すばらしきこのせかい Shibuya Survival 作:アヤ・ノア
ネクとヨシュアは、ワイルドキャットで携帯電話の修理を待つ。
その間、ネクは自分が死んだ理由とヨシュアが彼と契約した理由について考える。
死神になったビイトとの戦闘中、ネクはビイトのペンダントを彼に返すと、
ビイトは戦意を失い、ネクの前から去っていくのだった。
トウワレコード前に辿り着いたネクとヨシュアは、探知機に反応するものを探していた。
「CATの新作か……」
ネクは壁に描かれたものを見つめている。
生前、ネクはCATが大好きだったので、食い入るように見つめていた。
ヨシュアもあちこちを見渡している。
「本当に渋谷はCAT関連の物がいっぱいだね。
こっちの活動だけでも忙しそうなのに、よくカフェもやってられるよね」
ヨシュアはCATの正体を知っているようだ。
まあ、ここまで読んできた者ならば、もう既にご存じなのかもしれないが。
「えっ? CATはカフェもやってるのか? それ、どこにある? 渋谷か?」
当然、ネクはCATが何者かを知らない。
ネクは驚いてヨシュアの方を向き、CATが運営しているカフェを聞こうとした。
「何言ってるの、ネク君。もう何度も行ってるじゃない」
「え!? ほんとに? ってか、場所どこだよ?」
「キャットストリートさ」
そのカフェの名前は――ワイルドキャットだ。
CATはワイルドキャットでも働いている、すなわち、CATという男の正体は――
「……って、まさか!」
「そう、CATは羽狛さんさ」
「えぇ~! 羽狛さんがCAT!?」
ようやく、ネクはCATと羽狛早苗が同一人物である事を知り、驚いた。
ネクが彼と話していて楽しかったのは、CAT=羽狛早苗がネクの憧れだったからだった。
ちなみにCATの名前の由来は「は“ねこ”ま」で、
ネズミに騙され十二支の座を逃した猫に由来する。
「ちょっ……待て待て、落ち着け」
「フフフ……ネク君がね」
「羽狛さんがCAT!? 本当なのか!!」
「あれ? ネク君、知らなかったの? CATの大ファンなのに?」
ヨシュアの言葉にネクは首を振った。
「CATは顔出し取材を受けないんだ。どこを調べても素顔は絶対に載ってない。
だから俺……顔は知らなかった……。
でも……そうか…羽狛さんが……。うん……ナットクだよ……。
だって俺……初めて会ったときから、羽狛さんは何かが違うって感じてた!」
他人をほとんど気にかけないネクが、現在、唯一「さん」付けで呼ぶ男、ハネコマ。
彼から漂う「何か」に感化されたのか、ネクは生前から現在までCATに憧れているのだ。
「俺……CATとしゃべってたのか!! すげぇ! すげぇよ!!」
「フフフ……よかったね」
どちらかというと大人びたネクが、年齢相応の口ぶりになった。
それほどまでに、ハネコマはネクの「生き方」に良い影響を与えた人物だろう。
「でも、僕が教えたって羽狛さんには内緒だよ」
「ああ」
ハネコマが渋谷のコンポーザーではないと知り、ほっと一安心するネク。
ヨシュアもコンポーザーを探しており、ハネコマは彼に協力している。
もしも自分がコンポーザーなら、そんな事はしないだろう。
それに、勘が鋭い彼なら、気づかないはずがない。
(CATがコンポーザー……俺が考えすぎてただけみたいだな……)
もしかしたらただの勘違いだったのかもしれない。
ネクはそう思って、ぐっと拳を握るのだった。
「それにしても、CATってすごい人気なんだね。どうしてCATってこんなに人気なんだろう?」
「CATの作品は一貫したスタイルで創られていて、クオリティが高いんだ。
それに……見ている人に語りかけるものがある」
「ふ~ん……」
ネクはCATについてヨシュアに嬉しそうに語った。
「なかなかできることじゃないよな」
ネクがそう言うと、ヨシュアは首を振った。
「でも、今のネク君ならできるんじゃない?」
「えっ?」
「だって、参加者バッジがあるじゃない」
ネクは自分の手の参加者バッジを見る。
何故か参加者バッジが光っているような気がした。
「参加者バッジ……」
「人の考えが分かれば、人の心をひきつけるのもカンタンでしょ」
「確かに……」
ネクは他人の考えを理解するつもりはなかった。
誰かと分かり合う事なんてできやしない、色々な場所の色々な人の考えは分からない。
だが、死神のゲームを通じて、ネクの考えも少しずつ変わりつつあった。
自分の世界を広げるためには、他人も理解しなければならない、と。
「このバッジ、便利だよな」
「人の心が分かるなら、コミュニケーションなんていらないもんね」
ヨシュアの言う通り、他人の心が読めるという事は他人とのコミュニケーションを放棄する事。
