キヴォトスの執行官   作:ふぃーあ

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『Execution Case1:【Gematria's Madam】』

 伸ばす腕枝、散る花が赫く光を放ち、その花弁の先端を切り裂く刃と成して執行官へ。

 

 対するソレは、迫り来る花弁の配置を目視して、すり抜けるように身体を捻り、回し、ひとつだけ側面を裏拳で殴ることでその花弁の弾幕を避けてみせる。

 

 返礼だ、と。無言ながらも雄弁に、彼女が左手の本を開いた。

 

 瞬間、空中に舞う幾百もの頁。それらの中から、1枚の紙を掴み取ると、本を閉じ……

 

「神秘の神秘たるは、万象の歪曲……奇跡にこそあります。己を象る神秘を以て、有り得ざる奇跡を起こすことこそが、神秘を宿し神を秘める私たちの特権」

『奇跡、とよく私の前でほざきますね……!』

「さあ、刑を待つものは我が眼前にある……果てまで往かん! 『奇跡発現:第1』……『武装顕現』!」

 

 ページが蒼い炎に包まれ消える。黒い割れ目に彼女は手を突き入れ、取り出したるは黒の拳銃が、2丁。

 

「実は今までは……まぁ」

 

 彼女はその銃を両手に握り、本を腰に吊り下げた。

 

「なんと言いますか……本気出せてなくてですね?」

 

 その両手の銃を慣れ親しんだ動きで突き付ける。

 

「私は、執行官ですから。罪人を敵に回した時が、本気の全霊を出し切れる時。そして貴女は、条件を満たしている……連邦法に照らし、死罪となる者。あるいは、キヴォトスの存続に関連しうる、重大な犯罪行為を行った者」

『だから?』

「紹介しますよ、ベアトリーチェ。誇るべき愛銃にして、テクストによって強化された最初の武器。それ故に使い勝手が悪すぎて封印されざるを得ない、私の相棒……」

 

 くるくるくる、と彼女はガンスピンをして。

 

「『Dominions'Execution』……さあさあさあさあさあこれを抜いたんです! 手加減はできません! 元からする気もなかったんですけど……『全身全霊』行きますよ!」

『……先程までの言葉遣いはどこへ……!?』

「肥溜めにでも捨てておくんですねあんな形式上の物! 私は私だ、誰が神秘なんぞに体を委ねるものですか! 私の神秘は私が従える、私だけが従える! 自分のモノは自分のモノです、乗っ取られかけてもいましたがどうにかしました、なりました! さぁ、始めましょうか!」

 

 彼女は、挨拶と言わんばかりにその銃を解き放ち……

 

『ぐっがぁっあっ!!!?』

「あっはっはっはっ!! やっぱり効果抜群ですね!!」

 

 高らかに笑う。そして、大樹に躊躇いなくその弾丸を撃ち込み続ける。

 

 無論、ただ撃たれるだけではベアトリーチェも終われない。その身を守り、時に光線、時に花弁、時に光弾、時に根そのものも用いて彼女を攻撃せんとするが。

 

「甘いんですよ、無駄なことをしないでもらえます!?」

『バカな……! いったい、なにが起こって……!?』

 

 彼女の銃は、すでに見た目上入る弾の限界を超えている量の弾を吐き出している。なれども、未だ弾切れの気配はない。

 

 そのベアトリーチェの迂遠にも、彼女は笑った。

 

「私は『執行官』のテキストを持つが故に、『生徒』や『先生』は『罪人』より優先されるテキストであるという前提によって、力が減衰しています。相対的に、全力でも違いが出てしまいます……ですが、今は100パーセントの全身全霊ですので。『白崎ルカ』としての全身全霊、とくとご覧あれ、というわけですね」

