感情の無い強化人間C4-621はどうしても分からなかった。
……621仕事は終わったようだな
お前は自ら選び、俺達の背負った遺産を清算した
すまない、そして感謝しよう
621……
お前を縛るものはもう何もない
これからのお前の選択が
お前自身の可能性を広げることを祈る
「ハンドラー? 何か気になる通信でもありましたか?」
感情の色の見えない目をした我らがハンドラーはどうやら何かの通信ログを確認していたようだ。
「ハンドラー・レイヴン?」
その人は緩慢な動きで首を振ると、高速揚星小型船のブリッジから赤茶けた星を見たまま問いかけに返答した
“ルビコン3ではレイヴンの名は出すな、都合が悪い”
何故とは聞かない、気にならないと言えば嘘になるが、ハンドラーは意味のないことは言わない、ならばそれ以上の思考は必要なく、ただ言葉のままに命令に従うのみだ。
「了解しました。ルビコン3ではただハンドラーとお呼びします」
ルビコン3
過去二度にわたり最悪なる災禍に灼かれた廃星
既に人の住む土地ではないその惑星に、俺達ハウンズはハンドラーによって己を買い戻すためにここまで導かれてきた。
今、この眼前に小さく見える燃え殻のような惑星は、しかし爆発に足る人の欲望という燃料と火種があった。
コーラルという物質がある。
辺境の開発惑星、ルビコンで発見されたそれは新時代のエネルギー資源として、人類社会に飛躍的発展をもたらすとされた。
しかし、ある時コーラルは大災害を引き起こし、その炎と嵐で周辺星系をも巻き込み、致命的な汚染を残して焼失した。
……しかも二度に渡ってだ
人は二度も同じ過ちを繰り返し業火でやかれ、そしてようやくコーラルは人の手には余るものであると理解し、人類はこの星を永久に廃星とした。
しかしそんな学びと約定も人の欲により容易に崩れる。
惑星ルビコンに新たにコーラルの湧出が確認されたという報告
過去、そして未来に渡って、この世を制する者とは、つまりエネルギーを制した者である。
ぶら下げられた栄光に野心的な人間は過去の火傷など知ったことかと、ルビコンに集った。
そして、その猛火の中に飛び込まんとする者達の中に我々がいた。
そんなことを考え、あるいは皮肉気に仲間たちと軽口をたたき合っているとハンドラーが私達に目を向けていることに気付く。
全員が押し黙り、主人の方を向き命令を待つ。
『仕事の時間だ711、712、713』
意識が切り替わる。
この瞬間、俺達に意味が与えられ、主人に忠実な猟犬として覚醒する。
ハンドラーによってつけられたコールナンバー、元の意味などとうに失せていると言いながらつけられた無味乾燥な番号が今の俺達を示す全てである。
ハンドラーの号令を合図に全員が弾かれたように走り出し、すぐさま機体に搭乗する。
『ブリーフィングを開始する』
無感情、無機質、COMボイスの方が感情が乗っていると断言できるほどの透明な声が機体内の通信から聞こえる。
既に入念な作戦を立て、幾度も検討したにもかかわらず、それでもハンドラーは出撃直前にブリーフィングを行う。
それはある種の儀式であり、実際に我々はその声を聞きながら大いに闘争への意識を昂せていった。
今回の作戦目標はルビコン3への密航
このルビコンはコーラルの再発見に端を発し、惑星封鎖機構と複数企業の間で泥沼の抗争が起きており、星外からの侵入は正規での方法以外は惑星封鎖機構の砲台群によって妨げられている状態だ。
防衛システムは空からの衛星軌道砲と、その撃ち漏らしを破壊する地上の大型エネルギー砲によって成り立ち、この二つが俺達の密航を阻んでいる。
……この防衛システムの内、片方だけであれば船体の仕掛けで回避は可能であるという目算ではあるが、今の両方正常に稼働している状態では難しい
よって俺達は一旦、衛星軌道砲を回避し、地上からの砲撃に船体が迎撃されたと見せかけて地上に侵入、……合流後に地上砲台群の一部を最優先で撃破し、その防衛網を突破し、ルビコンへ参画する。
既に伝えられた作戦を再度確認し、ブリーフィングは終了した。
『…………』
しかし、ブリーフィングが終わっても、通信はまだ繋がっており、ハンドラーの吐息がまだ聞こえる。
我々は集中を途切れさせない
ハンドラーはこうして作戦の直前、不器用ながら必ず我々に声をかけてくれる。
だから俺達は絶対にその言葉を聞き逃しはしない
『この惑星でコーラルを手にすれば……』
ハンドラーはそこで一言区切ると、ゆっくりと、まるで思い出すかのように頭から言葉を言い直す。
『……この惑星でコーラルを手にすれば、お前たちのような……、自身の意味を奪われた独立傭兵でも人生を買い戻せるほどの大金が得られるはずだ。その選択を俺に見せてくれ、……幸運を祈る』
何時もの無感情な言葉でありながら僅かな違和感、その違和感が何に起因するかを俺達は知らない
