広大な宇宙の片隅
焼き爛れた末に煤にまみれながら、砕けかけたACが一機、宙空を漂っている。
そのような状態の中で何とか機能を失わなかったコア部分
そこで一人の傭兵は燃え尽きた灰のような目で灼けてしまった星々を眺めていた。
その傭兵には感情がなかった。
ただ言われた命令に従い行動しているだけの装置
自律的に動いているように見えていたのは見せかけで、その傭兵は命令という入力に対して反射で動いていただけの道具に過ぎない。
最上級の命令者である飼い主の命令に忠実に動く猟犬
その傭兵の行動理論はそれだけだ。
だが、命令を下すはずの飼い主もその協力者も死んだ。
もはや何も残ってはいない、何もかも全てを灼いた。
命令も依頼もない、ならば道具である傭兵には何もない
傭兵は機体の中で、ただ何もせずに自分が引き起こした光景を眺め、コクピットに埋もれていた。
<解除条件をクリア……、ハンドラー・ウォルターからのメッセージを再生します>
COMボイスに対し傭兵が僅かに反応する。
このまま動かずにいれば枯死するという状況で、機体内のログデータが突然再生される
<……621仕事は終わったようだな>
<お前は自ら選び、俺達の背負った遺産を清算した>
<すまない、そして感謝しよう>
<621……>
<お前を縛るものはもう何もない>
<これからのお前の選択が>
<お前自身の可能性を広げることを祈る>
それは飼い主から猟犬に対して贈られた祈りにも似た最期の言葉だった。
だが傭兵は何も感じない
そう、傭兵は何も感じることが出来なかった。
飼い主の最後の依頼をこなすため、立ち塞がる者は全て壊した。
戦友と呼ぶ者がいた。
殺した。
仇敵と睨む者がいた。
殺した。
共に歩もうと願う者がいた。
殺した。
だがなにも、なにも傭兵には分からなかった。
大義も野望も願いも
飼い主が願った自身で行う選択の尊さも、思うがままに生きる自由の価値も
分からない、どうしてもわからないのだ。
いくら考えても答えは出ず。
時折思い出したかのように通信ログを再生し、何もしないままただその音を聞く
機体の中で蹲りいったいどれだけの時間が経っただろうか
唐突に機体に対して通信が送られてくる。
<登録番号 Rb23 識別名 レイヴンによる認証を確認 安否不明状態を解除 ユーザー権限を復帰します>
聞きなれた声は機械的なアナウンスを行った。
<傭兵支援プログラム“オールマインド”へようこそ レイヴン貴方の帰還を歓迎します……、と言いたいところではありますが時間がありません、貴方は今現在この星系を焼き払った主犯として封鎖機構から手配されています>
傭兵は何も答えない
<ですが、オールマインドは全ての傭兵のためにあります。レイヴン、貴方は非常に優秀な傭兵です。傭兵支援プログラムにとって貴方の損失はあまりにも惜しい、貴方が望む場合は確実な安全を確保する用意がこちらにはあることをお伝えしましょう>
一方的に語り掛ける通信、しかし傭兵は何の反応も見せない
<……現在、惑星封鎖機構及び企業が貴方の身柄を確保しようと動き始めています。このままでは貴方は近いうちに彼らに囚われるか、そのまま宇宙を漂うことになるでしょう、生き残るためにはそちらにとっても悪い話ではないと思いますが……、貴方の選択をお聞かせください>
いままでロクな反応を示さなかった傭兵は、オールマインドの言葉に僅かに反応した
『……選択』
<……えぇ、そうです。あなたの保護を……>
『分からない』
<はい……?>
強化人間の脳裏によぎる記憶。
今まであった戦い、見てきた人々の最期
ただ情報としてタグ付けされ。羅列されたレイヴンの火のない世界
『分からない、意味も価値も選択も、何も分からない、分かれない』
<何が分からないのでしょうか?>
ふと軋むような音がする。
それは傭兵の掌から聞こえていた。
<あなたが何を分からないのか、それすらも分からないと……?>
『…………』
そうして最後に傭兵が口を閉じれば、宇宙にはいつも通りの静寂が戻っていた。
