※後半部分を大幅に書き直しました。
「では、失礼します」
そう言って私たちに一礼し、会計へと向かう歩弥君を見送る。
その姿が見えなくなったとき、大きな息を吐いて私の対面にそよりんが座りいつものように紅茶を注文していた。
「で、さっきの男の子とはどういう関係?」
そよりんは指先を弄りながら、ジトっとした目で私を見る。
「いや~それ聞いちゃう感じ?聞いちゃいますか、おそよさん」
「じゃあ聞かない」
「そこをなんとか!」
「はぁ……で、結局誰なの?……大体想像つくけど」
面倒くさそうにため息をつくが、結局付き合ってくれる。
なんだかこういうやり取りを歩弥君ともよくやっているような気もする。
やっぱりこの二人は似たところがあるのかも、二人ともシームレスに余所行きの笑顔を作れるし。
「いや~実はね~」
「彼氏?」
「なんで先言っちゃうの!?」
「勿体ぶって鬱陶しかったから」
両手を合わせ、にっこりと余所行きの笑顔で威圧された。
「まあそういう感じ。付き合って……えーっと、一週間とちょっとくらいかな?」
「ああ、やっぱり結構最近なんだ」
「あんまり驚かないんだね」
「だって練習中とか偶に上の空な時あったでしょ」
「え?そんな風に見えちゃってた?」
「バレバレ。それになんかこそこそしてるなって思ってたし、写真見てニヤニヤしてたし」
「あはは……それはそうだったかも」
自分としては彼氏いるアピールなんて全然してないつもりだったけれど、普段と少し違う振る舞いというなら確かにそうだったかもしれない。
練習中に上の空になった瞬間があったのは、多分スタジオでともりんの姿を見るとあの映像のことを一瞬思いだしてしまったことがあったからだと思う。
あれから歩弥君と付き合いだして、それなりに彼のことも分かってきていた。
付き合い始めた経緯のことを考えれば、すごく仲良くなれていると思う。
けれど、どうしてもまだ壁というか距離を感じてしまうことがある。
私には関係ないとか、どうでもいいことだとか、まだ心を開ききってないんだろうなと感じる言動が多々あるからだ。……いや、でも本当に経緯を考えたら今の関係性に成れてるのは奇跡的なくらいだと思うんだけどね。
私としてはもう一歩、互いに歩み寄りたいなという気持ちがある。
「でもちょっと意外かも」
「私に彼氏が居るのそんなに意外?」
「……そっちじゃなくて、愛音ちゃんが彼氏ができたのに自慢して回らない事」
「あー……う~ん……まあ、色々あるのよこれが」
経緯が複雑すぎておいそれと吹聴しづらい。
それに、バンドメンバー間ではともりんも居るわけだし。
……ていうか、ともりんは私と歩弥君のこと知ってるのかな?あれだけ歩弥君とは仲いいし、歩弥君から聞いてそうではあるけれど。
「ふ~ん」
そよりんは私の方を見ながら指を組み、何時でも次の話をどうぞと聞く体制は万全だ。
なんだかんだ言いながら、そよりんも人の恋バナを聞くのを楽しんでいるのかもしれない。
「それで、どこまでいったの?」
「どこまでって……」
「キスは?」
「し、してません!」
「手は繋いだ?」
「……まだ」
「ハグは?」
「……まだです」
「へー、愛音ちゃんってピュアなんだね。ゆっくり段階踏みたいタイプなんだ」
「ちょっと待って!これにはわけがあるの!」
「じゃあその理由、聞かせて」
そよりんは意地悪く満面の笑みを見せる。
