すばらしきこのせかい Shibuya Survival 作:アヤ・ノア
虚西を倒したネクとビイトが境界の川を進むと、思わぬ形でシキと再会した。
道中で三人は南師が倒れているのを見つけ、ネクは彼の帽子を拾う。
ネクとビイトは南師を倒したコンポーザーを倒す決意を固める。
シキは混乱するが、二人の決意に影響され、存在しないものの道を進むのだった。
ネク、ビイト、シキの三人は、存在しないものの道を歩いていく。
あのミナミモトが敗れた、という事実にネクは押し潰されそうになっていた。
しかし、奥にいるのは彼以上に強い人物だ、ここで心が折れるわけにはいかない。
三人が進むと大きく真っ赤な扉が待ち構えていた。
左右対称の竜の絵が描かれており、恐らくはこの先に、コンポーザーと指揮者がいるだろう。
「いかにもなトビラね……」
シキがその扉を見て小声で呟く。
「ライム……もうすぐだ。あと少しガマンしてくれ」
ビイトはネズミが描かれたバッジを見て呟く。
一方、ネクは色々な感情が渦を巻いていて、まだ俯いたままだった。
「ネク? 大丈夫? 顔色悪いよ」
「いや……大丈夫だ。行こう」
ネクはシキに心配をかけまいと、首を振る。
実際は、色々あって落ち着けないのだが、彼なりにシキを気遣ってやったのだ。
そして、ついに三人は死せる神の部屋に辿り着く。
そこは、混沌とした渋谷にしては秩序じみた、美しく荘厳な場所だった。
床下で黒い魚がネク達を追うように泳いでおり、
白いソファに白いテーブルがあり、ツールカートには飲み物が置かれている。
テーブルの上にはタバコ、灰皿、ライター、酒、グラス、
そして月刊DETHという雑誌が置かれていた。
雑誌の表紙には「今! 最高にヤバイ死に顔」と書かれてあり、悪趣味だった。
「ここが……コンポーザーの部屋なのか?」
「この部屋は……たしか……」
三人はジュークボックスとテーブルサッカーを背後に立っている、
黒いスーツとサングラスの男を見やる。
この男こそ、死神のトップ・北虹寵である。
「ようこそ、参加者の諸君……いや、君達のゲームはすでに終わっている。
今やさまよえる死人といったところだな」
キタニジはネク達を歓迎しているように見えたが、あまり喜んではいないようだ。
「あなたは……」
「くっ、グラサンかよっ!」
「……コンポーザーはどこだ……」
彼は渋谷のコンポーザーではなさそうなので、ネクはどこにコンポーザーがいるか見渡す。
「……なるほど、君達が……。コンポーザーに会ってどうするつもりかな?」
キタニジはネク、シキ、ビイトをじっと見た後、ふむ、と一息ついた後に三人に言った。
コンポーザーに会った時の目的を知るためである。
「決まってんだろ! コンポーザーをぶっ倒すんだ!」
当然、ビイトはキタニジの目の前でそう叫んだ。
自分がコンポーザーになる事で、ライムを蘇生するためである。
しかし、キタニジはビイトの言葉に首を横に振る。
「あきらめたまえ。君達はコンポーザーを見ることすらできない」
「なにっ!?」
「コンポーザーは人類の幸福を第一に職務にあたられている。
いわば、さまよう人類を正しい未来へと導く存在だ。
故にコンポーザーの行動は常に慈愛に満ちあふれている。
そんな高尚な存在を、君達のような利己主義者が見ること……
ましてはふれることができると思っているのか?
君達とコンポーザーとでは次元が違うんだよ」
「「……」」
その結果があの渋谷なのか、とネクは拳を握り、
シキは不安と悲しみの混ざった表情になり、ビイトは怒りを隠せなかった。
「ヘッ、言ってる意味がさっぱりだぜ! 俺はやる!
俺がコンポーザーになって、全員生きかえらせるんだ!!」
「それだよ!」
全員の蘇生、その言葉を聞いたキタニジの気分が高揚する。
いや、自他に怒っていると言った方がいいだろう。
「その我欲が全ての苦しみの原因だ!!」
「なっ、何だよ!?」
「他人をかえりみない利己主義がこの渋谷を転落させた。
この渋谷はコンポーザーによる再生が必要なのだ!
