますか? 確かに、世界は不条理で、努力は実らないかもしれません。しかしながら、ふと思うのですよ」
「……何を突然ごちゃごちゃと……!」
「今問いますよ、錠前サオリ……この文の致命的な欠陥、あなたには分かりますか?」
錠前サオリはそれを聞いて、コンマ以下の迷いを振り切り、告げた。
「矛盾? そんなものはない……敵の言葉など、聞いたところで理解する必要も無いだろう……!」
「そうですか。では理解せざるを得ないようお教えしましょう……どうせ、あなた方の大元はこれを教えていないのでしょうし。この文の題名は、『コヘレトの言葉』……冒頭、虚しきと語られくくられる、『言葉』です」
「……何が言いたい!」
要するに、と闇の中から声が響き渡っていく。古聖堂そのものが言葉を発するような反響にアリウススクワッドの4人は背を合わせ、周囲を警戒した。それは、本能的な警戒である。
「『コヘレトの言葉』自体すらも虚しきものであり、信じるに値しない。この世の全てが虚しいものであるならば、救世主の、神の作りたもう世界は虚しいものと見なすこととなるから。それは、神を畏れるとは言えないから」
誰もが言葉を発することが出来なかった。威圧ではない、その身に襲いかかる何かに、身動きが取れなかった。
「矛盾を解き明かしましょう、アリウス。あなた方の信じた教えは、あなた方の上に立つものにとって都合のいい虚偽欺瞞。そしてあるいは、今と未来を諦めたあなた方にとっても都合のいい逃げ場……今、真の虚しきをもって偽りの虚しさも、偽ることの虚しさももはや拭われる」
次に放たれたその言葉と、四方から囲った黒い箱に齎された暗闇に、反射的に、後ろに立つソレに蹴りを入れ。
「ただ今はこう告げましょう。今まで生きて受けた、苦しさも、辛さも、虚しさも。真に最後まで虚しきものではなかったのだ、と。一生分の苦難を受けて……あなた方は、今この時より幸福を得るのだと。アリウス……あなたたちを見たその時から、ワタシは……シスターフッドは、トリニティは。罪の償いをする必要があると分かっていたんです」
「だから……なんだと……これは!?」
「だから、今は。おやすみなさい、虚しさに生きた者よ」
そっと、目を閉じた。それは未だ諦観、なれどいつかの未来。
アリウス生を追った先生が辿り着いたのは古聖堂であった。入口が崩れ落ちた古聖堂、スクワッドからの通信が途絶えたことに狼狽えるアリウス生の様子。古聖堂の中でなにかがあったことは確実だった。
「入口を発破するのは崩落の危険がある……回るぞ!」
「了解!」
アリウス生の背を追ってさらに走る。その体力が極限に限界まで近付いたタイミングで、先生はたまたまそれに気づいた。
「……これは?」
「あら、あらあらあら……これは……ココを、こうしてっと♡」
「ハナコ……?」
それを見たハナコが、言葉と裏腹な真剣な顔で、独り言を漏らしながら石煉瓦を押し込む。
「覚えていますよ、エル先輩……シスターフッドの『隠し仕掛け』は、その位置によって角度、向きが変わることはあれど……」
かちゃん、と。煉瓦がひとつこぼれ落ちる。そこにハナコは手を突き入れて、奥にあるノブを回した。
「すべて、同じ形になるように仕掛けられている……でしたね」
煉瓦の壁だと思われていたそれが、扉に変わる。開いた扉は、懺悔室の中に繋がっていた。懺悔室を飛び出し、メインの聖堂へ足を踏み込むと、静かな歌と壮大なオルガンの音が鳴り響いていた。
「これは……」
「っ……」
「この曲ってもしかして……?」
最後に中に踏み入ったミカが、一言答えを述べた。
「賛美歌……?」
果たしてそれは正解であって、鳴り響くオルガンの音は、主よ人の望みの喜びよ、とシスターが神に捧ぐため奏でる音であった。最後の1音まで、弾ききったそのシスターは、ゆらりと席を立つ。そうして、割れたステンドグラスの前に傅き祈る。
「喜びたまえ、憐れみたまえ、彼の者らを。悪しきに捧がれた不幸の生贄を。祈りましょう、これからの安穏を……」
「望箱、先輩……?」
ゆっくりと振り返るその視線がハナコの身体を貫く。
「えぇ、お久しぶりです。浦和ハナコさん」
「……いや、違いますね」
「おや」
ハナコはそっと彼女の頭上に目をやっていた。そこにあるべきはずのものが、ない。
望箱エルには、その頭上には、ヘイローがなかった。
「あなたは……何ですか?」
「手酷いですね……あなたに全てを託した、望箱エル。ワタシは確かに、その存在ですが?」
「違いますよね。ヘイローは現在のキヴォトスの研究では、『意識の消失時に消滅する』とされています。それを真とした場合……あなたが元来持ち得たはずの意識は今消失している」