最初の方は面倒くさそうにしてたのにこの変わり身の早さ。間違いなく人の弱みを知って楽しくなっている。
「う~ん……なんて言ったらいいかな~……」
「ゆっくりでいいからね」
「えーっと、たとえ話なんだけど。普通の恋人同士の好きって気持ちを100とするじゃない」
「うんうん」
「だとすると、私と彼……仮にA君と呼びます」
「別に普通に名前でいいじゃない」
「茶々入れない。……とにかくこのA君の私への感情は多分、多めに見積もって30くらいだと思う」
「え、低くない?」
「多分付き合いたての頃は-100」
「それって嫌われてるって言わない?」
「そう!嫌われてたの!それをここまで、どうにかこうにか頑張って仲良くなったの!」
「……なんで付き合ってるの?」
「…………色々あって!」
色々という言葉の万能性に感謝する。
流石にストーキングからの盗撮、その動画を使って脅迫した(形になった)なんて口が裂けても言えない。
「その色々が聞きたいんだけど……」
「とにかく!今そんな感じだから、まだちょっとキスとか手を繋ぐとか早いかなーみたいな」
「よく分からないけど、付き合いたてっていうより仲良くなったばかりってことなんだね」
「そう!まさにそういう感じなの!」
「それで、もっと踏み込んだ関係になりたいと」
「すごい!そよりんもうそこまで分かるの!?流石は月ノ森の恋愛マスターって呼ばれてるだけある!」
「……人に変なあだ名増やすのやめて」
鬱陶しそうに目を逸らしているが、ちょっと満更でもなさそうだった。
なんだかんだ人の恋バナに興味津々だし。
「それに、A君は私より好きな人が居るんだよねー」
「本当にどうして付き合ってるの……」
「どうにかして振り向かせたい、とまでいかなくとも私のことも好きになってくれないかなーみたいな」
「で、結局アイツは誰?」
無遠慮に会話に割り込み、私の隣に座る人影が一つ。
先ほどまでアルバイトとしてこのカフェの店員をしていたりっきーだった。
「あ、りっきーも私の恋バナ興味ある?」
「いやそれはどうでもいい」
「バイトお疲れ様」
「ああ、うん。それよりもさっきの男、燈とはどういう関係?」
「あれ?愛音ちゃんの彼氏さん、燈ちゃんとも知り合いなんだ」
「はぁ!?こいつの彼氏!?」
「だから今その話をしてたんだってば」
「……彼氏?愛音に?妄想じゃなくて?」
「ちょっとー!それどういう意味?」
「はいはい、ここお店だからヒートアップしない」
二人してそよりんに窘められて、一先ず水を飲んで仕切り直す。
「それで、彼氏さんは燈ちゃんとも知り合いなの?」
「名前は?」
「……えっとー……」
二人に詰められ、言葉に詰まる。
ともりんが居ない場所でどこまで言っていいんだろうか?名前言ったら全部わかっちゃわない?
っていうか、りっきーバイト中に私と歩弥君の会話盗み聞きしてたな、行儀の悪い奴め。……まあ実際はともりんの名前が出てたから気になってるだけだろうけど。りっきーともりんに過保護だし、悪い虫かどうか知りたいって感じなんだろうけど。
姉弟のことそよりんは知ってるかもって、ともりん言ってたけどどこまで知ってるんだろう?血の繋がった姉弟ってことは知ってるかもだけど、まさかともりんとちゅーしてるってことまでは知らないよね?もし知ってて何も言ってなかったら、私の倫理観が変ってこと?そよりんが言ってたみたいに私ってピュアなの?
って、そうじゃなくて。どこまで……どこまで言うべき?