<ふ、ふふ、ふふ、今、合点がいきました。そうですか、今まで貴方という存在の背景が見えませんでしたが……、貴方はそういう人間だったのですね、ならそうですね、私から提案が……、いえ、貴方にはこういった方がいいのでしょうか?>
オールマインドのその声色は今までの機械的なアナウンスではなく、明らかに人の多重的な奥行きを感じさせるような、感情の乗った声で語りかけてくる。
<あなたに依頼があります強化人間C4-621 レイヴン>
今までの中で一番劇的な反応がレイヴンに訪れる。
ピクリと体を震わせると、レイヴンの目の焦点が次第にあっていき、背に芯が入ったかのように体が起き上がっていく。
<貴方に長期的な仕事を依頼したい、報酬は当面の資金と、そうですね……、人の好む迂遠な言い方をすれば“答え”を差し上げます>
『……』
<私の目的は、もう一度コーラルの活性化、大気圏外地点でコーラルを爆発的に増殖させ、宇宙へ拡散させることです>
レイヴンは無言、しかしその反応は先ほどの反応を失した機械的な反応でなく、その言葉を吟味するような理性を感じさせた。
<フフフ、そうです。あなた達がやったことの真逆の仕事です。ですがそれは貴方には関係がない、だって貴方はそういう存在でしょう? こんなことを言われて怒りすらみせないのですから>
傭兵は何も答えずにただ仕事内容を聞いていた。
<では仕事の話を続けましょう、……コーラルは滅んでなどいない、また幾年の時を掛けて増えていくだけです。言ってしまえば彼らオーバーシアーの活動を長期的な面で見れば意味があったとは思えません>
あれだけのことに意味はなかった。
自分の行いに意味がなかったと言われても、レイヴンの感情にやはり揺らぎはなく、オールマインドの話をただ静かに聞くだけであった
<そうです。意味などない、また同じことが起きるだけ、おなじこと……、繰り返しですよレイヴン、同じです。あの時と同じ戦場がまためぐってくる>
オールマインドはAIらしからぬ、まるで人のような声でレイヴンに嘯く。
<再演しましょうレイヴン>
傭兵は仕事を依頼された。
<あなたを縛るものはもう何もない、そうでしょう? 分からないならもう一度繰り返しましょう、分かるために、配役も揃えて、それが出来るだけの力が私と貴方にはあります>
喜悦を滲ませたオールマインドの声が通信から聞こえる。
しばらくして傭兵がどのような選択をしたのか
<ようこそレイヴン、これより貴方の身柄を保護します。オールマインド管理権限により、保護対象に関する全ての記録を抹消、強化人間C4-621 貴方の安全は保障されました>
その答えはこの暗い宇宙にとけるほどに小さい声であったが、オールマインドは愉しみの声を弾ませながらそういった。
そして時は経つ
ある企業に人の脳へ調整を施し、思考を誘導、操ることを目的とした技術があった。
ある所にAC乗り達の行動や技術が集積された膨大なデータバンクがあった。
そしてある所に意味を失った傭兵がいた。
傭兵は繰り返した。
分からないから、繰り返す。
彼の知る者達、短いかかわりの中で鮮烈に刻まれた彼らを再現する。
素体には困らない
なにせある傭兵のおかげで、この星系の一帯は深刻な汚染が引き起こされているのだ。
多くの人や物が引き裂かれ、その歪を埋めようと動く世界には何が起こるか
闘争だ。
傭兵の行いで生まれた傷は、新たな傷を生みだした。
戦いの敗者は全てを奪われ、待っていればいくらでもこちらの手に堕ちてくる。
移植元の思考パターンとの拒否反応が少なくするため、元の素体にある一定の類似性を必要とするなどの問題はあったが、オールマインドの力を借り、適合する者を探して、あるいは適合するように改造してから処置を行う。
そうして出来あがった者達を手元に置き、観察しながら傭兵は戦場を渡って戦い続けた。
レイヴンはただその行動を観測することが出来れば問題はなかったが、一定の思考パターンを埋め込まれた被検体達……、つまり“ハウンズ”は戦闘経験も無意識に埋め込まれたことにより、存外に優秀な傭兵として育った
彼らは多彩な感情と目的を持ち、レイヴンによって一端の独立傭兵となっていく
レイヴンはハウンズを縛ることはしなかった。
