すばらしきこのせかい Shibuya Survival 作:アヤ・ノア
ネクとビイトはトワレコ前に到着し、狩谷拘輝と戦い、勝利する。
しかし、狩谷が返すはずのバッジは虚西により偽物にすり替えられていた。
その後、赤いバッジを身に着けていた狩谷と八代は突然の頭痛に襲われ、意識を失う。
一方、南師はとある場所で目覚めた後、計算を再開するのだった。
翌日、ネクとビイトは、スクランブル交差点で目覚めた。
「だあぁぁあ!! やべぇ! やべぇよ!」
ビイトが慌てるのも無理はない。
彼の寿命が、残り僅かになっているからだ。
しかも、コニシの居場所に繋がる手掛かりはまだ見つかっていなかった。
「うるさい、少し落ち着け」
「これが落ち着いていられるかよ! もう5日目だぜ!?
くそっ……どこへ消えやがった、鉄仮面!!」
「大丈夫だ。今日を入れてまだあと3日ある」
「3日しかねぇんだ!
それに……俺だっていつ消えるか分かんねぇし……とにかく、このままじゃ間にあわねぇ!
ライムも取り返さなきゃなんねぇし、渋谷川のコンポーザーも倒さなきゃなんねぇ。
しかも渋谷川には壊せねぇ壁があった。他にも壁があるかもしれねーし」
まくしたてているビイトに、ネクは少し呆れた後に言った。
「順番に片づけていくしかないだろ。そのためにもまずは落ち着け」
「くっ、分かったよ!」
慌ててしまえば物事は上手くいかない。
ビイトは深呼吸して、とりあえず平常心になった。
「昨日手に入れたLV4キーバッジはどこが開く?」
「狩谷のやつか……これは宇田川町の方だ」
「よし、今日はその方面を捜すぞ」
「分かった。鉄仮面のせいで2日もロスしちまった。これ以上ロスできねぇ!
ちんたらすんな! ダッシュだぞ」
そう言って、ビイトはスケボーに乗って走った。
ネクとビイトがAMX前に行こうとすると、死神が立ち塞がっていた。
しかし、死神の目は虚ろな赤い光を宿している。
レッドスカルバッジと全く同じ色だ。
「こいつは……」
『数え切れない この世の不幸を 断ち切るために この救済の光を
さすれば ここは幸福な 場所となる すなわち そこは すばらしきせかい』
「来るぞっ!」
交渉の余地なく、死神はネクとビイトに襲い掛かった。
「救済って、何の事だ……?」
「ヘンなことブツブツ言って……。ったく……何なんだよ、こいつら……」
ノイズと死神を撃退したネクとビイトは、この状況に対し違和感を抱いた。
死神はまるで、何かに操られているようだった。
「くそっ、どこだ……」
千鳥足会館前に着いたビイトは、ゲームマスターのコニシを捜していた。
自身の命は残り僅かなのに、彼女の手がかりが掴めない事に、ビイトはさらに焦っていた。
「焦るな。ずっとそんなんじゃ体がもたないぞ」
「構うもんか、こうしてねぇと落ち着かねぇ!!」
ネクはビイトの気持ちを理解しようとしていた。
しかし、そうであっても、こんな風に突っ走ると気分が持たなくなってしまう。
「おまえって、いつも全力だな」
「……ぜんぜんだぜ。こんなに必死になったのはUGに来てからだ」
人は何らかの事件が起こると全力になるという。
ビイトは妹を助けられずに死んでしまい、必死になったのだという。
「俺、生きてる時は全力で何かするなんてなかった。夢中になれるものがなかったんだよ。
それなのに親は親でうるさくてよ、いい高校入れとか、将来、何になるんだとか、
結果が大事だとか……そんなこといきなり言われたって知るかっつーの」
「あぁ……なんか分かる気がする」
「何すんのにも勝手に期待して……失敗したら勝手にがっかりして……
ライムはしっかりしてるのにおまえはダメだなって」
当時中学3年生だったビイトは、将来の夢についてあまり考えていなかった。
親はそんな彼の気持ちを知ってか知らないか、ビイトに期待を抱くようになっていった。
一人っ子のネクだが、妹を持つビイトの気持ちは、少しだけだが理解していた。
「いつも比べられて、死ぬほどイヤだった。
だから、周りが俺に期待しないように、俺のことなんてあきらめちまうようにしてきた……」
それがビイトの考えだった。
比べられたくないために、自ら心の扉を閉ざす――かつてネクがやっていたのと同じように。
「そのうち、親も俺になんにも言わなくなった。けど、ライムは違った。
俺がいくら荒れてもライムは何も変わらなかった。いつも俺のことを励まし続けてくれた。
『絶対に夢は見つかるよ』ってな。
生きてるってことは、未来を……夢を自分で作れるってことだって」
ビイトの表情と言葉から、彼が相当、妹を大切にしていたと伺える。
「でも……俺、ライムに優しくされんのがだんだん情けなくなってきて、
いつからかライムのこと、遠ざけるようになったんだ」
ようやく己の過ちに気付いたと思いきや、逆にビイトはライムを突き放した。
まだ若いビイトは、まだ精神的には成熟しきっていないのだ。
「俺達が死んだ日も……」
「おまえ……スケボーで世界一になるのが夢なんじゃないのか?