望箱エルは、その顔に浮かべた貼り付けたような笑みを1層深めた。浦和ハナコは、僅かな1葉の情報から、千を知る才女である。故にこそ、仮説が立ち上がり、いくつもの仮説を比較して、真説に至る、その速度も利外のものであった。
「あなたは現在、その意識を何らかの要素で上書きして外部からコントロールしている『端末』に過ぎない……その身体も、あるいは人工的に作成したもの。違いますか?」
「お見事です。実に美しい推理推察、モノを託した甲斐があったというものでしょうか? えぇ、この身体は確かに今、指定された人格プログラムを元に作成したアーティフィシャル・インテリジェンスによって稼働しています」
なら、と先生は2人に割り込んだ。どうしても気になることがあったから。
「なら、本体、とでも呼ぶべきなのかな? 彼女はどこに……?」
それはルカの所在。問に対して放たれたエルの答えは極めて簡潔だった。
「この事件の首謀者の元に向かいました」
「……それは、何として?」
「キヴォトスの執行官、そのものとして」
その言葉を聞いて、先生は悟った。ルカは、己の目標の1/4か、あるいは1/7かは分からないにしろ。彼女の目的のひとつを果たすため、単身で超危険地帯に足を踏み入れたのだと。
「どこに」
「望むなら」
咄嗟にどこに行けばいい、と言おうとした先生の言葉を遮って、彼女は言う。
「今ここにいるメンバーだけで行く、というのなら間に合うはずです。道案内は未だ入口も分からずウロウロしているそこらのアリウスの生徒にでもさせれば良いでしょう。……ワタシはあまりこういった立ち位置は好きではないのですが」
「……なんのつもりですか? エルではないなにかさん?」
「『エルピス』とでも呼べばいいですよ。先生は二度目でしたっけ? この名前も。さてなんのつもり、という話ですが……実際のところ、彼女だけが我々『匣』の核。勿論彼女も『匣』ですが……しかし、相手が相手。保険をかけておくのも悪くは無いと思いまして」
「つまり、私たちを利用するつもり、と?」
エルピスは、静かにこちらを見すえる。
「別にいいではありませんか、利用されてください。あなた方にとっても悪い話ではありません……あなた方が行けば調印式の後顧の憂いが完全になくなる、と。それだけの話ですからね? あの子が向かった時点で9.9割は憂いがないですが……それでも0.1割は可能性がある。であるならば、潰しておきたいでは無いですか」
「……先生」
「行こう、みんな。ここからは私のわがままだ……ルカにだけ全部背負い込ませるのはきっと……大人としても『違う』から。それと……エルピスだっけ?ルカに伝えておいてほしい。……あとで、お話があるって」
「ふふ……確かに伝えておきます」
先生がそう言ってその白いスーツを翻すと同時、扉が開く音が聞こえた。
端から顔を出したのは……小柄な生徒。アリウスの制服を着込んでいた。
「あのぉ……先生、ですよね? 伝えなきゃいけないことがあるんです」
その生徒を見て、エルピスは軽く驚いたな、と言わんばかりの顔をした。アズサが驚きに声を上げる。
「ヒヨリ……!」
「あぁ、アズサちゃん……お久しぶりですねぇ、嬉しいですねぇ……人生も捨てたものじゃないってことですねぇ」
「どうして……いや、サオリたちはどこだ!?」
「それで、話があったんです……!」
ヒヨリ、とアズサが言及したその生徒は、おどおどした態度と、酷く消耗したような様子を合わせて、先生に語る。
「ルカさんって人に……アリウススクワッド……私たちは敗北しました……サオリ姉さんも、ミサキちゃんも、アツコちゃん……姫ちゃんも、まとめてルカさんに連れていかれてしまいました……でも、私は姉さんに蹴り飛ばされて……うわぁぁぁぁぁん! もう終わりです! 私の、私の大切な……! スクワッドが! このままじゃ……!」
「……ルカは、ここで君たちと交戦してそのまま黒幕のところに?」
ヒヨリは泣き崩れる。そのままその身体を丸めて……土下座のように、その身体をもってしてみせる。
「……き、きっとそうです……ぐすっ、お願いです先生……こんなことして、今更で、きっと許して貰えないし、何を馬鹿なことをって言われるのもわかってます……わかってますけど、それでも……きっと、ひぐっ、マダムは私も、スクワッドも失敗作として殺してしまいます……頼れるのはもう、先生だけなんです……!」
みんなの強く険しい瞳の中を、先生はヒヨリに向けて歩む。その距離を、ゼロにして。ヒヨリを起こして。
「……私は、先生だ。生徒に頼られた時、そこで頷けなきゃ、私は、私でいられないよ。ヒヨリ……任せて欲しい。けど、私は弱い……あるいは、無能だ。だから、アリウスの君の力も借りたいんだ。でも、まずは……よく、頼ってくれたね」
真の福音を齎すが如く、先生はヒヨリにそう告げながらその身を抱き留めた。