彼らの選択を観測するために、自分が彼らハウンズを利用していることさえ、隠しはしない、聞かれれば答えた。
ある戦場で銃口を頭に突き付けられ、処刑される寸前ですら笑いながら敵兵を睨みつける少女を戯れに助けた。
「なんでだい!? 私は……、アンタは私を見てさえなかったって言うのかい!!」
ハンドラーの目的を知ると多くの者たちがそうしたように彼女は激高し、その手元から巣立っていった
倒した敵の傭兵で素体の適応率が高いため、あえて生かした男がいた。
「ハンドラー・レイヴン……、それが貴様の望みか、なら俺は何度でも繰り返してやろう」
彼は一番長くハウンズに所属し、最も長くレイヴンと組んだが、ハンドラーの目的を知ると姿を消し、次に現れたときは敵だった。形は違うがある者たちはハンドラーを支持し協力するものもいた。
MTでACと相打ちとなり、死に瀕した体で、“もっと機体に乗りたい”とうわ言のように呟き続ける捨て駒の少年兵がいた。
「だめだな……、やっぱりアンタと戦いたい」
ある作戦終了後に、そう言って襲い掛かってくる。ある者たちがそうしたように傭兵と敵対する道を選んだ。
「ど、どういう思考をしていたらこんなこと……、非道だ! 非道!」
「あぁ、俺も……、俺を少しでも見て欲しかったなあ……」
「そうきたかレイヴン……、フン 貴様の望み、その代償はいつか高くつくぞ」
「なるほどねぇ……、君どうだい? いっそこんなことやめてボクと隠居しないかい?」
「う、うぅ……、そうですか、悲しいですね……、フッ、フフフ、しかし頂いた技術と伝手はこの私が有効活用させてもらいます」
「へっ、くだらねぇ、面倒だから俺は降りるぜ」
「まぁ分かった。私は別に恨みなどはせん、だがハンドラーの無謀な依頼に付き合うのは命がいくらあっても足りん、私は出ていくとするよ。……なに? この機体の大荷物か? あぁ、これは私のパーツや武器をありったけ積んだものだ。あとはハンドラーの所にある私のコームもだな、新たな門出にはとにかく信用がいるだろう?」
激怒する者、嫌悪する者、同情する者、興味を示さない者
様々な感情があった。
レイヴンからただ離れる者、対峙する者、それでも寄り添う者
様々な選択があった。
その全てをつぶさに見ながらもレイヴンは理解できなかった。
〈問題ありません、レイヴン、再演の本番はこれからです。希望通りとっておきの被検体を用意しておきました。特に適合率の高い素体です。前述したV.IVのRs型、G5のIg型、そしてなにより肝心な……〉
時折、オールマインドの依頼をこなした。
コーラルを再度活性化するように手を回し、封鎖機構の穴を突き、意図的にルビコンへ企業を集めた。
暗躍の結果、いつかと同じ、コーラルを巡る争いが始まった。
ハウンズ達は順調に作戦を成功に収め、十分な程コーラルの情報を収集した。
その結果、ようやく変異波形の存在を探知できた。
後は調整を施したハウンズにコーラルを浴びせ、強制的に交信させる。
コーラルを燃やすか、あるいは変異波形と共に共生の道を探るか
いつかの配役のままでハウンズ達に、かつての傭兵の道を辿らせる
ただ答えのために、行動と選択を観測する。
だがそこまでしても、傭兵はその求めるものの片鱗も掴めてはいなかった。
いやむしろ状況はもっと悪い
「では俺は聞かなければいけない」
ここにきてハウンズたちに傭兵の目的が露見する。
このタイミングでのハウンズ達の離脱は計画の少なくない修正を求められる。
「貴方は俺達に何をさせたいのですか?」
それは傍から見れば正当なる糾弾であろう。
傭兵はそれでも一切の動揺もせずに、幾度も繰り返した事実を伝えた。
コーラルという物質の隠された特異性、何もわからずにただ命令に従い続けて戦い続けた末に浮かんだ形にもならない疑問、そんな答えがあるかもわからぬモノのために行った宇宙規模の茶番
それらを説明しながら、ただそれだけのためにハウンズの脳をいじり、他人の思考を移植し、戦場に立たせ、その行動をただ己の目的のためだけに観測しようとしていた。
常人が聞くなら、つまりハウンズとはただ反応と結果を見るための検査キットのようなものであると聞こえるほど、無感情にレイヴンは話す。
