すばらしきこのせかい Shibuya Survival 作:アヤ・ノア
ネク、ビイト、シキの三人は、死神のトップ・北虹寵と向き合い、彼と戦う。
シキは北虹に操られるが、ネクとビイトは彼女を救い、最後の扉へと進むのだった。
ネクが扉の中に入ると、そこは裁かれしものの道だった。
壁にはたくさんの絵が描かれており、その絵はネクに見覚えがあった。
「……俺は……ここで……」
自分はここで命を落とした、と確信するネク。
思わず感傷に浸って留まりそうになるが、
ここに留まってはシキとビイト、そして渋谷の住民の思いを無駄にしてしまう。
重い足取りながらも、ネクは一歩一歩、確実に裁かれしものの道を進んだ。
羽狛早苗の絵を見ながら、ネクは彼への思いを心の中で呟く。
彼の作品はどれも「もっと楽しめ」とネクを励ましてくれた。
ヘッドフォンで閉ざした世界にも、ハネコマはネクにメッセージを届けた。
だから、ネクはいつもあの場所で絵を見ていた。
それだけで、ネクは本当に楽しかったという。
CATとハネコマが同一人物だと知った時は、ネクは嬉しさのあまり震えたという。
ハネコマの言葉は不思議と、ネクは信じていた。
尊敬できる人にやっと会えたと思ったが、
彼がこんな事をするなんて、ネクは不安しか湧かなかった。
しかし、ネクは足取りは重いがもう迷わなかった。
ハネコマに出会えたから、彼は自分の世界を広げる決意を固めたのだ。
ここで立ち止まっているわけにはいかない。
全てを終わらせるために、ネクはハネコマの絵を背中に走った。
最初に出会ったパートナー、美咲四季。
最後に出会ったパートナー、尾藤大輔之丞。
二番目に出会ったパートナー、桐生義弥。
ビイトの妹、尾藤来夢。
彼らがネクと共に渋谷を歩んでくれたから、ネクは死神のゲームで生き残る事ができた。
心を閉ざしていたネクは、もうここにはいない。
ネクは、渋谷の人々のために戦う事を決めたのだ。
「みんなは必ず、俺が取り戻す」
そう言って、ネクは一歩一歩、足を踏み出した。
「ここは……」
ネクが辿り着いた場所は、審判の部屋。
その名の通り、これまでの行動を裁く場所である。
部屋の内装は白でも黒でもない、灰色。
床には黒い模様と髑髏が描かれており、そこから伸びる線は左右対称になっていた。
奥の白い扉の上には、黒い蛇が描かれていた。
「出てこい、コンポーザー!」
ネクはコンポーザーに大声で呼びかける。
コンポーザーと戦い、全てを終わらせるために。
渋谷の住民を、コンポーザーから救うために。
「俺と戦え!! 俺がアンタを倒せばいいんだろ!? それがアンタの望みなんだろ!?
出てきて……出てきて俺と戦ってくれ……」
しかし、ネクの叫びも空しく、コンポーザーは姿を現さなかった。
「羽狛さん……」
ネクはハネコマの名を呟く。
彼がコンポーザーだと、ネクは思っているからだ。
「羽狛? 誰だそれは?」
すると、ネクの背後から男の声が聞こえてくる。
振り返ると、そこにいたのは、倒したはずの北虹寵だった。
「おまえは……さっき倒したはずじゃ……」
「ははははは!! こうして会ってみるまで気づかんとはな!
