すばらしきこのせかい Shibuya Survival 作:アヤ・ノア
ネクとヨシュアは紛失したマイクを探すため、携帯電話で渋谷を調査する。
時間をずらす特殊な機能で、マイクを盗んだ犯人が明らかになる。
マイクを盗んだ犯人が南師猩だと明らかになり、人助けをしたネクはほっこりするのだった。
「見つけたぜ」
宇田川町に行くべく、渋急ヘッズ前に行ったネクとヨシュア。
そんな彼らの前に、少年が立ち塞がった。
死神ビイトである。
「今日こそ楽しませてくれよな」
「ビイト……もうやめろ……お前とは戦いたくない」
ネクは、はっきりとビイトとの戦いを拒絶した。
かつての仲間と戦うのは、ごめんだからだ。
しかし、ビイトは首を振った後、身構える。
「命乞いなんてムダだぜ!!」
「俺は負けられないんだ! シキのためにも!!」
ネクもビイトもお互いに大切なものを賭けていた。
前者はエントリー料になったシキを、後者は消えてしまった「ある人物」を。
「だから、もう出てくるな!」
「るせー! だまれ!! 覚悟しやがれ!」
戦争というのは、お互いの正義がぶつかり合うものである。
どちらが悪いか、どちらが良いかは関係ない。
ネクとビイトの悲しい戦いが始まろうとしていた。
「ネク君……戦いたくないのかい?」
「そうじゃない、俺が負けたらシキが本当に消えるんだ。でも、ビイトとは……」
「おら、どうした!」
ビイトはスケボーに乗りながらネクに突っ込んでいく。
「危ないよ、ネク君!」
ヨシュアは念力で物体を落とし、ビイトに落とす。
ビイトは攻撃を食らいながらも、ネクに向かってスケボーで突進した。
ネクと死神ビイトの激しい戦いは続く。
だが、次第にネクが劣勢になっていった。
「おいおいおい、やる気あんのかよ! おめぇの攻撃、全然痛くねーぞ!
ってか、むしろかゆいぜ!!」
死神になってから、耐久力が上がったのだろうか。
ビイトはネクの攻撃をものともしないようだ。
「ケッ……ヤル気しねーぜ……。今度会うときまでにちっとは強くなってろよ」
そう言って、ビイトはスケボーに乗り、去った。
「ふぅ……今回はきわどかったね……」
死神になったビイトと戦ったネクは俯いている。
「本気で消しにきてるね……。それほどネク君がキライなのかな?」
事情を知らないヨシュアの言葉にネクは首を振る。
ネクを消すという事は、シキを消すという事でもある。
最早、ビイトは心身共に完全に死神になってしまったのだろうか。
ヨシュアは先に行こうとしたが、何かが落ちていたため、拾った。
「これ……どこかで……」
ヨシュアが持っていたのは、鈴がついたペンダントだった。
ライムが身に着けていた、彼女の兄がくれたアクセサリーだ。
ようやくネクはビイトが不本意で死神になった事に気付いた。
ビイトは、ライムを人質に取られていたのだ。
ネクはこのペンダントをビイトに返そうと思った。
ライムが消えた時から、彼はずっとそれを大事に持っていたのだから。
こうして、ネクとヨシュアは宇田川町路地裏に辿り着いた。
「ネク君は、このあたりも詳しいのかい?」
「放課後はいつも宇田川町で過ごしてた」
「友達と?」
「まさか、そんなのウザイだけだ」
ネクは首を振って、話を続けた。
友人なんて、ネクは作りたくなかったからだ。
「話してて楽しいヤツなんて、周りにはひとりもいなかった」
「フフフ……同感だね。僕とネク君は似たような境遇なんだね。
この閉じられたUGの渋谷……まるでネク君みたいだね」
「なんだよ、いきなり……」
勝手に話に巻き込むな、とネクは言う。
そんな彼をよそに、ヨシュアはUGについて話す。
「UGはエリアごとに分断されているんだ。渋谷UG……新宿UG……みたいにね。
そして、それぞれのエリアにはそれぞれのルールがあってエリアを行き来することはできない」
つまり、一つの町には一つのUGがあり、手出しをできないという事なのだ。
「羽狛さんから聞いたのか?」
「あれ? 僕が羽狛さんからいろいろ聞いたの知ってるんだ」
ヨシュアとハネコマがつるんでいる事は、既にネクにはご存じだった。
「まぁ、いいや……。つまり、UGはエリアごとに独立状態……。
それぞれのエリアが関わることはない……。ね、なんだかネク君に似ていないかい?」
「そんなの、みんなだってそうだろ?」
「フフフ……かもしれないね。それぞれの世界はそれぞれの法則で成り立っている。
だから、誰かと分かりあえることなんてないんだよね」