『……しかし、弾切れまで……そこを転機にすれば……? ぐっ……!』

「この子……『Dominions'Execution』は神秘の弾丸、悪意を撃ち抜く奇跡、与えたテキストは『断罪者』。罪を持たざる者にはなんの痛痒も与えることの出来ない豆鉄砲、なれど罪を持つ者と戦闘している際には全てを貫く絶死の神罰」

 

 そこまで言ってから、ルカは楽しそうに。

 

「事前に作った弾丸、という限りはありますが……奇跡は未だ展開中です。作っておいた弾を、マガジンに顕現させているだけですよ」

 

 ベアトリーチェが咄嗟に目を向けた先。腰に吊るされていたはずの本は、空に浮かび上がり独りでに開き、ページを次から次へ燃やしていた。

 

 それを目視したルカは。

 

「戦闘中に人の銃口から目背けるとか甘えもいいとこなんですよねぇ!?」

 

 躊躇いなく、頭上のヘイローを輝かせた。大きく広がり、円弧を描く翼が2枚。翼の根元より煌めく剣を真っ直ぐに伸ばした、『円盤』と言うにもいささか不可思議なルカのヘイローが、唸り光り剣が輝く。

 

「悪徳、罪業……まずひとつ、終止符をここで打ちます!!」

『くっ……! ですが、負ける訳にはいかないのですよ……!!』

 

 包囲的殲滅……ベアトリーチェがその身の末端、根枝を以てして繰り出した必殺の仕込み。根が足を封じ、執行官たるものの身に枝が突き刺さり、何重にも突き刺して空中にぶら下げる。

 

『やはりまだまだ子供ですか。秘密をひけらかしたい癖は直すべきで……』

 

 

 

 次の瞬間。

 

 ベアトリーチェの『背後』から銃弾が放たれて。

 

 その背に、頭に。2発。吸い込まれた。

 

 

 

『がっ……あ?』

 

 

 

 崩れ落ちる巨体。

 

 ぬるり、と。影より立ち上がるその姿。正しく、それは『もうひとりの白崎ルカ(………………)』で。

 

白崎ルカ(わたし)の全身全霊の全力』。それは、真正面から立ち向かうことにあらず。

 

「言ったではないですか。私は執行官だ、と」

『バカ……な……なぜ、生きて……!?』

「如何なる手を使ったとしても。例え私が私で無くなったとしても……私は私だから。このキヴォトスのために、あの子の夢のために……私は、執行官であり続ける。『執行』とは、『戦闘』ではありえないのですから……私の全身全霊とは、全力とは!」

 

 私は、高らかに。自分の全てはそのために、と宣言して高笑する。

 

「一方的な戦闘、すなわち執行。そのひとつなのですから!」

 

 そう言って。ベアトリーチェの前に高らかに笑う。そうして、倒れ伏したベアトリーチェが、人の姿に戻り行く、その瞬間。

 

「この私……白崎ルカが、確かに今ここに、執行する……罪人に、贈る罰を……!」

 

 その頭部に、銃弾を放った。

 

 痙攣する肉体。何度も見てきたその流れを、躊躇いなくこなす。そのまま、胸に2発。

 

 その身体を、転がして音を聴く。心音なし。

 

「目はどれでしょうね……」

 

 瞳孔チェックはなし。ベアトリーチェの目がどこにあるか、あるいはどれが本物の目なのか、あまり分からなかったから。だが、全部の目が虚ろではあった。

 

 とにかく、これで。

 

「あはっ……あははっ! ふ……ふふふふふっ……あーはっはっはっはっはっ!!」

 

 目的のひとつを、私は果たしたのだった。

 

 

 

 バシリカに至る道。犇めく樹木の怪物に足止めを食らっていた先生たちは、鴇巣ミルの合流によってその進軍ペースを極めて早いものとしていた。

 

「あなたがたは踊ることのひとつもできないようですね……ならば仕方ありません。花は後で手向けましょう、今はただここを切り抜けます」

 

 そう言って、ミルは炎と爆炎の2種に世界を彩っていく。

 