それを邪魔することは誰ひとり決して許されない!」
そう言ってキタニジは、シキに何かを飛ばす。
すると、悲しげな表情だったシキが、急に頭を抱えてうずくまる。
「うぅ……うあぁぁぁ」
「シキ!?」
シキの瞳から光が消え、あの渋谷の住民や死神のように赤く染まっていく。
そして、意識を失ったシキは、ゆっくりと立ち上がり、ネクとビイトを睨みつけた。
『……』
「意識がない!?」
「おいっ! てめぇ! シキに何をした!?」
「そんな簡単な事も分からないのかね? まあいい……まずは君達をここで消してやろう。
死人には死人らしい最期がぴったりだ!」
キタニジとシキは、ネクとビイトを消そうと襲い掛かってきた。
『……』
「シキ……」
キタニジに操られたシキは、容赦なくネクをにゃんタンで攻撃する。
パートナーの時は心強かったシキが、敵に回った事でネクは戦意を喪失しかける。
「おい、戦う相手はシキじゃなくてグラサンだ!」
「……そうだな、ビイト」
そう言ってネクがキタニジを攻撃しようとすると、キタニジが含み笑いを浮かべた。
「時間遮断」
キタニジが宣言すると、彼以外の「時」が文字通り止まった。
凍り付いた時の中で、キタニジは手を動かし、レーザーの予告線を発生させる。
すぐにキタニジが効果範囲から離れ、時間遮断の効果を解除する。
「うぐぁっ!」
効果の解除と同時にネクの身体をレーザーが貫く。
「い、今何が起こった……?」
「噛みちぎれ」
ネクが状況を判断する前に、キタニジが腕を鮫のように変えて噛みつかせる。
「ぐっ!」
攻撃に対応できずにネクは傷を負ってしまった。
「あいつの横にいたらダメだ!」
「果たしてそれはどうかな?」
噛みつき攻撃はキタニジの横にいなければ当たらない。
ビイトにそう言われたネクは素早くキタニジの前に走った。
すると、キタニジは二つの玉を出し、そこから玉が弾幕のように飛んでくる。
「また弾幕か! だが、パターンを見切れば……!」
『……』
パターンを見て避けようとしたネクだったが、そこに操られたシキの妨害が入る。
そのため、ネクは弾を避ける事ができず、攻撃を食らってしまった。
「駄目だ……シキを、傷つけられない……」
ネクは妨害を止めようとするが、シキを攻撃できなかった。
操られて敵に回っているとはいえ、シキはネクにとって大切な存在だからだ。
彼女を傷つけるわけには、いかなかった。
「ネク、おめぇは本当に、シキが大事なんだな……」
「当たり前だろ! 何もなかった俺を助けてくれた、大切な人なんだか……」
「感傷に浸る暇はないよ。時間遮断」
ネクとビイトが会話している間際に、キタニジは時間遮断によって二人の時間を止める。
そして、レーザーを発生させて、無防備なネクとビイトを貫いた。
時間が止まっていたネクとビイトは、何もできずに攻撃を受けてしまった。
「君達は本当に仲が良いな。だが、戦いに友情は必要ないよ」
『……』
キタニジと、彼に操られたシキは、容赦なくネクとビイトに襲い掛かる。
二人は攻撃をかわし、キタニジだけを攻撃するが、彼はまだまだ余裕がありそうだった。
「友情は、不要なものじゃねぇ!」
ビイトはキタニジに叫びながら体当たりする。
だが、破れかぶれの攻撃だったので、キタニジは難なくビイトの攻撃をかわした。
「結局のところ、勝負に大事なのは結果だけだ。結果を出せないものに、用はない」
「……ふざけるな」
ネクはキタニジを睨みつけ、バッジを握り締める。
「結果のために至った道が非道でも、お前は結果を重視したいのか!?
