電車内。
出入り口の傍に立ち、意味もなくスマホの画面をつけたり消したりする。
自分のそんな無意味な行動に、これまた意味もなく長い溜息を吐いてしまう。
分かってる。これはストレスだ。不安と言い換えてもいい。私―――椎名立希は今自分が安易に首を突っ込んでしまったことに、非常に強いストレスを感じてしまっている。
経緯はこうだ。
今は11月の半ば。迫る燈の誕生日。
私は燈に贈る誕生日プレゼントを
「あ、それ去年私が燈ちゃんに贈った奴と同じかも」
同じバンドメンバーのそよに、私が贈ろうとしているものの写真を見せた時の事だった。
天然石の入った可愛らしい小瓶の雑貨。ちゃんと燈の誕生石を調べて探した、イエローオパールの原石の入った小瓶だった。
我ながら、燈はこういうの好きそうだよなと自信をもって選んだプレゼントだったのだ。
それがまさか、あろうことか
こういうプレゼントを選ぶ際、最も恐れるべきことだった。
貰う方も渡す方も気まずくなってしまうもの第一位。
既に持っている物と同じ物をプレゼントすること。
私が考えに考えて選び抜いたプレゼントは、正にそれに該当してしまっていたのだ。
当然ながら頭を抱えた。
そよが『なんかごめんね』と申し訳なさそうにしてたのも、一層恥ずかしさに拍車をかけた。
こうして私の数週間の熟考も虚しく、改めて選びなおすというスタート地点に帰ってきたのだった。
それがつい昨日の話。
私は悩んだ、大いに悩んだ。
改めてそよには今年何を贈るのか聞いて被りを防止した。
そして断腸の思いで、絶対に頼りたくなかった相手にも相談のメッセージを送ることにしたのだ。
『ごめん!明日の予定埋まっちゃった』
別に遊びに誘ったわけではなかったのに、そんなメッセージが返ってきた。
意図せずして私が誘ってそれを断られたという構図になったのが、まず一つむかついた。
『何の用だったの?』
と、しつこく聞いてきたので仕方なく燈の誕生日の件だったということを答えた。
そこで会話を終えたつもりだったのだが、暫くしてあるメッセージが返ってきた。
『やっぱ行けるかも!』
『は?』
これはもうは?だ。
どっちなんだよ、としか言いようがなかった。のだが、すぐにそれに対する答えが出た。
『実は先約があって、その人とともりんの誕生日プレゼント選びに行くつもりだったんだよね』
『その人と一緒になるけど、よかったらりっきーも来る?』
そういうことか、と一先ず納得する。
少し悩みながらも気になっていることを聞いた。
『もう一人って誰?私も知ってるやつ?』
『多分知らないかも』
ため息を吐く。
恐らくこの感じからして、こいつの学校の友達か何かなんだろうなと想像がついた。
別に元々こいつの手を借りるつもりは無かったわけだし、断ろうと思っていた。
根本的に初対面の人と仲良くなるのも苦手だし、自分の愛想がないのも分かってる。何も知らないその相手に迷惑だろうという思いもあった。
『じゃあやめとく』そう打ち込んで送ろうとしたとき、そのメッセージを送信するよりも早くあちらから送られてきた。
『因みにともりんのこと宇宙一詳しいよ』
「は!?」
さすがにその情報は聞き捨てならなかった。
CRYCHICの頃からの知り合いで、今でも同じバンドのメンバーでもある私たちよりも燈に詳しい人間なんているわけがない。
そんな人物がいたとして、私が知らないはずがない。なのになんでそいつと愛音は知り合いなんだよ。
思わず私はカッとなって
『そいつは私が一緒でもいいって言ってるわけ?』
『おっけーだって!』
『じゃあ行く』
そして、今に至る。
「ああもう……」
この電車内で、 何度ため息をついたことだろうか。
ハッキリ言って後悔している。自分の売られた喧嘩をすぐに買ってしまう短気さが嫌になる。
何を血迷ったら知り合い(別に仲良くない)と知らない人と3人で買い物なんかに行かなきゃなんないんだろう。しかもその二人は知り合いで友達だったりするんでしょ?絶対居づらいでしょ、そんなの。
本当に最悪。上手くタイミングを見計らって早めに別れよう。
そう心を決めながら、待ち合わせ場所に着いたのだった。
待ち合わせから約5分前くらい。周囲を見渡した感じ、特徴的なピンク頭は見当たらない。
『着いたんだけど、今どこ』とメッセージを送り返信を待つ。
アイツはあれであんまり遅刻とかしないタイプだ。もし遅れているのなら、そのもう一人の影響かもしれない。……っていうか本当に誰。私の知らない人で、燈の事宇宙一詳しいって……もしかしてお母さんとか?いや、そんなわけないか。
きっと私が知らないだけの、昔からの友達なんだろう。そう勝手に納得した時、アイツからの連絡が返ってきた。
『ごめん!私行けなくなった!』
「は!?」
思わず外だということも忘れて声が出てしまう。
『もうそっちに行ってると思うから、二人で頑張って!』
更にとんでもない情報まで追記されてしまう。
「マジで何言ってんのこいつ!ほんとに無理なんだけど……!」
ドタキャンだけでもありえないのに、何を言ってるんだこの馬鹿は。
何をとち狂えば今日初めて会う奴と二人で買い物なんてしなきゃいけないわけ!?てか、そもそもどうやって顔も知らない奴と待ち合わせるわけ!?
