空を駆け、ミレニアムへ。
しまい込んだ命、必ず救わねばならない。その思いは無事に果たされることとなる。
「……急患ですよ!」
「ええ、調月生徒会長から話は伺いました。奥へ搬送を手伝っていただけますね?」
「もちろんです。ストレッチャーに乗せますよ」
「はい、スリーカウント!」
「「さんにーいちはいっ!」」
「搬送開始!」
極めてスムーズに物事が運ぶのは、彼女の望むところである。彼女は元々トリニティの影の薄い1生徒であり、敬虔なる命の救い手を担う少女だった。
桐藤ナギサの率いるフィリウス分派に属す権利を持ちながら、その権利を放棄し、神に祈りを捧げる少女たちの頂点に座した経歴すらある彼女ではあるが、その一方酷く現実主義者だった。
神は誰の心にもその最小単位がある故に、実在を否定はできない。だが、居たとして神は地上に無関心である。彼女の説話は、それを主軸に据え、神の目に収まらぬとき人だけで出来ることを増やすことは素晴らしきことなのだという話になる。
シスターフッドという組織が実践的なサバイバル技術や一時的応急処置、心肺蘇生などの「危急な事態を想定した技術」を一般の生徒たちに教える時間を設けるようになったのは、彼女の影響が大きかった。
そして、その影響の種火とも言える者、すなわち今ルカと名乗る彼女は、シスターフッドの誰よりも優れた、あるいは救護騎士団よりもなお卓越した応急処置の技術を持っている。
「ありがとうございました。あとはこちらで」
「お任せします。連絡は私ではなく調月生徒会長と先生、それと美甘さんに」
「承知しました。……改めて、協力と迅速な生徒の救命に感謝します」
ルカは特にモノを語ることなく、背を向けて歩み出した。駐機したヘルメスに乗り込むために、躊躇いなく纏った外套を脱ぎ捨ててサブハッチにブチ込む。
「さあ行きましょうかヘルメス……次はお姫様をぶん殴るのが仕事ですよ」
『了承』
再び空へ舞う一人と一機の影を窓から偶然見た、ミレニアム保健室の生徒は、神頼みはしない、そんな科学第1主義を一旦捨てる。神よ、どうかあれらが無事であるようにと。
現状はすこぶる悪い。無名の守護者と呼ばれる謎の機械が大量に起動する事態はヒマリとリオのコンビによる妨害で。塞がれた完全に暴走したアリスがいる最上階への道はエンジニア部による修復で。切り開く。切り開いたその先にいる『黒服』に嘲りの言葉をくれてやって、宣戦布告を済ませたものの。
「やはり、戦力としての質が違う……あのような預言者の神秘などとは格も、有り様もより高位の存在ですから当然ですが……クックックッ……さあ、どうしますか先生。これを生かしたまま止める……殺すことですら難しいこれを、どのように止めるというのですか」
絶対的に、美甘ネルというミレニアム最強がいたとしても戦力比はアリス1人に大きく傾いていた。そも、接近が難しい。周囲を張り巡らせる電磁結界、その場の機械を改変して生み出された多数のタレット。そしてそれらを除いても、純粋にアリスの膂力と耐久力は理外のもの。
故にこその『黒服』の余裕、故にこその現状。
それでも先生は頬を吊り上げる。上等だ、窮地にある時こそ、人は前に踏み出して笑うのだ。
「黙れよ、黒服。私は生憎諦めないタチなんだ……足りないものがあるなら、引きずり出す。それは、お前もやったことだ……私の番だよ」
胸元からカードを取り出して……轟音が響き渡る。
「これさっきもやりましたね!!」
壁が切り裂かれる怪音、飛び込んでくるのはひとりだけ。本日二度目の光景に、先生は歓喜の声を上げる。
「最高のタイミングでの戦力補強……! ルカ! やれるかい!?」
「ええまあ……やって見ましょう。みなさんもお付き合い願います」
ヘルメスを外に待機もさせず、反対側の壁をも諸共に引き裂いて、ヘルメスはさっさと帰してしまう。それは、名も無き神々の王女とも呼ばれる今のアリスが機械に対して絶対的な有利性を持つ可能性を危惧したものである。実際問題、それについて間違ったことは何も無く、今ここにあと10秒もヘルメスがあれば、即座に最も厄介な大敵となっていただろう。