だから、自分もがんばるってライムが言ってたぞ」
―ビイトって、スケボーがすごい得意でね。スケボーで世界一になるのが夢なんだって。
兄妹としての記憶を失いながらも、ライムはビイトが夢を持つ事を知っていた。
だから、ネクはビイトにライムの言葉を伝えた。
しかし、ビイトは首を横に振った。
「あれはライムを励ますためのデマカセだ」
「デマカセって、おまえ……」
「ライムがよ……夢がないのに何のために生きかえるんだろう、って言ったんだ。
ふざけんなよ! なに言ってんだ、なんでおまえがそうなるんだよ……」
ビイトが夢を持ったのと引き換えに、ライムは夢をなくしてしまった。
UGに来てから、兄妹はすれ違うようになった。
生前は、仲が良かったはずなのに。
「その時、気づいたんだ。俺……ライムに見捨てられたらもう誰もいないって……。
だから、俺、あいつが俺を励ましてくれたみたいに、生きかえれば絶対に夢は見つかる、
俺みたいに絶対、夢を持てるって、デマカセでも励ましてやりたかった……」
親がビイトに何も言わなくなった以上、ビイトに残された絆はライムのみ。
それすらも失ってしまえば、最早ビイトはビイトではなくなってしまうのだ。
「けど……そのデマカセを気にして、ライムは俺をかばった……」
その結果、ライムは消滅してしまったわけだ。
「バカだよ……俺。死んじまってからライムの大切さに気づくなんて遅すぎだよな。
マジ大バカヤロウだ!」
しかし、今更それを悔やんだとしても、消滅したライムはまだ戻ってこない。
失ったものが、あまりにも大きすぎる――ネクは、ビイトが哀れでたまらなくなった。
ただの自己陶酔かもしれないが、ビイトはデマカセと言っていたので、五十歩百歩だった。
「あぁ、おまえはバカだ。どうしようもない大バカだよ」
「んだとコラ!」
「親の期待から逃れるために最初からあきらめるなんて、おまえらしくないぞ。
人にどう思われようが関係ないだろ。自分がどこまで全力でできるかが大事だろ……」
ネクは彼なりにビイトを励ました。
所詮、ビイトがやった事はただの逃避に過ぎない。
今のように逃げずに立ち向かっていく事こそが、ビイトのやるべき事ではないかと。
「それに、今は全力でやってるじゃないか。
なんでも全力でがんばれば、結果なんて後からついてくる……もんだろ」
「ヘッドフォン……」
「ライムのことは気の毒だったと思う。けど、もう過ぎてしまったことだ。
だから、今は今できることをする。後悔した分、ライムのためにがんばれよ」
「……」
「ライムだって、おまえはやればできるって分かってたから。
おまえのこと、あきらめなかったんだろ?
それに……死神裏切ってまで不利な俺と契約するような、根性ある大バカ……そういないぜ」
ここまで覚悟ができて行動する者は、渋谷にもそうそういない。
ネクはビイトの行動力を、しっかり評価した。
「ネク……」
ここで初めて、ビイトはネクを名前で呼んだ。
まるで、ネクがシキを初めて名前で呼んだように。
「バカはバカらしく、悩んでないで前だけ見てろよ」
「……へへへっ。ははははは! ……だよな! キャラちげーよな」
ネクはビイトを快く励まし、ビイトはやっと元気を取り戻した。
こんな荒れた調子なんて、ビイトらしくないと彼もネクも思ったのだろう。
「うぉぉっし! なんかスッキリしたぞ!! 任せとけ! 俺がみんな帰してやる。
ライムもシキもヨシュアってヤツも、それと、もちろんおめぇもな」
「……そうだな」
「ヨッシャー、気合入れなおした!
