ダンジョンに運命の人を求めるのは間違っているだろうか 作:干した干物
――【転送】 さようなら、
世界が震えた。視界が幾重にもブレて、甲高い音が頭に響いた。
「うっ…。」
倒れた勢いで後頭部を地面にぶつけ、高波が押し寄せるような頭痛が襲った。
その頭を手で押さえ付けて、立ち上がった。
そして、痛みで歪んだ顔が絶望に染まるまではそう、時間は掛からない。
「…どこ、ここ。」
恐らく陽の光が届かない地下。
それにも関わらず、そこかしらがぼんやりとした光に包まれていて。
何処までも広がる洞窟。
その最果てに吸い込まれそうな感覚を覚え、後退りした。
ぐにゃ。
踵から妙に気持ち悪い感触が返ってきた。
「…えっ。」
咄嗟に振り向くとそこには黒ずんだ緑の肌を持つ醜悪な貌の生き物がいた。
小学生くらいの体格なのに凶悪犯のような歪んで歪み切った顔だった。異常なまでの突出した鼻に野生動物のように伸びた歯。
人間ではなかった。人間を象った化け物がそこに倒れていて。
「…ぁ、あ。」
ああああああああああ。
叫び声を上げて、そこから走り出した。
右も左も分からず、出口に向かって進んでいるのかも分からない。
分からないこと尽くしだけど今足を止める勇気は無かった。
冷や汗が熱気を含んだ汗に変わる頃、僕の足は止まっていた。
僕の目線は眼前の壁へ釘付けで。
…壁が動いていた。
もぞもぞとした波打つ躍動が柔らかさを含まない石から放たれた。
まるで、幼い頃の自由研究で作ったスライムのように。
そして、それがあたかも前座かと言うかのように異常は加速する。
空いた口が塞がらない。
目をガバッと見開いて、一歩も動けない。
口から吐く息が酷く細く、細切れになっていた。
「はぁはぁはぁ…。」
粘液のような壁から右手が這い出してきた。
その手は先程の緑の人型の化け物のように歪で。
いっその事、ホラー映画の一場面のようで。
「ぁは…は…ぁ。」
カタカタと歯を鳴らして、顔を盛大に歪めた。
歪んで歪んで、呼吸すらも儘ならずに。
…化け物が壁から這い出した。
その化け物がこちらを睨んで、足の先をこちらに向けた。
「ぁああああああああ!!」
地面の凹みに躓いて額と鼻を打ち、血が零れ出しても走った。
逃げて逃げて、脇目も振らずに逃げ出した。
その先に、新たな化け物がいるとも知らずに。
…牛の顔を着けた巨躯だった。
〝ンモォォオ〟
地響きのような、底無しの低い音が響いた。
「な、なんで、こんな…。」
なんで僕はこんな目に遭っているんだ。
僕はいつも通り、朝起きて学校行って…、そんな日常を送る筈なのに。
両親が犯罪者だから?妹を心の奥底から嫌っていたから?
そんな訳あるか。
そんな訳ない。
そんなことで、殺されてたまるか。
…どうせ妹の仕業だ。
唐突に心の底からどす黒い膿が湧き上がって来た。
その膿を吐き出したくて、他責に他責を重ねて。
本当の化け物はあいつで、今もこうなっているのはきっと僕の頭でも弄っているからで…。
膿を吐き出すのは気持ち良かった。
ゴミ箱の底につっかえていたゴミを一掃するかの様な爽快感を感じた。
それがおぞましい行為だとしても。
あいつは初めから可笑しかった。
僕が何年も掛けて至った場所へ一日で到達し、あまつさえ飛び越してこちらをゴミの様な目で眺める。
「そんな事も出来ないんですか?兄さん。」
始めは僕のことをそう、嘲笑っていた。
けれど、それを重ねる内にもう人間としてすら僕はその眼に映ることはなかった。
そうだ。
そうだったんだ。
全部あいつのせいだ。
可笑しいと思っていたんだ。
両親は警察ごときに尻尾を掴まれる様な人間じゃない。
同級生は簡単に交通事故に遭って亡くなるような人間じゃない。
じゃあ、この悪夢のような状況も。
全部あいつの仕業だ。
そう自身の中で結論付けると目の前の怪物が牛の頭を被ったちょっと怖い着ぐるみ程度に感じられ、思考にある程度の余裕ができた。
もしかすると―――。
よくよく考えるとこの状況、如何にもゲームっぽくて。
ゲームでよくあるダンジョン系RPG。
そんな世界に似通っていた。
なら。
「僕を『表示』してくれ」
その言葉を皮切りの視界が文字の羅列に埋め尽くされた。
【ステータス】
名前:相川渦波 HP80/80 MP15/15 クラス:無碍者
レベル1
筋力2.00 体力3.00 技量5.00 速さ3.00 賢さ4.00 魔力1.00 素質2.52
状態:混乱0.81 恐怖0.43 狭窄0.00
経験値:0/100
【スキル】
先天スキル:月魔法1.01 魔力操作1.00 格闘術2.18
後天スキル:剣術1.00 感応1.00 演技1.00
固有スキル:???