しかし、中身は全く伴わないが珍しく感情的な内容はハウンズの戦意を煽った。
「我らが幸運たるハンドラーにこう言われたんだ、作戦成功は確実だな、行こうか戦友達、713 出撃準備は万全だ」
「ケッ、感情がねぇクセに柄にもないセリフを……、言われないでも大金を稼いで、札束でその頬をぶっ叩いてやるよ。712いつでも出れる。行くぞテメェら」
作戦への恐怖はない、今のおれたちはただ命令に従う猟犬だ。
「711準備完了、全機待機状態を確認 ハウンズ出撃する」
俺達の主人はその筋では有名なお方だ。
どの筋かはあえては言わないが、その名はいくつもの星系にまたがり、いくつもの名で人々の口から語られる。
曰く、
曰く、泥沼な戦場の
曰く、戦場荒らしの
曰く、戦場の
曰く、地獄へと
あの方はとにかく名前が多い
これらの名を知ったのは後であるが、ともかく俺の前に現れたあの人は自身のことをこう名乗った。
ハンドラー・レイヴン
レイヴンやそれに関するものを名乗る者はこの戦場では多い、ある種の願掛けだ。
不吉な言葉を敢えて名付けて、悪運を呼び込む、そんなつまらない傭兵たちの験担ぎ
そんな食い詰め傭兵のような名前を引っ提げてその人は俺を買い取った。
『お前に意味を与えてやる』
ハンドラー・レイヴン
そしてその子飼いの俺達ハウンズ
その独立傭兵と仲介屋としての関係は、この傭兵界隈にもよく見られるものであるが、俺達ハウンズとハンドラーは普通の戦争屋と違う、特殊な点が二つあると俺は思う。
まず一つ目はハウンズに所属する傭兵達についてだ。
世の仲介屋が自分達で子飼いの兵隊を飼うことはよくある。
だがその場合、連れて来る者達というのは第一に従順、かつある程度の戦場を知る者を選ぶだろう
だが、ハンドラー・レイヴンはそういった基準で子飼いの猟犬を選ばない
あの人が選ぶ者はむしろ全くの逆
ハウンズに来る者は総じて意味がない
誰も彼もがどうしようも無いほどにその存在理由がない者達があえて選ばれるということだ。
使い道のない失敗作の機械化強化兵、借金の形に実験のため体を刻まれ芋虫同然になった落伍者、守るべき全てを戦場で失った敗残兵
俺はこの程度しか知らないが、先達の番号もきっと似たようなものだったのだろう。
ハンドラー・レイヴンはそんな者達を集め、己の手駒たるAC乗りに仕立て上げ、この世のありとあらゆる戦場を渡り鳥のように渡って金を稼ぐ。
傍から見ればそれは、あまりにも悪趣味で、気味が悪く映るのだろう。
戦場で出会った者達はいつも自分達を哀れなモノとしてみていた。
〈カラスにかしずくイヌどもか……、倒錯した奴らだぜ〉
〈また番号が大きくなったな、前の奴は使いつぶされたか?〉
〈飼い主は安全な所で悠々自適、全く良くこんな汚れ仕事ができるな〉
〈ククク……、己の食い扶持を稼ぐ飼い犬とは涙ぐましいよ〉
傍から見た俺達はどう見えるかと考えれば、弁明は困難であろう、実際にハンドラー・レイヴンの持ち込むミッションに楽であったと思えたモノは一つとしてない。
ハンドラーは常に己の技術を更新し続けなければ、すぐにでも屍を晒すこととなるギリギリの戦いを常に俺達に強いた。
傍から見れば使い潰す程に思える作戦の連続であったと断言できる。
そしてそれは今回の作戦も同じだ。
目標の大型エネルギー砲台を目前として、俺達は死地に近い場所に居た。
「クソッ、どういうこったよ! 話が違ぇじゃねぇか!」
惑星ルビコンに到着、一旦離散した仲間たちとの合流し、敵砲台群の射撃を掻い潜り、肉薄するまでの作戦は順調であった。
「合流して強襲までは良かったが……、まぁこれもハンドラーの言う不測の予測と言うヤツが足りてなかったというわけだな」
「あぁ? 何が予測だ。この前にジェネレーターとブースターを換装してなきゃ、砲台に近づこうとした時にはオレ達はこんなクソみてぇな赤茶けた大地を皿にした目玉焼きになってたぜ」
無口な自分とは違い、712と713はいつも軽口を叩く。
「そのジェネレーターを変えるよう助言したのはハンドラーだろ? なら命を拾われたと感謝して目の前の敵に集中するんだな」
「あの野郎その代金をオレの身売り金に乗せてんだよ! こっちはまだ義体の金だって払い終えちゃいねぇんだぞ!」
「おっと、712無駄口はここまでだ、来るぞ、上だ……!」
「言われなくても分かってんだよ!!」
712が跳躍した次の瞬間、先ほどの場所に強力なレーザーが拡散弾のように通り過ぎ、僚機はそのまま見事な機体操作で反撃の射撃を行った。
「お返しだっ! ……クソ、まるで効いちゃいねぇな」
砲台を守る惑星封鎖機構の兵器がある可能性も事前に知り、どのタイプが出ても対応できるように準備してきたというのに出てきたのは敵の新型機、……いや改修機であろうか?
