すばらしきこのせかい Shibuya Survival 作:アヤ・ノア
酒場で南師猩が9分42秒遅刻し、虚西充妃と対話する。
北虹寵は全員が集まった事を確認すると新たなゲームマスター、東沢洋大を紹介する。
東沢は料理が得意で、参加者を「料理」すると約束した。
「……って、ちょっと待てよ!」
ネクとシキはミッション通り、トワレコに行こうとしたが、ビイトに呼び止められた。
「どうしたの?」
「いいこと思いついたんだよ!」
「いいこと?」
「俺達とおめぇらで、どっちが早くトワレコに着くか勝負だ!」
「は?」
ミッションが簡単だったので、ビイトはちょっとした勝負を提案した。
だがネクは、勝負を仕掛けられた覚えはない。
「よ~し! 行くぞ行くぞ! ライムッ!!」
「あっ! 待って、ビイト」
スケボーに乗っていったビイトを見守るライム。
「フフフ、ビイトってすごくパワーあるよね」
「うん、いつもボクをひっぱってくれるんだ。ちょっと暴走することもあるけどね。
パートナーに、って声をかけてくれたのも、ビイトの方なんだ」
「そうなんだ」
ビイトは行動力に溢れ、いつもライムを引っ張っている。
まるで、兄が妹を引っ張るかのようだった。
「あれ……? ライム……それって……」
「えっ? どうしたの?」
「そのペンダントって、もしかしてレア物のやつ?」
シキはライムのペンダントを見ていた。
彼女が首にかけている鈴つきのペンダントは、とてもレアなものだった。
「あ、うん。人気でなかなか手に入らないって……。シキちゃん、詳しいね」
「前から雑誌でチェックしてたの。洋服とかアクセサリーをチェックするの大好きなの。
うわ~いいな~。じつは私も、それ、欲しかったんだ~」
「そっか……」
シキはおしゃれに詳しい。
雑誌で服や装飾品を見て、それを覚えている。
ライムのペンダントも欲しがったが、彼女はペンダントを持って首を横に振った。
「でも、このペンダントはあげられないな。お兄ちゃんからのプレゼントだから」
どうやら、ライムがかけているペンダントは、彼女の兄からもらった大事なものらしい。
「へぇー。ライムにはお兄さんがいるんだ」
「うん、すごく優しいんだ。お兄ちゃん……元気かな……。ちょっと心配だな……」
どこかにいるらしい兄を、ライムは心配していた。
ライムの兄が誰なのかはネク達は知らないが、勘が鋭い人ならば、すぐに分かるだろう。
「大丈夫! もうすぐ会えるよ、絶対!」
「うん……そうだね」
シキは、ライムが兄に会える事を信じて、彼女を明るく励ました。
「シキちゃんはおしゃれが大好きなんだね」
「うん! 将来はファッションデザイナーになりたいんだ!
服を作るの好きだから……今はまだ、趣味の範囲だけどね」
「そうなんだ、すごいね!」
シキとライムはおしゃれについて話し合う。
こういうのは女性同士、話題が膨らみやすい。
「いいな~、夢があって。ボクなんて、好きなこととか夢とかって、
どういうものか分からないから……うらやましいな……」
どうやらライムのエントリー料は「夢」のようだ。
だから、彼女は夢が何なのかは分からない。
「……夢が分からない? 夢が……ないってこと?」
「うん……。あっ……でもね、ビイトを見てると思うんだ。
止まらずに歩いていれば、夢っていつの間にか見つかるものだって」
夢を失ったライムだが、ビイトを見ているうちに、夢が戻ると希望を抱いていた。
「うん……そうだね」
「ビイトって、スケボーがすごい得意でね。スケボーで世界一になるのが夢なんだって。
ボクも、ビイトみたいにいつか夢を見つけるんだ。それで……」
彼女の「パートナー」であるビイトは、スケボー世界一を夢として持っている。
シキも、ファッションデザイナーになる夢を持つ。
ライムもまた、夢を抱こうと頑張っていたが、遠くにいたビイトがライムに声をかけた。
「何やってんだよ! 早く行くぞ! ヘッドフォンだけには負けたくねーからな!」
「ビイト、待ってよ。『短気は損気』だよ! じゃ、ボク、先に行くよ。トワレコで会おうね!」
そう言って、ライムはビイトの後を追っていった。
「わぁ……ビイト、もう見えなくなっちゃった。ライムもビイトと一緒じゃ大変ね」
「まったくだな」
「って、あれ? ネクは行かないの?」
「誰も勝負を受けるなんて言ってない……勝手に行かせておけばいい」
前述の通り、ネクはビイトに勝負を仕掛けられた覚えはなかった。
トワレコに行くのがミッションのようだが、勝負のために行くわけではない。
それに、制限時間もないから、ネクはいつでも行けると思っていた。
「じゃあ、急いで行かないってこと?」
「制限時間もないし……それに、アイツらが先に行ってるし……問題ないだろ?」
「ってことは……寄り道しても大丈夫ってことだよね?」
「だから?」
「ちょっとだけ……マルシー、行ってもいい?」
シキは、渋谷のおしゃれスポット、104に行こうとしていた。
ミッションの制限時間がないのなら、
ちょっとくらい寄り道しても構わないだろうと思っているのだ。
「……まあ、いいけど」
「いいの? ありがとう!」
104に入ったネクとシキ。
そこには、たくさんの人が集まっていた。
「うっ! なんだ、この人だかり。何かの祭りか……?」
「ちがう、ちがう。マルシーはこれがフツウよ♪ あっ! あそこの服カワイイ!!
