この場にいないヘルメスを整備中の少女に、立ち尽くす執行人は電話をかけていた。
「もしもし? はぁー……疲れました」
『お疲れ様』
「いや……なんで逮捕するだけなのにこんな……なんで?」
執行人の心は疑問に満ちている。それもそうだろうが、今回執行人として成した仕事としては「犯罪者の現行犯逮捕」だ。普通の警察業務だ。なんでこんなに酷い目に合う必要があるんだ? と。
「なんでこんな妨害されたんですか? 私」
『たぶん……いやまあ、恐らくこれだろうという仮説があるんだけど、いいかい?』
「ええ……まあどうぞ。聞く価値はありそうですし」
カノハ曰く、これには原因があると。そう言いながらカノハは作業の片手間に電子ホワイトボードを立ち上げ、執行人の方にも表示させた。そして、それを書きつける。
『テクストさ』
「テクスト……あぁ、ええ……と? どういうことです?」
『とても雑に言うと……勘違いモノ、というべきかな? 君には「死」と「絶望」のテキストが色濃く張り付いている。パンドラの匣から出てきた君は……ようは、生身じゃない今の作り物の君は、匣そのものだからね』
「ええ、まあ理解はできますが」
『つまり、そこだ。そこが原因なんだよ。本来我々ヒトは「死」と「絶望」なんてものとは共存しえない……「敵」あるいは「障害」として見るべきものなんだ』
死、絶望、人類の敵という用語が並び、それらを丸で括って「パンドラの匣」と示す彼女は、隣に人類という文字を書いて、それと匣の間にある矢印の上に共存の可能性と書き、上からバツを書いた。
「言いたいことがわかってきましたよ。……つまり、私が出たことから、全部裏目だったと?」
『まあ、そうなる。なんというか……君が「生徒」のテクストを有していればもっと楽だったんだが。君も私ももう学籍ないだろ?』
「テクストが先生の……いや、学園に所属している全ての生徒たちからのこちらの好感度や信頼といった要素にダイレクトに作用している……と?」
『私が推察するに、だがね。だからヘルメット団は忌まれているのでは?』
「ヘルメット団がどうなのかは知りませんけど。なんというか……カスでは?」
『世界の仕組みって得てしてそんなものだよ。うん』
テクストという概念が思ったより深く根ざしているらしいことに、2人は舌打ちしたくなる気持ちを抑える。
『先生は、「生徒」に対して極めて高い友好性を示し、「生徒」を傷つけうる存在に対して敵意を抱く。君は「生徒」と相容れない存在である、ということと、君が「生徒」としてのテクストを持たないという2点が重なって……』
「信頼できない謎の人物、という像が出来てしまったわけですか。でもあの人定期的にこっちを看取り手から下ろそうと……平和的な手段で私を「生徒」にしようとしてますよね?」
『それもこれも「生徒」じゃないからさ……「子供」というテクストは君にあるんだろう。だから、そうだな……子供が学校に行ってないのはどうなんだ的な目線で生徒にしようとしてるんじゃないかな』
「なんだかなぁ……ですねぇ」
『全くだよ』
先生にも呆れるが、それ以上にだと執行人は口を開いた。
「ミレニアムの生徒にもだいぶ敵対視されましたね? 彼女、人望はほぼないと聞いていたのですが」
『まあ控えめに言って、君の方が人望ないんだろうね』
「ぐっ……」
『冗談さ。アイツは生徒会長だ。あくまで生徒だよ。同じ生徒と、生徒ですらない何かだったら同じ生徒を選ぶ……そういう心になるようにテクストは誘導してくる……そう考えられる』
「陰謀論のようですね……」
『言ってることは完全に陰謀論だ。でも現実そうとしか考えられない……勘弁してくれって感じだよ』
カノハはため息をついた。もう1人も同時にため息をついた。
「幸せが逃げていくようですね」
『全くだ……あぁクソ、今回は君も大概だぞ? どうして交戦したんだ、君なら多次元解釈2回で済んだろう』
「向こうに当てられた……が全てなんですけど。テクストを言い訳にするなら、私が生徒に危害を加えかねない存在という時点で私には『先生の敵』というテクストが貼られて……」
『「敵」故に戦わなくてはいけない、と誘導された、とでも言うつもりか? 君らしくもない……はぁあー……面倒なことだ。この後が憂いでいっぱいさ……アイツら、ブチ切れてカチコミに来るだろうがどうするんだい?』
「うーん……まあ酷いようにはしないから、と言っても無理がありますよねぇ。ミレニアムからはすでに『自治区内でカタをつけるからテメェらがしゃしゃるな』という意訳ができる文章が抗議として飛んできてます」
カノハはそれを聞いて、頷いた。
『ま、さもあらん……ならそっち方面で話を動かすしかないか。責任は今度ミレニアムに不知火室長から追求させるしかない。このままじゃあ何も果たせないままこっちだけ理不尽に道徳的観点からぶっ飛ばされて終わる』
「はぁ……ちゃんと罪を償いたいってリオさんも言ってるのになんで生徒の意志を踏みにじりますかねぇ……」
『ある意味、アレは究極的にはより多数の幸福を優先するタイプだったんだろうねぇ……リオ1人の満足より、セミナーの2人の満足を彼はとったわけだ。酷い大人だよ』
酷い大人、と言ったあと、その言葉を口で転がすように何度も言うカノハに、執行人はその言葉を自分も転がしてみたくなった。カノハがそれを聞いて、恐らくは笑ったのだろうか、ハハ、という音が聞こえてから言葉を漏らす。
『うん、酷い大人だ。ある意味において、これから我々はテクストとの付き合い方を考えなくてはならないかもな』
「ううん……テクスト。テクストか……1番知ってそうな奴は敵ですし。困ったし弱った……私たちは生徒じゃない、先生はもう敵でしかない……テクストについて、研究を進める他ないですか。なにせその最たるものがこの後控えてる訳ですし」
最たるもの。その言葉にまたカノハが反応した。
『「エデン条約」……ねぇ?』
「ある意味テクストという概念の最たるものですよね。……アレの効果の発生の仕方、調べたいですね」
『……そうだね。こちらからいくつかアクションを起こすなら、そこだ。間違いなく。支度を進めておくよ』
「頼みますよ、カノハ。ヘルメスのAIは見事でした」
『技術者冥利に尽きるよ』
通信を切断、ゆったりとその身を黒に溶かしていく。本体に帰る時が来たのだ。
「はぁ……どうしてこんなことに……」
彼女の本心であった。
テクスト関連のまとめみたいな話です。あと現状がなぜこうなっているかの説明。
なお、『仮説』です。