 ランチャーの爆炎が突入口を開き、放射器の炎が踊ることの出来ない愚物を焼く。対人という点においても酸素を奪うために極めて有効な炎だが、今回は樹木の怪物という絶好の的が相手だ。

 

 故に、滑るように先へ進むミルが焼き焦がす世界に、怪物の取りこぼしはひとつもない。ただ作り出された焦土を行く先生たちの前に、ミルが滑るように戻ってきて。

 

「どうやら、私の友人は成し遂げたようでしたよ? そこが目的地のようですが、私共にとって望ましい結果のようです。先生にとってはどうでしょうか?」

 

 その言葉に不安を覚えながら、先生はバシリカに入り……

 

「ははっふふふふふっ……くひぃっ……ひひひぁっははははっ!」

 

 笑いに笑う……あるいは、嗤う白崎ルカを視認した。

 

「……正気じゃ、ない?」

「強ち間違ってもいないかもしれません、先生。アレは夢をひとつ叶えたのですから」

 

 後ろから追いついてきた生徒が口々に夢という言葉に首を傾げていると、ミルは彼女たちの前で指を1本立てて見せた。

 

「困難だと思われていた目標の四分の一まで彼女は辿り着いたのです。今暫く、ご静観を……ご友人は人生の価値の、4つの絶頂のひとつに辿り着いたのですからね」

 

 そうして、嗤い続ける彼女に初めて声をかけたのは、ミルでも先生でも、もちろんその場の生徒でもなかった。

 

 整列したシスターフッドの奥から声が響く。

 

「驚きました」

 

 カツカツ、と革靴の音が響き渡る。ひぃっ、とシスターフッドの面々が後退った。それは、異形の姿。首なき紳士が、その手に絵画を抱え真っ直ぐに、シスターフッドが割れたことで生まれた道を悠然と歩いてくる。

 

「まさかこんなにもあっさりとマダムが倒れるとは。我々はつくづく貴女に驚嘆の思いを隠せません」

「……3人目……ですね?」

 

 ルカの手に握り締められた2丁拳銃が躊躇いなく男に向けられていた。

 

「えぇ。執行官殿……申し遅れました。私はゲマトリアの1人、ゴルコンダ。故あってこのような形のご挨拶となりました……後ろを向いたままで申し訳ありませんが、しかしこうするしかないのでお許し願いたい。マダムが秘薬を使った、という事実を観測したので確認に来たのですが……残念です。その様子では手遅れのようですね」

「……厄介な。あなた、あなたの後ろの大男が本体のタイプですよね? しかも……恐らく死なないのでは? 対不死となると恐ろしく面倒なのですが」

「まあそういうこった!」

「あ、普通に喋るんですか……」

 

 ルカはその手の殺意をそのままに、ゲマトリアだと語る異形の手に持つ絵画……ゴルコンダと語らう。

 

「貴女の戦術は極めて文学的だ……見せてもらっていましたが、私と同じ視野から世界を解析し、それなりには『テキスト』の概念について理解が出来ている。……極めて望ましい。私は予言という言葉は好みではありませんが……しかし、予言しましょう。貴女は何れ、『崇高』への道を開く」

「『崇高』ね……私がそんなもんに興味あると思います?」

「興味の有無に関わらず、至る。それが『崇高』であると思わなくもないのです」

 

 ルカははっ、と笑ってから、その銃を下ろした。

 

「今ここで殺しきるには準備が足りませんから、今日は見逃します。次は殺しますから、早く立ち去るといいですよ」

「ありがたいことです。しかしまだご挨拶しなくてはならない方がそちらに居られる」

 

 紳士は先生に一礼した。

 

「先生。あなたが介入することで物語は書き換わる……なれど先生。ご注意ください。彼女もまた、異なる視座から物語を書き換える力を持っている。本来の結末、切り替わったあとの結末。そのいずれとも違う、イレギュラーな世界。それがこの世界なのですから」

