ダンジョンに運命の人を求めるのは間違っているだろうか   作:干した干物

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弱者の呪縛

逃げて逃げ続けた先には――、光があった。

純白の炎が揺らめいて、人を象った。

それは、罪過の身さえも暖かく照らした。

温もりはいつかは途絶える。

薪を焚べる手を止れば誰からも認知されずに消える。

薪が無くなれば少しづつその存在をすり減らしながら。

水を浴びせると盛大な悲鳴と共に。

 

消えてはならない。

だから―、僕がその灯火をずっと見守っていく。

例え誰からも忘れ去られても。

 

 

 

☞☞☞☞☞

 

 

 

二度目の目覚めは前回とは異なり、優しく温もりに包まれたものだった。

ダンジョンとは異なる、古ぼけていてもまともな石材で組まれた壁が目に映った。

 

確か、あの人型の怪物から逃げて…。

その後の記憶が無い。

すっぽりと抜け落ちたかのように綺麗に消えていた。

 

「目が覚めたかい?」

 

幼い声が耳にスーッと流れた。

覚えた違和感さえも綺麗に消し去る清涼がそっと耳を撫でた。

 

「ここって…」

 

僕の横にいたのは幼い少女だった。

少女のどこまでも澄んだ碧の瞳で見つめられる。

此方を見透かすような瞳で、反対に僕が彼女を見詰めてもそこには綺麗すぎる漠然とした碧しか映らなかった。

「何を隠そう!ここは教会の地下なのさ! 」

 

黒いツインテールがランランと跳ね、軽やかな躍動を生み出す。

両手をバッと広げ、高らかに言った。

 

「そうなんですか。…それよりも」

 

その先の言葉を繰り出すのに少し、勇気が必要だった。

本人も気にしていることかも知れないし、気にしていなくても…。

ざっと見回した感じでは、ここは生活感が溢れ出ていてこの人の居住地である可能性が高い。

周囲は塗装が剥がれて石材が露出し、天井に至っては貼り付けられた木材の隙間から僅かに光が漏れ出している。

このベッドもそこのソファーもゴミ山から拾ってきたと言っても納得出来るまでの窶れ具合。

 

「それよりも?」

 

少女はその先を言って欲しいとばかりに言葉を促した。

だから、僕は勇気を持って彼女に訊いた。

 

「なんでその…。…殆ど引き裂かれたかのような服を着ているんですか?」

 

彼女の目が点になった。

そしてゆっくりとその言葉を咀嚼して、慌て出した。

 

「こ、こういうファッションなんだ!別に貧乏で着る服がない訳じゃないんだ!」

 

焦ったように言い訳がましいことを言う彼女に僕は失笑した。

 

「ところで、君の名前は?所属しているファミリアも教えてくれるかい!?」

 

僕の勘違いかも知れないがその瞬間、緊張が走った様に感じた。

彼女の口調は先程までと同じで瞳でさえも優しくあった。

それなのに張り詰めた空気を感じるのは偏に僕自身に問題があるからだろう。

 

僕の名前は。

そう訊かれ、今まで忘れていた現状を思い出した。

僕は、言ってしまえばこの世界にやって来た異物。

ダンジョンがあってモンスターも出てきて、目の前の彼女のファンタジーめいた露出衣装。

恐らく鉄板のように地球とは科学力が大きく異なっていて。

そして、あの『表示』に魔力という文字があったことから魔法なんてものがある世界だと推察できる。

 

…僕は魔法云々がない世界からやって来た。

そんなものの辿る道は深く考えずとも良くはないだろう。

 

僕がいた世界でも異世界から来たという事実を知られてしまえば最悪、どこかの研究機関に連れ去られてしまう可能性もある。

それこそファンタジーめいた話だが、否定はできない。

人権は現地の人間にしか適用されない。

異世界人というのは此方側からすれば宇宙人と同義であるから。

それを知られてしまうのは不味い。

だから偽名を使おう。

 