だが、それもおもしろい。ゲームが盛り上がるというものだ!」
「どういう……ことだ……?」
キタニジは笑い声を上げながらネクにそう言った。
呆然とするネクに、キタニジはさらに告げる。
「そうだな……答えあわせをしようか。
少なくともコンポーザーは君が思い描いている人物ではない。
それに……コンポーザーはここにはいない。ここにいたのは君がUGに来る前の話だ。
残念ながら今は不在だ」
コンポーザーはこの部屋にはいなかった。
それに、コンポーザーが来たのは、ネクが命を落とす前だという。
だとしたら、ハネコマはコンポーザーではないのだろうか。
「それ以降は俺がUGを取りしきってきた」
「羽狛さんが……コンポーザーじゃない……!?」
そう、渋谷を愛するハネコマが、こんな事をするはずがなかったのだ。
ネクは安心すると同時に驚きをまだ隠せなかった。
「全部おまえがやったのか……」
「そう……全ては俺の計画だ」
「どうして……こんなこと……」
最初の出来事も、数々の事件も、全てキタニジの手にお泥されていたのか。
ネクは呆然として、混乱していた。
「ネク君……君は音楽が好きか?」
「えっ?」
キタニジは混乱するネクに、穏やかに声をかける。
「旋律、演奏者、楽器……これらは音楽を構成する重要な要素だ。
しかし至高の音楽で最も重要なのは、それらを導く優秀な指揮者だ。
これは世界にも同じことが言える。
ひとりの指導者のもと、人類がひとつの理想に向かえば至高の世界となる」
「ひとつの……理想……」
ネクはそれを聞いて思い出す。
渋谷の住民は、あのバッジを身に着けた住民は、一体何を言っていたのだろうかと。
―数え切れない この世の不幸を 断ち切るために この救済の光を
さすれば ここは幸福な 場所となる すなわち そこは すばらしきせかい
「君も渋谷で感じたはずだ。怒り……憎しみ……悲しみ……妬み……恐怖……劣等感……。
数え切れない自分勝手な欲望がぶつかりあう不快な雑音をね。
この雑音が増幅し、やがて犯罪や戦争を生み出す。個性こそ、この世の不幸の原因なんだ!」
キタニジはネクに向かって高らかに宣言する。
個性があるから、皆が不幸になってしまうのだと。
「個のへだたりを取りはらい思考を共有すれば……世界は不平も不安もない幸福な場所となる!」
人々から個性を奪い一つにする事、それがキタニジの目的だった。
すなわち、「全人類洗脳計画」である。
確かに個性のせいで争いが起こる事はあるが、同時に個性は良いものを生み出すものだ。
それらを両方取り払っては、「つまらない」と感じてしまうだろう。
「世界の思考を共有……? そんなこと、できるわけが……」
「できるさ、このバッジがあればな」
そう言ってキタニジは、レッドスカルバッジを取り出す。
それは、ネクには見覚えがあるバッジだった。
「そのバッジ……それもお前の仕業だったのか!!」
「コンポーザーの参加者バッジをベースに俺が作った。
渋谷は世界の注目をあびている。渋谷のムーブメントはやがて世界へひろまる。
つまり俺は渋谷から出ることなく世界も救うことができる。
渋谷を指揮台に世界の指揮者となるんだ」
キタニジはレッドスカルバッジを作り、
渋谷の住民の思考を一つにして、さらに渋谷を手中に収めようとしているのだ。
ネクとシキがミッションでバッジを広めたのも、キタニジの計画の一つだった。
知らず知らずのうちに、ネクは彼の野望に加担してしまったのだ。
「あの計画も……死神が操られたのも……全部……全部、お前がやったのか……」
「……ああ、俺が渋谷を救うためにやったんだ。きっと君も新しい渋谷を気に入るはずだ。
さぁ、その参加者バッジを外すんだ。
コンポーザーの参加者バッジがレッドスカルバッジの効力を打ち消す。
君に俺のインプリントが届かない」
ネクは参加者バッジを見て、心の中で呟く。
このバッジが、キタニジのインプリントを防いでいるとは思わなかったようだ。
「君も人との交流が苦痛なはずだ。違うか?」
「……」
ネクは心の中で、首を小さく横に振った。
死神のゲームをしていくにつれて、彼は人との交流を苦に思わなくなった。
それなのに、キタニジはまだ、ネクを孤独な存在だと思っていた。
(……違う……今は、違う……)
ネクの頭の中でぐるぐると考えが渦を巻き、やがて、ネクの答えは決まった。
「俺と共に新しい渋谷を創ろう」
そう言って、キタニジはネクに手を伸ばした。
「断る!!」
しかし、ネクは強い意志によって、キタニジの手を強く振り払った。
理想の渋谷がこんな形になるなんて、ネクにとっては望まないものだからだ。
「アンタが言ってる渋谷は……たしかに楽かもしれない……。
でも……そんなの……そんなの……渋谷じゃない!
