すばらしきこのせかい Shibuya Survival 作:アヤ・ノア
ネクとビイトはサラリーマンを追いかけ、渋谷を歩き回る。
一方、マコトは自分のラーメン屋が上手くいかず落ち込んでいた。
王子は彼を励まし、自分のやりたい事を見つけるようアドバイスする。
ネクとビイトはクイズ死神の最後のクイズに挑み、再びサラリーマンを探しに行った。
「ふぅ~」
千鳥足会館前に、サラリーマンの姿はあった。
ネクとビイトは彼をこっそり追いかけていた。
「はぁ~」
しばらくすると、マコトが千鳥足会館前にやってくる。
王子の助言を聞いたため、何をしたいのか悩んでいたところだ。
「ま、マコト!」
「社長……」
なんと、あのサラリーマンの正体は、ある会社の社長だったのだ。
マコトはその社長の会社に属している事になる。
ネクとビイトは、二人の会話を聞く事にした。
「社長……久しぶり……ですね……」
「ああ……そうだな……」
長い間出会っていなかった社長とマコトが再会し、二人は感動で思わず顔がほころんでしまう。
「ははっ……情けない顔、見せちゃったな……」
「仕事……上手くいってないのか?」
社長の言葉にマコトは首を縦に振った。
「社長……俺、才能なかったみたいです。何かを掴んだ気がして、大見得きって会社飛び出して……。でも……結局……何も分かってなかったんです。
世の中、甘く見すぎてましたよ……」
以前は王子に嫌味を言っていたマコトだったが、
世間の流れに晒されて事業が上手くいかなかった。
自分はただ流行を追いかけていただけで、やりたい事をやっていたわけではない。
王子の言っている事が分かってしまい、
アイデンティティを追い求めたが、やはり自分には何もなかったようだ。
「社長……俺……これからどうすればいいんですかね……」
マコトは社長に弱音を吐いてしまい、叱られるかどうか心配だった。
社長は固い顔をしていて、叱られるのは当然だと思っていた。
「マコト……」
「ははっ……すみません。社長に迷惑かけた身で言える言葉じゃないですよね」
社長は固い表情を変えなかったが、その態度はどこか穏やかだった。
そして、マコトが社長に謝った時、社長の表情が大きく変わった。
「マコト、ちょっと待ってろ」
そう言って、社長は紙と10円玉を取り出した。
死神さんを行う時に使う道具だ。
必ず正しい道に導いてくれる死神さんだとすれば、
社長がマコトのためにしてやれる事はこれしかなかった。
「おっ! おっさん!! 『死神さん』をヤル気だぞ! 俺達の出番だな、ヘッドフォン」
喜ぶビイトだったが、ネクはこんな大事な事も死神さんに聞くつもりなのかと思った。
本当に大事な事を考えるのならば、社長自身が考えて決めるのだろう。
何故なら、それが社長のやるべき事だから。
「よし! 『死神さん』をやるぞ!」
死神さんをやろうとしたビイトだったが、ネクは首を横に振って言った。
「……いや、やめておこう」
「はぁ?」
訳が分からず、ビイトは素っ頓狂な声を上げる。
「何でだよ、ヘッドフォン!」
「こんな大事な事はおっさんの言葉で伝えるべきだ」
「ヘッドフォン……」
社長のする事は社長で決める、それが社長の役目だとネクは知った。
だから、『死神さん』には頼らず、
社長自身の言葉でマコトに伝えるのを見守るのが、ネクにできる事だと判断したのだ。
「だはー! 動かない! どうしたんだ死神さん!」
ネクが死神さんをやらないと決めたため、10円玉は全く動かなかった。
社長はその事に苛立っていた。
「社長……俺、もう行きますね……」
「ま、待て! マコト!」
立ち去ろうとするマコトを、慌てて社長が呼び止める。
「えっ?」
「お、おまえ……ウチの会社に来た時のこと、覚えてるか?