「うーんと……ともりんとは……その、お」
「お?」
「弟……みたいな?」
「みたいな?じゃなくてどういう奴か知りたいんだけど」
「弟でもあるし、そうでないともいうか……」
流石にともりんの居ない場所で言うには憚られる内容に口ごもっていると、そよりんがちょんちょんと私の肩をつつく。
私の耳元に手を当ててりっきーには聞こえないように小さな声で
「もしかして、歩弥君?」
と聞いてきた。
「そよりん正解!やっぱり知ってたんだ、あっちは知らないみたいだったのに」
「うん。だいぶ前に一度だけ燈ちゃんと居るの見たことがあって、燈ちゃんに後で聞いたことがあったから」
「え?なに、そういう形式?なぞなぞ?」
そよりんはちょっと驚いたような表情で、納得したように頷いてる。
りっきーは一方的に盛り上がる私たちに置いて行かれ困惑している。
どうやらこの感じを見るに、りっきーはともりんに弟が居たことを本当に知らなさそうだ。……歩弥君に至ってはライブには何度か来てるのにりっきーの顔全然覚えてなかったし、そりゃそうだって感じだけど。
私よりもりっきーの方がともりんとの付き合いが長いだろうことを考えると、私があの時偶然ともりんと歩弥君が居た時に声を掛けたのは大分運がよかったのかもしれない。
「みんな」
「あ、ともりん」
丁度良く、話題の渦中にあったともりんがやって来る。
「なんだか、楽しそうだね」
「私の恋バナで盛り上がってさー」
「そうなんだ」
「燈は興味ないってさ。別に私も興味なかったけど」
「いやいや、りっきーはめっちゃ食いついてきてたじゃん!」
「それはお前が燈の知り合いだっていうからだろ」
ぎゃーぎゃーとまたヒートアップしている私たちを余所に、そよりんが何かに気づいたように疑問を口にする。
「燈ちゃん、楽奈ちゃんと一緒に来てるって言ってなかったっけ?」
「うん」
「楽奈ちゃんは?」
「……あれ?」
ぴたりと喧騒は止み、私とりっきーも周囲を見渡す。
確かに今日のバンドメンバーの共有しているメッセージで、ともりんから一緒に向かっていますという連絡が事前にあった。しかし、そのともりんの隣にもこのカフェスペースにも楽奈ちゃんの姿は見当たらない。
「さっきまで一緒だったのに……」
「はぁ……あの野良猫。ちょっと外見てくる」
「楽奈ちゃん、メッセージ送っても既読はつけてもあんまり返事してくれないからなー……」
「みんな探しに行くなら、私はここで待ってようかな」
まるで家出したペットを探すかのような連帯感で楽奈ちゃん捜索の段取りが立てられる。
そんなこともあってか、私の恋バナ……ひいては歩弥君に関することはそれ以上追及されることは無く過ぎていった。
余談だけれど、楽奈ちゃんは何故か先にスタジオに居て「おそい」と文句を言われた。
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その夜、私はある決心をしていた。
歩弥君との関係のこと、今まで余りにもその場の勢いとノリだけで乗り切ってしまったせいで、ちゃんと考えられていなかったことがあった。
そもそも私の最初の目的として、ともりんと歩弥君の不健全な関係をこのままにしておけないって思って行動を起こした。
ともりんの性格からして、歩弥君に一方的に迫られてるのかもっていう考えがあったからだ。あの動画ではともりんは涙を流していたわけだし。
そういう一過性の情動に巻き込まれてって感じだと思っていたから、私にその興味が向けば解決じゃない?という我ながらとんでもない着地点で今の関係性になった。
しかし、歩弥君と付き合って1週間と少し経った今、分かってきたことがある。
歩弥君はすごく変な人だ。私によく変わってるっていうけれど、私からしてみれば彼の方がよっぽど変わってる。
でも、多分凄くいい子だ。
他人や家族、特にともりんに迷惑をかけたくないってことばっかり考えてて、そのために苦労することを苦労だと考えてないっていうか……自分のことをおざなりにしちゃうくらいともりんを大切にしようとしている。
