気が付くと、知らない天井が目に入った――という面倒臭いことは起こっていない。
時刻も、場所も何も変わっていない。
「……気のせいだったのかな」
スマートフォンに目を向ける。時刻は午後零時二十五分を指していた。
「……あれ?」
おかしい。
ついさっき見た時は、午後零時三十分だったはずだ。いくらぼぅっとしていたとしても、流石に時間を見間違えるほどバカなことはしない――と思う。
――まぁ、いいか。
見間違えで解決出来る事象を、無駄に深く思考するのも、僕にとっては面倒臭い。少女のことは、課題から逃れるために脳が創り出した幻影だとでも思っておこう。
決して、小学生の女の子など望んで見たものではないと誰にでもなく主張しながら。
自販機でコーラを購入して、ちゃっちゃと飲み干す。
懐はかなり温かい為、それなりには遊べるだろう。何せ、今月は必要経費以外何も使っていないのだ。こうも無気力だと金は中々に減らないものである。
「……ん、まぁ、適当にぷらぷらするかぁ」
目的地と目的を決めるのが面倒臭くなった僕は、そう呟いてデパートを出た。
とりあえず、最も面倒臭いであろう『夏休みの課題』から避けるように家とは反対方向を目指して。
外に出てしばらく歩く。
日陰や空調の聞いた地下などを利用して、なるべく汗のかかない道を通って。
更にしばらくして、家から一つ向こうの街にある商店街に辿り着く。元々、家がこの辺りにあって、商店街を抜けた先に小学校や中学校があった為、ここはよく通った。
「懐かしいなぁ」
僕の性格として、何事も曖昧にして生きていく。だからこそ、ちょっとした懐かしさを楽しめたりもする。まぁ、大体が道に迷ったりしてしまうのだが。
商店街のおじさん、おばさんはまだ僕のことを覚えているらしく、目が合うと話しかけてくれる。
適当に挨拶をして何か変わったことがないかとか、共通の知り合いの失敗談とかを、聞いてもいないのに話してくれる。
話す内容を考えるのも面倒臭い僕にとっては、そのぐらいが丁度いいのかもしれない。同級生と話すのはたまに面倒になるのだが、この辺の人達と話すのはあまり苦にならない。
こうやって、人とコミュニケーションを取るのは結構楽しい。――まぁ、友達と遊べばもっと楽しいのだろうけど。
適当に相槌を打ちながら、考える。
――果たして、友達の定義とは何なのだろうか、と。
友達。平たく言えば、知り合い以上家族未満。恐らくはそんな感じだろう。
一応、クラスメイトの半分ぐらいはそんな関係だ。
周りの話を聞くと、休みの日は友達といろいろなところに回って、遊んで、それで一日が終わるらしい。
たまに遊びに誘われて行くこともあるが――一体何が楽しいのか理解できない。
いや、確かに友達とグダグダしたり、ああでもないこうでもないと高校生らしいエロ話や、学校の誰が可愛いかとか、誰が性格悪そうだな、などと話すのは楽しい。
だけども、ソレが終わって家に帰ると真っ先に出てくるのは大きな大きな溜息だ。言い換えれば疲労感。
やはり自分以外の人間は、勿論のこと自分ではないのだから何を考えているのか分からない。それを知りたいとも思うが、嫌われているのではと考えてしまうとやはり聞くに聞けない。
決して相手の本心を突かずに、それとなく仲のいいように見える会話を繰り広げる。そんな平面上の平和を保ち合う関係が、友達というものなのだろうか。
そもそもの話、僕は社会に蔓延している『誰とでも仲良くしましょう』という空気が大嫌いだ。
全人類と仲良く出来るのならば戦争など起きないし、イジメによる自殺も起きない。
社会問題としてあげられているあらゆる事件などが、結論的には『不仲』によるものだ。
そして、それらは大きくなれば大きくなるほど巨大な問題としてメディアは取り上げ、僕達に思考を要求する。
『どうすれば、このような事件は起こらないのだろうか』と。
そして、人々は様々な結論に辿り着き、周囲と更に良好な関係を築こうとする。
――そんなの、おかしいじゃないか。