そんな事はあるはずがない!!」
そう言ってネクは光り輝くバッジを掲げ、ビイトとの連携攻撃に入る。
模様が描かれたカードを次々に消していき、連鎖によって力を高めていく。
これは、ネクとビイトなど、友情や信頼を築いた者にしかできない事だった。
「ぼやぼやすんなよ!」
「お前もな!」
ネクとビイトは、キタニジだけに狙いを定め、彼に連続で体当たりしていった。
戦うべき相手は、彼だけなのだから。
「これほどの力とは……」
「やったか!?」
ネクが瀕死のキタニジに対してそう呟く。
最早お約束なので何も言うまいが、キタニジはまだ、倒れていなかった。
「さすがは……選ばれし者……か……」
そう言って、キタニジは倒れた「ふり」をする。
彼がまだ本気を出していない証でもあったが、それでも時間遮断能力は強力だった事が分かる。
「やったぜ!! 後はコンポーザーだけだっ!!」
「シキは!?」
キタニジは倒れたはずだったが、まだシキは虚ろな赤い瞳のままだった。
意識がないシキはゆっくりと、ネクとビイトに歩み寄る。
「シキ!?」
「くっ!! 俺達のこと、分かってねぇ!」
「なぜシキが……ん?」
ネクがシキを観察すると、彼女の胸にレッドスカルバッジがあった。
あのバッジがシキを操っていると察したネクは、急いでバッジを壊そうとする。
「だめだ! このままじゃ俺達がやられる!」
「仕方ねぇ……こうなったら……ゆるせ! シキ!」
「やめろ!」
ビイトはシキを攻撃しようとするが、ネクはシキの前に立って彼女を庇う。
彼女は、バッジに操られているだけなのだから。
「シキに手を出すな!!」
「バカッ! あぶねぇ! 後ろ!!」
『……』
ビイトの警告がネクに届く前に、シキがサイキックをネクに発動する。
黒猫のぬいぐるみ・にゃんタンが四体に分身し、瀕死のネクにとどめを刺そうとした時。
「ネク、危ねぇ!!」
「ビ、ビイト!?」
ビイトがネクの前に仁王立ちし、シキの攻撃からネクを守った。
「ぐあぁぁぁぁぁっ!」
ビイトはシキの攻撃を受けて倒れるが、おかげで隙ができた。
ネクは急いでシキに近付き、彼女からレッドスカルバッジを外す。
「うぐっ……シキ……目を覚ませ!!」
レッドスカルバッジを持ったネクの身に重みがのしかかって思うように動けなかったが、
何とかネクはそのバッジを地面に叩きつけた。
バッジは、衝撃で真っ二つになった。
「はぁ……はぁ……」
キタニジとの戦いがあって、ネクは上手く身体を動かせなかった。
しかし、レッドスカルバッジを破壊したおかげで、シキは何とか止まったようだ。
「やっぱり……やっぱり……このバッジのせい……。
コンポーザーの……羽狛さんのせいなのか……」
ネクはコンポーザーがハネコマだと思っていた。
渋谷がこんなになってしまったのは、彼の思いなのだろうか、とネクは不安がる。
自分に的確なアドバイスをして導いてくれた彼が、渋谷で生き抜く
この渋谷を一つにしようとしているなんて……と。
「おい! ビイト! しっかりしろ!」
シキの攻撃を受け、倒れたビイトにネクが声をかける。
しかし、ビイトは戦闘不能になっていて、ネクの声は届いていなかった。
「ダメか……。俺をかばってシキの攻撃をまともに……」
幸い、ビイトはまだ消滅していなかったが、この場で戦えるのはネク一人しかいなかった。
「ふたりとも……意識がない……。
シキも……死神も……渋谷も……みんな羽狛さんに操られているのかよ……。
どうして……どうしてこんなことするんだ……。俺は……戦うしかないのか……くそ……」
今度こそ、ネクは一人になってしまっただろうか。
ハネコマが、ネクを孤立させようとしているのだろうか。
ネクは、様々な圧力によって、今度こそ押し潰されそうになってしまった。
「でも……進むしか……ひとりで行くしかない。コンポーザー……どこにいるんだ」
コンポーザーを探そうとするネクの足取りは、どんどん重くなっていく。
がらんとした死せる神の部屋の中には、もう、ネク以外誰もいなかった。
「そうだ……スキャンすれば……」
ネクは参加者バッジを取り出して、スキャンする。
すると、キタニジがいた場所に、開いた紫の扉が見えた。
「この扉は……」
部屋に誰もいない以上、コンポーザーは確実にここにいる。
ここで、コンポーザーはネクを待っている。
死せる神の部屋にはバリアが張られていて、もう、ネクの退路は断ち切られてしまった。
「みんなのためにも……俺は、負けない」
ネクは全てを終わらせるために、ゆっくり、ゆっくりと、その扉の中に入った。