怒りのままに『無理』『帰るから』とメッセージを打ち込んでいるとき―――
「あの、すみません」
と、声を掛けられた。
誰だよこんな時に!そんな思いのまま声のした方へ顔を向け、思わず睨みつける。
相手は男だった。私よりも20㎝は身長差がありそうな、知らない男。
最悪だ。こんな時にナンパか何か?
「何、今機嫌悪いの見て分かんない?どっか行って」
「いや、あのすみません……『りっきーさん』ですか?」
「…………最悪」
その呼び方で確信できた。
私のことを『りっきー』なんてダサい呼び方する奴なんてこの世に一人しかいない。
こいつだ。この男が愛音が言っていた、もう一人連れてくると言っていた知り合いだ。
予想外だった。まさか男が来るなんて聞いてない。
「あー……ごめん、合ってる」
「よかった。違ったらどうしようって思いました」
男はホッとしたように胸を撫で下ろし、柔らかな雰囲気で笑う。
確かに、こんなカリカリした相手に声を掛けるのは誰だって勇気が必要だっただろう。
知らない相手同士なのに、こんなにも簡単に合流できたのは運がよかった。……いや、運が悪かったのか?合流できなかったらさっさと帰ろうと思ってたんだし。
「愛音の知り合い……でいいんだよね?」
「はい」
「アイツ、来れないって言ってたよね」
「はい、そう聞きました」
どうやらあっちも私と全く同じ憂き目に会ったらしい。
私へのメッセージが悪質な悪戯で、実はちゃんと来てるかもという淡い希望もこれで消えた。
「……その、よく相手が私だって分かったね」
「愛音さんから『イライラしてる綺麗な髪の子』って言われてて、写真も見せてもらったので」
「アイツマジで……!」
もっとマシな紹介あるだろと思わずにはいられないけど、これで実際に見つけられてるから正解なのかもしれない。とはいえその事実にはイラっとしてしまう。
「立ち話もなんですし、そろそろ行きます?」
「えっ?……そっちは平気なわけ?こんな、よく知らない相手と二人でなんて」
「まあ、慣れてますから。愛音さんに振り回されるのは」
なるほど、アイツの友達をやれてるだけある。こいつも随分変わった奴らしい。
とはいえ、これでなあなあで解散するという目も無くなってしまったわけだけど。
……私も覚悟を決めるしかないか。
「じゃあ、えっと……目的は知ってるよね?」
「はい。誕生日プレゼントを一緒に選んで欲しいんですよね」
「うん、合ってる」
流石にこの目的は共有出来ていてホッとした。
これすら共有出来てなかったら、本格的に何のために集められたのか分からなくなるところだった。
「名前、なんて呼べばいい?まだ聞いてないんだけど」
「あっと……俺のこと、愛音さんからなんて聞いてます?」
「は?」
質問したのはこっちなのに質問で返された。
相手が愛音だったなら、質問を質問で返すなと言ってしまっていただろう。
まだ距離感が何も掴めていない相手だったので、何とか飲み込んだ。
「……『燈のこと宇宙一詳しい人』って聞いた」
「ああ、なるほど……」
男は何かを納得したように頷いている。
その情報、そんなに重要なんだろうか?