「あんまりこれ、見せたくなかったんですけどね……内密にお願いします」
そう言いながら、剣を地に突き立て、ポケットから鎖を取り出す。
怪訝そうな顔をする味方と、何が起こるのかと頬を吊り上げる黒服とに挟まりながら、執行人はスイッチを切り替えた。
「数多の罪過、最早見逃せず。今こそその足に法の鎖を繋げ、我が刃でもって罪を刈る」
シスターフッドの古書。数多ある中に眠る、罪を刈り取る天使の記述。その中の一節を謳いあげる。
瞬間、直剣の刃が割れる。眩い光となった刃は2条の鎖のそれぞれに結びつき、左右一対の鎌、その持ち手に鎖をつけた、不思議な武器を生み出した。
「断罪とは、かくあるをもって成すべきなり!」
黒服がその光の中から出た黒い双鎌に深い笑いを浮かべる。
「素晴らしい神秘です……さて、なにを?」
手から鎌を手放す。そして、鎖をその手に取る。
「とくと目に焼き付けなさい……銃を用いず、されどその身を弾と成した聖女の絶技、その一端を!」
両手に1条、後ろ手と上に構えたそれらを高らかに回して、その勢いをもって後ろ手の鎌で一閃。
「……!」
空に浮かぶ王女に絡みつく鎖。張られた防壁らしきものすら斬り捨て、2度目の鎌が舞う。
1度目と2度目で右腕と左足を絡め取った執行人は、彼女らしくないとすら思える大音声で。
「おおおおおおおおッッッッ!!!!」
「……!? 膂力抵抗できなっ……がッ!!?」
「有り得ない! そんなバカな……! どんな馬鹿力ですかあなたは!!」
空に固定されているかのごとく浮かぶ彼女を、一切の抵抗を許さず己の上を通し真後ろに……即ち、ゲーム開発部とC&Cの目の前に、投げ飛ばした。
「罪からは、逃げられない……私もまた、逃げることは無い……!」
さらに、巻き上げるように鎖をたぐり、凄まじいスピードで接近。全方位から浴びせられる銃撃の中に飛び込むと、その腹を蹴り上げて。
「喰らえ……!!」
右手の鎖で引き寄せて、左手の鎌でその首を。
誰もが絶句していた。自分のやるべきことを理解しているが故に、火力を集中させている。が、それしか出来ない。
なんだあの怪物は。その一言に尽きた。
アリスの膂力は怪物的だった、なにせ武器たる『光の剣』はアリスにしか持てない戦艦の主砲なのだから。この中で最も強力であろうネルが私でも力負けすると断言した中で、鎖でもって半ば縛り上げ、それを後ろに放り投げるなどという正しい絶技を見せられることになるとは。
この場に集った有志たちは慄いた。そして、絶え間ない銃撃の嵐飛び込んだ彼女をその目に焼き付けることになるのだ。
鎌で首を狙ったその一撃は、アリスの身体が空中にあることでより火力が集中されているにも関わらず的確に放たれ、アリス自身の頑強さでもって回避をしたことでその首の皮に傷をつけるに留まった。
それでも確かに、彼女は傷付いた。その事実に、黒服が目を見開いた。
「なぜ? なぜ王女が神秘の1つごとき、それも銃器ですらない刃などに傷を与えられているのですか!?」
「強いていうなれば、ですが」
黒服の目の前まで吹き飛んで……いや、王女の膂力を利用して移動したルカは口を開く。
「根幹を司る『神秘』は思ったより向き不向きがある。私を見ている『神秘』はどうやらこの職が天職のようでして」
「『神秘』の概念を理解しているのですか……つくづく我らにとって脅威ですね、看取り手……あるいは先代シスターフッドの長」
「あの子たちが知らなくていいことをペラペラと……あとで言い訳するのも面倒なのですからお静かに……そしてあなたも私の刈るべき罪なのです、が!」
凄まじいスピードで舞う鎌が黒服を切り裂き、黒服の体が影となる。
少し離れた場所に影として再集合したソレは再び黒服の体を象った。
「クク……冷や汗が出ましたが今日はここまでです。あとは王女の暴走を都度コントロールして向きを合わせていけばいい……あなた方に止められると都合が悪いですが」
ルカは王女から目を離さずに黒服の言葉を遮った。
「止まるでしょうね。この世界は、理不尽を起こします。ですが……それを許容しないのが先生というものでしょうし」