ふと、彼女を見た。

僕の返答を心待ちにしているように純真な眼差しで見つめられた。

そこに一般的な母親を連想できる温かさがあった。

全てを見透かすような瞳だが、ただひたすらと温もりが広がっていた。

そしてその目に向き合わないことが酷く心苦しくて。

 

やっぱり偽名はやめよう。

名前くらいなら何とでもなるし、何より嘘はつきたくない。

 

「ファミリアっていうのはよく分からないんですが、僕の名前は相川渦波です。」

 

彼女がそっと微笑んだ。

 

「カナミ。カナミ君…。」

 

言葉を咀嚼して顎を擦り、何かを考える素振りを見せる。

 

「ファミリアには所属していないんだよね!?」

ファミリア…、イタリア語で家族。

イメージ的にはギャングの組織が思い浮かぶ。

日本でファミリアと言ったら大体それを指すのだろうけど。

もしかすると、そういった危険な組織に加入していないかを問うている可能性もある。

ここは紛争地帯のような場所で、敵対勢力だとバレると危ないだとか。

はたまた、日本のように治安の整っている場所でテロを警戒しているだとか。

そんな考えが頭をぐるぐると往来する。

 

「多分…、はい。」

 

彼女はそっと目を細める。

うーむ、と唸り声に近い音をだした。

 

暫くするとパッと顔に笑顔が浮かべて僕にいった。

 

「カナミ君!!ボクのファミリアに入らないか!?」

 

色んなものを飲み込んで出た言葉だろう。

彼女の考えていることは分からない。

けれど、こんな怪しい人物に何も思わない訳もなく。

 

彼女の言うファミリアがどんなものかも分からない。

僕に不幸を齎す可能性もあるし幸運が訪れる可能性も。

断片的な情報でさえ出揃っていないので、本当に何も分からない。

それでも彼女もそうしたように、その全てを飲み込んで笑顔で言った。

 

「はい!入らせて下さい。」

 

その言葉を言い終えるのと同時にコツコツと硬質な靴音が鳴った。

 

その音を耳にした彼女は恐ろしい速度で顔をそちらに向ける。

 

「神様。戻りましたよ!」

 

ピクリとツインテールが跳ねた。

まるで命が吹き込まれたかのように、生き生きとしていた。

そして、発声源に向かって飛びついた。

その時の顔はだらしがないまでにほころんでいて。

 

「ベル君!!おかえり!!」

 

そこに居たのはあの時の少年だった。

ふわふわとした真っ白な髪で真紅の瞳の少年。

それに追随するかのように浮かべる笑顔も柔らかく、純真だった。

真っ先に思い浮かんだのは純白無垢の兎。

彼は兎のような可愛らしさに溢れた生き物で。

 

「あの、体調は大丈夫ですか?」

 

こちらに投げかけられた言葉だと判別するのに一瞬の時間を要した。

僕を見つめる瞳はどこまでも綺麗で、光り輝いていた。

 

「う、うん。ありがとう…。あの後…」

 

言葉に詰まって、彼の顔を見た。

そこにあるのはただただ心配するような顔だった。

 

「あの後、ダンジョンを出た後に倒れて…。知人を探したんですけど、誰もいなくて。」

 

申し訳なさそうな面持ちで僕を見る。

そういった経緯があったと。

 

けれど…。

そんな顔をされたら僕は、耐えられない。

この世界の人間と僕は根本的に異なる存在だと身構えていた。

 

なのに。

この少年、ベルはまるで同じ人間のようにとても丁寧に対応していて。

自身が楽になるための予防線を張っていて。それを知らずにベルは手を伸ばして来て。

無償で手を差し伸べてくれる人に対してナイフを隠し持っているかのようで。

その自身の意地の悪さに吐き気がした。

まるで自分が人を簡単に騙す悪人のような気がして、ひたすらと気持ち悪かった。

耐えられない。

その瞳で見つめられると。

 