毎日のように『不仲』が原因で起きている事件を取り上げているというのに、それでも尚仲良くしようとする。
それは結局、薄っぺらい上辺だけの『慣れ合い』なのだ。仲良くしているのではない。
『仲良く』なる為に『慣れ合い』をやめなければならない。だが、『慣れ合い』を止めるということは、何人かの人間に『嫌われる』必要がある。
そうだ。
人口爆発によって七十億万人以上に増えた人間。その中には自分と、生理的、物理的、人間的に百パーセント合わない奴も一億人ぐらいはいるのだ。
何故、それを受け止めようとしない。受け止めて、それならばと、何故『関わらない』という選択肢を選ばない。
こんなことを僕が言うと、こう反論する奴もいる。
――皆が平等に扱われるべきだから。
そんな相手には、こう言ってやる。
この世界において最も平等なモノは『不平等』だ、と。
人間は生まれた瞬間から、障害、姿形、身体能力、環境、その他諸々、とあらゆる格差が存在している。
双子でさえ性格や思考、趣味、好物が違う時がある。――最初から、あらゆる条件によって全てが変わっていくのだ。
平等に扱われるべきならば何故、彼氏彼女持ちを恨む。成績優秀者を妬む。一人ぼっちを蔑む。バカを嘲る。
どれだけ希望論や理想論、――『平等』を並べようが、そんなものは並べる手前から現実が見事に打ち崩しているではないか。
「――やめてください!」
ヒートアップ仕掛けていた思考を、そんな声が遮った。気が付くと裏道にいた。
声のした方向を見ると、路地裏で女子高生がチャラチャラした不良三人に絡まれているようだった。漫画やドラマに影響される人もいるのだな。
不幸なことに、その女子高生は僕のことを見つけてしまったらしい。
「た、助けてください!!」
不良たちの間を抜けて、僕の後ろに回り込む。顔は見えなかったが、まぁ、不良に絡まれるぐらいだからそれなりの顔面偏差値は持っているのだろう。というか、そのまま逃げてしまえばよかったのではと思う。
「あぁん? お前何? もしかして俺らの邪魔でもするつもりか?」
「おいおい、やめてやれよ、ビビってチビられても困るしよぉ」
今時『チビる』などという単語を聞くとは思っていなかった。
「ほら、さっさと行けよ。そうすりゃ、何もしねぇからさぁ」
「どうしたのかなぁ? ビビって何も言えなくなったのかな?」
さて、今の状況を整理してみよう。
僕の後ろには他校の女子が一人。不良たちが怖いのか震えている。
僕の目の前に不良が三人。体格的には僕は圧倒的に不利だ。
自分のことを考えるのならば今すぐここから逃げ出すべきなのだろう。
しかしながら、ここに逃げ出してしまっては後ろの女子は再び絡まれることになる。一緒に逃げるという選択肢は、夏休み中八割方引き篭もり生活を送っていた僕には不可能。
もし仮に、僕が逃げ出した後、この女子が何らかの抵抗をして不良たちが逆上、殺人事件へと発展――なんてこともありえるかもしれない。
つまり、ここでの最善策は女子を助けること。最も不可能な選択肢が、最善策であるという訳だ。
だから、僕は思わず呟いた。
「……あぁ、面倒臭いな」
――刹那。身体と意識が切り離される感覚に陥る。
驚きで声が出ないのか、それとも声を出すという意識が身体に伝わっていないのか、僕の身体は何も言わない。
「あぁ? 今なんて言――がはぁっ!?」
それどころか、僕の身体は勝手に行動を始めた。何かくだらない威圧をしようとした不良一人の急所を蹴りあげて悶絶させる。あれは痛い。
「てめっ――ッ!?」
「こんの――ッ!?」
残りの二人が反撃しよう殴りかかる。それを僕の身体はいとも簡単に受け止めて、引き寄せる。
バランスを崩した不良二人の顎を肘が見事に命中する。
――そこからは、我ながら見たくもない一方的な暴力だった。
五分ほどだって、しばらく意識を取り戻さないであろう有り様になって、ようやく身体の操作権が復活した。
憐斗の価値観のようなものと、テンプレ。