「改めて、俺は歩弥って言います。――――高松燈の弟です」
「……は?……はああ!?」
自制する余裕などなかった。
愛音にドタキャンをされたと知った時よりもずっと、大きな声が出てしまった。
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未だに半信半疑だ。
ショッピングモールへ向かう道中、隣を歩く男……歩弥をマジマジと嘗め回すように見る。
言われてみると確かに、髪の毛の色とか目の色とか、似てるような気はしてくる。
弟であるならば『燈に宇宙一詳しい人』という条件にも違和感なく合致する人物ではある。
しかし、しかしだ。燈に弟が居るなんてまるで知らなかった。気のせいでないのなら、燈から一度もそんな話を聞いたことは無い。
「……ホントに燈の弟?」
思わず、心の声が外に漏れる。
「そんなに意外ですか?」
「いや、気を悪くしたらごめん。でも、全然聞いたことなかったから」
「兄弟の事なんて、聞かれないと話さないですから。無理もないですよ」
言われて納得する。
私にも姉が居るからこそ、理解できてしまう。
私も自分からお姉ちゃんの話なんてしないし、もしかして燈も私に姉が居るということを知らないかもしれない。だとしたら、そう不思議なことじゃないのかもしれない。
……じゃあなんで愛音とは知り合いなわけ?私が知らないことを愛音が知っていたという事実に、少しもやっとしてしまう。
「弟ってことは、私たちよりも年下なんだよね?」
「はい、姉さんの一つ下です」
ということはまだ中学3年ってことになる。
これが野良猫と同い年?全然そんな風には見えない。……いや、でもあれは比べる相手が特殊過ぎるか。
「りっきーさんは……」
「立希でいい。その呼び方、好きじゃないから」
「え?」
「私の名前、椎名立希だから」
「そうだったんですね。……なんで愛音さんはりっきーって呼んでるんですか?どこにもそんな要素無いような?」
「それはアイツに聞いて」
ずっとそう呼ばれてるのでもう気にしてなかったけど、何も知らない人から見れば意味不明だ。
口頭では由来がなにも伝わらないだろう。
「そっか、立希さん。姉さんの言う『たきちゃん』って貴女の事だったんですね」
「えっ?……と、燈が私のこと何か言ってたの?」
「はい、姉さんから何度か話を聞いたことありますよ」
「ど、どう?何て言ってた?」
自分の知らない場所で燈が自分をどう思っているのか、どうしても気になってしまった。
けれど、少し怖さもある。もし怖がられていたり、嫌がられていたりしたら立ち直れないかもしれない。
「真面目で、一生懸命で、いつもバンドのことを一番に考えてくれる人だって」
「……そっか」
少し照れる。
燈が陰口なんて言うはずがなかった。ネガティブな邪推をしてしまった自分が恥ずかしい。
そうして話しているうちに、目的地へとたどり着く。
大型のショッピングモール。雑貨、音楽機材、服、アクセサリーに文房具、何かを買おうとするなら大抵のものは揃っているだろう。
「立希さんは何を買うか決まってるんですか?」
「……迷ってる」
燈の好きそうなものは何となく想像がつく。
石、葉っぱ、文房具。思いつくには思いつくのだけど、どれも誕生日プレゼントには相応しくない気がしてならない。
「じゃあ、先に俺の目当ての物を買いに行ってもいいですか?」
「分かった」
私としても興味がある。
被りを避けるという意味もあるけど、純粋な興味も強い。
私よりもずっと燈と一緒に居たであろう人間が、プレゼントに何を選ぶのか参考にしたかった。
そうして言われるがままに、歩弥の後をついて行くのだった。
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「ありがとうございまーす」
店員の声を背に受けながら、店を出る。
結論から言うと、あまり参考にならなかった。
向かった店……というか場所はかなり意外な所だったけど、買っていった物はそれなりに納得感のあるものだった。確かに、燈は好きだろうなと思えるものではあった。