「カナミ君?どうしたんだい!?顔色が凄く悪いよ!?」

 

「あっ…。いえ。大丈夫です。」

 

その神様と呼ばれた彼女の発する言葉でさえも、ぐにゃりと胸を押し潰されるような感触を覚える。

 

「よし!」

 

パンッと手を叩いて僕のふつふつと湧き上がってくる思いを払拭するように彼女は言った。

 

「カナミ君もボクのファミリアに入ったことだし!」

 

ベルが聞いていないとばかりに狼狽える。

 

「ステイタスの発現、とっとと済ませちゃおう!!」

 

その言葉に引っ掛かりを覚えた。

ステイタスの発現とは。

僕は『表示』で既にステイタスは発現している筈。

一体、どういうことなのか。

 

「ベル君は後ろを向いてね!!」

 

ベルはその言葉を受けハッと目を見開き、顔を茹でダコのように赤く染めた。

 

…なんだその反応は。

まるで女性を前にした思春期の少年のようで。

 

そして示し合わせたかのように、部屋の奥に置かれた姿鏡に映る僕が目に入る。

 

そこに居たのは僕じゃなかった。

妹の面影が混じる女の子で。

右手でそっと顔に触れた。

同時に鏡に映った女の子も対称の手で顔を触った。

 

「…ぁ」

 

腰まで伸びた吸い込まれるような艶やかな黒髪。

スラリとした鼻筋に仄暗いけれど大きな瞳。

丹精込めて作られた人形のように端正な顔立ち。

人間離れしたその美貌が僕を見つめていて。

瞬きをすると長い睫毛が花弁のように花開いた。

 

「あ…ぁ…」

 

…妹に似ていた。

確かに僕が女だったらこうなんだろうとは思う。

でも…。でも!!

 

「…僕じゃない…。…僕じゃないっ!!」

 

僕は誰か。

僕は男だ。男に生まれて男で育って。

 

「…違う。僕は女なんかじゃない…。」

 

僕は僕であるというアイデンティティ。

その根幹がぐらりと揺らいで。

 

「っぁ…。ぁあ…。あああああああああ!!!」

 

発狂した。

肺から空気を無理に押し出して絶叫した。

息ができない。空気を吸おうとも横隔膜が尋常じゃない速度で痙攣して使い物にならない。

 

「カ、カナミ君ッ!!」

 

彼女が大声を上げて僕の肩を揺らす。

「しっ、しっかりしてくれ!!」

 

手を握りしめ、激しく揺さぶる。

 

「息を!息を吸うんだ!!ゆっくり!ゆっくりでいいから!!」

 

今はそんな言葉が届かない。

耳には入っているが体内で起きた異常に対し最大のリソースを割いている為、まるで聞こえない。

 

そんな様子を見て彼女は意を決したようにベルに向かって言った。

 

「ベル君…。この子の頭を叩いて気絶させてくれ…。」

 

初めは反論を行おうとするのだが、彼女の顔を見てしまう。

今までに見せたことの無い表情で、ベルを見つめて。

罪悪感に後悔に苦しみ、それらがぐちゃぐちゃにかき混ぜられたような顔で。

…覚悟していた。

 

そして、カナミの顔を見る。

その端正な顔が歪んでいた。

涙を流しながら喉を抑え、苦しんでいた。

 

ベルの顔が絶望に染まった。

腰に着けていた安っぽい短剣。

さやに嵌ったままのそれをカナミの頭に勢いよくぶつけた。

 

 

僕の最後に見た光景は…。

息ができなくなって死にそうになった時、ベルが手に持った短剣を僕の頭に振り下ろした。

血がべチャリと付着した短剣がゴトリと音を立てて床に落ちた。

その時のベルの顔は二度と見たくないようなもので。

その後は視界が真っ白になって意識が途絶えた。

 




こいついっつも発狂してんな。

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