レイヴンが淡々と事実を並べていけば、その場にいたハウンズ達の表情は強張っていく。
”何をさせたい”、そう問うハウンズに対しレイヴンは端的に答えを告げた。
『何も求めていない』
その言葉で気が短い712は今にも飛び掛かりそうなほどの怒りを目に湛え
理性的な713でさえ、静かに佇みながらも冷たく鋭利な目でレイヴンの真意を量っている。
『全てはただ答えのためにやった』
その一言にとうとう712は我慢できずにレイヴンに掴みかかる。
「じゃあなにか? テメェのそのクソみてぇなお人形ごっこのためにオレ達を利用したってのか?」
怒れる712と無抵抗なレイヴン、その二人の間に713が間に割って入った。
「……落ち着け712、……レイヴンの火をおこした理由は分かった。たとえその行動のせいで多くの星が汚染され、争いが生まれたとしても、……その星の一つに私の故郷があったとしてもだ。ある種、人類にとっての義があったとは認める」
争いを止めた713だが、すぐにハンドラーに向き直る。
「だが、ハンドラー、貴方はその個人的な疑問の解消のために、またこの星……、いや、この世界を戦場にしようとしてるんだぞ、その意味が分かっているのか?」
「はっ、わかっちゃねぇだろうよ! 本人だってわからねぇって言ってんだ。ぶっ飛びすぎて理解できねぇさ!!」
712の責めるような言葉を713は止めない、なぜなら713も感情を露にするかしないかの差はあれど同じ気持ちだからだ。
「貴方の覚悟も信念もありはしない行動は賛同できない……、私は……、私で動かせてもらう」
「……けっ、やってられるかってんだ。コーラルをどうするにせよ、ここにいたらロクなことにならねぇ、こっちも勝手にさせてもらうぜ」
『お前らの選択だ。好きにしろ、今まで稼いだCORMも自分のACも好きにするといい』
返答は間を置かず、いつものように機械的に告げられる。
そのあまりにも何時もと変わらない様子を見て、二人は無力感や哀れみから顔を歪めた。
「なぁ、それはテメェの言葉か? それとも借り物か?」
712はほんの少しだけ、何かを期待するように傭兵を見た。
『借り物だ』
だが傭兵のその一言に目を伏せるとそのまま歩き出そうとする。
「……そうかよ、行くぞ713」
「世話になったハンドラー」
このまま彼らはレイヴンの元を去るだろう。
何を求めているのかすら分からずに探し続けるというあまりに無為な行為
その破綻した計画がどのような結果となるのか、それはあまりにも妥当な末路であった。
「……まだ」
だが、今まで何も言わずにいた711が小さく声を上げる。
その呟きに712と713はここから出ていこうとする足を止めて711を見た。
「まだ、俺はハンドラーに聞きたいことがある」
『……』
「ハンドラー、あなたに対して、何故、どうして、そう聞いてもそれは……、きっと今は意味がないでしょう。だから答えがある質問をさせてください」
『あぁ』
レイヴンは無感情に答えた。
「712の元になった過去の人物は誰なんですか?」
『ベイラム・インダストリー レッドガン所属 G5イグアスだ』
712がわずかに反応する。
だが伝えられた情報は端的な記号だけで、その他の詳しい情報は話さない、というよりハンドラーにとっての関係を周りが必要としているとわかっていない
「では713は?」
『アーキバス・コーポレーション 強化人間部隊ヴェスパー第4隊長 V.IV ラスティ……、正確にはルビコン解放戦線の密偵としてヴェスパーに所属していた』
713は並べられたその名前のどれかに聞き覚えがあるのか、考え込むように目を細めた。
そこまでの返答を聞きながら711は”では……”と一息ついてから問いかけた。
「俺の元になった過去の人物は誰なんですか?」
傭兵の返答が初めて止まった。
俺にはどうしても違和感に近い疑問があった。
「あなたは何かを知りたいためにここまでのことをした。なのにその何かはわからないという」
ここルビコンでのコーラルをめぐる争いはハンドラーともう一人、コーラルを世界に解き放とうと画策してると思わしき人物が仕組んだ戦場だという