行こうぜ!! この勝負に勝って、俺が世界を変えてやる!」
ゲームのやる気を取り戻した二人は、宇田川町へ改めて向かう事にした。
だが、向こうには死神がいて、簡単に通してくれそうになかった。
『……』
「おかしいな……襲ってこないぞ……」
だが、死神はネクとビイトに襲ってこなかった。
さらに、あの時の死神と同じように、目が赤く、虚ろになっている。
「俺達に気づいてねぇのか?」
「いや……ワナかもしれない。慎重にいくぞ」
「おう!」
ネクとビイトは死神に慎重に近づいた。
「おい! そこ、どけよ!」
『……』
「やんのかコラァ!」
『……』
ビイトは死神に声をかけてみるが、反応がない。
虚ろな赤い瞳は、何も映していなかった。
「なんだぁ? 俺の声が聞こえてねぇのか?」
「コイツ……様子がおかしいぞ……」
『……ううっ……』
ネクが様子を見ていると、赤い瞳の死神が突然、頭を抱えた。
その瞬間、抑揚のない声で死神はこう言った。
『数え切れない この世の不幸を 断ち切るために この救済の光を』
「な……なんだ?」
「何言ってんだ、こいつ?」
それは、前に出会った死神と同じ言葉だった。
『さすれば ここは幸福な 場所となる すなわち そこは すばらしきせかい』
「こいつ……電波入ってんじゃねーか!?」
ネクが死神を見ると、死神の胸にはレッドスカルバッジがついていた。
心なしか、バッジが鈍い光を放っているように見える。
「おい! 来るぞっ!」
ネクが推測しようとすると、死神が二人に襲い掛かってきた。
「なんだったんだ? 今の死神……」
「分からない……けど、あきらかに様子がおかしい」
死神とノイズを撃退したネクとビイトだったが、どこか覇気が見られなかった。
「おい、ネク……。そーいや……街が静かじゃねーか?」
渋谷は五月蠅いほどに賑わっているはずなのに、今日は喧騒が全く聞こえてこなかった。
人々はレッドスカルバッジを身に着けている。
これと渋谷の異変とは、無縁ではないだろう。
「たしかに……いつもと違う……静かすぎる……」
「おい……スキャンしてみようぜ。何か分かるかもしれねぇ」
「ああ……」
今はスキャンできないはずだが、スキャンしようと言い出したビイト。
ネクはとりあえず渋谷の人々をスキャンした。
すると、ネクは衝撃的なものを見てしまった。
―数え切れないこの世の不幸を……断ち切るためにこの救済の光を……
さすればここは幸福な場所となる。すなわちそこは……すばらしきせかい。
―数え切れないこの世の不幸を……断ち切るためにこの救済の光を……
さすればここは幸福な場所となる。すなわちそこは……すばらしきせかい。
―数え切れないこの世の不幸を……断ち切るためにこの救済の光を……
さすればここは幸福な場所となる。すなわちそこは……すばらしきせかい。
皆、同じ事を思っていた。
あのレッドスカルバッジを身に着けていると、全員、このような事を考えるらしい。
「なっ、なんだコレ!?」
「みんな……同じ事を……考えてる」
『数え切れない この世の不幸を 断ち切るために この救済の光を
さすれば ここは幸福な 場所となる すなわち そこは すばらしきせかい』
マコトを励ました、会社の社長も。
『数え切れない この世の不幸を 断ち切るために この救済の光を
さすれば ここは幸福な 場所となる すなわち そこは すばらしきせかい』
『数え切れない この世の不幸を 断ち切るために この救済の光を
さすれば ここは幸福な 場所となる すなわち そこは すばらしきせかい』
マーブルスラッシュをやった、二人の少年も。
『数え切れない この世の不幸を 断ち切るために この救済の光を
さすれば ここは幸福な 場所となる すなわち そこは すばらしきせかい』
『数え切れない この世の不幸を 断ち切るために この救済の光を
さすれば ここは幸福な 場所となる すなわち そこは すばらしきせかい』
シキと共に仲直りさせた、二人の少女も。
『数え切れない この世の不幸を 断ち切るために この救済の光を
さすれば ここは幸福な 場所となる すなわち そこは すばらしきせかい』
――そして、渋谷の有名タレントも。
「ありえねぇぜ。おかしいだろ、絶対……」
(……あのミッションが、みんなをこんな風にしてしまったのか……)
ビイトの言葉に、ネクはレッドスカルバッジを広めた事を少し後悔した。
だが、自分が言った事を忘れないために、その後悔は少しだけに留めた。
「ネク! おい、見ろ! やっぱみんな、レッドスカルバッジつけてるぜ。
……ん? ……待てよ……だあぁぁあ!!」
ビイトはレッドスカルバッジと参加者バッジを見比べて衝撃を受ける。
「そっか、分かったぞ! 俺、分かっちまった!!」
「何だ?」
「間違いねぇ! コンポーザーの正体は……CATだ!!」
「それはない」
ビイトはコンポーザーの正体を推測したらしいがネクは「そんなわけない」と首を横に振った。
「なっ!? いきなり否定かよ! なんでそう言いきれるんだよ! どう考えてもCATだろ!