俺はたしかに人とのつながりは苦手だ……。だから、俺は耳をふさいだ。
けど……衝突を避けてちゃ何も変わらない……。
それじゃ……世界が広がらない……今を楽しめない……。
ぶつかって初めて見えるものがある。その瞬間を期待して人は渋谷に集まってる。
UGで俺はいろんなヤツらとぶつかった。だから、今なら分かるんだ……。
渋谷は……今のままでいい!」
雑多な思考が飛び交う渋谷こそ、ネクが望む渋谷で、皆が望む渋谷。
そんな、思考のサラダボウルな渋谷を、キタニジ一人に支配されるわけにはいかない。
だから、ネクは彼を倒す事を決意した。
「ひとつ聞かせてくれ。君は人が好きか?」
戦う決意をしたネクに、キタニジが優しそうに声をかける。
「ああ」
「……そうか」
ネクの返答を聞いたキタニジは、サングラスの下で目を光らせる。
「フッ……理解できないな。いずれにせよ、君にも変革が必要だな」
「くっ……」
「戦うだけ無駄だ。パートナーがいない参加者は無力に等しい。君に俺は倒せない」
そう言ってキタニジはネクの身体を拘束し、ネクから参加者バッジを奪い取る。
そしてあろうことか、そのままネクを消そうとしているようだ。
「俺は渋谷を救うと同時に君も救うんだ。このバッジさえなければ……君も苦痛から解放される。
君も浴びるといい、この救済の光を!」
キタニジの両手が光り出し、ネクに光を浴びせようとする。
この光を浴びれば――ネクも、シキや、あの渋谷の住民のようになってしまう。
「や、やめろ!!」
「ようこそ……新しい渋谷へ」
キタニジが勝利宣言をした、その時。
「なんとも……ない」
「ば、バカな!! 参加者バッジは壊したはず……なぜインプリントが効かない!!」
ネクはキタニジのインプリントを無効化したのだ。
参加者バッジは破壊されたはずなのに、何故だ、とキタニジは悔しがる。
しかししばらくして、キタニジはネクを鋭い目で見つめた。
「……そうか。やはり君が選ばれし者か……」
「どういう意味だ!!」
「説明する必要はもうすでにない。消えたまえ!!」
インプリントが効かなかった以上、キタニジのやる事はただ一つだった。
ネクはバッジを取ろうとしたが、その前にキタニジの手が光り出す。
そのままキタニジに消されそうになった、その時。
「待て待て待て! この俺を忘れてんじゃねぇか!? コンポーザー候補のビイト様をよぉ!」
意識を取り戻したビイトが、シキを連れてネクの前に現れたのだ。
もちろん、今のビイトは、スケボーに乗っている。
「何一人でかっこつけようとしてるの?」
「言ったはずだぜ。コンポーザーになるのはこの俺だってな!!」
「先に行っちゃうなんて……ミズクサイよ! ネク!
私達、ネクのパートナーでしょ? 羽狛さんに言われたこと、もう忘れちゃったの?」
「パートナーを……」
「ほら、ネク! しっかりする!」
思わぬ援軍にネクは驚いたが、シキは笑顔でネクの手を握った。
ビイトも同じく笑みを浮かべながら、ネクの前に立ってこう言った。
「おい、ネク! 1回しか言わねーぞ……。
もう、おめぇは俺のパートナーなんかじゃねえ。俺の……俺の友達だ!」
ビイトはあの時の握手で、ネクと友情を築いた。
その時の事を、ここでネクに伝えたのだ。
「ほら、ネク! まだ全部終わってないよ!」
「ああ……」
自分は一人じゃない、仲間がいる。
仲間がいるから、どんな困難にも立ち向かう事ができる。
ネク、シキ、ビイトの三人は、鋭い目でキタニジを睨みつけた。
「黒幕は――」
「あのグラサン倒せばいいんだろ!?」
「そうだ」
「三人いれば大丈夫! 絶対にみんなで生きかえるんだから!」
「ああ! いくぞ!」
三人の絆を見たキタニジは不快になるが、すぐにいつもの口だけの笑みを浮かべる。
「あと三人……おまえ達三人を消せば……俺の渋谷は救われる。さあ! 消えたまえ!!」
キタニジの背から、巨大な黒い翼が生える。
彼の身体が虹色に光ると、大蛇のような……いや、真っ赤な大蛇そのものの姿となった。
「渋谷は、俺――いや、俺達が守る!!」
そして、ネク、シキ、ビイトと、キタニジとの決戦が始まった。