すばらしきこのせかい Shibuya Survival   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~

ネクとヨシュアは、暗黒拉麺で少女と出会う。
少女は店の人気とサービスを理由にラーメンを好きだと語るが、味については言及しなかった。
ネクとヨシュアは、人気ブロガーの王子がこの店をブログで紹介した事が人気の理由だと知る。
しかし、王子はこれ以上、暗黒拉麺に関わりたくないと感じていた。
ネクとヨシュアは彼からノイズを払い、
彼が本当に食べたがっていた「素朴な味のラーメン」を知るのだった。


35 らあめんどんを救え

 A-EASTを後にしたネクとヨシュア。

 暗黒拉麺の外では、ミッキーが宣伝をしていた。

 

「皆様、ご来店まことにありがとうございます。お待たせして大変申し訳ございません。

 お詫びの品と言ってはなんですが、今、渋谷で大人気、

 CATデザインのこのバッジをお持ち帰りください。今回で最後の配布になります」

 ミッキーはレッドスカルバッジを客達に見せる。

 すると、ヨシュアの携帯電話が激しく反応する。

 ネクはヨシュアの探し物があのバッジかと問うが、ヨシュアは首を横に振った。

「このバッジ……CATデザインだったのか……」

 ネクはレッドスカルバッジを見つめる。

「CATって、デザイナーの?」

「そうでもあるし、そうでもない。CATは絵も服も家具もデザインするんだ。

 それだけじゃない、写真も音楽も映像もなんでもできるマルチクリエーターさ。

 渋谷にはCATデザインの広告がそこらじゅうにある」

「トワレコとか?」

「ああ……つまり、CATは存在そのものがアートなんだ」

「……ずいぶん詳しいね。もしかして、CATのファンなのかい?」

「ああ。CATは全力で今を楽しめというスタイルのもと、

 好きなことを好きなように好きなだけやる、っていう創作活動をしてるんだ。

 カッコいいだろ!?」

 渋谷に詳しいヨシュアも、ネクがCATを知っている事は認めた。

 CATは、ネクの生き方そのものに影響を与えた、ネクにとって偉大な人物なのだ。

 

 ここまで読んだ人は、CATの正体が誰なのか分かるだろう。

 しかし、まだここで明かすわけにはいかない。

 

「ネク君……CATが本当に好きなんだね」

「ったく……アイツ……。CATのバッジを客寄せのために使うなよ」

 

 そして、ネクとヨシュアはもう一度らあめんどんに行った。

 人気タレントの王子英二が本当に食べたいのは、素朴な味のラーメンだと分かった。

 つまり、このキーワードをインプリントすれば、らあめんどんを救えるかもしれない。

 そう思ったネクは、らあめんどんの店主に「素朴」をインプリントした。

「そうだ……これだ!!」

 そう言って、らあめんどんの店主はラーメン作りに取り掛かった。

 

「これで……あの店が救われるといいんだが」

 ネクは一か八か、ヨシュアと共にらあめんどんに入った。

「いらっしゃい!! おう! 待ってたぞおまえ達。さあ! 食べてみてくれ!」

 自信たっぷりに店主が出したのは、何の変哲もない普通のラーメンだった。

 それを食べようとする二人の後ろから声がかかる。

「ちょっと待った!! そのラーメン……僕に食べさせてください」

 ラーメンを食べようとしたのは、王子英二だった。

 店主が作ったラーメンの素朴な香りが、王子の鼻に届いたのだろう。

「では……いただきます!!」

 王子はラーメンを一口食べた。

「おいしい! なんてうまいラーメンなんだ。今、ここで死ねたらこの上ないしあわせだ!」

 その表情は、言うまでもないだろう。

 王子にとって、このラーメンは、辞世の句を口にするほどの味だった。

 それほどまでに、彼にとってこのラーメンは最高の味なのだろう。

「バカ言うな!! うまいラーメンは生きてるから食べられるんだぞ」

「確かにそうですね。それにしても、これは……これは、ただのラーメンじゃない。

 スープは丸鶏を使用、さらにうっすらと豚骨、魚介はコンブとニボシ……。

 素材どうしがケンカせず、十分にうまみを引き出した、一点のくもりもないスープ!

 まさに職人の技……これはうまい! 昔食べた、セバスチャンのラーメンだ!!」

「俺がこの店を始めた時から出してるラーメンだよ。何も変えてない。

 自分がおいしいと思って出してるラーメンだ」

「それに……このラーメン……ひとくちごとに、マスターの愛情を感じる……。

 マスターのラーメンへの愛情が……いや、ラーメンを食べる人への愛情が伝わってくる!

 まさか……あなたは……セバス……」

 このラーメンには余計なものが何も入っていない。

 一口ごとに愛情が伝わってくる、まさにラーメンの中のラーメンだ、

 と王子はらあめんどんの店主に語る。

「生きていれば、つらい時も必ずある。けど……未来をつくるのはあんた自身だ。

 つらいことがあったら、また食いに来い!」

「未来を創るのは自分自身……」

 らあめんどんの店主からそう言われた王子は、自分に自信を取り戻せたような気がした。

「はっはっはっ、ソレはムリですよ~。この店はあと1ヶ月の命ですから~」

 そんな彼の背後から声をかけてきたのは、暗黒拉麺の店主、ミッキーだった。

 もうすぐ閉店すると思っているらあめんどんに、ミッキーは嫌味を言った。

「1ヶ月!?」

「ちょっと困るよ、王子……。あんたはウチの広告塔なんだから。

 うち以外の店でラーメン食べちゃダメっしょ?」

 嫌味を言うミッキーに対し、王子は毅然とした表情でこう言った。

「僕は決めたよ……。ミッキー……この仕事、僕は降りるよ!」

「いや、いや、いや、急にどうしちゃったの王子」

 王子の変わりぶりに、ミッキーは困惑する。

 しかし、王子は態度を変えずに話を続ける。

「セバスチャンのラーメンが、僕に決心をさせてくれたよ。僕は嫌だ!