参加者バッジとレッドスカルバッジ、こんなに似てんだ。
同じヤツが作ったに決まってんだろ!」
確かにビイトの言った事は正しいかもしれない。
しかし、それを考慮しても、コンポーザーがハネコマとはネクは思えなかった。
「CATは……CATの正体はおまえを助けた羽狛さんだ」
「羽狛って……あのおっさんが!?
まじかよ!? あの人がCATだってのか!?
ってことは……」
「羽狛さんがコンポーザーなわけない!」
「な、なんだよ急に……」
ネクはCAT=ハネコマに憧れていて、彼がそんな事をするわけないと思っている。
ハネコマは人を操るわけがない、
渋谷を滅茶苦茶にするわけがない……ネクはそう思わなければならなかった。
「えっとぉ……。お~? なんだかこんがらがってきたぜ……っていうか、
羽狛のおっさんがCATってたしかなのか? どうしておめぇ、知ってんだよ」
「羽狛さんがCATっていうのはヨシュアから聞いた。これは俺も間違いないと思う」
「ヨシュアって、おめぇと一緒にいたおぼっちゃまか? 大丈夫か?
信用できんのかよ、ソイツ……」
ネクは複雑な表情を浮かべる。
最初はヨシュアを信用しなかったネクだったが、死神のゲームを進めていくうちに、
彼との誤解も解けた……ところで、ミナミモトに消されてしまった。
今は彼を、それなりに大切に思っている。
「ヨシュアは俺のパートナーだったんだ。俺はアイツを信用してる」
「じゃあ、やっぱり……羽狛のおっさんが……」
「ヨシュアはコンポーザーを捜してたんだ。おまえと同じでコンポーザーになるために。
それに羽狛さんも協力してた」
「えっと……ってことは……自分を殺そうとしてるヤツに自分が協力してたってことか……?
でもそれって、ヨシュアってヤツが踊らされてただけじゃねーか?」
コンポーザーの正体がますます掴めなくなった。
この調子で、コンポーザーを見つける事はできるのだろうか。
「羽狛さんは俺に『世界をひろげろ』って教えてくれた。
『楽しむためには世界をひろげろ』って!
でも、これじゃ……真逆だ。こんな渋谷……渋谷じゃない、だから違う!」
今の渋谷は考えが統一されて、狭くなっている。
楽しむために世界を広げようと助言したハネコマがそんな事をするはずがない、
とネクは思っている。
レッドスカルバッジを広めた自分にも責任はあるが今は異変を解決するのが先だ。
「……てか、それ、なんか無理ねぇか? ……あぁぁぁああ!! 難しいことは分かんねぇ!!
でも、たしかなのは、渋谷の街がおかしくなってる。
それをやってるのはコンポーザーってことだ。そしてコンポーザーが誰だろうとぶっつぶす!」
「……」
「時間がねぇ! さぁ行くぞ!!」
コンポーザーの正体――それが彼である事は、ネクも、ビイトも、そして死神も分からない。
正体が明かされるのは、ずっと先になる事だ。