「……何が言いたい?」

 

 先生はその言葉に続きを求めた。

 

「言語化が難しい……分かっていて駄作を書き上げる気分です。まず、マダムは舞台装置になることはなかった。彼女は彼女の物語の主役であって、敵対者になることはなかったはずです。そこを貴方は捻じ曲げることができるはずだった……しかし、それ以前に話は捻じ曲がった。あなたが生み出す平和と安穏、理不尽に抗う物語はそれが始まる前に終わってしまった……むぅ」

 

 ゴルコンダはどうにか言葉を生み出そうとして、詰まり。

 

「要するに、私は先生と同じく、物事に介入することで物事の本来あった決着を変えてしまうのですね? それも、先生のそれよりは陰惨な形に?」

 

 ルカはそこでようやく、言葉を咀嚼して吐き出したがゴルコンダはそれを否定した。

 

「それは違います執行官。あなたが介入したことで、原義の物語より、あるいは私の観測した物語より優れた結果に終わった例もある。先生よりも不思議な、有り得てはならない可能性に他ならない……そうか、それか」

 

 ゴルコンダは頷いて、こう先生に告げたのであった。

 

「白崎ルカとは、すなわち、『物語を破壊する者』です。神秘が劇の幕を上げる時、あなたはその劇に途中から割って入ることの出来る機械仕掛けの神の似姿だ。では、彼女とはなんでしょうか?」

「……同じ、役者では無いのか?」

「違います。彼女は強いて言うなら緞帳なのです」

 

 誰もがそれに首を傾げた。緞帳、降りてくる幕のことである。なぜそれがここで、と。

 

「彼女がやっていることは、物語のクライマックスの前に幕を下ろすこと。起承転結、その転の前に物語を終わらせること。……解決はしないのです。なにも。あぁ、これが違和感の正体でしたか……」

「……何が言いたいのかは、分かった。私は生徒に寄り添う者だ……解決しない問題があったとして。それに寄り添うのが私だから。あなたの言う『転』……問題の発生なんて、必要ない。みんなが学生時代を無事に過ごして欲しいからさ」

「……そうですか。この世界は既に、基底の路線を外れています。空の彼方はこちらを視認するロケートを失った……偽りと恐怖はこちらを睥睨することももはや出来ない。完全に捻じ曲がりきったこの世界に寄り添う、と。失礼、長くなりましたね。ひとまずは今日の挨拶はここまでとさせていただきます」

 

 先生がそれを止めようとして、後ろの大男がその手に爆弾らしきものを取り出した。

 

「……それは?」

「止めない方が良いでしょう。これは『ヘイローを破壊する爆弾』……作り出したのは私です。無秩序に投げ込むだけでもこの状態では多くの死者を産む。それは貴方の望むところでは無いはずです」

「……そうだね」

「それでは失礼します。また会える時を楽しみにしていますよ、先生、それに執行官」

 

 立ち去ったそれらの独特な恐怖を覚える感覚を生徒たちが共有する中で、ルカと先生はいつものように相対する。

 

「来ましたね、先生。お疲れ様です」

「ルカ……」

 

 彼女は分かっている、と言ったように頷いた。

 

「アリウススクワッドでしょう? まあ、まだ目立ったことはなにもしてないですし。とりあえず先生の元で保護観察ってことにしましょう。ミルもそれでいいですね?」

「……ご友人。それでいいのですか?」

「もちろん、とは言い難いのですが。正直限界でして……今から先生下の生徒と渡り合うのはこの身体では無理です」

「そうですか……では、こういうのはお好きでしょうか、ご友人」

 

 とっ、と。ミルが傍に立つ。ミルは怪訝そうに見上げるルカの腹にガチャっと『ソレ』を押し当てて。

 

「ひとまず、ご友人。お疲れ様でした」

 

 乾いた銃声が響いた。

 

 

 

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