「補習授業部のみんな! 君たちは試験会場へ今から移動した方がいいだろう!」
「っ……ですが!」
「そうです! 先生だけ危険な目には……!」
「君たちが未来をここで失うわけにはいかない! 君たちに次は無いかもしれない……!」
「先生」
コハルが、静かに問う。
「それは、先生だって!」
「いいや、そういうわけにはいかないよコハル」
先生は否定した。
「責任は、子供に背負わせるものじゃあないんだから。こうなった責任はきっと、知らなかった私にもある。他の責任は、他の生徒たちが背負っているから……今から、その責任は君のじゃないって引き受けないと。私は、大人だからね」
コハルは泣きそうになりながら、それでも頷いた。
補習授業部が走り去っていくのを見てから、先生は朝焼けに告げる。
「さあ、行こうか? 共に来てくれるのは、誰かな」
「シスターフッド、同道致します」
「ありがとう、サクラコ」
シスターフッドの生徒たちが武器を整える、雑然とした音が聞こえる中で、場に残った最後の一人……ミカに、先生の視線が向く。
「……私は……」
「ミカ。君は?」
「……どうしたいって?」
先生はミカと視線を合わせて、そうして言う。
「きっと君は今、失意と後悔の中にいる。きっと君はまだ、セイアが死んだって情報で戻れなくなっただけの……私の生徒だ」
「……だから?」
「私とついてきてほしいんだ……君も、私と共にいて欲しい」
「……あはは☆先生は信じちゃうんだ? トリニティの裏切り者の……」
「関係ないよ」
ミカに先生は告げる。
「何回だって言う。裏切り者になったって、誰に見放されたって……ミカは私の、大切な生徒だよ。私は君のことを、最後まで信じ続ける」
「……っ」
「行こう、ミカ」
「そこまで言われたら、行かない方が悪者じゃんね……」
ミカもまた、銃を握り締め直す。戦闘はしていないから、大丈夫。いつでも、撃てる。
「さあ、行こうか。全員を救いに……悪意を滅ぼしに」
「そうですね。行きましょう、先生」
「……いいの、かな?」
「いいのです。大いなる者は必ずやお許しくださいます」
「……教え?そんなものにすがるなんて、ね」
「それもまた、人生の妙、というものですよミカさん」
「……ふふ、そうかもね☆行こっか!」
軽やかに、全隊は前に踏み出した。ヒヨリの示したロケート……カタコンベの入口に向かって。
その時。バシリカには、当然彼女と、彼女がいた。
『なぜここにいるのです! スクワッドになにをしたのですか! 白崎ルカ……!』
「決まっているでしょう、『マダム』ベアトリーチェ。貴女をここで討ち果たすためです。ここは非正規の自治区ですから貴女が訴え出る法はありません。……罪人に情け、容赦はもうしない」
『くっ……残存勢力、アリウスは出払った……っ!! こんな所で、しかし終わる訳には……!』
「いいえ、ここで終わりです。覚悟して待ちなさい。ベアトリーチェ」
『ならば!!』
翼を広げて最後の広間に足を踏み入れんとする執行官。その上……遙か彼方から、2発の殺意が飛来して。
轟音と爆発に、白崎ルカは呑み込まれた。
『……こんなところで使う訳には行かなかったのですが……私の死こそがなによりも恐るべきモノ。テクストの改変による致命打撃……ゲマトリアの共同作品たる巡航ミサイル。使わざるを得ませんでしたか……しかし、白崎ルカは始末した。これで……!』
ベアトリーチェは笑う、嗤う。自らの死を、恐るべき運命を回避した喜びに。それを嘲笑うのがその女とも知らずに。
煙が晴れる。
そこに、巨大な黒い匣。
本懐を果たすべく、彼女は匣へと回帰する。
『な、ぁ……?』
「………………」
『なん、ですか、それは……!?』
その身に纏うはスーツにあらず、その背に天の翼なく、その手に剣も銃もなく。それは闇を纏い、それは獄の翼をはためかせ、それはその手に本を握り締める。
「遍く罪に照らして死のみをその罰として認められたものよ……今ここに、刑を執行する。首を我が前に捧ぐか、あくまでも抗うか。死後にもその行い、天が照覧すると思うが良い」
その姿、人が見るに。
『死神……!?』
翼は黒く、しかし眼が開いている。翼のみならず、全身に開いた眼は、ベアトリーチェのソレに近く、なれどそれとは全く異なる神秘性を宿す。
「我が眼開いて、罪を見る。我が眼閉じて、罰を知る。遍く罪人の末路を見届ける……さあ、ベアトリーチェ。足掻きは終わりましたか?」
彼女は悠然とそこに佇む。眼という眼から光を放ち、空中に巨大な『眼』を作り出す。狙い定めるは、まだ見ぬマダム。
「神に祈ろうが、悪魔に縋ろうが!
解き放つ光線が、バシリカを貫いた。
正味、矯正局長(鴇巣ミル)本編に出て欲しい?
-
出て欲しい!!
-
出て欲しくない!!
-
世界観を壊さない範囲で出てきてくれんか?