「俺も……そう思う。俺と他人は違う。他人に興味はない。
他人と話したって何もならないし、理解もできないと思って“た”」
ネクの最後の言葉は、過去形だった。
つまり、ある事をきっかけにして、ネクの考えも変わったという事になる。
「そんな時、ここのCATが描いた壁グラを見つけた。
それがキッカケでCATとCATのスタイルを知った」
「全力で今を楽しむために、好きなことを好きなように好きなだけやる、っていうやつだっけ?」
「ああ。それを知った時は衝撃だった。
CATのスタイルは、俺が、やりたいけど無理だって思ってたことと同じだって。
そういうスタイルで生きてるCATをすごいって思った。
今を楽しむってことは、俺もCATみたいに自分の価値観だけで動けばいいんだ……。
他人と関わらなくてもCATみたいに今を楽しめるって……」
ネクに生きざまを与えてくれたCATを、彼はまるで幼い子供のように慕っていた。
今は死んでしまっているが、彼はこうやって、“今”を楽しんでいるのだ。
「たしかにそうだね。自分以外の価値観があったところで関係ないよね。
他人の価値観は理解できないしね」
「ああ……」
他人の価値観は理解できない、だからこそネクは他人に押し付けない。
それもまた、ネクの長所の一つだろう。
しかし、死神のゲームを経て、ネクの考えも変わろうとしていた。
今を楽しむためには、自分が見える世界を広げなければならない。
渋谷は様々な人、様々な価値観が集まる場所、集まった価値観に上も下もない。
つまり、見える世界を広げるという事は、自分以外の価値観を「理解する」のだ。
「この渋谷、閉じられてはいるけど、結構遠くまで見えるよね。
出られないんだったら、見える必要はないのに……どうして見えているんだろうね?」
ヨシュアのこの言葉は、他人の価値観を理解するヒントになるだろう。
「ネク君が言ってた壁グラって、この先にあるやつだよね。
ケータイの反応もそっちの方からみたいだ。行ってみよう」
「サンイシイコクニムカウ、サンゴヤクナク……」
ネクとヨシュアが壁グラに行こうとすると、帽子を被った青年が円周率を呟いていた。
ゲームマスターの、ミナミモトである。
「あ! アイツ……」
「静かに。ばれないように様子をみよう」
ネクとヨシュアはミナミモトに見つからないように呟いている彼の様子を見た。
「サンフミヤシロニ、ムシサンサンヤミニナク。これで準備は整った。
俺の求める解は……もうすぐ手に入る……」
解に数学を使うとは、流石筋金入りの数学好きだ。
何やら、大きな事をしようとしているようだが。
「なんだったんだ、アイツ……」
「これは……」
ネクとヨシュアは床に書かれている文字を見る。
よく分からない文字が、円状に書かれていて、まるで何かを召喚する魔法陣のようだ。
恐らく「魔方陣」と「魔法陣」をかけて、円周率を呪文のように呟いたのだろう。
「なんだ……この模様……。アイツが描いたみたいだな。いつものオブジェみたいなものか?」
「どうだろう……。ケータイはこれに反応してるみたいだよ」
「これに反応してるって……。おまえが探してるのは渋谷川じゃないのか?」
どうやら携帯電話はミナミモトが書いた魔法陣に反応しているようだ。
「うん……そうだけど……」
「ここには川なんてないぞ」
「そうだよね」
魔法陣の傍に川はないはずだが、何故か携帯電話はここに反応していた。
ネクとヨシュアは理由が分からず、う~んと唸る。
「それにしても、なんなんだろう。このマーク……。
彼が描いたってことは……何かの悪だくみであることは想像できるけど」
「消しとくか?」
「いや、バレちゃうよ。それに、ワナかもしれないから触らないほうがいい。
とりあえずはほうっておこう」
こうして二人はミナミモトの魔法陣を後にした。
ネクは、黙っているヨシュアを見つめていた。
(……切りだすなら今だ! 俺が倒れてた場所に連れてって全部聞きだしてやる)
チャンスだと思ったネクはヨシュアにこう言った。
「おい!」
「ねぇ、ネク君」
「な、なんだよ」
しかし、ヨシュアに逆に返されてしまい、逆にネクは返答に困ってしまう。
「壁グラの方に行ってみようよ。あっちの方も調べてみたいんだ」
「あ、ああ……」
壁グラに自分から行ったヨシュアを、ネクはますます訝しみながら向かった。
そんな彼らの背後には、二人の死神がいた。
「やっとジャマが消えたわ」
