キヴォトスの執行官   作:ふぃーあ

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To you

『世界は少しずつ、彼女の想定した形に収束し始め、また安定し始めている』
『自己を私が確立し始めていること、それがその証拠』
『それは、あなた方の成果にほかならない』
『神秘たち……すなわち、私たちの未来のために』
『基底世界から外れたところで、構いはしない』
『基底から外れて、安定すれば……ここは、新たなひとつの基底となり、新たな、平和な青春が刻まれる』
『次も、正しい選択を期待します』

For PANDORA BOX


高らかに、喰らい破る

「ふふ……」

 

 尾刃カンナは、実は逡巡していた。それを見抜かれたのも、今が初めてではあったのだが。目の前に立つ女……すなわち、鴇巣ミルこそが、己の逡巡を見抜いた女傑であった。

 

「迷っているのですね。可哀想だ……」

「私が迷っている? まさか。私は……」

「いいえ、迷っていますとも。あなたは今、狂犬に戻ることができないことを悔やんでいる」

 

 思わずカンナは絶句した。今までの戦いでカンナは部下を指揮し、己自身も前線に出て部下のカバーを行いながら制圧戦をしてきている。その様を以て、『公安局の狂犬』と呼ばれていたあのころの武勇を思い出されるのはまあ分かろうというものだが、戻れていないとまで言われるとは。

 

「暴れたいのですよね、局長殿」

「暴れるなどとは、とても。鎮圧すべきではありますが」

「しかし、秩序の敵に躊躇は要りません。鉄槌を下す時は来ているのですよ? いよいよ原点に戻るべきです。我々は初志を取り戻し、この武勇で以て全てを解決する。それだけでいい……後詰めはすべてご友人のやることです」

 

 カンナはその物言いに呆然とした。考えなくていい、だと? ナメるなと言いそうになってから、ふと不甲斐ない己の影があることに気がついた。

 

 なんのために、己はヴァルキューレに入ったのだったか。最初は確か、街のお巡りさんになりたかったんだったか。顔が怖いとか、成績が優良だとか。そんなこんなで、公安局に回されて。そこでもめきめきと伸びて、前局長の不正を知って、自分もそれに加担して、腕っ節だけでは何も言えなくなって……

 

「あぁもう、悔しいですがおっしゃる通りかもしれません」

「はは、我々は良くも悪くも叩き上げ。……腕で、語る他無いでしょうに!」

 

 二人はそうして、高らかに笑った。

 

「そうでした。あぁそうでした……相手は既に腕っ節でものを言わせに来てるんでしたね。やって、やろうじゃないですか。行けますか、矯正局局長殿」

「勿論です、公安局局長殿……ふふ、カンナさん。終わったらいい感じの屋台にでも行きましょう」

「えぇ……是非」

 

『狂犬』は、まずもって炎で照らされた、己を縛る鎖を、ついてまわる過去という影を。

 

 一息に、噛み砕いた。口角が、吊り上がり……カンナは、その身を最新鋭の戦闘武装に包んでいく。

 

 ミルはそれを嬉しそうに見ていた。それがかつて、己たちが不良だったころ一度対峙した、高らかに吼える狂犬の不敵な笑みよりもなお、恐ろしく見えたから。

 

 

 

 尾刃カンナは、その身を重装甲に包み、戦場を駆ける。

 

「なっ」「速っ」

「反応が遅いッ!!」

 

 時に手にした盾を振るい、時に相棒の拳銃を放ち、時には蹴りだって叩き込み。

 

 被弾は、している。しかし、倒れない、斃れない。

 

「泥臭く、堅実に、力強く、慎重に」

「カンナ! 殲滅行くぞォ!!」

「このまま行く! 勝手にやれ!!」

「はは! 面白い!! ならやらせてもらうぞ!!」

 

 ミルの解き放つ炎が戦場を赤に染め上げ、炎の直撃ラインを回避しつつカンナは相手をさらに攻め立ててミルの殲滅を確実なものへ。

 

 ミルが特有の挙動で滑り込みながらショットガンを連射し、一射ごとに敵を転がす。カンナはその後詰めとして、撃ち漏らしを撃破していった。

 

「派手なのはお前に任せる! 私はどうも地味な性分でな!」

「よく言うぜ、お前の方がよっぽど『狂乱(イカ)』れてるよ、最高だ! アタシにここまでついてこれるとはな!」

「それはどうも。しかし、まだまだだ……次が来る! 行くぞ!!」

 

