キヴォトスの執行官   作:ふぃーあ

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『絶望の匣』

「歌いましょう、謳いましょう。天に神など居はしない、なれど我ら神を秘めると謳う神秘なれば、神が神自ずから讃美を歌い、地上の不浄を流しましょう!」

 

 踏みしめる中空、浮かぶ黒い波紋、浮かび上がり生き物のようにのたうつ鎖はその身を蛇に変じている。

 

「ご存知ですか? 蛇とは堕落の象徴なんだそうです。原初のヒトを唆し大罪を齎した者が蛇にその身を化かしていたためだとか。故に、その隠喩たるこの蛇鎖、効果は歴然……なにせ、あなた方は神を秘めるのですから!」

「そんな言葉遊びみたいなのに意味があると思う方がどうかしてるぜ?」

「ここはキヴォトスですから。文意、メタファー、契約……新たな視点には新たな力が宿る、当然のことです。生徒という視座ではなく、看取り手という側面を持ったが故の発見ではあったのですが」

「つまり、今日初使用ってか。使いこなせんのかよ?」

「自分の爪牙の使い方を忘れる獣はいませんよ」

 

 ネルと軽口を叩いて、言葉の終わりと同時に蛇を舞わす。

 

「食い破れ、堕落の牙!」

「やすやすと食えると思うなよ!」

「さすがにお見事ですね!」

 

 牙が剥かれ、ツインマシンガンが蛇を撃つ。本来鎖であったはずのそれは、黒を血のように噴き出してのたうった。

 

「はっ……弱点が増えてちゃしょうがねぇなァ!?」

「文意を付与するので弱点も増えるのですよね。それを補ってあまりあるメリットなので言わなかったのですが……ま、いいです。おかわりはいくらでもあるので……たぁんと召し上がれ」

 

 渦巻く黒の奔流から先駆けの一匹、また1匹と流れ出る蛇たちはその数を軽々と3桁に迫らせ、C&Cに襲いかかる。

 

「チッ……足止めのつもりか!」

「ええ。あのバケモノとゲーム開発部のペア、くらいまで減らしてからやらせてもらわないと勝てる気がしませんのでそこでごゆっくり」

「クソが……!」

 

 これで厄介な最強は封じた。爆発物がある以上、一掃されればまた封じ直す必要はあるかもしれないが、蛇らにも奥の手はあるし、一旦忘れていい。

 

 となると、次に封じるべきはあの支援者たちだ。

 

「匣よ匣よ開いて謳え、原始に帰すは人の技……神の怒りの再現はここに」

 

 かつて絶望の詰められたこの匣が地上に遣わされたのは、天空にある全能神の怒り故だったという。神の怒りの所以は大いなる火の神の火によってもたらされた革命にあったそうだが、その説話が真ならば。

 

「なっ……!」

 

 リオの周りにAMASが落ちる。堕ちる。先生が思わず目を向ける先、アリスの生み出したドローンも同様に機能を停止していた。どころか。

 

「ケイ……! ケイ! 先生! 声が、ケイの声が聞こえなくなりました!?」

「アロナ! これは……!?」

『シッテムの箱、演算機能に大幅な妨害を受けています先生! あの匣から強力な通信阻害の電波が放たれてドーム内で限りなく響いています!』

「なんて荒業だ……!」

 

 先生は空を仰いだ。黒い天を忌々しげに。ヒマリは通信が不可能になり、リオのドローンが封じられたことで事実上遠隔支援は不可能になった。

 

「箱の余剰演算リソースはどんな感じ?」

『分かってます、こちらからドローンを出せればあの匣……便宜上パンドラの匣と呼びますが、パンドラの匣の阻害は有効打になりませんが……先生の身体を守るバリアまで込みにすると、2台……大型なら1台が限界です!』

「そっか、ありがとねアロナ」

『すみません、お役に立てなくて……』

「普段から役に立ってるよ」

 