別に誕生日プレゼントに値段なんて関係ないというのはそうだけど……言葉を濁さずに言うなら『そんな物でいいの?』そんな感想が浮かんでしまう。
「じゃあ、立希さんのプレゼントを見に行きますか」
「……うん」
「まだ迷ってるんですか?」
「そりゃ迷うでしょ。大事な……友達の誕生日の事なんだから」
自分で言って少し恥ずかしくなってしまう。
こんなに誰かを大切に思うのは、燈が初めてだった。
そんな人に、初めてプレゼントを買おうとしている。自分にそういう経験がなさ過ぎて、慣れてないからなんだろうなとは思う。
お姉ちゃんにさえ、こんな風に真剣に悩んでプレゼントを渡したことは無かった。
「お前はなんで、それ選んだの?」
「ああ、まあちょっと変ですよね」
「いやごめん、そういう意味じゃなくて。普通に、どういう理由なんだろうって」
自分の言葉選びの下手さに嫌になる。
慣れてる相手だったらこの言い方でも良かったんだろうけど、まだ今日会ったばかりの相手だ。
「俺、これと同じものを持ってるんですよ」
「それが、理由?」
「はい。姉さんがこれを見て、いいねって言ってくれたので。選んだ理由はそのくらいです」
そう言いながら、手に持った袋に視線を向けていた。
燈のことを思い出しているんだろう。とても柔らかい表情で、そいつは笑っていた。
私はきっと、お姉ちゃんの誕生日を想ってこんな風には笑えないだろうな。……関係ない話だ。
「自分の持ってるものと同じ物……か」
そういうチョイスを考えたことは無かった。
でもなんというか、ちょっと気が引ける。
「自分と同じものを持っていて欲しいとか、自己満足って思われない?」
「そんなことないと思いますよ。実際持って使ったことあるからこそ、良さがわかるでしょう?『使ったことないけど、いいものだって聞いたよ』なんて物の方が無責任ですよ」
「確かに」
それは凄く納得できる理由だった。
「それに、昔からこうなんですよ」
「何が?」
いつも自分が持ってるものと同じものをプレゼントしてるってことなんだろうか?
少し変わってる気がする。
「俺と姉さんは、いつも一緒じゃないと気が済まなかったんです。プレゼントもケーキも、一緒じゃないと嫌だったんですよ。幼いころの話ですけどね」
「姉さんの持ってるものを羨ましいって言っちゃって、姉さんも俺だけ何か貰うとずるいって寂しそうにするんです」
「だから、こういうプレゼントはいつも自分の物とセットなんです」
自分たち姉弟だけかもしれませんけど、と付け足して少し照れ臭そうに頬をかく。
思わず想起してしまう。……自分とお姉ちゃんのこと。
いつも羨ましかった。いつも憧れていた。いつも……自慢に思っていたはずだった。
私もそうだったな。何でもお姉ちゃんと一緒がよかった。何も考えず、自然とお姉ちゃんと同じことをするのが当たり前だと思ってた。だから、同じ学校の同じ吹奏楽部に入ったんだった。トランペットがやりたかった。姉さんがそうだったから。
……ああくそ、何でこんなこと思い出すんだよ。
私とこいつ、全然違うのに。
「まあでも、結局プレゼントなんて何だっていいんですよ」
「はぁ?意味わかんないんだけど」
先ほどまで語っていたほっこりするようなエピソードを全否定する発言に、思わず棘のある言葉が出てしまう。
今までの雰囲気からして、そんな適当なことを言うだなんて思っていなかった。
「特別なのは誕生日なのであって、プレゼントではないでしょう?」
「ケーキも、プレゼントも、ちょっと贅沢なディナーも、誕生日だから特別なんです」
「プレゼントなんて結局は、お祝いをさせてもらう口実でしかないんですよ」
「お祝いを……させてもらうって?」
それはどうにも聞き馴染みのない言葉だった。
「俺がおめでとうって言いたいだけなんです」
「生まれてきてくれてありがとうって伝えたいだけなんです」
「その気持ちを、その言葉を受け取って欲しいから、物を贈るんです」
「一年に一度、一生に一瞬しかないその日のこと、俺の自己満足の為に祝わせて欲しいだけなんですから」
そう、儚げな笑顔でそいつは笑った。
ああ、似てるな。
思わずそう思った。
言葉だろうか?表情だろうか?