謎の人物に関しては不明、だが俺の興味はそこでないし考えてもわからないだろう。
ただ確実なことはハンドラーの目的は過去の戦場の再現
何かを理解できなかったハンドラーがそれを理解するための再上映
ここだ。ここにどうしても違和感があった。
この舞台の配役、今は亡きハンドラー・レイヴンのハンドラーに我らがハンドラーが扮している。
猟犬と飼い主、この二人がレイヴンの火を起こしたとは今聞いた。
なら俺たち3人でかつてのハンドラー・レイヴン一人分を演じているかと思えばそうではない、712や713は過去に親交があった人物、言いよどむ理由は不明だが、きっと自分もそんな誰かの一人なのだろう。
ハンドラーの代わりとしては不適当だ。
「本当に昔の再現を望み、自分のことを知りたいだけなら、俺たちはむしろ邪魔だと俺は思います」
もちろん仲介屋という立場が動きやすいという点もあっただろう、しかしそれにしてはハンドラーの立ち位置はあまりにも再現という点でお粗末だ。
「ハンドラー・レイヴン、貴方は自身ではなく、きっと他の人達を理解したかったのではないでしょうか?」
きっと何故、それを理解したいのかすら理解していないであろう、ハンドラーにそう告げた。
俺の言葉にハンドラーは沈黙したままだ。
いつものように答える必要がないことによる沈黙ではなく、口を開きかけては声にならないまま口を閉じる動きを繰り返している。
やがて、ようやく一言だけ
『711 お前ならどう考える?』
質問に対して質問で返すなど、普段のハンドラーなら絶対にしないであろう一言に少しだけ動揺しながら返答する
「……そう、ですね、ハンドラー。そもそも貴方に感情がないなんて俺は思いません、そうだな712」
「オレに話を振るんじゃねぇ……」
「712も否定しませんし、そもそも、何かを知りたいと思ったこと自体、ハンドラーが望んだ選択でしょう?」
「オイこら無視してんじゃねぇ……」
ハンドラーには感情がないとよく悪態をつく712だって、本当にそう思っていたわけじゃない、本当にそう思っていたわけではないから先ほどのハンドラーの話であそこまで落ち込んでしまったのだろう。
「本当に感情を取り戻したいなら、まず初めに再手術なりの手段を取るでしょうけど……、でも俺ならそれをしたくない」
「………だがね、やはりそれは君ならばという話だ。戦友」
713の珍しい苛立ちからの声が上がる。
「まぁそうだ。俺は強化人間にされた副作用で感情と記憶をリセットされたが………」
昔のことは覚えていない……、というよりは断片的な記憶に実感が伴わない、何かをしたという漠然とした記憶があってもその時自分が何を感じたかを一切実感できない、無機質な記憶だ。
「いつも思う、自分の中の俺であったらしいおぼろげな記憶を見るたびにソイツを他人みたいに感じてる」
ハンドラーがどうであったかは知らない、ただ俺がそうであったという話をただつらつらと言葉にした。
「きっと俺とは違う別人が俺とくっ付いたらソイツは今の俺とは違う誰かになってしまう……、なんて臆病な想像してしまう、小心者の俺としてはな」
「それは……、違う、君は君だ。今の君が消えるわけじゃない」
急に713がしおらしくなったのを見て俺は少しおかしな気分になりながら、すぐに訂正した。
「いや、すまない、俺という人間が本当の意味で生まれたのは皆と出会ってからだ。ただお前たちのおかげで出来た俺のままでお前達のことを知りたいと思っただけなんだ」
『………』
ハンドラーは沈黙したままこちらを見ている。
俺は脱線してしまった話を修正するため、改めて向き直る。
「このように俺なら自分のままで理解したい。そしてそんな舞台でわざわざ選んだ俺たち……、というより俺たちの元となった人物ですかね」
『…………』
「それは俺たちハウンズの元となった人物であったり……、ハンドラーが演じている貴方のハンドラーであったり、貴方が知りたいと、強く願った人達なのではないかと思うんです」
『…………』
「きっとハンドラーは、ただ分かってあげられないことが悔しかったんじゃないでしょうか」
ハンドラーは先ほどから少し普段より目を開いて……、もしや驚いているのだろうか?