 先生は白いコートを翻し、タブレットの青い光を中空に投影する。

 

「たとえ、なんと言われようと……私は先生だから。守るよ、目の届く全てを」

「目の届かない弱者を救えないのに、よくも……!」

「そうかもしれない。だけど助けを求めない子を助けることはできないんだ。助けを求めている子らは遍く私の目に入るのだから」

「……その言い方。その言葉。まさか……いえ、貴方がそうだとして、それに適うとして、背負い込めますか? 原罪を!」

「なにがあろうが、勝つ。私は遍く生徒の先生で、遍く子供の導きであるのだから」

 

 ワタシは大きく舌打ちする。それは、文意概念を理解した大人であるが故の荒業だと理解していた。にしても、使いこなすのが早すぎはしないだろうか? 

 

 アレは今、この瞬間『救世主』の概念を獲得した……いや、元々持っていたのを励起した? どっちでもいいが、これからの私の行動はすべて、貶められる。救世主に敵対する存在に与えられる文意はただひとつ。『世界の敵』なのだから。

 

「ですが……長続きするわけではない。あなたを世界の全てのヒトの生まれ持つ原罪が蝕む」

「だから、これを使うんだよ」

 

 光り輝くカード。大人のカード。短期決戦にできる、最高の切り札を相手はまだ持っている。それだけの話だった。

 

「この声に応えてくれ、大いなる子らよ、生徒たちよ」

 

 一声呼びかけて、天に翳す。匣など目では無い神秘、6つの影が黒天を貫く光の柱、その顕現の中に混ざる。

 

「ツルギ、ハスミ、イチカ、マリー、ヒナタ。そして……サクラコ」

 

 6人の神秘が顕在化し、それぞれに構える。

 

「久しいなァ……随分と久しい」

「あの方は……まさか、シスターフッドの?」

「間違いないっすよ……『先代』じゃないっすか、敵なんすか、アレ?」

 

 正義実現委員会の3人がツルギを前衛に、その支援を行う二名と自然に別れる。

 

「マリー、ヒナタ。分かっていますね? 『望箱エル』さんを……我らの先達を、ここで止めますよ」

「「はい!」」

 

 シスターフッドもまた、その3人の輪に加わる。

 

「ごきげんよう、サクラコさん……良い後輩を持ったじゃないですか」

「エルさん……いえ、先代。ご無沙汰しております」

「なぜこんなことを?」

 

 サクラコに問われて、改めて意志を固める。

 

「先生は私にとっては不倶戴天の敵ですからね」

「そうではありません、なぜ……なぜトリニティを辞してまで、そのようなことをし始めたのかと!」

「なぜ、か……そうですね、大切な人の頼みでしたから。私は彼女を愛しているんです……あぁ、そうだ、愛してるんですよ」

 

 サクラコはネルですら顔を引き攣らせる言葉を耳にしながら、その表情を微塵も変えず、その手の銃をこちらに向けた。

 

「致し方ありません。久しぶりにひとつ、『付き合って』ください……先代!」

「良いでしょう。戦わないシスターたるあなた方の腕が鈍っていないかくらいは見てあげますよ」

「私たちを忘れてもらっちゃあ困るっすね」

「神の御加護があらんことを……剣先さん!」

「確かに受け取ったァ……ヒヒヒ……ヒャァァッ!!!」

 

 ツルギが地を蹴る。マリーの手元から光が漏れ、ツルギに移ったのが見えた。

 

「回復力の向上か……たっぷり楽しめるなァ! ヒィィィァァァァアッ!!」

「仕方ない、か。無差別なのは良くないというか……気に食わないので嫌いなのですが」

「余裕だね?」

「当たり前ですよ、まだ負けじゃないから……!」

 

 匣から轟音が鳴り響く。赤黒い光がスパークし、その威容が突如出現する。

 