性格も雰囲気も話し方も、何一つとして燈とは似てないなって思っていたのに、燈のことを祝いたい。そう語る歩弥の姿が、歌を歌う燈の姿と重なって見えた。
今更ながら、この二人は姉弟なんだなと腑に落ちた。
自分がただ祝わせて欲しい。
同じだ。私も同じ気持ちだったのに、そいつの言葉を聞くまでその気持ちに上手く気づけていなかった。
どうせなら燈の好きな物、欲しいものを贈りたい。他のやつらとは違う物を贈りたい。自分からの贈り物を特別に思って欲しい。そんな気持ちばかりが先行していた。それこそ私の自己満足だ。
ダサいな、私。
「……実はさ、これだって思ったものが一つだけあったんだよね」
「それ、もう買ってあって家にあるんだ」
「それを渡さないんですか?」
「……同じ物、もう持ってるらしくて」
「あー……確かにそれは、ちょっと難しいですね」
私もそう思う。
だから、私もやめようって思っていたんだし。
「でも、色々調べて探した中で……本気で燈にこれを贈りたいって思えたのもそれだったんだよ」
誕生石と一口に言っても、実際は複数候補があった。その中で選んだのがイエローオパールの原石だった。
『創造力を高める』そんな意味が込められているらしい。石言葉なんてただのオカルトだって分かってるけど、今の私たちにぴったりだと思った。
私は燈の歌に救われた。燈の心の中から生まれた言葉に、居場所を貰ったんだ。
直ぐ身近にあった大きな存在と自分を比べて、どうしても逃れられないその大きな影に呑まれて、沈んでしまっていた。
自分はお姉ちゃんとは違う。お姉ちゃんの様にはなれない。上手く真似すらできない。そんな自分が嫌で、色んなことから逃げ出してしまってた。
でも、燈の歌を聞いて初めて『こんな自分でもいいんだ』って思えたんだ。
燈の歌をたくさんの人に聞いて欲しいと思ってる。その手伝いをするのが私の役目だ。
これから先も、何かに抑圧されることのない自由な創造力を持って、燈にはその言葉を紡いでほしい。
そんな私の想いに、ぴたりと嵌まる贈り物だったから。
「……やっぱり、迷惑かな。もう持ってるものなんてさ」
未練がましいと我ながら思う。
そよの話を知らずにいたなら、せめて笑い話にできたのかなと思う。
「因みに、どんな物なんですか?」
「えっと……綺麗な原石の入った小瓶」
これくらいの、と自分の親指を使った大きさのイメージを伝えた。
「う~ん……じゃあ、チェーンとか紐を買ってアクセサリーみたいに仕立ててみるのはどうですか?」
「!それ、いいかも」
それは今まで自分にはない発想だった。
「立希さんがそんなに真剣に想って選んだくれたもの、そのまま引き出しの肥やしになるのなんて勿体ないですから」
「……う、でもやっぱちょっと自信ない。だって結局同じ物なんだよ?」
「どんな思いでそれを選んだのか、言葉と一緒に贈れば絶対に喜んでくれますよ」
真っすぐな言葉で背中を押される。
「絶対喜んでくれる?」
「絶対です」
宇宙一燈に詳しい男の絶対という言葉。少し勇気を出してみようかなという気持ちになる。
「取り合えず行きましょうか。まずは見てみないことには、気持ちも決まりませんよ」
「……そうだね」
「それに、色々見てる中で他にいいものも見つかるかもしれませんから」
「ちょっと、それいいわけ?」
「いいんですよ、プレゼントなんていくつあっても。俺も昔、目についたもの全部プレゼントしたことありますから」
「ふふっ……何それ」
変な奴だなと思う。
思えば、これが初対面なのにいつの間にか自然と普通に話せている。
自分が不思議と心を許して話ができてしまっている。
燈の弟だからかな?私がこんな風に思えるのは。
いつの間にか、穏やかな心持で私は歩いていた。
電車に乗っていた時の心境との変化に、自分自身が何より驚かされた。
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「今日はありがと、色々相談乗ってもらった」
最初に歩弥と出会った駅前で、私はそう告げる。
あれからいくつかお店を巡って、丁度良さそうな飾り紐をいくつか見繕った。家に帰ったら実際それを合わせてみて、一番似合うと思ったものを使うつもりだ。
……そしてついでに、鉱石をモチーフとした金平糖という燈が好きそうなお菓子もついでに買ってしまった。
保険の意味合いもあるけれど、プレゼントなんていくつあってもいい。私が勝手に贈りたいだけなんだから。
「いえ、力になれたなら良かったです」
そう、そいつは爽やかに笑った。
少しむず痒い。こんなにも礼儀正しくて丁寧な奴を相手にしたのは、初めてのことだった。
