本作品は本話から新章となりますので、よろしくお願いいたします。
私たちの覚悟
少女が二人、ビルの上から夜の街を並んで見下ろしていた。一人は、黒いスーツの裾をバタバタとはためかせ、一人はきっちりと留めた白い制服の裾を軽く手で抑え。
「いつか、私の言ったことを覚えていますか?」
「……いつ、言ったこと? それさえ分かれば覚えてるよ」
「ちょうど、もう2年も前ですかね」
黒いスーツの少女は頷いて、白い制服の少女に笑いかける。
「『私の頭脳とあなたの力、合わせればこのキヴォトスの生徒の千や二千、容易く飛び越えて法を敷けます』だったっけ? カッコイイこと言うよねぇ……」
「あなたがトリニティに通う、と聞いた時は驚きましたが、しかし納得でしたね。今となれば」
「あそこのおかげで今の『私』に権謀術数を多少は理解する頭がついたようなものだからね……」
さて、と白い制服の少女……不知火カヤは切り出した。
「ルカ。私は、そろそろやってみる時だと思っています」
「『D.U.シラトリ区の武装禁止特区指定』……ね。私たちの、夢……その、一歩」
「何れは、キヴォトス全土に広まれば良いと思いますが……まずは、ここから」
そして、そのために邪魔な存在が一人だけいるのだ、とカヤは言う。
「どうしても、こうなると邪魔な存在がいます……いえ、邪魔、と言うか立場的にどうしようもない、というか。私としても友達ですので穏便になんとかしたいですし、なんなら向こうもやりたいけど立場的に反対しないといけない、みたいな状態のはずなのですが」
「あぁ……リン行政官、ね?」
「そうです……いずれ密会でもしてみましょうか?」
「えぇっと、一時的にリン行政官を椅子から離せばいいんでしょう? ……私、一つ案があるよ」
黒いスーツの少女……執行官白崎ルカは、そう言ってカヤに微笑んだ。
「と、そういうわけなんですよ。ご理解いただけるでしょうか、リン行政官」
料亭の一室。シラトリ区の中にある、ルカの大変気に入っている和風料亭に招かれたリンは、今までの語りに色々と言いたそうな顔をしていた。
「……まず、試験的な運用としてシラトリ区を武装禁止特区に指定したい、という部分は分かるんです。そのために、どうしても派閥的に対立をしなければならない私が邪魔だというのも、分かります。ですが……それを言いに来ることはないでしょう!?」
シンプルなツッコミに、ごもっともだなぁ、と頷いたルカはそれはそれとして、とばかりに続ける。
「いやぁ、リン行政官……どうでしょう? あなたの復帰に誰も文句を言わせない状態で、あなたに一瞬だけどいてもらう、っていうのは」
「どいてもらう、それに私の復帰って……なにをするつもり?」
ルカは口角をこれでもかというくらいに上げて、悪魔のような笑みを浮かべた。
「んー、まあ……病欠、ということにでもした方が本来は安穏なんですけど、病弱な代理とか要らない、って言われちゃそこまでですし」
「ルカ執行官、あなたは何を考えて……」
「そうですねぇ。あ、そうだ」
何かを思いついたように手を打ったルカを、リンはじっと見つめて。
「温泉旅行、行っときます?」
「は?」
あまりにもあんまりな言葉に、呆れた言葉を返したのだった。
「はぁー……」
不知火カヤは、自室で呆れ返った声を出して、くつろぎきった自身の最愛の人へ声を投げた。手にはテレビのリモコン。
「で、コレですか?」
「カタつけるのも難しかったんですよ?」
『リン行政官……連邦生徒会長代理はどちらにいらっしゃるのですか!?』
『繰り返しますが、七神行政官は現在、視察先のレッドウィンターで起きた事故で行方が分からなくなっています。直前の連絡で、扇喜財務室長が代役として指名されています』
テレビでは連邦生徒会の広報官が、リンの行方不明を告げていた。ルカの回した手によって、自身の派閥の関係でカヤの武装禁止特区について賛成寄りの本心と反対しなければならない状態に板挟みされていたリンは、レッドウィンターの奥地、雪山の連なる地帯で大規模な雪崩に巻き込まれた、ということになっている。
一応、雪崩は事実として起こったものだ。リンを現地に送った後、ヘルメスで空をカッ飛んでいった目の前の力技を得意とする愛しき執行官が計算づくで発破し、ただひとつの小さな爆弾で『起こした』ものではあるが。