「これは……っ! みんな! 退避!!」

「一発目から随分と『いい引き』ですね……では、改めまして」

 

 それは、白き蛇。それは、機械の頭。それは、アビドス砂漠に眠る機構の怪物。

 

 ビナー。その顔面だけが彼女の眼前に浮遊して、口元に光を貯めている。誰もが顔を引き攣らせる、それが何をしようとしているかなんて見なくても分かる。

 

「放て、『アツィルトの光』」

 

 放たれる光の暴嵐を先生は指示をもって捌いて行く。照射が終了したその瞬間、赤黒いスパークが再び起きて。

 

「『悪くない』……いいえ、むしろ『良い』?」

 

 彼女の背後にトンネルが出現。彼女が黒い波紋を浮かべてさらに空へと昇り……

 

「走れ『スクリームライダー』!」

 

 ファ──ンッと、高らかに汽笛がなる。まさかと顔を引き攣らせる先生。咄嗟に見た足元には、いつの間にかレールが敷かれていた。大きく横っ飛びしてその場から離れる。

 

 駆ける列車、スクリームライダーは殺意でもってその速度のままに突き進む。道の中央にあるものを轢殺せんとするそれはトンネルからトンネルへと飛び込み消えた。その風圧でやや待避の遅れたゲーム部を吹き飛ばす。損害は無い。

 

「今のは、ゴズの……もしかして?」

 

 先生にひとつの仮説を与えながら。先生は声を張り上げる。

 

「仮説に過ぎないが聞いて欲しい! 彼女は無作為かつ本人にも制御出来ない形で私たちの体験した『絶望』を……総力で立ち向かった敵の一部を出現させることができると考える! であれば、狙うべきは!」

「あぁ……まあ、ご都合タイミングというべきか。『運がない』とでも思った方がいいのか」

「本体には攻撃性能がないかつ、雑多に機械系やオートマタを呼び出すケセドの技!」

「『玉座への喚び声は此処に在りて』」

 

 多数の機械を赤黒いスパークの中から呼び出すが、これはハズレだ。なぜか。雑魚敵をあげるとフィーバーするヤベー奴がそこにいるからだ。

 

「キヒャァァアッ!! 壊れろ! 壊れろ! 纏めて消し飛べェェェェェッッッ!!」

「こういうのなら任せるじゃん! いっけぇーっ!!」

 

 モモイの銃撃、ツルギの狂乱が雑魚を滅殺する。残りのメンツが匣を持つ私を撃つ。匣のバリアの残量も少なくなった。

 

 だが、引いた。『特大の大当たり』を。それは、掴み取った奇跡。裏目の引きでも勝負を続行する気狂いにしか許されない僅かな希望にして、対面する者の絶望である。

 

「これだけある中から『引ける』……うぅん、やってみるものですね。さぁて……あなた方にとって結局一番の『絶望』とはワタシがなにか隠し持った札を切るということ。故に、無尽蔵に隠し持つ……匣の中にしまい込んで。その隠し倉庫の鍵を……今引いた。賭けはワタシの勝ちのようです!」

 

 黒天が広がり、解ける。青空の下に晒される多くの神秘たち、蛇もまた解けて消えていく。封じられた最高戦力と、後方支援が戻ってくる。ドローン本体は致命的なバグを起こして使えなくなったが、通信はできるようになった。

 

「では、改めて……『パンドラの匣』、励起」

『Awaken……Please passcode』

「『求めよう、神秘の万象。与えられん、絶望と遙か底の希望』」

『お帰りなさい、マスターエル。お待ちしておりました』

 

 流暢な声が聞こえる。先生にしか聞こえない声が声を張り上げる。

 

『先生! アレは……私に近いモノです!』

「分かってる……分かっているけど、これは……!」

 

 エルは空中にて匣に話しかけ、また初手と同じように剣と槍を生み出して……

 