 自分をだまして本当のことが言えない、そんな仕事は嫌だ。

 それに……お客さんはウソの話題を作って呼ぶものじゃない。味で呼ぶものなんだ!

 おいしいからこそ話題になるんだ!」

 ラーメン屋に必要なのは、ラーメンの味そのもの。

 らあめんどんの店主が作った素朴な味のラーメンを食べた彼はその「事実」に目覚めたのだ。

「セバスチャンのラーメンには愛情がある。食べる人の愛情がこもっている!

 僕はこういうラーメンこそ、みんなに伝えたい!」

 ラーメンを美味しいと感じる心こそ、王子にとって最も大切なもの。

 暗黒拉麺のように、虎の威を借る狐のようなやり方は、認めたくないのだ。

「……っち、王子……」

「今の渋谷は非日常にあふれている」

「その中で日常のように変わらない物があっても良いんじゃない?」

 王子の言葉に、ヨシュアが続いた。

 愛情は、今も昔も料理の最高の隠し味で、

 それさえあれば、胃袋も心も満たす最高のラーメンができるという。

「……愛情……か……」

 らあめんどんの店主は彼らの言葉を聞き思い出す。

「……情けない話だ。俺は……忘れかけていたよ。

 口では愛情と言いながら、試作のラーメンは話題になるような物ばかり追いかけていた。

 肝心なことを忘れかけていたよ」

 客を笑顔にするラーメンを作る事が夢だった。

 だが渋谷の雰囲気に流されて、それを忘れかけた。

「重要なのは、お客さんが食べ終わったあとにできる満面の笑顔。

 食べたあとに幸せが訪れるようなラーメンを作ること。

 それで作った最初のラーメンを変えちまおうとしてたなんてな……。

 もっと早く気づいていれば……」

「未来をつくるのは自分自身、でしょ?」

「……そうだな。どうせあと1ヶ月、やるだけやってみるよ!

 俺は……俺は、俺の味を貫き通す!!」

 だから今一度、短い命であっても、自分の味を突き通すと彼は決意した。

 

「オッサンの店も流行るといいな……」

「『非日常』ね……。

 みんな、となりの世界を知りたくて、渋谷に集まっているのかもしれないね。

 そして、周りが変わると不安になって、自分も変わりたくなるのかもね。

 それこそ、変わってはいけないものまで」

 皮肉なものだが、災害は世界を一変するものだ。

 それこそ、変わってはいけないものまで。

 今の世界は、彼の言葉を思い出すといいだろう。

「変わりたくなくても……周りに合わせなきゃいけない時もあるだろ……」

「それはもちろん。僕達は一人では生きていけない。社会というルールの中で生きているんだ。

 人とのつながりが増えていけば、ルールも増えていくのさ」

「他人といるかぎり、他人にひきずられ続けるんだな……」

 ネクは最初のゲームを思い出し、自己嫌悪する。

「俺はルールだらけの世界で生きたくない。CATのように自由に生きたい。

 それに……ひとりのほうが気楽だ。ひとりで気楽に自由に生きたいんだ」

 ネクの望みは、猫のように気楽に自由に生きたい。

 死神のゲームを通じて成長したネクだったが、まだ、本質的な部分は変わっていなかった。

「他人どうしで理解できるわけない」

「うん、僕もそう思う。だから、無いことにするのがイチバン」

「え?」

「ネク君だって同じだよね? そのヘッドフォン……人と関わるの、キライな証拠でしょ?」

 ヨシュアはネクに、ヘッドフォンを身に着けている事を指摘する。

 自分の世界に、誰かが入ってほしくない、とネクは思っている。

 だから、ヘッドフォンを身に着けているのだが、いつかそれを外す時がある、とだけ言おう。

「わっ、もうこんな時間だ」

「そういえば、ミッションはまだなのか……」

「今日はもう出ないのかもね」

 いつまで経ってもミッションは来ないという事はミッションを出す気が彼にないという事だ。

 それはそれで、気楽な三日目という事になった。

「調査の続きもまた明日」

「なんだよそれ」

「だって、ケータイの反応が弱くなってるし」

「さっきまでこのバッジに反応してたんだろ? 俺のヤツにもちょっと反応してるな……」

「さっきはバッジがたくさんあったから、強い反応を出してたのかな?」

「CATのバッジに何かあるのか?」

 ネクの問いにヨシュアは首を横に振った。

「でも……僕が探してるのはこれじゃない……」

「……おまえ、いったい何を探してるんだ?」

「……それはね……このケータイに反応するものさ」

 ネクがヨシュアの探したいものを問うが、ヨシュアの答えは全く答えになっていなかった。

 何がしたいのか、ネクには分からなかった。

 

 こうして、何のミッションもなく三日目は終わる。

 数学好きな彼は、何を企んでいるのか――

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