偏執的っていうくらいにともりんのことが大好きだけれど、その愛に歪んだ形は感じられない。家族愛の延長って感じでりっきーの過保護と似ている。ともりんの意思を尊重して、できる限りともりんの考え方に寄り添いたいっていう愛の在り方。
彼のことを知れば知るほどに、ともりんとああいうことをしそうに無いって思いが強くなった。
あの日見た光景のこと、あの動画のこと。
日を経て記憶が少しずつ曖昧になるほど、普段のともりんといつもと変わらずに接しているほど、改めて歩弥君と向き合って彼のことを知るほどに、何かの間違いだったんじゃないかと思う。
しかし、あれって私の記憶違いなんじゃない?という思いが強くなるほどに、歩弥君にあの動画を見せた時の反応と今の関係がそれを否定する。
歩弥君も半ば冗談みたいに言ってくれたけど、間違いなくあの時の私は脅しに近い行為をした。それはつまりただ会うことすら周囲に秘密にしているあの姉弟にとって、あの動画は脅しの道具になり得るような動画だったということなんだと思う。
やっぱり分からない。
どう考えても、歩弥君からともりんが嫌がることをするようには思えない。
かといって、ともりんからそういうことをしそうかというと……そうとも思えない。
事実と実際に知る当人たちへの印象が全く嚙み合わないのだ。
だからこそもやもやしてしまっている自分が居る。
見て見ぬふりをすればいいだけなのかもしれないけど、ともりんを見ていると不意にあの光景が蘇って凄く罪悪感を感じてしまうことがある。
これからもそうなのかもと思うと、どうしても自分の中でスッキリさせておきたい気がしたのだ。
ので、私は決心をした。
今までは歩弥君の方に問題があるのかもと思っていたけれど、視点を一度変えてみることにする。
ともりんが歩弥君のことをどう思っているのかを聞いてみる。
普通は人の人間関係なんて根掘り葉掘り聞くものじゃないのかもしれないけど、事故(自業自得?)とはいえその関係に割って入ってしまう形になった私としては、どうしても知っておきたかった。
「あ、もしもしともりん。今大丈夫だった?」
『うん。平気』
電話越しにともりんの声が聞こえる。
少しいつもと声が違って聞こえるのは、電話越しだからだろう。
『えっと、電話なんて珍しいね』
「あー確かにそうかも。学校でいっつも会うし、バンドのメッセージグループもあるしで電話でわざわざ話すことってあんまり無かったね」
『……あのちゃんの声、電話で聞くといつもと違う感じがする』
「私も同じこと思ってた。確かこういう電話は実際の私たちの声じゃなくて、声を拾った中継点みたいな場所で、音の辞書みたいなのから似た音を自動で選んで流れてるらしいよ」
『音の辞書……私だったらこんなに早く辞書引けないな……』
「あはは、確かに。なんかよく分からないけど凄いよねー」
実際この電話というものはよくわからないけど凄いものだ。
遠く離れた場所で全然タイムラグもなく普通におしゃべり出来て、しかも声までそっくりなんだから。
『それで、あのちゃんは……どうして電話を?あ、えっと迷惑ってわけじゃなくて……電話なんて全然したことなかったし、今日会ったばかりだし、明日は学校あるし、なんでかなって』
「まあちょっと学校では話しづらいかなーって、というか周りに人が居ると話難いことっていうか」
『……?』
ともりんはあまりピンと来ていないようだった。
「歩弥君のことでちょっとね」
『……アルが、どうかしたの?』
突然、ともりんの声が深刻そうなトーンになる。
もしかして状況的に悪い一報があるかのように思われてしまったのかもしれない。
「全然変な話じゃないよ!歩弥君ってどんな人なのかなーって気になってさ」
『……』
「ともりんにとって歩弥君てどういう人?……それとも、こういう話ってあんまりしたくない?」
『ううん、ちょっとびっくりしただけ。……アルのこと聞かれるのも、アルのこと誰かに話すのも久しぶりだったから』