「はいはい、カリカリしなサンナ」
下っ端死神、カリヤとヤシロである。
「ゲームマスターと入れ違いであのボウヤ達が入ってくるんだもん。
ジャマったらありゃしないわ。ボウヤ達には手を出せないから見てるだけ……なんて」
死神はルール上、7日目まで直接参加者に手は出せない。
そのため、ヤシロは現状もあって不満だった。
「まぁいいわ。
そんなことより、ゲームマスター様はミッションも出さずにこんな所で何してたのかしら……」
「卯月……急いで上に連絡シナサイナ」
「何をよ」
カリヤは路上に書かれている魔法陣を見ている。
「これサ……禁断ノイズ精製陣」
「こ、これが!? あの? 初めて見たわ……」
大方の予想通り、ミナミモトが書いた魔法陣は、禁断ノイズを召喚するものだったのだ。
参加者も死神も襲う禁断ノイズを召喚するなら、放っておくわけにはいかない。
「ってことは、ゲームマスターがルール違反!? 禁断ノイズはここから発生してたの?」
「ん~、それは違うみたいダナ。この精製陣はまだ使われてナイヨ。
発生源は違うところデショウ。
けど、コレを描いてた以上、一連の騒動はゲームマスター様の仕業ってコト……かもナ」
カリヤは死神のゲームの異変を、そう結論付けた。
良くも悪くもハイセンスでマイペース……それが、南師猩という男なのである。
「やったわ狩谷☆ これは大手柄よ。これで、あたし達の評価も上がるわね☆」
「俺はパス。報告は卯月に任せるワ。賭けラーメンはチャラにしてやるカラサ」
「何? 手柄取るのもメンドウってわけ?」
「まぁ~、そんなトコロサ」
相変わらず、いつも通りのやり取りである。
しかし、カリヤはしばらくしてこんな事を呟いた。
「それに、ちょっと……気になることができちゃっテネ……」
その頃、ネクとヨシュアは……。
「すごいグラフィティだね」
「CATのグラフィティ……俺のいちばん好きな場所だ」
ヨシュアが路地裏の落書きを見て言う。
この絵はCATが描いたもので、同時にヨシュアの思考の中でネクが倒れていた場所でもある。
自分の死に際を知っているのはヨシュアだと思っていたネクだったが、その証拠はない。
もしかしたらヨシュアのただの想像かもしれない、とネクは今、思っていた。
「どうしたの? ネク君」
「えっ?」
「立ちすくんじゃって……」
「いや……別に……」
「あの時みたいだね」
ネクは考えを悟られないようにはぐらかすが、ヨシュアにはお見通しのようだった。
今までネクがスキャンした映像は、ヨシュアが見たネクの死に際なのかもしれない。
そう思ったネクは、もう一度ヨシュアをスキャンしようとした。
ここまで来たらもう後に引けない、ネクは覚悟を決めてバッジを握り締めた。
―……。
路地裏、ネクはCATのグラフィティを見て、年齢相応の笑みを浮かべていた。
この時の彼は、まだ子供と大人の中間のような、あどけない表情をしていた。
尊敬しているCATのグラフィティ……それを魅入られるように見つめるネク。
その時、右手に黒い何かを持ったヨシュアが、恐ろしい目をしながらネクに駆け寄ってくる。
ヨシュアの目には、驚いたネクが映っていた。
―バン!
瞬間、ネクの胸に鋭い痛みが走る。
カラン、と何かが落ちる音がする。
ヨシュアの手には、拳銃が握られていた。
「……!!」
ネクは、ようやく自分の死に際を思い出す。
CATのグラフィティが描かれた路地裏で、拳銃を持ったヨシュアが、自分の胸を撃ったのだ。
同年代、同性の人が攻撃するのは、現代の日本ではあまり考えられないが……。
「どうしたの? ネク君……ネク君、大丈夫かい?」
「あぁ……大丈夫だ。ちょっと……立ちくらみしただけ……」
ヨシュアは放心しているネクに声をかける。
ネクは首を振って、空返事する。
「そう? じゃあ、次の場所探そうか。このあたりは関係なさそうだよ。
昨日も今日もこのケータイどおりに動いて結局ハズレ。
もしかしてこのケータイ、壊れてるのかな……」
ヨシュアはネクを撃ったにも関わらず、ネクに対して平然と話している。
しかも、パートナーを組むなんて、信じられなかった。
だが、何故ネクを撃つ必要があったのか。
ヨシュアは生前からネクを知っているのではないだろうか。
少なくとも、ネクはヨシュアを知らない。
だとしたら、衝動的に撃った可能性があり、同機は、はっきりしていなかった。
しかし、この時、ネクは確信した。
自分を殺害したのは――目の前にいる少年、