【魔法】
月魔法:ディメンション1.01
「は、ははっ。」
その視界に張り付いた文字列が僕を僕以上に詳しく冷淡に表示していた。
虚勢を張って、この世界を妹が僕の頭を弄った結果だとかゲームの世界だとか言ったが、いざそれを目にすると無意識にも常識と比較してしまって吐き気を催した。
つまり、ここは地球なんかじゃない…。
本当にゲームにありがちな場面で。
…嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ!!
なんで僕がこんな目に。
どうして。
そう、悠長に考えて、眼前の牛頭に注意を払わなかったことが最悪の事態の引き金となった。
牛頭は暫く固まっていた僕に合わせて動かなくなっていたがどうやら痺れを切らしたようで、咆哮を鳴らし、手に持つ石斧を振り落とした。
それに気付いた頃にはもう頭頂部に石の刃が迫っていた。
あっ、死ぬ。
そんな半ば諦めが含まれた言葉が頭を過ぎる。
咄嗟に体が動くはずもなく、漠然と焦点の定まらない瞳で牛頭の怪物を眺めた。
その時、横腹に何かが衝突してきたかのような衝撃が走り、僕は大きく真横に飛ばされた。
同時に我に返り、僕を石斧から遠ざけた者の顔を見た。
白髪の僕よりも歳下の少年だった。
その少年が固まっていた僕に飛び掛かり、危機を救った。
「だっ!大丈夫ですかっ!」
少年の顔は恐怖で引き攣っており、口元が若干痙攣していた。
「な、なんでミノタウロスが此処にっ!?」
ミノタウロスと呼ばれた怪物が逃げた獲物である僕と少年に向かって歩き出した。
「に、逃げないとっ!!」
怯えた自身に発破を掛けるよう大声を出して立ち上がった。
しかし、倒れたまま茫然としている僕はもう、逃げる気力すら無かった。
少年は僕の手を掴み、勢いよく走り出した。
その手は震えていた。
それでも僕の手を離さず強く握り、あの怪物から引き離そうとする。
…僕とは違う。
そんなに恐怖で震えていながらも握る手は力強く、背後からみる背中は小さいながらも立派だった。
輝いていた。まるで、物語の中に出てくる主人公のようで、ただただ眺めることしか出来なかった。
息を呑んだ。
目を見開いて、その背を見続けた。
けれどそれも…。
少年は立ち止まった。
「そ、そんな…。行き止まり…。」
絶望に顔を染め、手を握る力を強めた。
そんな中でも迫り来る牛頭から僕を隠そうと背後へ押しやった。
一歩また一歩と牛頭が此方へ近付く。
追い詰めた獲物を悠然と狩ろうと近付く様はまるで死神。
「ぁあ、ああっ…」
少年は振り下ろされる石斧から目を背け、歯を食い縛った。
しかし何時まで経ってもそれは僕らの頭を食い破ることは無かった。
…鮮血が舞った。
唐突に牛頭が崩れ落ち、少年に血を撒き散らした。
少年の瞳はその先に釘付けとなっていて、光り輝いていた。
対して僕は、化け物を超える化け物が現れたことにより、更に絶望に彩られた。
「…大丈夫?」
更にそれは。
…人間だった。
僕と同じくらいの歳の少女が剣の一振であの化け物を斬り伏せて。
ゲーム的に考えると理解出来る。
レベルを上げてスキルを上げて。
そうやって強くなるのかも知れない。
だけど、本能が鳴り止まない警告を発する。
人間を模した化け物がそこにいると。
それはふとした気分で僕らの生死を左右できる。
そしてあの妹のように、その時の目はゴミを見るような目で。
平然と嬲り殺せてしまうだろう。
その少女に少年は手を差し伸べられ、奇声を発しながら逃げていった。
そのあとを目で追って、少女と目線が交差した。
「…あなたも…」
大丈夫と。
そう手を差し伸べてきた。
「ひぃっ…」
当然、僕も悲鳴に近い奇声が洩れる。
ゆっくりとその少女の手が伸びてきて。
僕は少年の後を追うように逃げ出した。
どうも、メス堕ち撲滅委員会会長の干物です。
TS大好き。でもメス堕ちは許さんを信念に。
更新は不定期になりますがどうぞ、よろしくお願い致します。