「そっか……歩弥君のことは好き?」
『うん、大好き』
その言葉を聞いて一先ずはホッとする。
ともりんはちょっとその感情が見えにくくて独特の感性だから、もし歩弥君のことが実はそんなに好きじゃないから話したくないって言われたらどうしようかと思ってた。
『……ちょっとだけ嬉しい』
「嬉しいの?歩弥君のことを話すのが?」
『うん。アルは凄い子なんだよって、友達に言えるのが嬉しい。……十年間ずっと姉弟じゃないふりをして、家族にも言っちゃいけない事だったから』
「ともりん……」
それはまるで想像もできないような話だ。
十年間、弟のことを弟じゃないふりをし続ける。
あんなに仲良しなのに、会うことすら憚られる関係。それは知っていたはずだけれど、改めて本人の口から聞くとその重みを実感してしまう。
『あのちゃんは……ちゃんと秘密にしてくれてるよね?』
「もちろん!誰にも言ってないよ!」
『……ありがとう、あのちゃん』
今日ちょっと恋バナついでに歩弥君のことを話しかけたけど、結局言わなくて正解だった。
そよりんも知ってはいたけど、事情を知らないりっきーには聞こえないようにしていたし、思えばあの時はそよりんが話題を変えてくれていた。
そよりんの家庭事情を思えば、気を遣って私みたいに前の家族のことを聞いたりしないだろうし、こんな風に歩弥君のことを知りたいってともりんに言う人は全然いなかったんだろうな。
私も多分、こういう状況じゃないと遠慮して聞けなかったと思う。
『アルは頑張り屋さんで、なんでも一人で出来て、とっても綺麗な……私の自慢なんだ』
「自慢か~……なんかいいね」
普段のともりんのことを知っているからわかる。
自虐的で自罰的な自分に自信のないともりんから、自分の自慢だと言われるのは相当だ。
「昔はどんな感じだったの?やっぱり昔からきっちりしてた?」
『ううん。一緒に住んでた頃は……泣き虫で、怖がりで、甘えん坊だった』
「えー?全然想像できないかも」
私がそう言うとともりんはクスクスと笑っていた。
だって想像できなくない?私には『どうでもいいです』とか『興味ないです』とかばっかりの歩弥君が甘えん坊だったなんて。
『いつも一緒だったんだ。私の後をずっとついてくる子で、何でも私と一緒じゃないと泣いちゃうような子』
歩弥君が泣いてる姿を私はまだ見たことがない。
いっしょに映画を見たあの時も、私はボロ泣きだったのに彼はいつもと変わらない表情で静かに私にハンカチを貸してくれていた。
『雷と暗がりが苦手で、すぐに私の布団の中に潜り込んで一緒に寝てた』
「えー可愛い」
『ふふっ……それに、すぐに手を握りたがる。それは今でも変わってない』
私はまだ歩弥君と手を握ったことは無い。
冗談めかして繋ぐ?って聞いたことはあったけど、そんな仲じゃないって断られた。
『……私と違って、人の感情に敏感すぎるところもあって……私にはそれが、とっても眩しかった』
昔の思い出を嚙み締めるようにともりんは言う。
『よく泣いて、よく笑って、いつも一生懸命で……周りにはたくさん友達が居て、色んな人に褒められてた』
『悲しんでる子が居れば慰めてあげて、喧嘩してる人が居れば仲直りさせて、泣いてる子が居れば元気づけてあげてた』
『あの子は、人の気持ちに寄り添ってあげるのが上手な子だったんだ』
『私には無いものばっかり持っていて……ああなりたいなって、憧れてた。私の人間のお手本みたいな子だった』
『……そんな子なのに、なんでか私のことが大好きで……ずっと一緒に居たがって……それが嬉しかった』
そう語るともりんは、嬉しかったって言ってるのに悲しんでいるような……苦しんでいるような声に聞こえた。
『とっても寂しがり屋で、一人ぼっちの子を放っておけない性格で』
『……だから、私にいつも寄り添ってくれた。私が一人ぼっちにならないように』
なんとなく、それは分かるような気がした。