惑星封鎖機構の保有する特務用特殊兵器、その中でも陸戦最強とされるカタフラクトをベースとしたそれは明らかに想定していた障害とは違う
主砲は小さいが小回りの利く2門の連装式、両側にはチェーンガン、片方にはエネルギーショットガン、そして極めつけはもう片方のサブアームによるレーザーブレード、明らかに対ACを想定した武装だ。
そしてなにより厄介なのが……
「何が正面が弱点だ!! あんなアホみたいに装甲を固められちゃ埒が明かねぇぞ!」
事前に伝えられたカタフラクトの弱点である露出した敵前面部は、厚い複合装甲に覆われている。
俺達は明らかに劣勢だった。
「チィ、このままじゃジリ貧だぞ」
「クッ……、距離を取ろうにも、向こうの砲台がこちらを睨んでいる。今は相打ちを気にして撃って来ないが、おかげでこの近接型のカタフラクト相手に釘付けだ、これは流石に骨が折れる……!」
計画の修正が必要に迫られる。
「……712と俺でもう一度攻勢をかける。713は標的を潰せ、悔しいがそれしか方法はない」
俺の言葉に異論は挟まらなかった。
「了解、任せたぞ戦友達」
「そりゃ一番逃げ足の速いテメェが適任だ。さっさと片付けろよ」
「敵に向かう勇猛さを逃げ足というなら、君よりはだいぶ自信がある。任せてくれ」
「あ゛ぁ゛!?」
「狙いは俺が履帯、712がカタフラクトの砲、713を追わせるな、タイミングは俺がブレードを誘発させて隙を作る」
自分で言っておきながら、口内が乾く、過度な集中を自覚する。
「かっこつけやがるな711 ビビってんなら代わってやってもいいぜ?」
「……ぬかせ」
軽口を叩く余裕はある。
まだやれる。
敵に向かって動けば、サイドアームのエネルギーショットガンがこちらに狙いを付け始める。
一瞬の思考の過熱、砲身に纏う光を知覚すると同時にブースターを吹かした。
熱線が真横を通り過ぎるが心胆は逆に冷える。
俺はすぐ横を通り過ぎる光の束を視界の端で見ながら、チャージショットを打ち込んだ。
強力な一撃であるが、俺の足は止まる。
その一撃は明らかな悪手だろう。
敵の装甲を多少は削ろうが、それは厚い装甲を持つ相手にとっては誤差の範囲内で、トレードオフでこちらを殺せる。
相手の操縦に動揺はなく、対策は適切に行われた。
この戦いで相手を唯一上回る機動力が死んだ俺に対して、ブーストも合わせた横薙ぎの一閃。
先ほどの射撃とは比べるべくもない、強大な圧を感じとると、俺は反射で奥の手を起動させる。
背面から振動と共に聞こえるほどのジェネレーターの稼働音、機体を内側から揺らすエネルギーの奔流。
目前に迫るレーザー特有の青い光に対し、こちらの機体から迸るパルスの光が互いのエネルギーを打ち消し合った。
「やりやがるじゃねぇか711ィ!」
虎の子のパルスアーマーを手札から切って、俺はか細い生存の糸をつかみ取る。
俺の行動を合図に713は機体を翻し、大型砲台に向けてアサルトブーストをかける。
それに気づいたカタフラクトは主砲でその背後を捉えようとするが712の蹴りでその照準は大きく崩れる。
ならばと追いかけようとする改修型のカタフラクトの履帯に俺は持てる弾丸の全てを打ち込んだ。
陽動は成功した。
だが戦況は変わらず、俺達の生存の可能性は途切れかけの蝋燭の火よりも頼りない。
713が砲台を潰せなければ、あるいはそれまでカタフラクトを相手に凌げなければ
……例えそのすべてが上手くいったとしてもこのカタフラクトが俺達を逃がす訳がないだろう。
だが、そんなことは関係ない。
作戦を遂行することがなにより重要であり、今の俺達はそれだけが存在理由だ。
例え、ここで死んだとしても、惜しくはあるが、それでも納得は出来る。
なぜなら意味がある。