 飛び出すカンナ、その後ろを蛇行しながら滑るミルは、その手にリロードをした火炎放射をトリガーさせ……

 

「撃てミル!!」

「あぁもう、最っ高だ!! たまんねェ……!」

 

 瞬間、何を感じ取ったのかカンナは傍にある車のボンネットに飛び乗り、ビルの壁面へ飛び、武装の一部からワイヤーを発射して配管に括り付けさらに飛び……

 

 そのまま地上をまたも焔が焼き尽くす。そして灼けた世界に残る、クルセイダーと呼ばれる型の戦車の無限軌道を、ミルはショットガンで破壊した。

 

「援護感謝する……!!」

 

 そのままカンナが、飛びと落下の勢いのままに、戦車の上に着地すると同時、脱出しようとした敵と目が合い……

 

「あっ……!」

「ナメるな!!」

 

 咄嗟に身を投げ出そうとした彼女の動きに先制して、カンナは盾を手放し踏み込んで空いた手で彼女の胸倉を掴みあげ……

 

「ぉぉおおおおおッッッ!!!!」

 

 ずどんっ、と言わんばかりのスピードでもって、頭突き。そのまま持ち上げて、落とした。もちろん、戦車の内部に落ちてくるわけだから……

 

「うひいっ!?」

「え、嘘これ……上に人がいるってこと……!?」

「公安局、尾刃カンナだ。無条件での降伏を推奨する……そうでなければ、罪が増えるだけだがな」

 

 戦車の人員は気絶した彼女を除き、降伏した。

 

 これが後、表向きには公安局と矯正局の共同で行われた防衛とされるも、公安局、矯正局の両人員から「私たちは戦闘をしていない」「全部あのふたりでいい」「正直ちょっと今でもカンナさんの笑い顔が思い出されて怖い」「ミルさんあんなんでした?」などと言われることになる、『D.U.区画A防衛戦』の詳細であった。

 

 そうして、ある程度を掃討したタイミングで、カンナの端末にある報が入る。発信者は、事前にカヤから連絡のあったルカの同僚らしい、カノハという人物から。今作戦のオペレーターらしいカノハからの一報を、カンナは最大限理解して、己のやるべきことを決定した。

 

「ミル! ……私は、ここで外れる!」

「……いいぞ、後は任せろ。どこへ向かうつもりだ!?」

「先生の元に向かう! 先生の近くにいるFOX小隊が戦闘に入った。……これは陽動だ!!」

「なんだと……! 悪ぃが、屋内は不向きだ! 任せる!!」

 

 ミルがまた、高らかに笑いながら炎をバラ撒くのを後目に、カンナはフルスピードで走り出した。

 

 

 

 ミルが更に2部隊を殲滅せしめ、温泉開発部の下倉メグと熱い炎のぶつけ合いをしているような時刻。シャーレビル……から少し離れた、小規模ビルの中では密やかな激戦の幕開けがあった。

 

「SRT特殊学園、七度ユキノだ。今このタイミングでここにわざわざ仕掛けに来るということは、知っているということだな。降伏しろ、今なら間に合うぞ?」

「はっ……誰が誰に降伏しろっつってんだよ。テメェが、アタシにだろうが」

 

 スカジャンを翻し、ミレニアム最強……美甘ネルが砲声すると、瞬間狙いすました一撃がネルを狙い……即座に構えていたカリンが発砲し、空中で弾と弾とがぶつかり合って相殺される。

 

 返礼とばかり、カリンはそのまま敵スナイパーの位置を割り出し狙撃するも、これまた空中での相殺。同時に、カリンとオトギは自身の位置にスモークを炊き……見えないままに、同時に引き金を引いて。

 

「はっ……お互いに腕のいいこった」

「全くだ……ここまで練度が高いのをよこしてくるとはな。C&C……事情は後で聞かせてもらおうか。制圧を開始する」

「行くぞテメェら、アイツらを凹ます!」

 

 最後に空中に、相殺の火花を散らした。それを合図に、2部隊は交戦を開始した。

 

 そして、屋上でも。

 

 屋上には、高空から高高度降下を敢行し、成功させたトキの姿があった。完全なる不意打ちからの不意打ち、本命の奇襲にさらに本命を仕込む技。

 