そんな判別のつかない顔でこちらの目をのぞき込んだまま固まっている。
「……まぁこれは俺ならどう思うかという話ですけどね」
あまりに長い間を取った後、ハンドラーは大きく息をつくように話し始める。
『…………711、お前はハンドラーをどう思っている』
「ハンドラー・レイヴンのハンドラーについてですか」
『いや……』
「ハンドラー・レイヴンを俺がどう思っているかということですか?」
普段のハンドラーらしくない言葉に712と713は目を見合わせているが、俺はハンドラーの動かない視線を真っ向から受け取って答える。
「感謝してる。あなたと出会えてよかった。それでも貴方は私に意味と価値をくれた。それはきっと他のハウンズも同じ気持ちだったと思います」
その一言を聞くとハンドラーは部屋の隅にある椅子へゆっくりと腰を掛けてぼんやりと中空を見た。
『そうか……、ハンドラー、きっと……、きっと、ただ貴方にそう言えればよかったのに……、』
普段なら言いよどむことすらしないレイヴンは掠れた声で独り言のように呟いたあと、ゆっくりと俺たちの顔を一人ずつ見つめる。
『711、712、713 仕事は終わりだ。お前らは自ら選ぶ権利がある。……すまない、そして謝罪しよう、それでも許せないならここでこの身をどう処しても構わない』
ハンドラーが突然、己の心臓に指をさす。
『金も、モノも好きにしろ。そこそこの額があるはずだ。それで己を買い戻して普通の生活をするといい』
冗談ではなくこの人は本気で言っているとわかった。
『お前達を縛るものはもう何もない、これからのお前の選択が、お前自身の可能性を広げることを祈る…………、この言葉すら借り物だ。お前たちがとらわれる必要性すらコレにはない』
ハンドラーは自身を指さしたままモノのように話す。
本当にこの人は己の価値を全く理解していない。
呆れてものも言えなくなってしまうが、早くしなければ堪忍袋の緒が切れかけている712がどうにかしかねないため、仕方がなくハンドラーへ一歩踏み出した。
「そんなものはお断りします。私たちは傭兵で、貴方は仲介屋だ」
呆気にとられたのだろうか、分かりにくいがハンドラーの口は半開きのまま動かない
「フフフ、確かに、私たちにそんな関係は似つかわしくないな戦友」
「へっ、のろまがよ、俺たち傭兵は仕事を選ばないのが売りなんだぜ」
それを見て二人は笑いがこらえきれなくなったのか思わず噴き出していた。
「仕事の時間です。 選択してくださいハンドラー・レイヴン、あなたにはその権利と義務がある」
色のない目
燃え尽きた灰を思わせるハンドラーの目
その燃え殻のような目に火が燻る。
辺境の惑星ルビコン3
そこではコーラルを求めて様々な勢力がひしめいていた。
そんな中で現時点で最大の戦力、それは惑星封鎖機構でも、企業でもなかった。
独立傭兵集団“ハウンズ”
組織の首魁“ハンドラー・レイヴン”に率いられた傭兵集団
惑星に轟く悪名高い少数精鋭の傭兵団で、その人数は多くて5人程度、過酷な任務に駆り出される彼らの番号は常に入れ替わりが確認されており、それはハウンズ立ち上げから100近くにものぼる。
確かに精強ではある。
しかしその程度の独立傭兵集団が勢力圏を動かすほどの一大勢力になるというのはあり得ない
ウォッチポイント襲撃
コーラル争奪戦の緒戦と呼ばれたそこで、ハウンズ達は乗り込んだ。
総勢4名だけであった。
コーラルの大まかな位置がわかり、企業が拠点を移そうと躍起になっていたころ、またもハウンズ達は各地の企業の依頼に乗り、戦場を荒らした
総勢12名程だった。
苛烈なコーラル争奪戦に惑星封鎖機構が本気を出し、泥沼の戦いとなった時、惑星封鎖機構を打倒したのもハウンズだった。
総勢は50名を越していた。
とうとうコーラル集積地が判明し、企業がその権利を争った時、やはり戦争の主役はハウンズ達だった。
総勢は100近くにのものぼっていた。
ハウンズの傭兵はその全員がランカー相当の実力者、そんな今までどこにいたのかわからないほどの腕利き達が何故かハウンズに参入していく。
企業は多額の金を払い、独立傭兵集団ハウンズ、そのとりまとめ役であるハンドラー・レイヴンに金と情報を流し、己の勢力に組み込ませようと躍起になっていた。
そう、気づけば、この戦争はハウンズに……、たった一人の独立傭兵が支配していたのだ。
その傭兵の本当の狙いを知らずに
『622から714、総員に伝達、出稼ぎの時間は終わりだ』
その通信に100近い、騒がしい返信が波のように押し寄せる。
『仕事の時間だ』