それを奪われた俺達にとっては全てを
これは俺だけの妄言ではない、口では反抗的な712も飄々とした713も同じであると確信している。
どれだけの死線を越えただろうか
極限状態では、時間の長短は機能しない
何度目かの猛攻を腕の一本を犠牲に何とかしのいだ時、遠くの場所で爆発音が響いた。
〈クッ……、我々封鎖機構の防衛システムを……!〉
相手の苛立った通信を傍受する。
〈貴様らよくも……、どこの所属かは知らんが生きては帰さん……!〉
俺は713が目標を撃破したことを悟り、通信を送る。
「作戦は成功だ。713、追手はこちらで引き付ける。目標達成を報告し帰投しろ、712もだ……」
「うっせぇな……、さっさとこの不細工な鉄塊を伸して、適当なこと言いやがったアイツに文句を言いに行くぞ711 当然報酬の上乗せは絶対だ!!」
「……待て」
「713 テメェは逃げ帰れよ、こいつの撃破報酬はオレと711で貰う、ケケケ、分け前が減るのは我慢ならねぇからな……!」
「そういうことならお言葉に甘えさせてもらおうか」
その一言に安心しかけるが、713はなぜかこちらめがけてアサルトブーストをかけながら猛進してくる。
「君の言う逃げ足と言うヤツだ712」
「いちいち癇に障る野郎だぜ、テメェは……」
「……」
「どうした戦友?」
〈逃げればいいものを……だが好都合だ。貴様ら全員この機体で鉄くずにしてくれる……!〉
何かこの戦友達の心変わりをさせられるような言葉を言おうとしたが、止めた。
意味も価値もない俺達だが、それでも意地がある。
例えここで俺達が死んだとしても、きっと俺達の次が……
『よくやった 711 712 713』
通信が入る。
『衛星軌道砲を破壊するのに手間取った』
空を見る。
焼けたルビコンの空に無数の糸弾く流星が尾を引いて落ちていく
この戦場の幕を引く者と共に
〈なっ!? 衛星軌道砲が!? まさか崩されたというのか……? い、いやそんなはずはない! あそこを落とせるほどの大部隊が動いてるなんて情報などなかったはずだ……!!〉
『お前たちを安全に降ろすための別行動とはいえ、すまない、見立てが甘かった』
俺達ハウンズとハンドラー・レイヴン
独立傭兵と仲介屋
この二つが組んだ戦争屋は傭兵界隈にもよく見られるものである。
だが俺達は、その普通の戦争屋と違う特殊な点が二つあると俺は思う。
一つはハウンズの構成員が意味を奪われた者達でハンドラーに飼われた猟犬であること
そしてもう一つ
『C4-621 これよりハウンズに合流する』
そんなバカな話があるかと思うだろうが……
その仲介屋であるはずのハンドラーがいつだって俺達ハウンズと共に前線に立っていることだ。
RANK≫09/B
Handler
AC//LOADER4
アリーナランク:09/B
傭兵集団ハウンズ専属の仲介屋とされているが、実質的なその首魁とみなされている
その来歴は不明だが数々の戦場で傭兵稼業を行い続けてきた悪辣な戦争屋
思想や理念や規模に関わらずどの勢力に対しても金さえ払えば依頼を受け、争いをいたずらに拡大させる。
自分たち傭兵が稼ぎやすい戦場に作りかえるその様は“屍肉漁りの鴉”と体制側から揶揄された
ハウンズ
ハンドラー・レイブン子飼いの傭兵集団
高い任務達成率と忠実に命令に従う姿は、皮肉なことに傭兵でありながらある種兵士の理想形に近い。
しかし、その人員は裏のルートから格安で投げ売られた廃棄品であり
そこからハンドラー・レイブンにより“調整”を受けて戦場へと出荷される商品であるとみなされる。
過酷な任務に駆り出される彼らの番号は常に入れ替わりが確認されており
それはハウンズ立ち上げから100近くにものぼるという。