「で、私はこれからどう動けばいいんですか……?」
「決まってるでしょ、カヤちゃん。待てばいいんだよ……アオイさんからの電話」
「えっ」
「いや、グルではないんだけど。たぶん、今アオイさんのこと考えると……」
「……電話、ですね」
電話が鳴る。カヤの携帯だ。それも私用なもの。
「はい、不知火です」
『あぁ、繋がった……良かった。扇喜よ。テレビは見ている?』
「えぇ、もちろん! 大変なことになりましたね……」
『そのことなのだけれど……私にはハッキリ言って荷が重すぎるの。財務の仕事もある私が全体の管理をするのは組織としても腐敗を招く可能性が高いという指摘も当然あるだろうし……七神行政官からの委託を貴女に回せないか、と思って』
カヤの呼吸が、ルカの予言通りになった驚きに瞬間的に止まった。しかし、残した酸素が脳をまわし、この機を逃さんと口が動き出す。
「……しかし、私がその大役を仰せつかっても良いのですか?」
『えぇ、あなたにしか頼めないの。他の子達は他の子達で仕事に奔走してる、貴方は防衛室直下に優秀な部下を持ってるようだし、ある程度手が回ると思っているけれど、違うかしら?』
「ふふ、しかし彼女らには無理をさせることになってしまいますね。……分かりました。会見は一緒に出て、説明をしっかりしましょう。きっと、ご理解いただけるはずです」
『えぇ。……ごめんなさい。急にこんな……』
「そも、リン行政官がこのようなことになると想定はできないものですから……お気になさらずに。では、詳細は明日」
『ありがとう。それじゃあ、明日朝から』
電話を切ると、カヤはジト目でルカを射抜く。ルカは無言で笑っていた。そうなると分かっていた、とばかりの顔をしていたのだ。
「上手く行ったようですね。アオイさんがとんでもない事務処理能力のバケモンじゃなきゃ上手くいく作戦だと思ってたんですけど、ここばっかりは半ばパチ打つようなものでしたから。さて、これで就任処理を抜いて、ひと月かふた月くらいはカヤちゃんがトップで物事を御せる状態です。最後の壁にならざるを得なかった悲しきリン行政官はもう居ません。……阻むものは、なにもない。やりましょうか、カヤちゃん?」
「えぇ。私たちに後ろめたいところは依然なく、私たちに大義あり……やりましょう、シラトリ区の特区化から始まる、私たちのキヴォトスに対する挑戦を!」
叩きつけ、まとめられた計画の数々。そして、その詳細をまとめたいくつかのプランニングファイルの中に、ひとつだけ異彩を放つ、黒いテープが貼られたファイル。
青は、優先的でないが行いたい事項のファイルに。
赤は、優先的に行いたい事項のファイルに。
黄色は、行いたくないが、行う必要性は認められる事項のファイルに。
黒は……最優先で行うべき、最悪武力を使ってでも解決すべき事項のファイルに。
ファイルの背に、取り出しやすいようにルカがラベリングを施してあった。
そのラベリングは、こう記されている……。
『
「リン行政官が戻ってくるまでの間に、もう私が食いこんで離れられないような基盤を作ります。いえ、正確に言えば、私がリン行政官と共同で派閥になるような動きを作ります」
「そうするしかないですよね。これは平和的に、秘密裏に行われたクーデターですし。最も、リン行政官自体はこれをやっても別にいい、と思ってそうではありますが、シャーレ解体まではプランの外でしょうから、足止めはキッチリする。それでいい? カヤちゃん」
頷くカヤに何となく敬礼で返して、カヤの続く言葉を聞く。
「そこら辺は任せます。お願いしますね……あと、シラトリ区の武装禁止の取り締まりは看取り手と、あの……」
「元アリウススクワッド……現部隊名『祈り手』。彼女たちにも出動はかけようかな、と思ってるよ」
「それでいいです。では、3日後を目安にまとめます。1週間後には配備できるように行動を開始してください……私たちの、夢のために」
「任せて……いや、お任せ下さい。全ては、幼き我らの夢のために」
ルカは胸に手を当てて、深々と一礼し、準備のために家を出た。
そして、カヤと住むタワーマンションのエレベーターに乗る前に、ふと声を漏らす。
「これで、最後です……私たちの、一世一代の大勝負。どう出てくるんでしょうね、先生は」