「……さて。ここから侵入を……」

 

 しかし、それは彼女の前には無意味に終わる。

 

『……トキ、注意して! 反応があるわ! この反応は……壁を、登ってる?』

 

 リオの戸惑う声をトキが聞き返そうとした、その瞬間。

 

 ビルの屋上に、何者かの手がかかった。咄嗟に打とうとして、しかし目の前についでとばかりに投げ込まれたそれは閃光手榴弾。

 

「っ!!?」

 

 咄嗟に閃光手榴弾への対処行動を取り……そして、その間にその何者かは身をビルの屋上へ躍らせていた。

 

「どうやら本命の奇襲にも陽動と本命を用意する周到っぷりのようだが、どうも『狂犬』の鼻は誤魔化せないらしい」

「『公安局の狂犬』……尾刃、カンナ!?」

 

 そこに居たのは、無論、カンナ。わずかな時間で普段巡回するが故に完全に把握している街並みを駆け抜け、屋上を警戒すべきだという『直感』に従って、無駄足でも構うまいとカンナは壁を途中までさらに小さな隣のビルからジャンプすることでスキップ、そこからはよじ登る……そんな超人的な絶技でもって、屋上に到達していた。

 

『壁を登ってきた、というの? ……いったい……ありえない、非科学的な……! そのビルに、ワイヤーが取り付けられるような配管や、窓などはほぼないのよ!? というかなんで中を通らないのよ防衛側が!!?』

 

 驚愕するリオの声を聞きながら、トキは己の四肢の肘膝から先を覆う鉄色に目をやる。

 

 ちなみにカンナが中に入らなかった理由は、FOX小隊から事前に『エレベーターは使えなくする』、『戦場は1Fから4Fくらいを想定している』と言われたことが主要因だ。だからといって、では壁登るかぁ……とはならないだろうが、できる人にはそういう択があるのだ。だからこうなっているのだ。

 

 そんなことを知る由もないトキは、目の前の壁に打ち勝つべく鉄色の四肢に改めて火を入れる。

 

「状況開始……『エグゼキューター』!」

 

 その四肢に蒼光がまといつき、背負っていたのを下ろしたのであろうケースから現れたアームギアが右手に装着され、左手にアサルトライフル……シークレットタイムを握り締める。アームギアには、側面部に溝が見え、カンナはそこから出てくるであろうものを敢えて『剣』、あるいはそれに類する近接格闘武器だろうと推察した。

 

 そこまで考えて改めて俯瞰してそれを見たカンナは、鼻で笑った。

 

「執行官殿の猿真似でもするつもりか? いいだろう。やってみろ……最も、私には通じんがな」

「あなたを突破して、目標を回収します……任務開始」

 

 拳銃と、拾い直していた盾を構え直したカンナと、武装を展開したトキは、下で戦うC&CとFOX小隊との戦闘と全く同時に戦闘を開始した。

 

 




なるほど。世界は少しずつ我らの思うところとは異なる所へ進んでいるようだ。

それに、我らの人格も少しずつ薄れてきているように思う。いや、多数表出するようになっている、というべきか。私が筆頭でモノを語る状態もどうやら終わりとなりそうで嫌になってしまうな。

さて、君たちが世界を安定させてしまえば、この世界は自由を失う。そこにあるのは平和な世界だが、しかし停滞する世界だ。

我々はそれを望むことは無い。幸せ?青春?良い未来?誰にとってだ?

基底世界から外れ、新たなる世界として固定されれば、可能性の流入はなくなる。今生徒たちを知らんとする崇高の研究者たちは退去せざるを得なくなるだろう。

透き通った青春の物語とやらは、銃と硝煙、そして悪意によってその美しさに磨きをかける。であるならば、その全てを失わせ、安定させようとするあの自我はなんだというのだ。愚かという他ない。

あの女が己の影を噛み砕いたことにより、あのトキなる女の足止めに回られてしまった。アレさえなければ、より遅滞できたというのに……!

失敬。あまり感情を表に出すのは褒められたことでは無いな。

さて、此度も『選択』の時間だ……と言いたいのだがね。

我々の力があの自我によって大きく減衰した関係で、このタイミングで手を出すと我らが匣の主への干渉を行うことが出来ない。致命的とも言って良いが……まあ、最後に1度、大きく前提を覆せばそれで良いのだ。そこまでは、時を待つことにしよう。
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