言葉を持たない動物ならば良いかもしれないが、渋谷の人々は言葉を持ち、心を持っている。
だから、ネクは他人を理解できなかったのだろう。
「それに、人は本心で会話はしない。だから、どんなに話しあっても本心は分からない。
それぞれの価値観も違うしね」
「そうだな……。お互いが分かりあえることなんて、たぶん、一生……」
無理だ、とネクは思っていた。
しかし、それぞれの価値観が異なり、
それぞれが何を考えているか分からないからこそ、それを知ろうと努力する。
違うからこそ、世界を広げる事ができ、
それが今を楽しむという事ではないか、とネクは考えを改めた。
「ネク君、どうしたの?」
ヨシュアは参加者バッジを見つめるネクに声をかける。
「このバッジがあれば、俺もCATになれるかもしれない……。
でも……きっとそれは、今を楽しむってことじゃない。
俺は俺なりのペースで……ひろげていこうと思う」
「……」
バッジを見つめているネクは、僅かながらも笑みを浮かべていた。
ヨシュアは彼をおかしく思って、微笑んだ。
「ネク君……。フフフ……変な顔」
「なっ!?」
変な顔で悪かったな、とネクは内心で毒づいた。
良くも悪くも、ネクはどんどん、人間味が溢れていると言える。
「じゃあネク君、そろそろスクランブルに行こうか。
ミッションが出てないとはいえ、僕達の時間は限りあるものだからね」
コンポーザーを捜すのが、彼らの目的である。
もしかしたら、ヨシュアは本当に、コンポーザーに殴り込みをする気だろうか。
ネクは彼に協力するつもりなんてなかった。
こうして、特に妨害もなく二人はスクランブル交差点に辿り着いた。
だが、突然ヨシュアが歩みを止める。
「ちょっと待って! ネク君! 反応だよ!!」
ヨシュアの携帯電話が、激しく鳴り響く。
どうやらここに彼が探していたものがあるようだ。
「この方向は……」
「ちょっと待て。おまえはコンポーザーに殴りこみする気なんだろ?」
「あれ? さっき、そう言わなかった?」
「俺はこれ以上つきあう気はない。俺はゲームに勝ちのこらなきゃいけないんだ。
これ以上余計なリスクは増やしたくない」
死神のゲームで生き残らなければ、
くだらない用事に付き合っている暇はないのだ。
そんなネクの言葉を聞いたヨシュアは、怪訝な表情で腕を組む。
「……分かったよ……。ネク君はこれ以上巻き込まないよ。
けど、渋谷川の場所だけでも確かめておきたいんだ」
ヨシュアはどうしても渋谷川を見つけたいらしい。
それだけが目的なら、ネクは乗る事を選んだ。
「確かめに行くだけだからな」
「フフフ……ありがとう。反応は駅ガード下の方からだよ」
「駅ガード下だな」
ヨシュアの言う通り、ネクは目的地の駅ガード下に向かった。
「……ここか?」
ヨシュアの探知機は激しく反応している。
どうやら、ここに目的のものがあるようだ。
「今回はこの探知機を信用してもいいみたいだね。ここが渋谷川だ……」
「こんなところに川があったのか……ぜんぜん知らなかった」
生粋の渋谷人のネクでも、知らないものはあるようだ。
「この先にコンポーザーが……」
そう言うヨシュアの顔は、どことなく不穏そうだった。
「おい、どうした?」
「ダメだ、壁があるみたいなんだ」
ヨシュアの目線の先には、文字のような鉄線と、そこを守るかのように浮くノイズがいた。
「進めないのか」
「この壁をなくす方法を考えなくちゃ。とりあえず、戻って情報を集めよう」
ノイズがいるという事は、それを倒せば壁が消えるという事になる。
だが、どんなノイズを倒せばいいのかは、ネクとヨシュアにはまだ分からなかった。
果たして、ここが進めるようになる情報はあるのだろうか。
「渋谷川の場所は確認できた……これで満足だろ?」
「そうだね……まずは……」
目的を達成したのに、ヨシュアはまだ動かない。
すると、ネクはサイの姿をしたノイズを見つけた。
身体は黒く、瞳は赤い……これは、禁断ノイズの証である。
「なんだ!?」
「ノイズ? 前に襲ってきたやつだ!」
「やばい!! くるぞ!」
禁断ノイズとの戦いからは逃れられない。
ネクとヨシュアは禁断ノイズを倒すしかなかった。
ヨシュアは念力で周りのものを動かして当て、ネクはその間にノイズに切りかかる。
サイ型ノイズはゆっくりと歩んでいき、ネクとヨシュアを狙っている。
「……なんだ、これは」
「手ごたえが、ない……?」
二人できちんと攻撃したのに、サイ型ノイズは応えていなかった。
しかもいつもとノイズの様子が違うように見える。
「何だか……誰かに操られているような……」
そう呟きながら、ネクはヨシュアと共に、サイ型ノイズにサイキックで攻撃し続けた。