目をキラキラさせて『お客さんに喜ばれる仕事がしたい!』……そう言ってたよな」
「ははっ……そんな時期もありましたね……」
社長はマコトが入社した時の事を彼に伝えた。
客のために何かをしたいという気持ちを持ってこの会社に入社したマコト。
しかし、今の彼は腑抜けてしまっていて、嫌味を言ったり、落ち込んだりしていた。
「マコト! あの時のおまえは……理想ばかり追いかけてろくに仕事もこなせない半人前だった」
社長はそんなマコトを元気づけるため、真剣な表情でマコトを励ました。
その声は強かったが、同時に穏やかだった。
「ははっ……今も変わらないですよ……」
「けどな、マコト……あの時のおまえは、今の数倍カッコよかったぞ。マーヴェラスだ!」
「社長……」
「おまえがやりたいこと……あの時の自分にもう一度聞いてみろ。
失敗したっていいじゃないか。人生に無駄なことなんて何ひとつないんだ」
人生とは、穴の開いたバケツで水を汲み続ける事、とはある人物が言った言葉だ。
確かに人生は失敗ばかりだが、それでも、その人が生き続けた証は残っている。
だから、最初から諦めてはいけない、と社長なりの言葉でマコトを励ましたのだ。
「社長……俺……ちょっと急ぎすぎたのかもしれません……。
本当に自分がやりたいこと……ふりだしに戻って考えてみます」
無理してトレンドに乗る必要はなく、自分のやりたいようにやるのが一番。
マコトは社長の言葉により、王子が言っていた事が理解できたようだ。
話していた彼の表情から不安が消え、笑顔になる。
「ありがとうございます」
「いや……礼を言うのは私の方だ」
「えっ?」
「いや……何でもないさ」
そう言った社長は、満面の笑みを浮かべていた。
落ち込んでいた社員を励ます事ができて、
また、目を付けていた社員と再会できて、その嬉しさでいっぱいだからだ。
そして、『死神さん』から完全に解放されて、自分は自由になれたのだから。
「社長……俺、行きますね」
「ああ……がんばれよ」
去っていくマコトの背中を見ながら、社長は紙と10円玉を見る。
「ははっ……こんなものなくても……自分で考えてできるじゃないか……。
私にはもう……必要ないな……」
そう言って、社長は紙と10円玉を投げ捨てた。
「おっさん……よくやった! ……って待てよ……」
自分自身の言葉で伝えた事にビイトは感動するが、同時に頭に?マークを浮かべた。
そして、『死神あそび』04が『死神さん』でない事に気づいてしまった。
「だあぁぁあ!! おい! ヘッドフォン! どうすんだよ!
おっさんが『死神さん』をやらなくなったじゃねぇか!」
「その『死神さん』のことでひとつ聞きたいことがある」
「な、なんだよ」
「今日のミッションは本当に『死神さん』なのか?」
「な、なんでだよ」
どう考えても、ヤシロが出したミッションが『死神さん』であるとは思えなかった。
きっと、コニシと同じく、彼女を捕まえるミッションだろう。
「おまえ、本当は覚えてないんだろ」
「お、覚えてるよ。『死神ごっこ』の04だろ?」
「『死神あそび』だ」
「うっ……」
最早、ビイトの頭の悪さは重症である。
「……わ、わりぃ、ヘッドフォン……。
死神だったのはもう2日も前のことだから、全然、覚えてねぇんだ……」
2日で忘れるとは、ネクもビイトが頭が悪い、と気づいてしまったようだ。
「分かんなかったら正直に言えよ。闇雲に行動したってミッションは解けないだろ?」
正直に言うのは一時の恥だが、言わないのは一生の恥である。
そして、ミッションはちゃんと考えなければ、達成できずに消滅してしまう。
ネクに指摘されたビイトの顔が悔しさに歪む。
「……くっ、どうして俺は……いつまでたってもこうなんだ……。
ライムにも……おめぇと同じこと言われてた……何度も何度も……」
自分とよく似た、金髪碧眼の少女――ライム。
彼女もビイトにしっかりしてほしいと言っていた。
ビイトは、ライムとの出来事を思い出す。
忠犬ハチ公像の前。
『ピンクの頭の人が言ってること、ちょっとおかしいよ。
矛盾してるところもあるし……うのみにしない方がいいと思うな』
これは、まだライムが消滅しなかった時の話だ。
ライムはビイトに、ヤシロの言う事をもう少し疑ってほしいと助言した。
しかしビイトは首を横に振る。
『時間がねぇ』
『うん、だからこそ失敗してるヒマはないよ。「急がば回れ」って言うでしょ?』
ライムは突っ走るビイトを、よく止めていた。
A-EASTの中。
『違うよ、ビイト。金色のコウモリを探すんだよ』
『時間がねぇ』
『うん、だからこそ失敗してるヒマはないよ。「急いてはことを仕損じる」だよ』
ライムはビイトのせっかちな性格を注意していた。
ミッションに大事なのは、判断力だからだ。
ビイトは、ライムの笑顔を思い出す。
消えてしまった彼女の姿が、忘れられない。
「あいつは、いつもそうだった。ずっと先のことまで考えてた。
なのに俺は……ぜんぜん進歩してねぇ。あいつを助けなきゃなんねぇってのに……」
ライムはノイズからビイトを庇って消滅した。
今も彼女は苦しんでいるかもしれない、だから自分が助けなければならない。