私に対して結構遠慮の無いことは言うけれど、なんだかんだいつも付き合ってくれている。
今日だってそうだ。ダメ元で暇だから付き合ってってお願いしたら、私の居る場所まで来てくれて話し相手になってくれた。
「ちょっと分かるかも。歩弥君ってなんか優しいよね」
『うん。とっても』
そう言ったともりんの声はどこか誇らしげで……凄く優しい音に聞こえた。
ともりんの語る歩弥君の話は、私の知る彼とはまるで違っていた。
私は彼が笑っている姿を全然見たことがないし、泣いてる姿なんてもっと見たことがない。
私に甘えてきたことなんてないし、周りに友達が居る姿も見たことがない。
けど最終的には、ああそうかもなって納得してしまえる話だった。
要は、この姉弟はすごく似た者同士なんだ。
人の傷跡に敏感で、不器用で、一生懸命なところがあって、人の痛みに寄り添ってくれる人。一つ一つの細かい姿は違うかもしれないけど、根っこはきっと同じ形。
ともりんは自分とまるで違うみたいに語ったけれど、そんなことは無い。
ともりんはすっごく優しいし、私が辛くて閉じ切ってしまいそうなときに、私の傷跡に絆創膏を貼ってくれた。
私にとってともりんがそうであるように、ともりんにとっては歩弥君がそういう存在なんだと思う。
「……きっと、自分の中の感情を上手く言葉にできなくて苦しんでたりするのかな」
私はともりんを思ってそう言った。
ともりんは心の声を言葉にするのは苦手だけど、それをノートに書き起こして歌にする人だったから。
『……うん。あの子はいつもそうだった。本当に苦しいとき、辛いときは声を出せずに抱え込んでしまう子だったから』
多分ともりんは歩弥君を思ってそう言っていた。
「ともりんにとって、歩弥君ってどんな人?」
『この世でたった一人の、掛け替えのない特別な人』
確信する。
きっと歩弥君に同じ質問をすれば、今と全く同じ言葉を返しただろう。
なんとなく二人の関係性は分かってきた。
この二人の互いに思いあう気持ちは、きっと同じなんだろうと思う。
表面上は全く違う属性に見える二人でも、互いに同じくらいの重さで相手を尊重している。
とても美しい姉弟の絆だ。
……そう思うはずなのに、違和感があるのは何故だろう?
自分の中で納得できる二人の姉弟の関係性を垣間見たのに、納得するたびに胸の中の違和感が膨らんでいくのはどうして?
『あのちゃんって、どうしてそんなにアルのことを知ってるの?』
「まあ最近仲良くしてるっていうか……付き合ってるしね」
何の気なしにそう答えた。
『……付き……合ってる?』
違和感があった。
「え、うん。歩弥君から聞いてない?」
考えてみればわかることだった。
『……?』
結局、その過去語りからは私の知りたいことなんてなに一つ含まれていなかったってだけだ。
「あー……歩弥君も言ってなかったんだ。まあ確かに、ともりんも知ってたらもうちょっと何か言ってるよね」
思い返してみれば、いくつもヒントがあった気がする。
初めて二人が一緒に居る時、私は恋人同士なんだと勘違いをしてしまっていた。
その勘違いを否定するとき、二人は全く違う態度を見せていたはずだ。
よく二人でデートするんだねと聞いた時もそうだ。
この二人はきっと、明確に違う認識で互いを見ている。
「私と歩弥君、恋人同士なんだー」
その言葉を口にする瞬間の私はまだ、違和感の正体に気づいていなかった。
だから、まあいつかバレることだろうしと思って言った……言ってしまった。
『…………え?』
一瞬、聞いたことのないような声に聞こえた。
電話越しのせいだろうと私は思ってた。
「ちょっと前にデート行ったんだけど、写真見る?」
きっとこの姉弟の間にある問題は一口じゃ言い表せないくらい複雑で、誰かが悪いってだけで解決するようなものじゃないんだと思う。けど……
『……写真?何の?』
「何って、デートなんだから私と歩弥君の……」
そこまで言って、やっと私は気づいた。
『……私とは撮ってくれないのに……』
この姉弟を健全じゃなくさせているのは、多分