「やったか!?」
「ダメみたいだね……。今の僕達じゃ倒せないってことかな」
そう言うネクだが、禁断ノイズはまだ倒れていなかった。
普段ならパートナー同士で攻撃すれば、禁断ノイズは倒れるはずだが……。
「まずい……こんなところで……」
「……仕方ないね……」
すると、ヨシュアはネクの前に立った。
心なしか、ネクの目にはヨシュアの両手が光っているように見えた。
「あんまりやりたくなかったんだけど……。これで……おしまい!!」
ヨシュアの手から、眩い光の柱が放たれる。
それに包まれた禁断ノイズは、圧倒的な光に包まれて……消えた。
「なっ……すげぇ」
これが、ヨシュアの秘めた力なのだろうか。
ネクでは歯が立たなかった禁断ノイズが、一瞬で消えてしまったのだ。
「おまえ、そんなことできるのかよ!」
「疲れるからキライなんだけど……」
「ミィ~チャッタ」
ヨシュアが呆れていると、彼の背後から青年の声が聞こえてきた。
「だ、誰だ!?」
振り返ると、彼らの前にいたのは、棒付きのお菓子を持った眼鏡の青年――狩谷拘輝だった。
「おい! そっちのおぼっちゃん、オマエ……死んでないナ?」
「なにっ!?」
どうやらカリヤには、ヨシュアが生きている事がお見通しのようだった。
死神のゲームには原則的に生きた者が入る事は許されない。
しかし、ヨシュアは生きたまま、死神のゲームに参加している。
彼が死神ではないという事は、すなわち……。
「おまえさんが出した今のワザ……そんなワザ、参加者には使えないンサ。
UGでは見たことないパワーが出てたカラナ。でも、生き人の参加はルール違反ダゾ。
違反者として……今ここで片づけちゃってもいいんダケド……」
「くっ!!」
「ヤァメタ」
「え……」
「メンドウだからナ。こっちもあのノイズには手ぇ焼いてタシ」
禁断ノイズは参加者も死神も関係なく襲うため、下っ端死神はその後始末に追われていた。
よって、カリヤは手を出せなかったのである。
「今回は見逃すヨ。ただし、次に会ったら覚悟シロヨ~。一瞬で消しちゃうゾ……卯月がネ。
ジャアナ~」
そう言って、カリヤは撤収した。
「……ふう、ラッキーだったね、ネク君」
何とか消されずに済んだネクとヨシュア。
だが、カリヤは「次に会った時は卯月が消す」とネクとヨシュアに警告したのだ。
引くわけにはいかなかった。
「おまえ……さっき、あの死神が言ってたことは本当なのか? おまえは生きてるのか?」
「……」
しばらく黙っていたヨシュアだったが、とうとう呆れて口を開いた。
「あ~あ、バレちゃったね。そうだよ、僕は生きたままゲームに参加してるよ」
「なんだよそれ……生きてるって……」
ヨシュアは自分がルール違反をしている事を自覚していないのだろうか。
ネクはそれを指摘しようとするが、ヨシュアは首を振った。
「何事も抜け道ってのがあるものさ。裏口参加だから参加者バッジは持っていないけどね、ほら」
そう言ってヨシュアは自分の手を見せる。
白黒の参加者バッジは、彼の手にはなかった。
「なんだよ……それ……」
「でも、心配いらないよ。
こうしてネク君とパートナー契約できてるし、ほかの参加者と何も変わらないよ」
あくまで自分は参加者だと言い張るヨシュアに、ネクの怒りは頂点に達しようとした。
「……ざけるな……」
「ん? 何か言ったかい?」
「ふざけるな!!」
ここにきて、ついにネクの怒りは爆発する。
死神のゲームは、死者が蘇生をかけて挑むもの。
参加者は皆、大切なものをエントリー料にして、“命”がけで死神のゲームに挑んでいる。
負ければ真の死を迎え、もし勝ったとしても必ず蘇生できるという保証はない。
つまり、死神のゲームは、望んで参加するものではないのだ。
「おまえだけ生きてるのにほかの参加者と同じってなんだよ!
おまえはUGに来たくて来た、けど俺やほかのヤツらは違う!
こんなところに来たくて来たんじゃない。
死神のゲームなんてやりたくてやってるんじゃない!」
「生きかえるために参加してるんでしょ? だったら、参加するメリットがあるじゃない」
「ふざけるな……おまえのせいだろ!! おまえが俺を殺したくせに」
生きたままゲームに参加しているヨシュアは、真剣に挑む参加者を冒涜しているようだった。
しかも、ヨシュアはネクを拳銃で撃っている。
どこまでも軽い態度を取るヨシュアに、怒りを表さないわけがなかった。
「なぁ~んだ。なんで死んだか分からないって言ってたのに……やっぱりネク君、
ちゃんとおぼえてるじゃない。だとしたらどうするの?」
「なに?」
「僕がネク君を殺した犯人だとしたら、ネク君は僕をどうするの?」
――ヨシュアの言葉は、ネクに深く突き刺さった。