そう思ったビイトだったが、行動力はあっても頭脳が足りないためなかなか達成できなかった。
「考えねえとだめだって分かってる。
分かってるけどよ……答えが出ねえんだ、焦るばっかりでよ。
アニキのくせしてぜんぜん進歩しねぇ」
「アニキ!?」
ビイトの「アニキ」という言葉を聞いて、ネクは頭の中でライムが言った事を思い出す。
―でも、このペンダントはあげられないな。お兄ちゃんからのプレゼントだから。
ネクはビイトとライムの関係を推理していた。
似た容姿、ビイトの「アニキ」呼び、ライムの「お兄ちゃん」呼び、
これから推理すると二人の関係は……。
「おまえがライムのお兄ちゃんなのか!?」
「あ? 言ってなかったか? ライムは俺の妹だ」
「い、妹!?」
そう……ビイトとライムは実の兄妹で、ライムの本名は
にも関わらず、ライムが「ビイト」と呼び、彼を兄だと認識しなかったのは、
兄妹であるという記憶が消えたからだろう。
「ふたりでUGに来て、パートナーになって……俺が……ライムを……」
「……おまえのせいじゃないだろう……」
ノイズからビイトを庇ったのはライムだ。
ビイトが責任を負う事ではない、とネクは言った。
「いや、俺が殺したようなもんだ。悪いのは全部、俺……」
「おまえ……」
家族を止められなかった事に、ビイトはかなり後悔していた。
「俺、バカだからさ。
死神になればライムを戻せるかもって思って死神になったけど、結局ダメだった。
ライムが消えちまった時、羽狛のおっさんがライムの魂……ソウルを集めて、
バッジに留めておいてくれた。
バッジと再契約して俺の消滅は免れたけどよ……何もできない自分が情けなくて……
気づいたら死神の所に行ってバッジの使い方を聞いてた」
「だから、羽狛さんの店から飛び出したのか……」
ビイトが死神になった理由と、
最初の死神のゲームの最終日でビイトが店から飛び出した理由が、ネクにもようやく分かった。
あのネズミ型バッジの正体は、ライムだったのだ。
「死神にバッジの使い方って……まさか!?」
「肩に乗ってたノイズはライムだ。俺があのバッジで作ったライムノイズだ」
「あれが……ライム……」
読者も予想していた通り、ビイトの肩のネズミ型ノイズはライムだった。
死神になってもビイトはライムを忘れられず、バッジ、ノイズに変えて傍に置いたのだ。
「ノイズから何とかして元のライムに戻そうとしたけど、どうしようもなかった……。
だから、この渋谷を仕切ってるコンポーザーってヤツになれば……」
ライムを取り戻せる、とビイトは信じた。
「今のコンポーザーをぶっ倒して俺が新しいコンポーザーになる」
「コンポーザーを倒したヤツが新しいコンポーザーか……」
「コンポーザーになればこの渋谷は思いのままだ。きっとライムも元の姿に戻してやれる。
んで、俺はライムを生きかえらす!」
それが、ビイトの歩む道、彼の目的だったのだ。
「おい、ヘッドフォン。一度しか言わねえぞ、よく聞け」
「なんだ」
「……頼む、俺を……手伝ってくれ」
死神になってからも、ビイトは孤独だった。
ただ、ライムのためだけにがむしゃらに動いて、
死神になっても目的は達成できず、結果的に墓穴を掘ってしまった。
最早ビイトは、抜け殻同然になってしまった。
「お、俺バカだからよ。走ることしかできねぇ……。でも、それじゃライムは助けられねぇ!
アイツは何がなんでも助けたいんだ! だから……ほんと頼むわ……」
「……ふざけるな」
必死な様子のビイトに、ネクはそっと右手を差し出すも、すぐに引っ込めた。
「おま……」
「頼まれなくたって、そんなこと分かってるよ。ライムは大切な仲間だ。
それに、俺だって走るしかない……」
ネクの今のエントリー料は他の参加者……つまり、渋谷の人々が最も大切と言っていい。
シキも、ビイトも、ライムも、今のネクにとっては「一番大事なもの」だ。
「ゲームマスターを倒して7日間生きのこったとしても死神と契約した時点で多分ルール違反だ。
よくてゲーム無効で再参加……でも、俺にはもう参加権がない。
それに、エマージェンシーコールまで出されてるんだ。
審査にかけられた時点で消滅かもしれない。だから、シキを助けて生きかえるためには……」
走るしかないのだ。
自分と同じ目的を持ったビイトは、腕を振り、ネクに右手を差し出した。
元々情に厚いビイトは、ネクを放っておくわけがなかった。
「まかせとけ! 俺が全員生きかえらせてやる!」
「そういうことだ」
「ヘッドフォン……わりぃ……世話になるぜ……」
「パートナーを信頼しろ……。おまえ、俺のパートナーだろ……気にするな」
「へへっ! よし!」
死神のゲームに必死になるあまり、一番肝心な事を忘れてしまった。
一度は死神になったビイトでも、死神を裏切ったビイトでも、
今は全てを失ったネクのパートナーなのだ。
過去を振り返るより今を大事にするのが大事だ。
「でも……今日のミッションはいったい何なんだ?」
「……とにかく、ピンク頭を捜してみようぜ」
ミッションを出したのはヤシロなので、彼女を捕まえれば内容が分かるかもしれない。
ネクとビイトはヤシロを追いかけるのだった。