「さあ、始めよう匣の中の住人よ。扉を開け、匣の蓋を開け。上澄みの空気だけでそのつもりになった彼らに真の絶望を知らしめよう。我らは絶望(DOOM)、ヒトが逃れ得ぬモノなりと!」

『マスターエルの仰せのままに……盤面展開』

「仕切り直しです。『未来観測機能(Future→Downloader)』、『多次元接続機能(Dimension+Hacker)』起動」

『両プログラム正常に起動……続けてプログラムを展開、ご命令を』

「『対善性上位者用侵食機構(Villain=Virus)』、『文脈自己解釈付与機能(Vicious×Heroism)』起動」

『全プログラム、正常に起動。相互に妨害なく、異常なし』

 

 天に手を掲げる。匣はその形を分割し、ワタシの周囲を巡る小さな4つの立方体となっている。望み通り短期決戦と行こう。

 

「勝算、その確率は限りなく低い……だが、ないわけではない。なら、諦めない……そろそろここら辺で一旦年貢の納め時ではないでしょうか、都合のいい救世主殿?」

 

 前を張るために地を蹴りつけた剣先ツルギ、その姿を既に後ろに見て、先生と呼ばれる男の頬をワタシは両手で包み込む。

 

「な……!」

「瞬間、移動……?」

『それが、多次元解釈にあなたが見出したものですか。わずかな時間、空間のズレによって、ありとあらゆる場所にあなたは存在しうると定義して「最初からその場所にいた」というふうに己を決めることで移動したように見せかける……とんでもない技です』

 

 元いた位置に黒い闇に包まれて戻る、声に思わず返答する。

 

「明星ヒマリ、その回答に辿り着く速さにワタシは驚いているんだけれども……」

『あら、天才病弱美少女清楚ハッカーを舐めていらしたのかしら?』

「ええ、まあ。弱点まで見抜かれていそうですしね、もう。そこまで天才とは思いませんでしたよ」

 

 明星ヒマリは通信越しに顔を綻ばせる。その弱点の指摘を今からしてやろうと思っていたのだから。

 

『えぇ見抜いていますとも……それ、連発は出来て2回でしょう? あなたは今、初手に行って戻ってを見せることで「無制限にできる」と錯覚させようとしましたが……そんなことがあるはずが無い。奇遇ですねぇ、先程までエネルギーで満タンだったあなたの周りに浮かぶ箱のひとつ……今は空っぽでエネルギーをかき集めていますね?』

「さすがにいい目をしすぎですね。えぇ、正解です」

『私の勘は当たるのですが……箱に溜め込んだエネルギーが尽きれば対応する能力はリキャストに入らねばならないのではないでしょうかね。そして、残り三つの能力も同様です。ですが……未来観測。それを潰さないことにはですね……ですので、ひとつ勝負と行きましょうか』

「ふむ、チェスは得意ですが」

『未来を知っているのにやる盤面モノって何が楽しいんでしょうね?』

 

 お互いに軽口、なれども本気。先生の指揮で現場が動き、彼女に対するために必要な情報を即席で生まれたミレニアム最高の頭脳集団が整理、伝達する体制がここに成る。

 

「短期決戦……或いは単騎決戦とでも言い替えますか。本来はこんな早くにする予定ではなかったのですが……まあ、仕方ないですよね」

 

 エルは小さく溜息をつき、その手に黒から削り出したような銃を握り締め、正面から走り来るツルギとネルを迎撃する。

 

 エルの口元が、凶暴に吊り上がった。

 

「こっからが本番、出し惜しみなし、鬼札も切った。ちょーっと、負けてやるには勿体なさすぎる……なにより、負けたらムカつきますよね。絶対に落とし前はつけさせますからね?」

 

 その目にシスターらしからぬ光を宿らせ。大地から生まれた地母神の匣は今、神話に抗って天を目指すのだ。裁きを下す雷光はすでに、その手中にある故に。

 

 

 

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