「あなたも本質的にはやはり生徒なのですね」
「そうかもしれません。しかし、先生の対立者である事実は揺るぎません」
「先生はそれすらも赦すかもしれませんよ」
「であるとして、私は先生を赦さない。いえ、仮に私が赦すとして『法』が赦さないでしょう。私とは法によって動く犬であり、法とは私を武器に持つ巨人なのですから」
黒服はそれを聞いてくつくつと笑う。
「シャーレ……キヴォトスの全てを敵に回して先生を討つと?」
「何れ、そう遠くない未来に」
「物語のシナリオは始まった時から破綻するものです。私の計画はミレニアムの生徒会長の行動の迅速さとエリドゥの建設の超高速化により早まり、迅速すぎるが故に『パス』の確立はひとつを除いてアプローチができない。本題である神秘の研究は実験体の確保を先生に妨害されてしまいました。……私一人をとってなおこのザマです。クク……あなたの先生を裁くというシナリオもまた、既に破綻の道を往くものだとしたら?」
「失敗すると考えながら作戦を実行する奴がいるのですか?」
黒服はそれを聞いて満足気に礼をした。そうして、その身を影に溶かしていく。
「えぇ、えぇ。それでいいのです。またお会いしましょう、『死を見る眼翼』さん」
「その小っ恥ずかしい2つ名をどこで聞いたのですか……はぁ……さて、アレに飛び込む勇気がもう一度湧かなかったので見ながら見ないフリ決め込んでましたがそろそろ行かなきゃですか……」
ゲーム開発部とC&Cが凄まじい火力と暴力の嵐を吹かせている王女周辺、その手に次は金色の鎖を握り締める。
黒と金、色は違えども再度の投擲。王女にとっては不意討ち、しかし足に絡みついたそれからガチャンという音が鳴り響く。
王女の左足と執行人の右腕に金の鎖。ルカはなお笑みを深めた。
「外の世界の人気な……もちろん私も好きな小説の受け売りにはなりますがね。まず、結果として負けるなら、それはそれで良い」
前に歩む。王女は武器を構えた。
「結果として勝つならばさらに善い」
なお前に歩む。一射放った光は回避された。光の晴れた後に、解析。
「ですが、ここは過程。過程で負けるのは我が最愛にして最高の友の夢のためにも認められない」
金の鎖の先端に錠前。握り締められていたのは既に先ほど命を狙った鎌ではなく、その変形前の剣。右腕を見れば金色の鎖が巻きついて、こちらも錠前のようなものがついている。左手に愛銃のショットガン。
「これ、は……!?」
「教えてあげますよ、無知なる王女さん。これはキヴォトスの伝統文化、チェーンデスマッチって言うんですよ」
「「「いやんなわけあるかァ!!」」」
声が3人……ゲーム部の女の子、C&Cのエース、それに男性の声が重なって聞こえた。気の所為ということにする。
「チェーンを用いた格闘術は得意でして。……なんとかの王女だというプライドも、破壊兵器であるという1面もまとめて全て……木端微塵にしてやる」
今持っているのはこれで全部。ありとあらゆる手を尽くし、ついにここまで手札を使った。正しく背水を敷いた状況ではある。
だが、そういう時にこそ笑う。いつだって勝負は全部を使い切った奴から抜けていく……それは勝つか負けるかとは、また別問題だ。
評価があるとモチベに繋がるよって文を書いておくことでみんなに願いを込めておきます。
枠外解説コーナー
『ノーブルプライド』
いつも執行人の右手に握られる愛剣。いくつかの機能を内包する完全なる先史文明の遺産、無名の司祭の技術よりもさらに前の超古代文明が残すオーパーツである。二つに分かれることで鎌となり、ひとつで名を呼べば鉄すら超えて万物を割り、3つ4つと姿を変える、持ち主の言葉によって千変万化の姿を見せる武器。
本人はイメージの確立のためにシスターフッドの経典を諳んじるが、ノーブルプライドの製造されたタイミングではもちろん経典は存在しないため、あくまで重要なのは持ち主が「こうあれ」とする願いである。
超近接戦闘強制用施錠式縛鎖『ロックアウト』
言うべきことはひとつ。相葉カノン監修、制作。