「俺も立希さんと話せてよかったです」
「そう?私からは何にもしてない気がするけど」
結局今日は、最初に歩弥の目当てのものを買いに行った以降はずっと私の都合に付き合わせていた。
私が何かこいつにしてあげられた気はしない。
「燈の……姉さんのことをこんなに真剣に想ってくれる人が居るって分かって、嬉しかったんです」
「弟っていう一つの立場だけじゃ……姉さんを助けてあげられないこともあるので」
心の底から、申し訳なさそうに目を伏せる。
きっとこいつは、この世の何よりも燈のことを大切に思っている。今日一日、一緒に過ごして何より伝わってきたのがそれだった。
ただ純粋に、お姉ちゃんのことを案じて慕っている。禍根もなく、真っすぐに家族を愛している。
ほんの少しだけ、羨ましく思う。私はもう二度と、お姉ちゃんに対してそんな気持ちを持てないだろうから。
……良くないな。すぐに比べてしまうのは、私の悪い癖だ。
「これからも、姉さんを助けてあげてくださいね」
「勿論、約束する」
もう二度と燈を一人ぼっちにしない。
こいつに言われなくとも、もう私はそう誓っている。
「……そうだ、連絡先教えてよ。折角だしさ」
「はい、喜んで」
互いにスマホを取り出し、QRコードを使って互いの連絡先を交換し合った。
「これで合ってる?」
「ん……はい、合ってます」
「じゃあ、また燈のことで何かあったら相談する……かも」
「俺の方こそ、よろしくお願いします」
そうして歩弥と別れ、それぞれが別の電車に乗って帰った。
手に持ったプレゼントを見て、思いを馳せる。
そういえば、今日の予定を直前になってドタキャンした奴が居たことをふと思い出した。……まあ、もうどうでもいい。
晴れやかな気持ちだった。素直に、誘いに乗ってきてよかったなと今は思ってる。そういう意味では、愛音に感謝してもいいのかもしれない。
「お姉ちゃん、帰ってるかな」
今までの自分なら、そんなことを気にしたこともなかっただろう。
けど、なんとなくだ。
久しぶりに、お願いでもなく、相談でもなく、何の意味もなくお姉ちゃんと話をしたくなった。
そんな一日だった。
===========================================================================
「ねえねえ、昨日どうだった!」
後日、何故か興奮した様子の千早愛音に絡まれる。
「それより、お前は私に言うべきことがあるよね?」
「え?何が?」
「ドタキャンしたよな」
「あー、アレね。もう昨日謝ったじゃん。それにああしないと二人っきりにさせらんなかったし」
「はあ?意味わかんないんだけど」
「いいからいいから水に流して。それより昨日の話聞かせてよ!」
相変わらず自分とは違い過ぎる価値観のこいつの言葉には、うんざりとさせられる。
とはいえ、こんな様子のこいつをこれ以上詰めても無意味なことは経験上知っている。
「歩弥君、どうだった?」
「どうって……別に」
「えー?顔とかどう?カッコよくなかった?」
「はあ?何の意味があんのその質問」
「アリか無しかで言うと?」
「……興味ない」
「照れんな照れんなー」
「うっざ……」
何を聞いてくるかと思えば、下らないことばかり。
きっとこいつは髪の毛だけじゃなく、頭の中までピンク色に違いない。
「歩弥君って丁寧だし、礼儀正しいし、気配り上手だし、それに聞き上手!」
「……まあ、それは同意する」
実際、初対面だったにも拘らず驚くほどに打ち解けられたとは思う。
自分が愛想が無くて人に怖がられやすいことを考えると、それが歩弥の人柄ゆえだというのは理解してる。
「燈の弟とか言うからどんな奴かと思ってたけど、あれなら燈の傍に居ても許せるかな」
「それ、何目線なわけ……」
「……取り合えず、いい奴なのは間違いないと思った」
少し変わった奴だったけど、それだけは間違いない。
『だよねだよね』と何故か目の前のこいつが嬉しそうにしている。
「なに、お前歩弥のこと好きなの?」
それは意趣返しのつもりだった。
こんなにも好意を丸出しにして喋るから、ちょっと冷やかしてやろうという思いだった。……その筈が
「むふふ」
いつになく気持ちの悪い笑顔で返される。
私は思わず背筋に寒気が走った。
「いや~実はね~」
待ってましたと言わんばかりにだらしのない表情をし、くねくねと体を揺らしながらそいつは言った。
「歩弥君ね、私の彼氏」
「はあああああああああ!?」
驚愕の真実とともに、私はそこでようやく理解した。
この女は、ただ自分の彼氏自慢がしたいがためにこんなシチュエーションを仕組んだのだと。