新作入ったのかな? 私、いつものお店見たい!! エリもいつもの……」
「……」
シキは早口で104の服を見渡している。
ネクは何が何だか理解できず、困惑していたが、シキが言った「エリ」に引っかかる。
「あっ、ごめん……。よく……友達と来てたから」
シキの友人の名前は、エリというらしい。
恐らく、あの携帯電話の画面に映っていた、シキそっくりな少女がエリなのだろう。
「きゃぁぁあ!」
その時、店の中から悲鳴が聞こえてきた。
「な、なんだ!? ノイズか!?」
「あ……あれは……」
ノイズが襲ってきたのかと、ネクが身構えるが、シキは対照的な態度を取っていた。
その光景はというと……。
「王子、かっこいい!」
「ケータイに撮っておこ!」
金髪碧眼の青年を、少女達が撮影していたのだ。
「なんだ……ノイズじゃないのか……。紛らわしい……誰だ……アイツ」
「タレントの
投げやりテイストのブログは1日10万ヒットしてるの。私もチェックしてるわ!」
「……投げやりテイスト……どんなブログだよ」
その青年の名は王子英二といい、シブヤで人気が高い芸能人だという。
シキは彼の魅力についてネクに語るが、ネクはうんざりしていた。
「あれ? そこの少年……」
「えっ!?」
「キミ、マルシーにいるわりにはキミのファッション……実にチュウトハンパだね~。
渋谷のトレンド、意識してないでしょ?」
王子がネク達に気付いて声をかける。
実は、彼もネク達を認識できる人間のようだ。
「はぁ……トレンド……ですか」
「トレンドっていうのは、ブランドの人気ランキングよ」
「キミはなかなか詳しいみたいだね。ちゃんとトレンドもおさえてるしね」
「女の子にとって渋谷はおしゃれの戦場ですから!」
「くだらね……俺には関係ないことだな」
ネクは正直言って、おしゃれには全くと言っていいほど興味がなかった。
だが、王子はネクの後ろから優しく声をかける。
「トレンドを意識したコーディネイトをしてると、ブタ小屋も美しい花園に変わっていくんだ。
まぁ、キミみたいなカッコウだと、せっかくのバラもスパイシーツナロールになるってこそさ」
そう言い残して、王子は立ち去っていった。
ちなみに、スパイシーツナロールとは、海外で人気の寿司の名前である。
「なんなんだ、アイツ……エラそうに……。そもそも、スパイシーツナロールってなんだ?」
「そうだ! せっかくだから、ネクもトレンドにのってみようよ!」
「は? 別に俺はいいよ。トレンドなんて気にしない。いいと思ったものを着る……それだけだ」
トレンドなんて、ネクにはどうでもよかった。
ただ、自分が着たいものを着たい、という気持ちだけがあった。
しかし、シキは首を横に振って、ネクに言った。
「そんなのぜんぜんダメ! おしゃれするとテンションが変わるの!
おしゃれにはそんなヒミツのパワーがあるのよ」
ネクは、シキが明るく振る舞っているのを、このような格好をしているからだと思っていた。
すぐにそれをそんな事はない、と否定するネク。
「ネクはスジがいいから、ぜったい今よりカッコよくなるよ!
私ね、ファッションには少し自信があるの! トレンドにのるってとっても簡単だし、ね?」
「……」
「まぁ……ムリにとは言わないけど……。
でも……ネクの格好って……その……悪くはないんだけど……」
シキはネクの容姿の事を伝えようとしたが、ネクを傷つけると思ってなかなか言えなかった。
「な、なんだよ……」
「ううん……いいの、いいの、気にしないで」
言葉を濁したシキに対し、ネクはかえって気になっていた。
シキによれば、トレンドとは流行の動向を指し、
この渋谷ではトレンドの変化で自分や他人に様々な変化が起こるという。
そのため、トレンドを抑えると、自分にとって良い変化を起こせるという。
この渋谷には十二支と猫の名を冠する13のブランドがあり、
そのトレンド(人気)はブランドランキングで順位付けされている。
ブランドランキングはエリア毎に分かれており、
ブランドランキングにランクインしたブランドのものを身に着けると、
ノイズとの戦闘で有利になるのだ。
「私、将来はファッションデザイナーになりたいの。
ちょっとずつだけど、デザインの勉強もしてるの。
だから、ファッションにはちょっと自信があるの」
「ふ~ん……」
「もともと裁縫が好きでね、最初は小物とかヌイグルミとか作ってたんだけどね」
「じゃあ、そのヌイグルミもおまえが作ったのか?」
ネクがシキの持つ黒猫のぬいぐるみを指すと、シキは首を縦に振った。
彼女が裁縫を始めるきっかけとなったもののため、シキはこれを常に大切にしている。
「それと、この服も私が作ったのよ」
「そうなのか!? すごいな……売り物だと思った」
「えへへ。でも……服の方は私は縫っただけ。デザインしたのはエリなの。
だから、すごいのはエリ」
黒猫のぬいぐるみも、この服も、シキが縫った。
ネクは、シキの手先が器用だと改めて知った。
「私……デザインはまだ勉強中だから……。でも、将来は服を作る仕事がしたいの!
たくさんの人に私達の服を着てほしい! そして、私達の服で元気になってほしいんだ」
シキは、ライムが持っていない夢を持っており、先の事についても考えていた。
自作の服を作って、皆を勇気付けたいのが、シキが抱いている夢なのだ。
彼女なりに、他にも色々考えているのだろう。
「ネクも、これからトレンドを意識してよ」
「……」
「じゃあ、トワレコに行きましょう。ビイト達が待ってるわ」
「そう、だな」
ネクとシキはミッションを達成するため、トワレコに行く準備をするのだった。